Ask @tiseda:

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「独学で哲学の勉強をするのはやはり難しい」というのは、どのような理由によりますか?

こちらの回答で書いた話ですね。
http://ask.fm/tiseda/answer/107956499774
哲学者がどういう問題意識でやっているかとか、どういう評価基準でまわっているかとかはある種の暗黙知の部分が大きいので、ひとりでやっているとピントがずれてしまいがちです。

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アカデミックな哲学の価値はどこにあるとお考えですか?

こちらの回答をふまえての質問でしょうか?
http://ask.fm/tiseda/answer/107872676414
短期的な利益についての道具的価値を考えるのは難しいですね。知識や存在や価値についての問いというのはわれわれが日常を離れて反省モードに入ったときに沸き上がってくるものだとおもいます。そしてこうした問題についてできるだけ筋道を通して考えておくことで、答えに近づくとまで言えなくても問いについての理解を深めるのがアカデミックな哲学の役割だろうとおもいます。

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ポワンカレの科学哲学は現代的な観点から研究する価値がありますか?

ポアンカレは近年でも構造実在論の先祖の一人として名指されたりしています。そのまま現代に通用するというわけにはいきませんが、ポアンカレを読んでいろいろ着想を得るというのは十分ありうるし、実際にもやっているのではないでしょうか。

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未確定領域で採用する功利主義はヘア的な選好功利主義なのですか?

とりあえずそのつもりです。でも未確定領域功利主義という考え方と、どの功利主義が一番いいバージョン化という問いは分けて考える(みんなが同意できる最良の功利主義理論があるはずだくらいのコミットメントにとどめる)というのがあの論文の意図です。

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伊勢田先生は、高校の生徒会長を務めるツンデレ百合少女なのですか?

TDYMさんが某マンガについて聞いた時に「伊勢田を生徒会長に設定するとはなかなか分かっているではないか」と言っていたので、何かしら共通点があるのかもしれません。でもそういうイメージでわたしの書いたものを読んでいると実物と遭遇したときのショックが大きいのでほどほどに。

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永井均先生の文章がすごく読みにくくて全然頭に入ってこないんですが、これは私の頭が悪いんでしょうか

どの本を読まれているかわかりませんが、言葉にしにくいものについて論じているために読みにくい場合もあると思います。あとは単純に問題意識が共有できていないために話の流れが飲み込めないとかでしょうか。永井さんは日本人の哲学者全体の中で見れば明晰な文章を書かれる部類に入ると思います。

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徳の質問について「『システム1』の思考プロセス~」という言い方をされていましたが、カーネマンの影響ですか? あの分類は実感に即していて私は好きなのですが、哲学者には単純過ぎて拒否反応があるのかなとも思うのですがどうなのでしょうか?

カーネマンというかエヴァンズとかですが。『倫理学的に考える』でもちょっと紹介しましたが、エヴァンズさんたちは最近は「システム1」「システム2」ではなく「タイプ1」「タイプ2」という呼び方にして、だいぶ主張を弱めています。回答では世間的な通りやすさを考慮して「システム1」という言い方をしました。ヘアの二層理論とも通じるところがあるので注目しています。

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倫理学者が倫理的である必要はありますか?

「必要」ですか。倫理学者にかぎらず「倫理的であるべき」(この「べき」は「倫理的べき」)だとは思いますが。
倫理学者として商売をするという目的に照らして倫理的であることが要件になるか、という意味で「必要」について質問されているのでしたら、どういう商売を目指すかによるでしょうね。論文を書くだけならある種のパズル解決能力が高ければ十分やっていけます。

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カンギレム、カヴァイエスなどに代表されるフランス科学認識論(エピステモロジー)というのは、やはり英語圏の科学哲学とは関係のない(評価されていない、無視されている、言及されない)ものですか?

読めば面白いし参考になることもありますが、同じ哲学の中の仕事というよりも科学史に近いものとして接することが多いと思います。言及しないのは、英米の科学哲学者は英語の中で仕事が完結することが多いので、わざわざフランス語のものを引用するのは大変だから、という理由もありそうです。

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ムーアの定義観はかなり特殊に見えるのですが何故ムーアとその支持者はあんなに自分の定義観だけが絶対正しいみたいな自信を持っているのですか?

