オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川

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タイトル通り戦争の最終局面に入ります


第107話 最終局面突入

 既に立っているのは自分しか居ない。

 法国最強の存在である漆黒聖典の隊員全員が、たった一匹の亜人を相手に、殆どが一刀の下で敗れ去った。

 そして、辛うじて致命傷を避けていた自分ももはや、まともに体が動かせない。

 次の一撃が最後となるだろう。

 

「この御方を相手にここまで粘るとは、流石は隊長。ですが、そろそろ諦めては如何でしょうか?」

 

「クアイエッセ、貴様……!」

 涼しげな顔で自分の愛用の槍を手に持つ、裏切り者の顔を睨み付ける。

 神官長の元に話を聞きに向かったクアイエッセが、慌てて戻ってきたと思えば、神官長たちがいる会議室の近くで待機しているはずの、番外席次が消えていると伝えてきた。

 より詳しく話を聞こうとして、手にした槍を傍に置いた、一瞬の油断。

 その瞬間、クアイエッセは自らの指輪を使用し、モンスターを召喚した。

 その行動を見た瞬間、何より先ずは槍を取りに行こうとした。

 クアイエッセの召喚する魔獣の中で最も強いのはギガントバジリスク。

 自分であれば例え攻撃を喰らっても大したダメージはない。

 それよりもまず武器を確保する方が重要だと思ったのだ。

 しかし、それが判断ミスだった。

 現れた巨体はギガントバジリスクなどではなかった。

 三メートルほどの大きさの人間とドラゴンを融合させたような、逆三角形の体躯を持つモンスターの一撃によって後方に飛ばされ、クアイエッセに槍が奪われてしまった。

 後は単純だ。

 室内の扉が破壊され、この亜人や悪魔が入り込んできた。

 隊員たちも応戦したが、今も自分の前に立つ一人の亜人によってあっさりと倒されて、今に至る。

 

「奴ノ言ウトオリダ。オ前タチハ敗北シタ。潔ク諦メルガ良イ」

 四本腕の昆虫型の亜人は、漆黒聖典として様々な亜人や魔獣を見てきた自分でも見たことがない。

 それもこれほどの強さ。

 言い伝えに聞く魔神すら超えているであろうその力は、かつて神の血に目覚め、傲慢だった自分を叩き伏せた番外席次にも匹敵する。

 と同時に思い出す。

 

(そうか。彼女が居た)

 クアイエッセは行方不明だなどと言っていたが、あれが自分の動揺を誘うものだったとしたら、ブラフの可能性もある。

 

(何を考えているんだ私は。この場に彼女が来たところで、コイツら全員を相手に出来るはずがない)

 いつか考えた最悪の状況と同じだ。

 彼女と同等の強さを持った者が、同格の装備を身につけて現れた。

 それも複数同時にだ。

 虫型の亜人の背後には、南方で見られるスーツと呼ばれる服に身を包んだ、醜い蛙のような姿の悪魔と、肌を一切見せない、全身を包み込む漆黒の鎧を身に纏った騎士が立っている。

 手を出すことこそしないが、虫型の亜人と対等に話しているところを見ると、強さでも同格である可能性が高い。

 加えてクアイエッセの操る、自分を吹き飛ばすほどの力を持った魔獣もいることを考えると、彼女一人が加わっても勝ち目はない。

 だからこそ、彼女には加勢させるのではなく、逃げ延びて貰わなくてはならない。

 もしここで法国最強にして、人類の守り手である番外席次まで倒れるようなことがあれば、人類全体が絶望に飲まれる。

 そんなことはあってはならない。

 そのために今自分に出来ることは何か、必死に考える。

 直接彼女に知らせに行くのが一番だが、番外席次がいる場所はここから随分離れている。あの巨体で信じられない速さで動く亜人を相手にしながら、そこまでたどり着けるとは思えない。

 もし仮にたどり着けても、己と対等に戦える存在を求めて止まない彼女は、自分が何を言ったところで、むしろ嬉々として戦いを挑むに違いない。

 

(いや、一対一ならともかく、こいつら全員が現れれば流石に彼女も逃げることを考えるはずだ。だとすれば……)

