夏休みイベント2019実施のお知らせ
「サイレントさ、一つ確認したい事があるんだけど……もしかして君、水着になれたりする?」
「とうとう暑さでイカれたのか、あるじ? あ――」
現代社会に毒されてすっかり眷属としての誇りを忘れてしまった様子のサイレントを久しぶりに瓶詰めする。
百均で買ってきた一番大きな瓶にみちみちに詰め込むのが個人的な流行りだ。詰め込んだら次の掃除に使うまで冷蔵庫に保管しておこう。悪くなるかもしれないし。
一人暮らしだった頃は大きな冷蔵庫の中身もほぼ既製品や飲み物だけだったが、シャロが来てから品数が豊富だ。ジャムの瓶の隣に並べればさぞ映える事だろう。
サイレントは焦った様子もなく、悲鳴をあげる。
「ななしぃ、助けてぇ! しゃろ、助けて! 出荷されるぞッ!」
「その手があったか、この謎物質が。ちゃんと真面目に答えろよ」
こっちは真面目なんだよ。それ次第で計画を変えねばならない。
「たすけてぇ、あるじが我に欲情して――」
「『
「………………ごめんなさい」
ひつじさまに寄っかかり、ひなたぼっこしていたフラーが目をこすりながこちらを見てくる。
なんの益にもならないやり取りをしているとふとチャイムがなり、鍵を開ける音がした。
入ってきたナナシノが僕たちを見て目を見開く。
「ど、どうしたんですか、そんなに騒いで」
「助けて、ななしぃ! あるじが我をジャムの隣に並べようとするんだ! 暑さの余り、もともとおかしかったあたまが多分どうにかなってしまったんだぞッ!」
瓶詰めされ、分厚いガラスの中からくぐもった声をあげるサイレントからは『静寂』などという単語は見えない。
ちなみに、夏季の僕の家は冷房設定温度は二十五度である。止めるのはシャロがエアコンの掃除をする時くらいだ。
今日のナナシノは涼しげなスカート姿だった。明るい色のロングスカートに白のブラウス。猛暑の外を歩いていたせいか、少しだけ日に焼けた肌には玉の汗が浮いている。
どうやら今、大学生は夏休みのようで、ナナシノは若く有意義な時間を無駄に過ごすためにしょっちゅうやってくるのである。いちいち出るのが面倒なので合鍵を渡してしまった。
「あまつさえ、我に水着を着せようだなんて……うぅ、我を、どうするつもりなんだ、あるじ! あるじにはなんでもやってくれるななしぃがいるだろ! けんぞくぎゃくたいはんたーい!」
「!? や、やりませんッ!」
何でもやってくれるナナシノが顔を真っ赤にして反論した。
相変わらずテンション高いなぁ。二十四時間ずっとエアコンの効いた部屋から出ない僕でも夏バテ気味なのに、そこまで元気なのは若さ故なのだろうか。いや……日頃の行いか。僕とナナシノでは運動量が違いすぎるのだ。実年齢はそこまで離れていないが、体内年齢にはかなりの差があると思われる。
ナナシノが持ってきた大きな鞄を置くと、相変わらずの溢れるバイタリティを発揮してぽつりと呟いた。
「しかし水着…………? もしかして……海とか、ですか?」
「待った、ナナシノ、そこでストップだ。とりあえずソファに座って」
「? は、はい」
すかさず制止する。さすがの僕も慣れた。
ナナシノは不思議そうな顔で、膝の上に両手を置いてソファに行儀よく腰を下ろした。
瓶からぬるりと抜け出したサイレントがすかさずその前に氷入りの麦茶を出す。
僕はその前に仁王立ちして、鋭い眼光で何も学んでいないナナシノを見下ろした。もう最初に出会って随分経つのに、今だ何も察せないナナシノにはほとほと呆れる。
「海だ。だが、先に行っておくけど、ナナシノが考えているような海じゃない」
「は、はぁ……」
「頭下半身であっぱらぱーなナナシノはどうせ新しい水着を買って海辺で海水浴とかしたり水着姿でいちゃいちゃ戯れたりセックスするのを想像しているんだろうけど、断じて違う。いいか、もう一度言うぞ。断じて、違う」
頭下半身であっぱらぱーなナナシノは僕の言葉に目を丸くしたが、内容を理解したのかすぐに顔を真っ赤にして涙目で反論した。