そんな強烈なムーア支持者って最近いましたっけ。いずれにせよその「なぜ」は本人に聞かないと意味が無いと思います。

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大学教授は人格破綻者が多いですか?もしそうならそれはなぜですか?

人格破綻者という概念はどう定義するのがいいでしょうね。よく知りませんが精神医学の方でいう「パーソナリティ障害」というやつと同一視してよいのでしょうかね。だとするとパーソナリティ障害と診断される人の比率を職業ごとに比べるといいので一応調査可能な問いになりそうです(倫理的な注意事項の多い調査になりそうなので実施は難しそうですが)。
仮に仮説が支持されたとして原因について考えるのはそれからですね。

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先生は哲学者になれて幸せですか?他に違う道があったのでは…?と思う時はないですか?

さまざまな人の助けと幸運に恵まれてここまで来たので、幸せでないなどというとばちがあたります。他のことにそれほど才能があるとも思えないので他の違う道を模索するのは危険ですね。

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「徳に対する洞察」はどうしたら培われますか? 実社会で苦労することや、哲学や文学の古典的名作を読むことでしょうか? 

この回答の件ですね。
http://ask.fm/tiseda/answer/107800118846
いろいろな経験をするのは大事でしょうが、きっとアンテナを敏感に保つことも大事なのだと思います。徳への洞察というのはおそらくいわゆる「システム1」の思考プロセスなので、「システム2」的な思考で徳を判断しないように気をつけることも必要なのでしょう。わたしは正直苦手です。

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研究成果を捏造する人々が信じられないと言ったら、時間をかけて実験や調査をした研究成果をまとめて雑誌に投稿した論文が掲載拒否をされないと彼らの気持ちは分からないと言われました。本当でしょうか?

捏造に至る経緯というのはかなり個人差があるのではないでしょうか。どうしても業績が必要なところでついやってしまったという感じの人、あまり罪の意識なく気軽にやっている感じの人、長期間にわたって常習的に捏造を続けていた研究グループ、なぜこんなすぐばれる嘘をついたのかと首をかしげる人など、すぐ思いだせるだけでもとても捏造は一筋縄ではいかないなという気がします。
研究不正は、処罰とか教育とか再発防止とかの方に話が集中してしまい、不正発生のメカニズムを社会科学的に研究する、という方向にはなかなか行かないですね(当事者の協力も得にくいですし)。

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『動物からの倫理学入門』にあった消極的功利主義について詳しく書かれている本があればご紹介ください。

あの本の該当箇所でも書いたと思いますが、あまり倫理学者がまじめに取り上げてきた説ではないので、詳しい紹介というのはちょっと思い当たりません。

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「明日物理法則が変わるかも知れないのにここに橋を架ける計画を立てるのは無謀である」とか「放射性崩壊で放射線が発せられるなどという五感で検知不可で100%正しいとは言い切れない理論をもとに言われる健康被害を避けるために税金を使うとはなにごとか」とか発言する哲学者が現れないのはなぜですか。(もしかしているのですか)

意識的・無意識に文脈主義的思考を実践しているのだと思います(ここでいう文脈主義については『哲學思考トレーニング』という本をご参考になってください)。哲学的懐疑の文脈では帰納も観察不可能な対象についての信念も正当化が難しいですが、そもそもおっしゃるような政策決定は哲学的懐疑の文脈で行われるものではありません。政策決定の文脈では、正当化されるかどうかはともかく、帰納は使っていい、というところから話が始まりますし、十分に確立された科学的知見は政策の根拠に使っていいというところから話がはじまります。
おなじような文脈の落差は「科学論文で主張してよいこと」と「日常会話で主張してよいこと」の間にも存在すると思います。

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最近の倫理学で流行っているテーマは何ですか?