 かつてはアイテムや自分も加勢すれば、一体くらいならば倒せるはずだと思ったものだが、自分の力など何の役にも立たないことがよく分かった。

 ならば自分にできることは一つしかない。

 

「……るな」

 

「ム?」

 

「ナメるなよ亜人。私、いや俺こそが漆黒聖典だ! 勝利を誇るのはこの俺を倒してからにしろ!」

 槍を構え声を絞り出すことで、かつて、自分一人で漆黒聖典だ。と思い上がっていた頃の己を思い出す。

 いや、そうしなくては、気持ちを奮い立たせることができないと言うべきだ。

 ここで手傷の一つでも負わせれば、こいつらは神人の存在を警戒し、一人ではなく複数で倒した方が確実だと考えるはずだ。そうすることで番外席次に逃げる選択肢を植え付けることができる。

 あわよくば、ここで命と引き替えに一体だけでも道連れに出来ればなお良いが、正直勝算は皆無だ。

 だがそれでもやらなくてはならない。

 

「……イイ咆哮ダ。ナラバ、ソノ覚悟ニ応エヨウ」

 そんなことを言いながら、虫型の亜人が四本の腕にすべて武器を持ち構えを取る。

 亜人に戦士としての心構えを誉められるとは。

 しかし、悪い気はしない。

 ここで死ぬとしても、悔いは残らない。

 

「行くぞ」

「来イ」

 知らず知らずのうちに互いの呼吸が合わさり、後はいざ勝負。という段階になって、突然スーツを着た悪魔が声を張り上げた。

 

「ッ! 何者かがこの空間に侵入してきました。恐らくは世界級(ワールド)アイテムの持ち主でしょう。邪魔が入る前にそいつの始末を!」

 ピクリと体が反応する。

 ワールドアイテム。という言葉の意味は分からない。

 だが直感した。それが法国の最秘宝、真なる神器、ケイ・セケ・コゥクであると。

 元の使用者であったカイレは、正体不明の吸血鬼の呪いが付加された攻撃を治癒できず命を落としたが、今はその代わりに別の者が装備している。

 今回の戦争で、場合によってはアインズ・ウール・ゴウンに掛ける可能性もあったため、自分たちと同じくこの大神殿に待機させていたのだ。

 その場所はここからそう遠くない。

 つまり、すぐ近くにどんな相手だろうと、魅了することができるケイ・セケ・コゥクがある。番外席次のところまでは無理でも、そこまでなら──

 そう気づいた瞬間、その場から駆けだしていた。

 あの三人の内一人こちら側に付かせることができれば状況は一変する。

 そこに番外席次が加われば二対二となり、勝ち目も出てくる。

 自分は裏切り者であるクアイエッセとあの魔獣を討つことに専念すればいい。

 

「……残念ダ」

 背後から亜人の声がした。

 一度は死を覚悟して戦いに望もうとしながら、それを放棄して逃げ出す自分を蔑んでいるのだろうか。

 だが。自分たちの敗北は、人類の敗北。

 人類の守護者として、勝ち筋が見えたのならば、なんとしてでもそれを手繰り寄せなくてはならない。

 そのためならば自分の誇りなど捨てる。

 そう決意を固め、勢いそのままに破壊されたままの扉から外に出る。

 何故か誰も追ってこない。

 それを不思議に思いながらも、足は止めず警備の者すら消えた廊下を駆ける。

 

 後少し。

 後少しで、目的地にたどり着ける。

 その目的地へと続く曲がり角から、突然見覚えのある服を纏った女が現れた。

 白銀の生地に、五本爪の龍が空に向かって飛び去る姿が刻み込まれた旗袍。

 如何なる者も魅了する、正しく神の力そのものを内包した真なる神器がそこにはあった。

 

「説明は後だ。神器を使用する。私と共に……」

 その細い肩に手を伸ばした瞬間、するりと女が身を翻し、自分の手は空を切った。

 カイレの代わりとして神器を纏うことが許されたその者は、選ばれた巫女であるが、肉体的にはただの娘だ。

 当然自分の動きを読んで、避けることなどできるはずがない。

 