「!? そ、想像なんて、してませんッ!」
「あるじってたまに酷い事言うよね」
ナナシノは顔もいいし性格もいいし家もお金持ちなので非の付け所がないのだが……バイタリティ溢れている子って怖いよね。運動部と比べたら僕なんて草食系も草食系だ。
「でも、今回論じるのはナナシノの性欲の強さについてじゃない。先に言わせてもらったのははっきり言っておかないとナナシノが虎視眈々とイチャイチャする機会を狙ってくるからだ。いいか、ナナシノ。僕は――忙しいんだよ」
「つ、強くなんて、ないもんッ!」
声に力を入れ、身を震わせ食い入るようにこちらを見るリア充を牽制する。
「はっきり言って、昔から僕は糞暑い夏にわざわざ外に出てレジャーに励む連中を馬鹿だと思ってきた。もちろん、声に出して言った事はないけど、夏にはもっとやるべき事があるんだ」
「…………ブロガーさん、友達いなかったんですね」
「ネットの友達は大勢いるよ」
「ネットの……友達???? ???? あの……それって……会った事とか、あるんですか?」
「ナナシノは全然わかっていないようだな」
会ったことがあるかどうかなんて微々たる差だ。友情は距離や時間に囚われない。
大学生だ。青春を謳歌したいのはわからんでもないが、つきあわされる方は堪ったものではない。
僕は頬を林檎のように真っ赤にして拗ねたような顔をしているナナシノから顔をそむけた。
丁度タイミング良く買い物に出ていたシャロが帰ってくる。
「ただ今戻りました、師匠。アイス買ってきましたッ! 青葉ちゃんの分も――」
「シャロッ! 夏だッ!」
シャロは夏だが肌の見えない格好をしていた。ロングパンツに袖の長いブラウス。最近は外に出る時には麦わら帽子を被っているが、玄関に置いてきたのか今は被っていない。
暑い中歩いてきたにも拘らず涼しげな表情をした少女は実はナナシノ以上にバイタリティに溢れていたりする。さすがNPCなだけの事がある。
シャロは開口一番の僕の叫びに一瞬目を丸くしたが、慌てたように両腕を脇につけて背筋をピンと伸ばした。
「は、はい、師匠ッ! イベントですねッ!」
「水着が必要だ!」
「は、はいッ! 召喚ですね? 召喚で出すんですね? その……何を集めるんでしょう?」
壁に掛けられたカレンダーは8月の半ばを示していた。夏も本番。世間では夏休みが始まっているが、ゲーマーにとってはこの時期は戦いの時期である。
僕はアビコル以外にも幾つかソシャゲを嗜んだ事があるが、ソシャゲを始めてこの方、僕はこの時期に休んだ記憶がない。そして、もちろんだがアビス・コーリングも色々忙しい時期なのである。
シャロは目を白黒させ明らかに混乱しつつも答える。ナナシノが目を見開き成長したシャロを凝視する。
最近はNPCですら学べるのにどうしてナナシノはいつまで経ってもこうなのか。下手したらフラーの方が賢いぞ。
僕は頭下半身であっぱらぱーなナナシノちゃんを見下ろしてできるだけ侮蔑の響きを乗せた声で言った。
「わかっただろ。これが正しい反応だ、ナナシノ。君が間違えている。夏と言ったら夏休みイベントだ」
「うぅ……そんな……私が? 私が間違ってるの? …………ブロガーさん、実は……その……私、新しい水着を買って――」
どんなのを買ったのか気にならなくもないが、力を込めて言う。
「ダメだッ! その水着じゃイベント特攻がつかないッ! いいか、ナナシノ。これは遊びじゃない。遊びじゃないんだッ!」
「い、いべんととっこー…………」
ナナシノの目が死んでいる。
これだからソシャゲ初心者は……イベントの素晴らしさを全くわかっていない。
ユーザーの財布を狙い新たに実装される眷属。世界観を無視してかっこかわいい水着グラに変わる眷属達。大盤振る舞いの大放出な強化素材。ちょっとくすりと笑えるストーリーに――コンプしようとすると無意味に膨大な時間がかかる周回数こそがアビコルのイベントの真髄だ。