そういう疑問をもった場合、Ethicsなどの代表的な雑誌の最近の論文タイトルをざっとご覧になったりするといいのではないかと思います。
http://www.jstor.org/action/showPublication?journalCode=ethics
こうしてみると、10年前とくらべて話題になりやすいテーマそのものはそんなに変わった気はしないですが、たとえば particularism(道徳判断は規則ベースでは行われないとする立場)を巡る議論などは新しい流行かもしれません。

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哲学は科学ではないし、科学には絶対になれないのでしょうか?

哲学の定義のしかた次第ではないでしょうか。私自身は哲学が規範を扱うかぎりは自然科学には吸収されえないという立場ですが、科学哲学者で個別科学の基礎論をやっている人たちは哲学と科学の垣根をあまり感じていないと思います。

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紀伊國屋の「じんぶんや」、普段は一名の選書なのに今回は四人一絡げなのは何故なんでしょうか?知名度が低いことが原因とも思えず、戦略的理由からなのだと思いますが。

今回のはおそらく勁草書房からの持ち込み企画なのでいろいろ違うのだと思います。

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日本の大学とアメリカの大学でカリキュラムに違いはありましたか?

アメリカの大学院のコースワークは専門家促成栽培プログラムとして非常に優れていると思います。ほぼ哲学に関する知識ゼロで入ってきた大学院生が2年でひととおりの基礎を固めてそれなりの論文を書くようになります。日本の人文系であれに類するものを用意しているところはたぶんないですし、教員の人的資源の面からみてもああいうものを提供するのは難しいと思います。

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伊勢田“Ted”哲治が映画「Ted」を鑑賞している姿を想像して笑ってしまいました。すみません。ご覧にはなりましたか?

セス・マクファーレンは、ちょうど在外研究をしていたときにFamily Guyをずっと見ていたので、彼が映画を作るときいてだいぶ前からチェックしていました。あれが日本でヒットしたというのは大変謎です。

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東浩紀とくらべると先生の社会的影響力はかなり小さいと思いますが、あえて小さくされてるのには理由があるのですか?まともなことをするためには世間にかまけていられない、とか。

あえて小さくしているつもりはないですけど?

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言語哲学的な「意味論」の意義が見出せません。環境入力に依存しない生得的な能力とコンテクストや言外情報を扱う語用論があればそれでいいのでは?

文脈を超えて共有される文の意味、というのはやはり問題になると思います。科学的な理論や仮説はまさにそういうステータスを持っていると思います。

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「マルクスがアメリカ流社会学創建の父の一人である」というのはパーソンズ以降に流布された神話だという論文がありますよ。http://www.jstor.org/discover/10.1086/231125

パーソンズがマルクスは3人の創建の父の一人だと言い出したというのはその通りだと思います(以前から指摘されていることです)。でも、マルクスがパーソンズに影響し、パーソンズがその後のアメリカ社会学全般に大きな影響を与えた以上、マルクスを現在のアメリカ社会学につながる知的系譜の出発点の一つとみなすのはそれほど的外れではないと思います。また、実際今でもマルクスが読まれているわけですし。

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普遍化可能性すら道徳の条件として認めようとしないような人達にはどう対応すれば良いのでしょう。

言葉の上で認めない場合と、行動の上でも認めない人にわけて考える必要があります。言葉の上で「普遍化可能性などない」という人でも、「試験の不正行為についてどう思いますか」とか「セクハラについてどう思いますか」とかといった本人にとっても関心の深い倫理問題を設定してあげると、実際に普遍化可能な倫理判断をしているという場合はよくあります。そういうものを持ってきてもやはりあくまで普遍化しない人に対しては筋をとおして倫理について語り合うのは非常に難しいので、moral patientとして扱うしかないかもしれません。

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九鬼周造渾身のギャグ「九鬼がクッキーでグキッとした」についてどういった見解をお持ちですか?

音の類似性という偶然性の問題について深く考えさせられる味わい深い例だと思います。『偶然性の問題』は留学中に読んで大変感銘を受けましたがあそこでもいろいろダジャレを紹介していましたよね。

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以前解答された質問とは逆に、私は本を速読して読み飛ばしてしまい、結局十分な理解にたどり着かない悪癖があるのですが、どうすれば本を精読できるようになるでしょうか?