「わらわへのお触りは、厳禁でありんすぇ」

 鈴を鳴らしたような美しい声につられて、顔を見る。

 銀色の髪に、白蝋じみた肌、そして血のような真紅の瞳。

 どれ一つ取っても見覚えはない。

 少なくともこの神器を着ることを許された者ではない。

 

「お、前は……」

 何故か声が震えた。

 見た目は幼さすら残った少女だと言うのに、寒気が止まらない。

 どこかで見覚えがある。

 いや。どうしてか、まるで似ても似つかないというのに、それが誰であるか瞬時に理解した。

 

「あの時の吸血鬼!」

 

「やっと、会えんしたねぇぇぇ! 人間!」

 瞳が爛々と輝き、同時に神器に刻まれた龍が輝き出す。

 傷ついた体では避けることは叶わず、それが自分を貫き、同時に心が白く染まっていく。

 思考が剥離を続け、消え落ちていく。

 

「あぁはぁあぁぁははははっ!」

 耳に障る甲高い笑い声。

 それが彼が耳にした最後の音だった。

 

 

 ・

 

 

「申し訳なかったね、コキュートス。武人としての君の戦いに水を差してしまった」

 謝罪の言葉を口にしてはいるが、あくまで形だけだ。

 これは元から決められていたことなのだから。

 

「……イヤ、ソレガアインズ様ノ望ミデアレバ、仕方ガナイ」

 とはいえ多少思うところはあるのか、冷気の息を吐きながら、コキュートスは一本を残して他の武器を空間に収納した。

 

「そうね。死を覚悟した戦士としての敗北なんて、認めるわけにはいかないもの」

 あの時、己の敗北を悟った漆黒聖典は、番外席次のために自分の命を投げ出して、コキュートスに手傷の一つでも負わせようとしたのだろう。

 もちろん、多少傷を負ったところで、アイテムや魔法で回復できるので意味は全くない。ただの哀れな自己満足だ。

 だが本人の中で、それしかないと勝手に覚悟を決められるのは困る。

 そうした者は例え何も残せず負けたとしても、自分の命を投げ出してまで戦ったことに満足し、悔いのない死を受け入れる。

 愛しい主の心を傷つけた者に、そんな救いは必要ない。

 だからこそ、デミウルゴスはシャルティアを呼び、希望をちらつかせた。

 勝ち目が無いからこそ特攻を選択するのだ。そこに僅かでも勝機を見いだせば、必ずこうなると分かっていた。

 そしてもう一つ。敢えてシャルティアを呼び出して洗脳させたのは、デミウルゴスなりの気遣いなのだろう。

 

「こちらは終わりんしたよ」

 そのシャルティアが、真紅の鎧では無く、チャイナドレスを身に纏い、笑顔と共に入ってきた。

 あまりにも良い笑顔だったので僅かに心配になるが、アルベドが声をかける前にデミウルゴスが口を開いた。

 

「シャルティア。殺してはいないだろうね?」

 

「当然でありんす。わたしがアインズ様のご命令に逆らうはずがありんせん。今は外に待機させていんす」

 さも心外だと言うようにシャルティアが鼻を鳴らしているが、どちらかというと、命令に逆らうというよりうっかりやり過ぎて殺してしまうことが心配だったのだろう。しかしデミウルゴスはそうした感情を一切見せずに頷いた。

 

「それは何より。神人は色々と実験したいこともあったからね。これで我々の障害となりうる者は消えた。次の段階に移ろう」

 

「そうね。アウラとマーレの方も片づいたと連絡も入ったから、私もそろそろ動くわ。そちらは任せるわよ? デミウルゴス」

 ここからが今回の作戦の本番とも言える。

 それをデミウルゴスに任せるのは少々癪だが、作戦の立案者がデミウルゴスである以上は仕方ない。

 

「ええ。そちらもお願いします。ここには他にも六大神の残した遺産とやらが残っているようですから、一つ残らず回収しなくてはなりません」

 尻尾を揺らしながら楽しげに言うデミウルゴスには、多少思うところがあるが、気持ちを押し殺す。

 アルベドがこれから行う仕事は、自身が持つこの対物体に特化した世界級(ワールド)アイテムを用いて、六大神の残した秘宝が納められている扉や部屋の壁を破壊して回るというもの。

