ふぁっつ・にゅう

 

          研究室の風景ー過剰診断問題を話題にコーヒーブレイク
  
今日はS氏が
久しぶりにT先生の研究室を訪問しています大学院生のFさんも同席しています。

S 「先生、福島の委員の任期、やっと終わりましたね。大変だったでしょう。」

T 「まあ、僕の場合は科学的に正しいことをそのまま言う、っていう誰でもできる簡単なお仕事だったですからね。福島で起こっていることに限らず、過剰診断問題に関してはそうは事情が許さない人もいるから大変だと思うよ。」

F 「嫌がらせもあったようですけど大丈夫だったんですか。わー、こんなのが来るんだー、て私は楽しかったですけど。」

T 「周りからはよく甘すぎる、って言われるんだけど、色々失礼なことをされたのは事実だけれど僕は彼らに対しては悪い感情を持っていない。かえって心配している。」

F 「えっ、それは意外ですね。先生って鈍感なんですか?」

T 「(怒)彼らも彼らなりの正義感でやっている。ただ彼らの主張は科学的には正反対を向いています。」

F 「どこが正しくないんですか。」

T 「これほど少ない被曝量で、かつバイアスの大きい超音波検査という手段を使って健康影響があるかどうかを見極めるのは無理ですよ。それを、『万が一のことがあるかも・・・』ってやってるだけ。どうやったって被曝影響は見えませんでした、ってデータしか出てきませんよ。誤差が大きすぎるから。」

F 「原発の被害を隠蔽するな!って言っている人たちが実は原発推進をサポートするデータを出すことを応援している形になっているわけですか・・・頭痛いですね。」

T 「それと、過剰診断でがんの診断を受けてしまった子供たちは今回の原発事故の主要な被害者なんだという認識が欠けています。原発事故の恐ろしさをを訴えることと過剰診断の恐ろしさを訴えることは何ら矛盾しませんよ。僕なんかは元々あまり関心がなかったけど、県民の不安を燃料に過剰診断例が際限なく積みあがっていくのを目の当たりにして、原発事故って恐ろしいなって思いました。不安を解消するためとか放射線の影響を調べるためには別に超音波でなくても他の手段がいくらでもある。むしろ超音波検査はおよそ考えられる中では最悪の手段ですよ。」

S 「被曝の恐れのある子供の甲状腺を超音波で調べるのは良いことだ、って誤解はチェルノブイリ原発事故をきっかけに広まってしまったように思いますけど。」

T 「チェルノブイリでは超音波検査による早期発見が役立った、というデータは取れなかったし、甲状腺がんが原因で死んだ子供はほとんどいなかったんです。反面、自殺や事件・事故で多数亡くなっています。子供にとって脅威になったのは甲状腺がんそのものではなく、むしろ甲状腺がんと診断されることによる精神的・社会的影響であったという認識が専門家の間では広がっています。僕らは会議で被害を軽減できる手段を提案したんだけれど採用されませんでした(福島県甲状腺評価部会に提出した検査改善案。」

S 「あの提言は甲状腺検査の問題点と解決策について語りつくしていましたのにねえ。」

T 「残念ですね。ところで僕なんかに倫理で説教されるなんて福島県は恥ずかしい、って言ってた人がいるらしいね(怒)。」

F 「知りませんよ。誰ですかそれ。まあ恥ずかしかったのは事実ですけど。」

S 「検査は県民の不安を解消しているから続けなくてはいけないんだ、っていう人もまだ多いですよね。」

T 「データを取るためとか親の不安を解消するために子供に健康被害の起き得る検査を受けさせる、というのは医学倫理的には虐待に相当しますよ。」

F 「ということは、今でも福島の子供たちは危険な状態に置かれているということですか。」

T 「そのとおり。無症状の子供や若者に超音波検査をすることは極めて有害なんですよ。福島の親御さんは子供に絶対に検査を受けさせてはいけません。たまたま小さな甲状腺がんが見つかってしまった若者たちが必ず言う言葉を知ってもらいたいんですよ。"甲状腺がんが見つかる前の自分に戻りたい"って。

S 「検討委員会の星座長がリスクが大きいから自分の子供には超音波検査を受けさせていない、っておっしゃってましたね。」

T 「子供を持つ親としては当然の判断です。僕はあの発言を高く評価しています。あの立場であそこまで言うのは非常に勇気がいることですからね。他の影響力のある人たちも頑張って発言してもらいたいですね。」

