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クーリエ・ジャポン
近年の研究で性暴力の抑止には女性に用心を呼びかけるより、現場に居合わせても危険な兆候を傍観しがちな第三者の意識を変えるほうが効果が高いことが明らかになっている。
こうした研究結果を受けて、アメリカではすべての人に当事者意識を持ってもらうことを目的とした「第三者介入トレーニング」が広がりを見せている。
こうした研究結果を受けて、アメリカではすべての人に当事者意識を持ってもらうことを目的とした「第三者介入トレーニング」が広がりを見せている。
傍観者にならないための第三者介入のやり方で、一般社団法人「ちゃぶ台返し女子アクション」も掲げている「3D」がある。
・DIRECT(直接介入)=直接干渉し、事態の悪化を止める
・DELEGATE(委譲)=別の人に助けてもらうようお願いする
・DISTRACT(気を紛らわす)=注意をひくような“邪魔”を意図的に作り出し、問題となりうる状況を和らげる
なかでもDISTRACTは気軽にできるやり方だ。
たとえば、飲み会の席で上司からセクハラを受けている同僚がいたとする。そこで直接介入ができない、ほかの人が止めるだろうと見て見ぬふりをせず、コップを倒すなどして相手の気を紛らわすことができる。まったく違う話題をふってあいだに入るのでもよい。
忘年会が多くなるこの季節、ハラスメントを見かけたら、傍観者にならず、この3Dを実践してほしい。
これまで性暴力の抑止策として主流だったのは、被害者になりやすい女性に「どうすれば危険な目にあわないか」を教えることだった。
夜遅くにひとりで暗い夜道を歩いてはいけない、「節度ある」服装を心がける、お酒の席で飲み過ぎない──だが、オレゴン州立大学のリンダ・アンダーソンらの研究によれば、このように女性に用心を促すプログラムが性暴力を抑止する効果は低いという。
飲酒は性暴力を誘発する?
性犯罪を誘発する要因としてよくあがる飲酒の例を見てみよう。アリゾナ州立大学のケリー・キュー・デーヴィスは、性暴力事件の約半数に飲酒が絡んでいるという。デーヴィスが性暴力と飲酒に関するさまざまな文献を調査したところ、事件発生時に酒を飲んでいた被害者の割合は30~50%だったのに対し、加害者の場合は60%以上にのぼった。
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だがその一方で、加害者の男性には飲酒以外にもいくつかの共通点があることもわかっている。2015年、大学でのレイプ事件が大きな社会問題になっているアメリカで、性暴力に及んだことのある700人の男子学生を対象に、在学中の4年間で彼らが犯した性暴力の回数がどのように増減したかが調査された。
すると、4年間で暴行の回数が減った学生も増えた学生も、4年次の飲酒量が一番少なかった。むしろこの調査で浮かび上がったのは、飲酒以外の要因が性暴力には大きく関与しているという事実だった。
暴行の回数が減った学生は、一時的な性衝動や女性に対しての敵意、レイプを正当化する認識などが少なくなる傾向にあったのに対し、回数が増えた学生はポルノの視聴回数や女性に対する偏見が増し、レイプを擁護するような仲間が継続的にいたことがわかった。
米バッファロー大学の社会心理学者マリア・テスタも、性暴力事件の犯人は飲酒癖以外に反社会的行動や否定的な女性観、性に対する歪んだ認識やステレオタイプ的な男らしさへの固執といった共通点があり、「アルコールは単なるおまけにすぎない」とこの調査結果に同調する。
社会が変われば加害者も減る
こうした個人の性質や嗜好を変えるのは、酒を飲むのを禁じるよりずっと困難で時間がかかりそうな印象を受ける。だが、テスタは、少数の例外を除いて性質や嗜好は社会や文化に影響を受けており、十分に改善することが可能だと主張する。
第三者が傍観者効果に陥る理由は、
「誰かが何とかするだろう」という
集団心理が働いているからだ。
「誰かが何とかするだろう」という
集団心理が働いているからだ。
飲み会の席で嫌がる女性に執拗につきまとったり、意識をなくすまで酔わせたりするセクハラ行為を看過させているのは、社会の風潮や文化的な慣習だ。そして、それらは集団心理に深く根差している。
そこでいま注目を浴びているのが、加害者や被害者といった当事者以外の意識を変える「第三者介入トレーニング」だ。
このトレーニングは、問題が起きた場面に居合わせたときに「傍観者」になりがちな人々の価値観や考え方を変え、危うい状況を食い止めることを目的としている。
友人たちはそのときどこへ?
トランプ大統領によって米最高裁判事に指名されたブレット・カバノーが、高校時代のクラスメート、クリスティーン・ブレージー・フォードに「高校時代に性的に暴行された」と告発されたニュースは記憶に新しい。
ブレット・カバノーが最高裁判事に就任すると全米各地で抗議運動が起きた
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フォードは米紙「ワシントン・ポスト」に、カバノーは友人が見ている前で彼女を仰向けにベッドに押さえつけ、服の上から体を触ったと当時の状況を述べている。では、このとき彼らの友人たちはいったい何をしていたのだろう?
フォードは、「友人たちは何が起きているか気がついていなかったし、止めに入る様子もまったくなかった」と証言している。また、友人たちも何も見なかったし、性暴力が起きた記憶もないと話している。
「第三者介入トレーニング」の効果
この問題に関して、米クレムソン大学の社会学者ヘザー・ヘンスマン・ケットリーなどが米オンラインメディア「カンバセーション」に寄稿。フォードの友人たちの証言は、危険な状況に居合わせても自分には関係ないからと何もしようとしない「傍観者効果」の典型的な例だと指摘した。
第三者が傍観者効果に陥る理由は、「誰かが何とかするだろう」という集団心理が働いているからだという。人は自分以外にも傍観者がいる場合、他者の目が気になって何も行動できないことが多くなる。
性暴力のケースで言えば、「自分に責任はない」「どうしたらよいかわからない」「介入すると周囲から悪く思われそうで何もできない」といった理由によって、被害者を救出できないのだ。
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こうした状況を受けて、アメリカの大学では近年、第三者に対するトレーニングプログラムが広くおこなわれている。
こうしたプログラムでは、少しでも迷ったら常に最悪のシナリオを想定して、何かしらのアクションを起こすようにと指導される。
たとえば飲み会の席で女性が無理やり飲まされていたとしよう。
もしできるなら、当事者たちに直接話しかけてやめるように促してもいい。自分が介入すると角が立ちそうな場合や加害者に恐怖を感じるときは、店員など周囲に助けを求めてもいいし、わざとグラスを倒すなどとして場の雰囲気を変えるのも効果的だ。その女性を自宅まで送るなどして、事後にフォローしてもよい。もし大きな問題に発展しそうなら、警察を呼ぶ。
こうしたトレーニングを受けた学生はその後、実際に現場に居合わせたとき、積極的に介入行動がとれたという。また、米ジョージア大学の心理学者ドミニク・バロットによれば、第三者介入トレーニングを受けた男性は、それ以外の旧来型の啓発プログラムを受けた男性より性暴力に及ぶ可能性が73%減少した。
第三者であっても危険信号を察知し、適切に対処すれば十分に性暴力を抑止することができる。裏を返せば、その場に居合わせながらも見て見ぬふりをしたら、抑止できたのに何もしなかったということになる。これは、性暴力に加担したといえるのではないだろうか。
性暴力の問題は、加害者や被害者だけのものではない。社会全体の問題であると認識することこそ、問題解決の第一歩だ。