 いわば鍵開けの代わりという地味な仕事である。

 これは守護者の中に鍵開け能力を持つ者がおらず、そうした場所がいくつあるか分からないため、消費型のアイテムを使用するのも躊躇われるという理由なのだが、別にアルベドが行う必要はない。

 本当は別の者に真なる無(ギンヌンガガプ)を預けて、自分もデミウルゴスと共に愛しい主を怒らせた者たちに鉄槌を下しにいきたいところだが、一応創造主であるアレから持たされた物を、主の命でもないのに他者に渡すと、自分のあの愚か者どもに対する感情が見抜かれてしまう可能性がある。

 それはできないので仕方がない。

 良い機会なので、真なる無(ギンヌンガガプ)が広範囲を破壊することが可能なことを逆手にとって、主があの愚か者どもを思い出しそうな物を見つけたら、偶然を装って破壊しておこう。

 そう考えれば自分が動く意味はある。

 それに。捜し物の一つは見つかった。

 ちらりとシャルティアの服に目を向ける。

 精神支配が無効なアンデッドであろうとも支配する世界級(ワールド)アイテム。

 シャルティアが操られて以後、個人的な理由で、探し出そうと思っていたアイテムだ。

 

「ん? なんでありんすぇ?」

 こちらの視線に気づき、シャルティアが首を傾げる。

 

「シャルティア。貴方も一緒に来て頂戴。見つけた物をナザリックに運ぶ必要があるわ」

 慌てて、けれど態度には出さず、見ていた理由を悟られないよう、当たり障りのない提案をする。

 これでシャルティアは問題ないだろうが、デミウルゴスを騙しきれるかは不明だ。デミウルゴスに対する嫉妬や、捜し物が一つ見つかったことで僅かに気が緩んだのかも知れない。

 

「また転移門(ゲート)係? 仕方ありんせんねぇ。ならその前にアウラに言って、山河社稷図を解除して貰わなければなりんせんね。あれを解除しなくてはアイテムの持ち出しが出来んせんぇ」

 案の定シャルティアは何の疑いもなく了承する。自分を洗脳した者を同じ目に遭わせたことで、やっと溜飲が下がったのだろう。

 

「ええ。もうここには誰もいないのだから、解除しても問題はないわ。それも伝えましょう」

 そう。既にこの大神殿に残っているのは、最高執行機関の者たちだけ。

 山河社稷図を解除して現実世界に戻し、多少派手に暴れたところで問題は無い。

 話を合わせながら、ちらりとデミウルゴスを見ると、楽しげに尻尾を揺らしたまま頷いた。

 

「そちらはお任せします。コキュートスはここにいる漆黒聖典と万が一アレの魅了が切れた際に備え、監視を頼むよ」

 デミウルゴスが、コキュートスに倒された漆黒聖典の隊員たちに目を向ける。

 これから実験に使用するため一応生かしてあるが、殆ど虫の息だ。

 クアイエッセはそんな者たちから、装備品をはぎ取り集めている。

 隊長と呼ばれた神人は今は魅了されているが、シャルティアが手に入れた世界級(ワールド)アイテムの効果時間などは未だ不明であり、何かのきっかけで切れてしまうかもしれない。

 それを警戒してのコキュートスの配置だ。

 

「承ッタ」

 

「よし。ではみんな。最後まで気を抜かず、アインズ様に完全で、完璧なる勝利を捧げよう」

 大きく手を広げて決意を新たに宣言するデミウルゴスに、その場にいる全員が力強く頷いた。

 アルベドもそれに合わせてはいたが、頭の中では別のことを考えていた。

 

(これならば問題ないわね)

 アルベドの行動も、今のデミウルゴスの目には入っていない。

 あのデミウルゴスをここまで浮かれさせる、主とデミウルゴスが二人で計画したという、法国に対する罰の内容に興味はあるが、そちらに関しては後で知ることも出来る。

 今は自分のやるべきことに全力を注ぐ。

 

(全ては、いと尊きお名前を取り戻すため。けれど……)

 ちらりともう一度、シャルティアに目を落とす。

 今度はこちらの視線には気づかず、デミウルゴスの檄にやる気を漲らせている。

 

