第十九話:暗殺者は活路を見出す
地中竜との初戦はかなり苦いものだった。
何一つ、勝機と呼べる類いのものは見つけられなかった。
だが、手ぶらで帰ってきたわけじゃない。
まず、伝承にある地中竜であることを特定できた。
そして、伝承と同じ性質を持っていることも確認し、だからこそあの場では奴が見せなかった伝承に描かれた能力に関しても信憑性が持てる。
また、特殊加工された瓶のなかでは、やつから切り離された触手がうごめいている。
正しくは触手から、さらに伸びた触手だ。
これら二つは直接勝機にはつながらないが、分析することで可能性は見いだせる。
「あの、どうしてファール石に魔力を込められておられるのですか? たくさん、魔力が詰まったファール石があるのに」
タルトが不思議そうに問いかけてくる。
「込めている属性が違うんだ。もとから用意していたファール石はバッテリーとして無色の魔力を込めたものと、爆撃を行う際にもっとも効果を発揮できるよう火と土と風を混合して込めたもの……だが、今回用意しているのは違う属性を加えている」
ファール石は魔力を大量に取り込める。それ故に、込める魔力を変えることで性質はがらりと変わる。
「あっ、わかったよ。嵐を起こすつもりだね」
「ああ、風と水の魔力を三百人分込めれば、嵐すら引き起こせる……嵐なんてものは直接的な火力が低くて、今まで作ろうとしなかったが、伝承では嵐で動きが鈍ったとあるのだから試してみる価値はある」
そう言いながらファール石に魔力を込め続ける。
「へえ、それは面白そうだね。でも、短時間でファール石いっぱいに魔力を注ぐのはいくらルーグでも無理があるよ」
普通のやり方じゃそうだ。
あくまで俺の【超回復】は魔力の回復量を百数十倍にするだけに過ぎない。
全力で魔力を注ぎ続ければファール石が魔力で満ちる前に、魔力が枯渇する。
「だから、こうして無色を込めたファール石を右手に握って魔力を引き出し、俺の体で属性変換して空っぽのファール石に込めているんだ。これなら、消耗なしに魔力を込められる……最低五つは、嵐を呼ぶファール石がほしい」
「そんなこと考えもしなかったよ。……でも、うん、できそう。手伝おうか?」
「いや、いい。これができるのは、ファール石に込められた魔力が俺のものだからだ。いくらディアの制御技術でも他人の魔力を属性変換するのはきついだろう」
「それもそうだね……でも、力になれないのは悔しいよ」
「いや、ディアに頼みたいことがある。今から俺の狙いを説明するから聞いてくれ。タルトもだ」
二人が近づいてきて座る。
今回の作戦は俺一人ではどうしようもない。
二人の力がいるのだ。
頭の中で、情報を整理して話し始める。
「あの地中竜と対峙したときおかしな点がいくつかあった。あの巨体と口から伸びてるミミズのような触手は二人も見ただろう?」
「うん、あれだけ大きいとここからでも見えたよ」
「あのうち一本を根本からワスプナイフで吹き飛ばした。だが、あっという間に再生した」
「それってなにもおかしくないよ。魔族って、紅の心臓を砕かない限り、無限に再生するからね」
「はい、だから今まで倒すのに苦労してきました」
「再生することはおかしくないな。だが、その様子が変だった。ちぎれ飛んだ触手が飛び跳ねたまま、断面から肉が盛り上がって成長していき、元の長さになった。しかも、切り飛ばした触手はいつまでたっても元気そうだったよ」
その話を聞いてディアは勘づいたようだが、タルトは首を傾げているか。
「あっ、そうか……それ、魔族らしくないね」
「ごめんなさい。話についていけてないです」
「もう少し詳しく話すと、魔族の再生っていうのは巻き戻しなんだ。すべてがあるべき状態に戻る。だが、地中竜が見せた回復の仕方、肉が盛り上がって成長していくなんてあまりにも健全過ぎるし、切り飛ばされた肉がその場にあるなんてありえないんだ」
理不尽的な、概念的な再生こそが魔族最大の武器。
だが、あの地中竜はそうじゃなかった。
今まで倒してきた、オークの魔族も甲蟲魔族も、獅子魔族もみんな再生の際は、完全に巻き戻った。
切り飛ばされた腕や足もいつのまにか消えていた。
だが、地中竜だけは違う。生物的な再生能力を発揮しただけに過ぎない。
「ねえ、それって。あれが魔族じゃないって言ってる?」
「いや、【生命の実】を作っていた。魂を冒涜的に加工するなんて魔族でないとできない。だから魔族ではある。でも、あれ全部が魔族ってわけでもなさそうだ」
「……あっ、わかったよ。外側と内側でわかれてるってことだね」
「ああ、そうじゃないと説明がつかない。たぶん、魔族はあの化け物の腹の中にいる。伝承も合わせて考えるとそうなるんだ。勇者が内側で暴れて倒したっていうのは半分正しくて、半分間違っている。勇者は体内で魔族に出会ったというところだろう……その証拠がこれだ。冷静になってからようやく気付いたんだが、本来なら、こうやって瓶詰めにして肉片を持ち帰るなんて、ありえない」
俺は瓶詰めされ、それでもなおぴちぴちと飛び跳ねている触手を指差す。
もし、あれが本当に魔族なら、切り落とされた触手は消え去り、あるべき場所に戻っている。
戦闘中にふっとばした分は、短時間ならそういうこともあるかもしれないし、俺の見落としかもしれないが、こいつは決定的な証拠だ。
むろん、それだけで外側と内側は別ものだと決めつけるのはどうかしている。
だが、この仮説が正しいのであれば勝機が生まれる。
「じゃあ、私たちに頼むことは一つだね」