わたしもせっかちなのでじっくり読むべきテキストを読み飛ばすことはよくあります。そういうときにとりあえずよくやるのは音読です。写経も効果的です。

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ミスは何回まで許されますか?

結果の重大さとミスの回避に必要なコストの大きさととそのコストの有責性(本人にそのコストをはらう責任があるかどうか)などの関数だと思います。あと、「2.5回許される」とか言われても困るので許される回数を整数回にまるめるのも大事だと思います。

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国立大学が昔とかわったというようなことをこの ask.fm の質問の答えの随所で言われていますが、具体的にはどのような点がかわったとお考えですか。

大学院化や法人化が進む中で運営系の業務も教育系の業務も増え、研究に割ける時間が減りました。わたしが今けっこうな時間をさいてやっている研究支援の業務も10年前には存在すらしなかったものです。また、研究の透明化が求められることで結局研究がずいぶん不自由になったと思います。

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カリフォルニア州立大学の八木沢敬先生やバーミンガム大学の永沢雄仁先生のように、世界的に一線で活躍されている知名度の高い日本の哲学者って何人ぐらいいるんでしょうか

国内の大学の所属でも海外でよく講演をする、という方ならけっこういらっしゃるように思います。海外の大学所属で八木沢さんクラスの活躍をされている方はあまり思い浮かびません。

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永井均さんの倫理学あるいは倫理学批判をどう思っていますか?

永井さんの『猫のアインジヒト』は、長らくわたしの倫理学の授業で指定の教科書でした。おすすめです。問題意識はわたしとだいぶ違うなとは思いますが。

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哲学に対して難しそうというイメージが大きいのですが、哲学的センスとはどのようなものでしょうか。

もし実際に哲学書とかよまずに「難しそう」と思ってらっしゃるのであれば、読んでみて本当に難しいかどうか判断してみてください。消費者として読むだけであればセンスとか別にいりません。

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先生は読書量といい、文章量といい、体力がありそうですが、生まれつきですか?何か運動でもしているのでしょうか?

小学生のころは病気がちでしたが中学に入って剣道をはじめたらあまり病気はしなくなりました。もう長いこと剣道はやっていないので今はぜんぜん体力がありませんが、まあなんとか大病はせずにすんでいます。

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留学時のほろ苦いエピソードを教えてください。

アメリカでバーに行くと注文したあとで店員さんが名前で呼び出してくれるのですが、Tetsuji という名前に店員さんがいつも苦労するので、しばらくしてからはバーでは Ted と名乗るようにしていました。
あるときポスドクの人と一緒に飲みに行ったときにいつものようにTedと名乗っていたら「なんでお前がTedなんだ」とポスドクがいうので事情を説明したところ「なんてかわいそうなやつだ」と大変憐れまれてしまいました。
正直Tedと名乗っていたことよりそうして憐れまれたことの方がそうとうに傷つきました。そのポスドクも今では著書をいくつか出して有名な科学哲学者です。いずれにせよ、それ以来バーでも少々無理でも実名でとおしています。

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フェミニズムって歴史的使命を終えたと思うんですがどうですか?

制度改革を目指す運動は一定の成果を挙げたと思いますが、意識改革の面はまだまだ道半ばというところではないでしょうか。もちろんその意識改革を必要と思わない人にとっては歴史的使命を終えた、と見えるというのはそうなのでしょうが。

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アリストテレスで特に重要な著作というとどれでしょうか?

それぞれの分野でそれぞれに重要なので特にと言われてもこまりますが。科学哲学をやっていてよくお世話になるのは『自然学』『形而上学』『分析論前書』『分析論後書』『動物部分論』あたりじゃないかとおもいます。

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マルクス主義とか共産主義で評判を落としたことがあるのはどうしようもないにしろ、マルクスが不当に評価されているのが納得できない人間の一人です。マルクスを一般世間の間で再評価してもらうにはどうしたらいいのだろう、というのをよく考えますが、伊勢田教授はなにか思っていることはありますか?

共産党がよく名前の印象がわるいから名前を変えろとか言われていますが、その伝で行けばマルクスも丸楠さんとかに改名するといいかもしれません。

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