(あれらが見つかる前に、私たちがアインズ様の寵愛を頂ければ、問題はないのだけれど、ね)

 この作戦が終わったら、シャルティアやナーベラル、それにソリュシャンと言った主の寵愛を欲している者達を集めて作戦を練ってみるのも悪くない。

 そんなことを考えながら、アルベドは手の中にある形状変化させた真なる無(ギンヌンガガプ)を握りしめた。

 

 

 ・

 

 

 

 

 大元帥が聖王国の駒を法国軍の背後に動かすのを見て、光の神官長イヴォンは思わず浮かびかけた笑みを隠した。

 自身が信仰する神の復活に向けて、また一歩近づいたとは言っても、流石に自国の兵が犠牲になることを喜ぶわけにはいかない。

 

「……これで包囲網は完成した。後は奴が前に出て、魔法を使うのを待つだけですね」

 

「うむ。これだけ完全なる包囲を完成させ、他国の者たちの目もあるのだ。自己顕示欲の強い者ならば必ずや、目立つ魔法を使用するだろう」

 これも作戦の一つ。

 神の復活が叶ったとしても、生命力が落ちた状態での復活となれば、如何に神と言えど完全な状態のアインズを相手にするのは難しい。

 ならばここでアインズが活躍できる絶好の状況を作り上げ、切り札のアイテムや魔法を使用させる。

 そうすれば一気に生け贄の数を稼ぐことも可能で、またアインズの力を削ぐこともできる。

 一石二鳥、とは大元帥の手前もあり言うことはできないが、イヴォン個人としてはそう言いたい気分だ。

 

「ここに至るまで既に死者は全軍併せて五万を超えている。できれば、このまま抗戦して聖王国や帝国の兵を刈っていきたいところですな」

 憮然としたまま大元帥が吐き捨てる。

 その姿を見ながら、イヴォンは思う。

 やはり、同じ法国の仲間同士と言えど大元帥や、機関長たちは自分たちとは考え方が違う。

 大元帥たちは神の存在すら、人類生存のための道具として見ている節がある。

 そのことに関し思うところもあるが、神に全てを捧げている自分たちと、人類の生存そのものに全てを捧げている彼らではやはり考え方の違いは出てしまう。

 それもあったからこそ、今回の戦争は神官長のみで秘密裏に会議を行い、作戦の概要を固めてから、彼らにも話をして作戦に同意させたのだが、それ自体も彼らは気に入っていない様子だ。

 だからこそ、ここで神々を復活させ、その力と威光を見せつけることで、自分たちの行動の正しさを証明しなくてはならない。

 

「イヴォン様の準備は整ったのですか?」

 

「無論だ。後は尊い犠牲が揃った後、例の場所、約束の地にて、復活の儀式を行うのみ」

 儀式に使用するマジックアイテムを含めて準備は完了している。自分や神官、そして巫女姫も正装に変え、神官たちは既に移動を開始させている。

 後はイヴォンと巫女姫だけだ。とはいえ自分たちは急ぐ必要はない。

 

「……約束の地、ですか。」

 再び大元帥の顔色が曇る。

 

「何か言いたげだな。これから失敗の許されない作戦が始まるのだ、気になることがあるのなら今のうちに言うと良い」

 イヴォンの言葉を受けた大元帥は、眉間に皺を寄せ、悩んでいるようだったがやがて意を決したように顔を持ち上げた。

 

「今更ですが、この作戦。本当に信頼に足るものなのでしょうか。我々はクインティア、いやヤルダバオト……様の言葉を鵜呑みにし過ぎているように思えてならないのです」

 

「何を言うか! 光の神の従属神たるあの御方を疑うとは、なんたる不敬! 例え大元帥とは言え許されることではないぞ」

 思いがけない台詞に激高して叫んでしまうが、大元帥はそんなことは予想済みとばかりに、表情を変えることなく続けた。

 

「私も初めはそれしかないと信じていました。ですが、あまりにも神官長の皆様が提案した計画通りに事が進みすぎている気がするのです。まるで何者かに操られているかのような、そんな感覚を覚えます」

 