S 「超音波検査の弊害を教育をするのは本来学会の役目ですけどね。」

T 「関連学会の責任は大きいね。不要な超音波検査を抑制すべく早急に声明を出すべきです。国民の負託に応えられていないと思います。」

F 「先生が失業しないことをお祈りしてまーす。」

T 「(怒)学会には世話になったからこそ心配してるんですよ。超音波検査は巨大なマーケットだし、福島県民健康調査も1000億という巨額の予算がついています。それに原発事故の健康影響のデータが欲しい人もいるでしょう。検査が多くの人の権益にかかわっていることは疑いのない事実なんです。だからこそ自分たちの利益のために子供を犠牲にしたんじゃないかって疑われるような言動はしてはならないのです。」

S 「有識者会議の議事録を見たら、子供の健康被害は容認してデータを集めましょう、という意見が繰り返し出てきてますね。若年者の甲状腺がんの過剰診断の被害が軽視されているんじゃないですか。」

T 「子供の甲状腺がんを実際に診たことある医師が国内にほとんどいないことが原因でしょうね。」

F 「10代、20代でがんって診断を受けたらショックでしょうね。私も自分の甲状腺、うかつに超音波で見るのやめよう。」

S 「経過観察したらいい、なんて簡単に言っている人もいるけど、そりゃ無理ですよ。医学部生だって耐えられないんだから。それに子供の場合は家族全体に与える負の影響は大きいでしょうね。」

T 「親は診断を聞いた瞬間に顔面蒼白になりますね。大丈夫だということを言っても信じてもらえるまでに何年もかかる。恋愛については本人同士の間ではがんという診断がついているかどうかはあまり関係ないような感じだけど、それが結婚するかどうかの段階になると相手の親に必ず何か言われるんです。不幸なことですよ。」

S 「過剰診断問題はどうしたら解決できるんでしょうね。」

T 「過剰診断の抑制はどの国でも苦労しているんです。過剰診断を危惧する研究者はいかに妨害をかいくぐって論文を出すか、に皆苦心しています(笑)。既存の権益に真っ向から挑戦することになりますからね。それこそ職を賭す覚悟が要る。だから、僕のような中途半端な立場の研究者じゃなくて●●に●●を〇〇〇〇だような●●●●に●●の●●にもっと頑張って欲しいっていつも言っているわけですよ。」

F 「ああ、先生、さすがにこれはHPでは公開できませんわ…。 宇宙の平和のために伏字にしときますね。」

S 「Peer Review制で過剰診断の論文を通すのって難しいでしょうね。複数の査読者のうち一人でも反対されたらアウトなんですから。」

T 「芽細胞発がんの論文の時もそうだったんですけどね。僕が出す論文はそんなアンチの研究者でも科学的に反論することができなかった選りすぐりの論文、ってことですよ。」

F 「その話って、データが不完全で論文が通らないことの言い訳に使っていないですか?」

T 「(怒)過剰診断の被害の拡大が止まらない原因として、行政の不作為とか市民団体の声とかが挙げられているけれど、僕は専門家がまず襟を正すことが必要だと考えています。福島県が直面している問題は今まで誰も経験したことのないもので、世界中探しても子供の甲状腺がんの過剰診断の専門家なんて存在しないんですよ。だから謙虚に勉強しないといけない。僕は福島の子供たちに相当深刻な影響が出ると考えているけれど、利害関係があったり勉強不足だったりして、そこまで考えが及ばない人も残念ながら多いんです。」

S 「そういう甘い見込みで、『こう言っておけば無難に収まるんじゃないか。』って科学的に正確さを欠く意見が出てしまうんでしょうね。名のある専門家が自らの権威を背景に間違った見解を出してしまったら、それが独り歩きをして、いかにも専門家の間でも意見が分かれているように見えてしまって対策が取れなくなりますよね。」

T 「特に『外国では被害が出たけど福島ではきちんとやるから問題ない』、というような見解は極めて危険ですよ。福島の子供たちは過剰診断抑制の実験台ではないんですから。国際的な常識に基づいた判断をすべきです。過剰診断を懸念する専門家が『バイアスのかかった人たち』と揶揄されているようでは解決の糸口は見つかりません。」

