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冗談で記憶喪失と言ったらクラスメイトの美少女が妹になりにきた 作者:菊花
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第1話 妹(嘘)があらわれた

 一条御幸(みゆき)は気が付いた時、病院のベッドで寝ていた。


 横断歩道で信号待ちをしていたら車に撥ねられ、丸二日間は目覚めなかったらしい。

 らしいというのは、なにぶん車が急にいらしたものだから、突然過ぎてはっきりと覚えていないから。


 ぱっくりと割れた頭の皮膚を懇切丁寧に縫ってくれたらしいお医者様と話していて初めて知ったくらいだ。

 ちょっとした不思議体験アンビリーバボーに語る口が自然と軽くなり、


「ハハハ。もしかすると記憶喪失かもしれないですね」

「そうか。まあ一時的なものだね。事故のショックでとか、よくあることだから気にしなくていい。記憶はそのうち戻るよ。後でお母さんにも話しておこう」


 なんて冗談のつもりだったのだが、冗談だとは思われていなかったようだ。


 母→母友→学校の教師→クラスメイト


 の経路で話が伝わりクラスは大騒ぎになっているらしい。

 らしいというのは、まだ入院したままであるからで、上の経路を逆に辿って反響してきたからである。



 ―

 ――

 ―――



 入院生活三日目。


 幸いにも怪我をしたのは頭だけで、ただ座って安静にしているだけだった。

 それが三日目ともなれば、真っ白な部屋の内装を眺めるのにもそろそろ飽きてきた頃である。


 新聞で事故の概要と運転手の身の上を知り、また高齢者の免許返納問題が盛り上がるのだろうか、なんて他人事のようなことを考えて過ごしていた頃でもある。



 誰かが、ガラ、と勢いよく病室の扉を開けた。


 明るい色の髪がまるで香るようにふわりと舞う、制服姿の女の子。

 その子は肩で息をしながら言う。




「お兄ちゃん!」




 ……なんて?


 生まれてこの方、兄も姉もおらず。弟も妹もいない。純真純正な一人っ子ですが。知らないうちに母が不貞を働いたというのならすみません。


「覚えてない? お兄ちゃんの妹のうららだよ!」


 いや、知っていますとも。

 君はクラスメイトの、令和うらら。

 令和さんだ。


 明るく元気で愛想よく、顔立ちがいいので学校中の男子から人気、らしい。

 個人的にはあまり話したことがない。


 ――うん。間違っても、俺の妹ではない。


 だというのに何故この人は妹と偽るのか。

 さぞかし名のある美少女とお見受けするが、何故その様に荒ぶるのか。


「ねえ、記憶喪失って本当なの?」

「そうだな。急に記憶喪失になったみたいだ」


 いつの間に君が俺の妹になったのか覚えていないことをそう言うのなら、俺は記憶喪失に違いあるまいか。反語。


「そうなんだ……。でも安心して! お兄ちゃんのことは私がフォローしてあげる!」


 じっと見つめてくるのは嫌味のない真剣な表情。

 これでからかっているというのなら、君は銀幕のスタァにだってなれるぞ。


 大体そんな嘘、どこからひねり出したんだ。

 仮に本当に記憶喪失だったとして母に尋ねればすぐにわかる。秒でバレる。

 なのにそこまで自信を持てるなんて……君みたいに挑戦的な奴は初めてだ。



 いいだろう。話に乗ってあげようじゃないか。

 こちらも冗談とはいえ記憶喪失と嘘を吐いた身分。彼女の言うことを咎めるつもりはない。


 なにより面白いじゃないか。

 この挑戦、がっぷり四つに組んで受け切ってやるのが意気というものではないだろうか。



「あっ、そうだ! お兄ちゃんが休んでいる間の授業のノート、コピーして持って来たんだ。勉強に使って!」

「妹なのに同じクラスなのか」

「そっ……そうだよっ!? 私たち同い年なんだから、ねっ!」


 設定に自信を持っていただきたい。


 うららさんからルーズリーフをコンビニコピーしたと思われる紙を受け取る。

 お世辞にも綺麗とは言えないまとめ方だ。字を綺麗に書こうとしている分、授業に追い付いてなくて内容が繋がっていない。


 ……ノートと言えば。

 以前、うららさんにノートを貸してほしいと言われて見せたことがあった。


 話したのはそれきりくらいだが、その時の縁がこうして帰ってくるのは有難い話だ。

 思わずほっこりする。


「ありがとう、うららさん。お見舞いに来てノートも持ってきてくれて嬉しいよ」

「もう。違うでしょお兄ちゃん。”うららさん”じゃなくて”うらら”って呼ぶんだよ」

「そうだな。来てくれてありがとう――うらら」


 呼ぶとこちらを見た。

 目が合う。

 真ん丸の瞳が綺麗で見入ってしまう。なるほど、男子から人気があるというのも頷ける。


 しかし、目が合ったまま動かないな。


「どうしたんだ、うらら?」


 うらら。

 呼ぶとぴくりと瞬きした。

 ――みるみるうちに顔が真っ赤になって、耳まで赤くなる。それから頭を掻いた。


「う、うんっ。でへへっ」


 何を恥ずかしがっているんだ。

 この調子ではお兄ちゃんは先が思いやられるぞ。


「え、えっと……そうだ! 花でも変えようか!?」

「君は代わりの花を持ってきてくれているようには見えないが」

「えっ?」

「たぶんなんだが、君は水を変えに行きたいんじゃないか? さっき変えてもらったばかりだから別にいい」

「そうなんだ……え、えへへっ」



「……」

「……」



 沈黙が過ぎる。

 君の持ち込み企画じゃないか。もうネタ切れか。


 君が若手芸人だったら持ち時間を使い果たして、裏に引っ込んだところを先輩に怒られているところだぞ。


「じゃ、じゃあ……私はそろそろ帰るね! なんかごめんね!」


 帰るのか。


「ああ。今日はありがとう。君がいいならまた来てくれ、うらら」

「えっ……あ、うん! また来るからね、お兄ちゃん!」


 次回、鍛え直してくることを期待しよう。



  ♪



 うららは病院の中を怒られない程度に小走りする。


「やった! 一条君とあんなに話せたっ! しかもうららって呼んでもらっちゃった。でへへっ!」


 うきうきして顔がにやけてしまう。

 口元を両手で隠して、えへへ、と手の中に息を零す。


「一条君も私が妹だって疑ってなかったみたいだし上出来だよね! 明日はもっとお話しできるかなぁ……」

お読みいただきありがとうございます。

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