「それこそが神のお導きだ。漆黒聖典の欠員、陽光聖典の瓦解、額冠の損失。巫女姫にカイレの死亡、度重なる不幸によって失われた国力の回復には十年はかかる。それに対して魔導王の宝石箱、いやアインズ・ウール・ゴウンの各国への影響は拡大している。このままでは人類の守り手としてこれまで築いてきた我々法国の立場がなくなる。そしてそのアインズは間違いなく揺り戻しによって現れた存在にして、ヤルダバオト様の邪魔をしたことからもわかるように、我々の神の敵対者だ。これ以上奴を増長させるわけには行かない。そんな時に神の復活という大偉業を叶える方法が見つかったのだ、これを神のお導きと言わず何と言う!」

 

「だからこそです! 我々は奴の存在があったからこそ、早急に行動を起こさねばならないと考えてしまいました。それこそ全て、アインズ・ウール・ゴウンの企みである可能性もあるのではないでしょうか。あれほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、我々の知らない方法でクインティアを操ることも不可能ではないかもしれません」

 自分の声をかき消すように声を張り上げる大元帥に、イヴォンは一瞬言葉を失った。

 実は自分たち、神官長と大元帥では一つだけ共有していない情報があるのだ。

 しかし、だとしてもこんな考えにたどり着くとは思わなかった。

 

(全く。なんと愚かな、奴が何故こんな手間をかける必要があるというのだ)

 アインズが三国を扇動して法国に戦争を仕掛けようとしてのは、商売のためと見られている。

 何故なら単純に法国を潰そうとしているのならば、こんな大がかりな方法を採る必要がないからだ。

 それほどアインズの戦力は強大すぎる。

 デス・ナイトや魂喰らい(ソウルイーター)の集団と、転移魔法を駆使すれば、神人たちは無理にしても、法国の軍隊や都市部を壊滅させることは容易。そうなれば、いくら神人が残っていても国家を維持していくことは不可能となる。

 もちろん、本来はそんな分かりやすい方法を使えば他国が黙っていないだろうが、既に周辺諸国のうち三国はアインズと深い繋がりを作っている。

 残る国家の内、評議国と都市国家連合は、亜人種も国民として扱っているため法国とは仲が悪い。

 竜王国はそもそも自国のことで精一杯だ。

 そんな状況では異を唱える者は存在しない。

 そうした手段も使えるのにわざわざこんな手を使うのは、アインズが同じ揺り戻しによって現れた存在でも、六大神のような大きな志を持たず、ただ自分の利益のみを追求する者だからに他ならないという結論に達したのだ。

 

 だからこそ、初めはアインズを儲けさせないためにも戦争を行うにしても必要な犠牲は最低限にするはずだった。

 しかし王国の貴族から三国が同盟を組んで法国に戦争を仕掛けようとしている。という話を聞いたことで考え方が変わった。

 戦争ともなれば、強者の魂が纏めて集まる事に加え、アベリオン丘陵を戦場に指定すれば、丘陵の支配者になったばかりのアインズ自らを戦場に出させることもできる。

 神人級と目されているアインズが戦場に出れば当然法国側には大きな被害が出るだろうが、それは同時にデス・ナイト程度とは比べものにならない、アインズの危険性を世に知らしめることにも繋がる。

 

 人類以外全ての排斥を悲願としている法国だが、例外がある。

 それが評議国の永久評議員の一人にして、強大な力を持った竜、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の存在だ。

 如何に強大とはいえ、ただ一匹の竜の存在故に、法国は評議国と直接隣国になることを避けているほどだ。

 そしてそんな強大な力を持った竜王だが、話の分からない者ではない。

 どれほどの要求がされるかは不明だが、取引を行う余地は残っている。

 そうした竜王がアインズのような危険な力を目撃すれば、かつて世界を滅ぼそうとした八欲王と竜王たちが戦ったように、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)もまたアインズの討伐に乗り出すかもしれない。

 つまり、戦争でアインズを暴れさせ、六大神の内一柱のみ復活させた後、素早く撤退し、即座に竜王と話し合いを行い協力し合うことで、改めてアインズを討伐する。

 それが本来の作戦であり、そこまでは大元帥も共に話し合って立てた計画だ。

 