S 「韓国で検診のせいで甲状腺がんが爆発的に増えた時もなかなか過剰診断の被害の実態が外国に伝わらなくって、発覚したのは15年後でしたね。その段階になっても専門家集団であるはずの韓国甲状腺学会が過剰診断論を真っ向から否定したんですけど、一部の良心的な医師とマスコミが共同して大キャンペーンを張ったので負けてしまったんですよね。」

T 「正しい情報を知ればほとんどの人は検査の継続に反対するはずです。ポイントは対象となる子供を持つ親御さんにいかにして検査の危険性を伝えるか、でしょうね。あと、大事なことですが検査を始めた方々を責めてはいけません。それは無駄な争いを引き起こして解決を遅らせます。」

F 「いろんな思惑が絡んで白い巨塔みたいになってきましたね。」

T 「こんな現象をリアルタイムで見れるチャンスってそうそうないから、学生さんや若い世代の医療者には是非この機会に福島で起こっていることに関心を持ってもらいたいですね。正しい医療とは何か、医学とはどうあるべきか、そしてもし自分が関係者の一人となった時、自分だったらどう行動するか、と考えるだけで相当勉強になりますよ。」

S 「過剰診断問題、これから先生自身はどう関わっていかれるんですか。」

T 「僕は検査体制がいつまでたっても科学的に正しい状態に戻らないことを危惧して会議のメンバーを引き受けただけなんです。」

S 「”科学に基づかない医療は誰も幸せにしない”、ですね。」

T 「そう、今後は余計な口は出さずに、頼まれたことだけするようにしたいですね。でもこのようなことを二度と繰り返さないよう、医学の歴史に残すために論文はしっかり書いていこうと思っています。委員をやっている間ずっと言ってたことですが、しかるべき人たちがやるべきことをきちんとやっていたならば僕なんかが口を出す局面はなかったはずなんです。だから今後も僕が活躍しているように見える状況が続くということは良いことではないんですよ。そうならないことを祈っています。」

F 「確かに、芽細胞発がん、すっかりどこかいってしまいましたもんね。」

S 「しかし、このまま継続したら芽細胞発がん説をそのまま証明してしまうことになるプロジェクトに先生が先頭切って反対しているって状況がなんとも皮肉ですね.。」

T 「でも、甲状腺がんは子供のころからできていて途中で成長を止める、ってとこまでは正しいと証明されてしまいましたね。あと、良性のものをほっておくと転移能を獲得してどんどん悪性化する、って教科書に載っている話も、甲状腺の研究者はさすがにそれ違うんじゃね?って今は思ってるんじゃないですか。今後検査がこのまま続いて症例数が積み重なって、手術例が増えたのに将来死亡率が低下しなかったら完全に証明されます。小さながんが時間とともに悪性化していく多段階発がん説が正しいなら将来がん死するがんを早期に刈り取っているはずですからね。そのうち、一般の人にも興味を持ってもらえるような『10分でわかる芽細胞発がん』シリーズを出そうと思ってます。」

S 「甲状腺がんってものが今まで信じてきたがんの発生メカニズムではうまく説明できないものだ、ってわかって科学の発展には貢献するかもしれませんけど・・。 そういう結末はさすがに後味悪いですよね。」

F 「でも、先生が情報発信しないと甲状腺の専門家で過剰診断の話をする人がいなくなりますよ。もっと悪目立ちししないと。伏字、戻しましょうか?」

T 「(怒)そう、そこが悩みの種ですね。残念ながら過剰診断問題はこれからが本番で、現在までにがんと診断された子供たちが結婚して子供ができるまで、少なくとも10年、20年のレベルで福島県のみならず日本全体が苦しめられることになるはずです。特に福島県に関しては、調査の結果が誤解されて広まってしまった若者に対する差別意識の解消が重い課題としてのしかかってくるでしょう。若い世代の方で解決に取り組んでくれるすばらしい人が出てくれたらいいんですけどね。」

F 「先生、わ・た・し がいるじゃないですか!」

T,S 「・・・・・・・・・・・・」

*注:この話は限りなくノンフィクションに近いです。登場人物も限りなく実際の人物に近いです(キャラが混在してますが)。 こんなマニアックな雰囲気を味わいたい方はどうぞ見学にいらしてください。



参考文献:日本リスク研究学会誌 Vol28(2):67-76 福島の甲状腺がんの過剰診断ーなぜ発生し、なぜ拡大したか(https://doi.org/10.11447/sraj.28.67

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