「ああ、外側が魔族じゃないなら、殺し続ければ、再生が追いつかなくなり死ぬはずだ。俺は勇者と違って、あの粘液に溶かされながら体内を散策なんてできない。だから、外側を殺して、体内にいる魔族を引きずり出す。そうすれば、魔族を殺せるかもしれない。ディアとタルトに頼みたいのは、俺が巣穴から地中竜を引きずりだしたところに、超火力の飽和攻撃を加えて外側を殺し尽くすこと……だから、タルト、ディア。これを使え」
手持ちにあるファール石の中で、土・火・風を込めた爆撃用のものをタルトとディアにほとんど渡してしまう。
二つだけ、俺の手札として残しての大盤振る舞い。
「巣穴からやつを釣り出すのは俺の役目だ。さすがに地中に潜られたら、超火力でも殺し切れないからな。あいつが穴からでたら、それを全部使って最大火力を叩き込め」
「えっと、あんな大きなの、穴から引っ張り出せるの?」
「そのために、用意しているのが今魔力を込めてるファール石だよ」
命がけなのは間違いない。
だが、一度対峙したときの感覚で言えば可能だ。
「ファール石、私とディア様が協同、あっ、わかりました」
「私もわかったよ。私の役目はファール石を臨界までもっていくのと、もっとも効果的な爆撃を行うためファール石の配置計算、タルトの役目はファール石を風の魔術で私の指示通りに運ぶこと」
「そのとおりだ」
ファール石の爆撃は強力だが、もっとも効果を発揮するのは囲むようにして押し潰すこと。
爆発というのは放射状に威力が広がる。
つまり、普通に使えば威力のほとんどが外に逃げる。だが、対象を囲むように複数の爆発を引き起こした場合、中心に威力が集中し逃げ場がなくなる。
もっとも効果的な配置を、ファール石を素早く臨界までもっていきながら、爆発のタイミングまで計算した上で導き出すのは人間業じゃない。
だが、ディアの頭脳とセンスならそれができる。
しかし、ディアの投擲だけでは計算通りにファール石を配置することはできない。
そこでタルトの出番だ。タルトは風の魔術を徹底的に鍛え上げ、その精度は極めて高い。ディアの指示した場所に複数のファール石を運ぶことだってできる。
「けっこう厳しいね。だって、想定が穴から飛び上がったところで、立体的な配置が必要だもん」
「ものすごく大変そうです」
タルトとディアが顔を見合わせる。
難しいことを言っているのはわかっている。
そして、俺は奴をぶっ飛ばすのに精一杯で、二人をフォローすることはできない。
「でも、やるよ」
「……私もです。あの、ルーグ様、教えてください。私たちならできると思ったから命じたのですか?」
「ああ、そうだ。二人ならできると、俺が判断した」
「なら、やれます!」
良い返事だ。
実にタルトらしい。
これで終わりじゃない。その作戦を実行する準備と、策が失敗した際のバックアッププランを練り上げる。
こんな仮定だらけの作戦だ。当然、失敗したときを念頭に置くべきだろう。
◇
数時間後、手元には今回の作戦のためだけに作ったファール石が用意されていた。
それを持って、穴に飛び込み、風の魔法を使う。
そうすることである程度の高度で留まった。
……ここにくるまでに、どうして伝承では地中竜が嵐を嫌がったのか、その検証をちぎれた触手で行った。
するとひどくわかりやすい結果がでた。
単純にこいつは水が苦手だ。おそらく、あの茶褐色の皮は水を弾くのだが、この内側の触手は水に触れると簡単に粘液が流れていく。
やつにとって粘液は大事なものだ。粘液は触れるものを溶かし、蒸発させることで毒霧になる上、刃先を滑らせ、攻撃にも防御にも使える。
また、粘液が流れでると、無意識に内側から粘液を吐き出す習性があり、水で流し続けるとあっという間に干からびて衰弱する。それこそが嵐を嫌った理由。
なら、やるべきことは一つ。
手元のファール石は当初作ろうとした風と水複合ではなく、水百パーセントを込めたものだ。
そんな物騒な代物を二つ臨界状態で穴の下へと放り投げた。
三百人分の水魔力が込められたファール石が爆発するとどうなるか?
答えは至ってシンプル。
その結果が目の前に現れる。
大瀑布としか表現できない、圧倒的な水が穴を埋めていく。
このあたりの地層はよっぽど水はけが悪いのか、どんどん穴の中で水位があがっていき、まるでダムのよう。
……俺の仮説が間違っていて、あの巨体すべてが魔族なら、ただ穴の中にこもっていればいい。たとえ死んだとしても、すぐに再生する。いつか、水がすべて流れでるまで引きこもっていればいいのだ。
だがもし、あの外側が魔族ではなく眷属であるなら、放ってはおけない。
なにせ、死ねば取り返しがつかない。まあ、粘液をすべて流されての衰弱死か、窒息死か知らないが、やがて死ぬ。
そして、第三の選択肢である、この場を離れるということもできない。
蛇魔族のミーナから、【生命の実】は作りかけの状態で、製作者がある程度の時間離れてしまうと、壊れてしまうと聞いている。
やつはこれまでの苦労を水の泡にしたくない。
つまり、やるべきことは一つ。
「きらいきらいきらい、おまえきらい、僕を怒らせた」
プールとなった深い穴から巨体が飛びだす。
奴の選んだ答えは脅威の排除。
……前回と違って遊びではなく、殺しに来ている。本気の殺意を肌で感じる。よほど水攻めが気に障ったようだ。
どうやら、この仮説は合っているらしい。
なら、やることは簡単だ。
その無駄にでかい鎧を引き剥がして、本当の姿を拝んでやろう。
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