 だがそれも宣戦布告が完了した後、神官長たちの前に現れた使者によってもたらされた情報により再び覆ることになった。

 その通りに行動すれば、法国の民の犠牲は多くなるが、うまくいけば六大神全員の復活が叶い、その場でアインズの討伐もできる。そんな作戦が立案されたためだ。

 こちらに関しては神官長のみで話し合い、計画されたものであったため、今こうして大元帥に不信感が残り、先ほどのような荒唐無稽な考えに至ったのだろう。

 

「……仕方あるまい」

 手に持っていた背負い袋の中から、袋のサイズとは合わない鏡を取り出す。

 

「これは?」

 

「この背負い袋が無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)。そしてこの鏡は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)。どちらも神々の遺産に勝るとも劣らぬ一品だ。よく見ておれ」

 習ったとおりに鏡を操作し、目的の地点を探し出す。

 初めは使い方の分からなかったこれらも、必死の訓練によって今では自在に操ることができるようになった。

 あらゆる場所の映像を映し出す超級のマジックアイテム。

 もっとも室内を見ることはできず、低位の情報系魔法で隠匿され、場合によっては相手に気付かれてしまうという欠点もあるため、魔導王の宝石箱や、各国の情報を覗き見ることはできなかったが、それでもこれと同じ事を魔法で行おうとすれば大儀式が必須となる。それを何の制限も代償もなく、何度も使用できるこのマジックアイテムは正しく神の秘宝と呼ぶに相応しい。

 目的の場所を拡大し、大元帥に見せる。

 

「ここが我らの約束の地だ」

 規模こそ小さいが、法国の光神殿に似た作りの神殿が映し出された。

 

「これは一体! そのマジックアイテムは六大神の遺産なのですか? そのような物があると聞いたことがありませんが、こんな物があれば……」

 大元帥の言いたいことは分かる。

 遙か上空から好きな場所を観察できるこのアイテムは戦場でも大いに活躍する。

 優秀な軍師は、まるで戦場を上から見ているかのように、巧みに指揮を執ることができると言われるが、このアイテムは正しく上から見ることができるのだ。

 誰でもそうした軍師の真似事ができる。

 また、有能な軍師に預ければより素晴らしい活躍ができることだろう。

 だからこそ、神の遺産の中にこんなアイテムがあるならもっと早く教えて欲しかったと言いたいのだ。

 しかし、それは違う。

 

「そうではない。これは元々法国に残された遺産ではない。新たに手に入れた、いや持ち出しを許可された物なのだ。そして、もう一つ」

 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から、別の鏡を取り出す。

 

「これは転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)。二個一対のアイテムで、転移魔法と異なり決められた二点間しか移動できないが、その分、何度でも無限に使用できるマジックアイテムだ」

 

「な!」

 今度こそ、大元帥は絶句する。

 二点間を自在に移動できるマジックアイテム。その使い道はいくらでもある。

 軍事の専門家である大元帥ならば、イヴォンより多くの方法を思いつくことだろう。

 

「とはいえ、この片方はあの神殿内に埋め込まれているため、あくまで如何なる場所からでもあの神殿に転移できると言う使い方しかできぬがな。これらも含めてあの神殿の中に安置されていたアイテムだ」

 

「あの神殿は一体どこに! そもそも許可とは、まさかエリュエンティウからですか?」

 興奮した様子の大元帥が大罪を犯した者たち、八欲王が作り出したとされる浮遊都市の名をあげる。

 確かに二百年前、十三英雄がその都市から持ち出したアイテムを用いて魔神を倒したという話が残っているが、そもそも八欲王は六大神を弑した者たちであり、魔神も六大神復活のために行動していた従属神だと判明した以上、その力を借りることなどあり得ない。

 

「あのような大罪人どもの力など借りぬわ」

 

「では一体」

 

「わからんか? 周囲の様子をよく見るが良い。丘陵地帯特有の起伏に富んだ地形に隠して作られておるだろう。我々はこの鏡を使い、神殿がゴウンや亜人たちに見つからないか、常に監視していたのだ」

 

「まさか──」

 大元帥にもようやく理解できたようだ。

 