イベント特効とは、それを使うとイベントに有利な効果が発揮される眷属である。
夏休みイベントの場合は眷属召喚の対象に水着装備が追加され、それを眷属に装備させる事で様々なボーナスが発揮される仕様となっていた。眷属本体と水着装備どちらも手に入れなくてはならない闇仕様である。おまけに、それとは別に眷属それ自体が水着姿の物が出たりもするのだから、統一が取れていない事この上ない。
ちなみに、言うまでもなく水着装備はプレイヤーのナナシノが着ても意味はない。
「ということで、僕はしばらく向こうに行く」
「師匠、まずはどうすればいいのでしょう?」
ナナシノとは逆にシャロは元気だ。現代日本にすっかる順応したとはいえ、シャロは向こうが故郷だからな。こっちに来なくていいのに。
アビコルの夏イベントは毎年変わり、僕の記憶にある限りでは全部で十五種類実装されていたが、大きく分けると三種類になる。
イベント告知はまだ実装されていないので実際に見てみなければどのイベントだかはわからないが、今回のイベントもその中のどれかになるだろう。
そもそも、アビコルのイベントのほとんどはひたすらぐるぐる同じ事をやってアイテムを集めたり敵をひたすら倒す面倒な周回イベントだ。
「エレナの元に行くぞ。僕の想像が正しければ、収集癖を持つ謎の大富豪が現れるか謎の生き物が大量発生するか、謎の海の店営業シュミレーションが始まるはずだッ!」
僕は、一般的リア充が海水浴したりバーベキューしたりビアガーデンに行っている間に、無意味に種類の分かれている貝殻をひたすら集め、海の幸をひたすら倒しまくり、海の家の売上に四苦八苦しつつ、雑談しながら二十四時間周回生配信をしたのである。
アビコルが終わってからは夏休み意気消沈していたが、あの無意味に面倒くさく無意味に時間を使う熱い夏が今年もやってきたのだ。全力でイベントをこなそうと思ったら、寝ている暇などない。
「ブロガーさん、私、そんなことより水着でえっちしたい……」
「!? さ、サイレントさん、そ……それ、もしかして、わ、私の、アテレコですか? や、やめてくださいッ! そんな事思ってないもんッ!!」
「ナナシノうるさいから置いていきたいんだけど、ログインするとついてきちゃうんだよねー」
「!? それ、もしかしてブロガーさんの――ブロガーさんは、そんな事言わないもんッ!」
「青葉ちゃん、日頃のお世話は私が全部してるんだし、もう師匠は私のものだから、近づかないでくれる? 正直、目障りなの」
「!? 青葉ちゃん、そんな事思ってないからッ! サイレントさん、やめて、やめて、くださいっ! 私が思ってるみたいに言うのやめてーッ!」
君たち楽しそうだなぁ。もう本当にサイレントをジャムの隣に並べてイベントに行きたい気分だが、残念ながら全体攻撃持ちのサイレントは周回に適しているし、ドロップ率が上がるシャロのノームも必須なのである。
……あれ? ナナシノって、もしかしていらない?
僕は一瞬、脳裏によぎった思考を眉を顰めて封印した。
距離離れていてもログインすると自動的についてきちゃうしね、ナナシノ。ログインボーナスかな?
「しかし、やっぱり『浜辺の精霊 サイレント』は別眷属くくりなのか……どうなってるんだこの世界は」
ビキニ着やがって。どこの需要に応えてたんだ、あれは。
僕は大きくため息をつくと、まだ騒いでいる仲間達を尻目に、高らかに
アビス・コーリングの夏が再び始まる。
夏だ、海だ、召喚だ、イベント実施中!
イベントを周回し財宝と海の幸を集め、それを使って海の家を経営しよう! 売上に応じて豪華賞品をプレゼント!
この期間に排出される特別な水着キャラ配置で売上アップ!
イベント期間
2019/08/13〜2019/08/24
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