「そう。かつてヤルダバオト様がアベリオン丘陵を治めた際に作り上げた神殿だ」

 光の神の従属神が造り上げた神殿で、光の神を復活させる。

 これ以上相応しい場所はない。

 

「ヤルダバオト様が造った神殿……」

 

「その通りだ。作戦が始まる前に一度、挨拶に向かう。お前も来るが良い。これがあればいつでもここに戻ることができる。あの御方にお会いすればお前の疑問も解消できるだろう。これがゴウンの策略などではない、神のお導きだとな」

 

「あの御方?」

 

「そう。私たち神官長だけで話を進めたこと、申し訳ないとは思っている。しかしこれだけは誰にも知られるわけにはいかなかった。もしお前たちの何れかが、魔法やマジックアイテムなどで情報を奪われた場合、作戦が失敗するだけでは済まないのでな」

 自分たち神官長は皆、ある程度の魔法を使いこなせるし、情報系の魔法に対する対策も備えている。そもそも他国の者たちと会うことなど殆ど無い。

 しかし大元帥や三機関長は、内政や軍部の仕事で不特定多数の者たちと接触する。

 それこそが、神官長のみで作戦を立案した理由だったのだが、ここまで来ればもう気にする必要ない。

 自分たちと同じ栄誉を与え、改めて覚悟を決めて貰った方が良いと判断した。

 

「さあ。来るが良い」

 転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)を立てかけ、その中に手を入れながら大元帥を招く。

 ゴクリと唾を飲んだ大元帥が一歩前に出るのを確認して、イヴォンは続ける。

 

「先に言っておくが、御方の姿を見て驚かないことだ」

 

「それは如何なる意味ですか?」

 

「うむ。おかしいとは思わなかったのか? 如何にアインズ・ウール・ゴウンが強大な力を持った超越者であったとしても、六大神に仕え、自らも従属神、小神と呼ばれ信仰を集める存在である御方が、魔法の一撃で滅び去るなど」

 聖王国の都市、カリンシャに出現したヤルダバオトはモモンとの戦闘に勝利した後、突然現れたアインズの強大な雷系魔法によって討伐された。

 そうした姿を多くの聖王国民が目撃している。

 しかし、如何に神人級の実力者であるモモンとの激闘後だったとしても、神である従属神が一撃で破れることなどあり得ない。

 そんなことはたとえ番外席次でも不可能だ。

 

「それは、確かに。ではまさか──」

 

「そうだ」

 鏡を潜ると一瞬で周囲の景色が変わる。

 悪魔的な、それでいて神聖さも感じさせる厳かな祭壇の上部には法国の紋章が刻まれ、その周囲には幾つもの神の遺産が飾られている。

 法国の粋を集めて造った物よりも遙かに細やかで、そして豪華な装飾の施された六体の像。

 そしてその前で、像の守護神が如く立つ、大きな体躯を持った燃え盛る炎を揺らめかせる悪魔の姿。

 

「よくぞ参った。生け贄は揃ったのか?」

 魂を震わせる強大な圧の篭もった声に、イヴォンはその場に膝を突いた。

 

「いいえ。もうしばらくお待ち下さい。包囲網が完成し、後はアインズ・ウール・ゴウンが出てくるのを待つばかりとなっております。その前にご挨拶に参りました」

 挨拶をするイヴォンの横で大元帥が立ち尽くす。

 

「あ、貴方様は……」

 震えた声で大元帥が口を開いた。

 その姿に関しては、既に帝国や聖王国に送り込んでいた間者から報告が上がっていたため、大元帥も知っているはずだ。

 そんな大元帥を前に、自らの死を偽装して傷を癒しながら、自分たちにアイテムと情報を授けてくれた偉大なる神の使者はニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げ声を張り上げた。

 

「我こそは魔皇ヤルダバオト。法国の者どもよ。歓迎しよう」




何故法国がクアイエッセから聞いただけの情報をあっさり鵜呑みにしたかという話でした
ちなみに傾国傾城に関してはカイレが死亡した後も使用できることを仄めかしていたので他の装備者が居ることにしました
神人に関しても二人、もしくは三人。という曖昧な言い方から、生きてはいるが現在法国にいるのは二人だけということにしたので、既に法国の戦力は全滅している感じです

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