殿村誠士

まいんちゃんは中3で芸能界で生きることを決意した――体当たり演技、福原遥の人生設計

8/10(土) 8:40 配信

「大人になったまいんちゃんが、スゴイ」――小学生の頃にキッズ番組のヒロインを務め、「まいんちゃん」の愛称で知られてきた福原遥に、熱い視線が注がれている。ドラマ・映画でさまざまな役柄に挑戦、最近は体当たりの演技がネットニュース・SNSでも話題に上った。俳優、声優、バラエティー番組のMCなど、マルチに活躍する福原だが、表現の原点はすべて「まいんちゃん」にあるという。ティーンエージャーは将来を模索していたという福原が、芸能界に生きることを決意した経緯とは。将来の夢から結婚願望まで、20歳の福原が語った。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)

際どいシーンもクセのある役もこなす俳優に

福原遥は今年、俳優としていくつもの話題を振りまいた。ドラマ『3年A組―今日から皆さんは、人質です―』(日本テレビ)では、ひとクセある女子生徒役として、迫真の号泣シーンを演じた。また放映中のドラマ『コーヒー&バニラ』(MBS)では度重なるキスシーンからベッドシーンにも挑戦。いずれもニュースとなり、SNSは大いに沸いた。俳優として、さまざまな役柄や、際どいシーンを演じることは、特に珍しいことではない。しかしそれが逐一ニュースになるのは、福原がたどってきたこれまでのキャリアが大きく関連している。

小学1年生から子役として活動を始めた福原。10年前、小学4年生の時、NHK Eテレの子ども向け料理・食育番組『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』の主人公、柊まいん役に抜擢された。月曜日から金曜日まで毎日放映されたこの番組は、スタジオで料理をし、歌い踊る実写パートと、同キャラクターがクッキンアイドルとして成長していくアニメーションを組み合わせた構成。福原はアニメーションパートの声優も担当した。シリーズは4年間続き、「まいんちゃん」は当時の子どもたち、およびその親世代に広く知られることになる。

その頃、毎日Eテレを見ていた層にとっては今でも、福原=「まいんちゃん」のイメージが強い。現在福原が俳優として活躍する姿に対して、「すっかり成長したな」「あんなに幼かった少女が……」といった見守り目線が注がれるのは、子役でブレークしたタレントの宿命といえるだろう。特にアニメーションの印象も影響して、アイドル色が濃く演出された「まいんちゃん」は、現在のリアリティーある役柄とのギャップも大きい。「あのまいんちゃんが、こんな役柄を演じている」というニュースが出回るのは、“キュートなまいんちゃん”の残像を抱く視聴者が多い証拠でもある。

今も「まいん」に抵抗はない

「固定化されたイメージから脱却したいと思いますか?って聞かれることもあるんですが、私自身は、今でもまいんと呼ばれることに抵抗はまったくありません。逆に、放映が終わってから何年も経っているのに、まだたくさんの方々がまいんのことを覚えてくださっていることがうれしいですね。『あのまいんちゃんが、こんなことをしているんだ』とか、『こんな芝居ができるのか』って、驚いてほしい。私自身がもっと引き出しを増やして、違う一面を見せることで、これからの福原遥を認めていただけるように頑張らなきゃ……とにかく今はそう思っています」

ぱっと注目を引き寄せるハイトーンボイス……声優でもある福原は、ドラマや映画でもその声色が際立った印象があるが、ふだんの口調はあくまでも自然体だ。どちらかといえば控えめな印象を与え、おっとりとして、周囲を和ませるタイプ。そもそもこの世界に入ったきっかけは、「人見知りを克服するため」だったという。

「幼稚園の頃は、ずっと母の後ろに隠れている子どもでした。でもダンスが大好きで、スクールを探していたら、同級生のお母さんから子役事務所を紹介されて、母も人見知りが克服できるならやってみようか、という気持ちだったみたいです。私は完全に習い事感覚で、芸能界で頑張るぞ、みたいな気持ちはまったくなかったですね。『まいん』のオーディションも、学業のほうが大事だから、これに落ちたら芸能活動はやめようと家族で話し合っていたんです」

習い事感覚だから、野心もなく、取り立ててライバル心を持つこともなかった。しかし、『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』に出演しはじめてからは、自分自身との闘いが続いたという。福原は自身を「自分に対しては負けず嫌い」と分析する。

「実写の演技、料理、歌、ダンスに加え、アニメでは声優をさせていただいたのですが、はじめたばかりの頃は、できないことだらけでした。特にアフレコはすごく難しかったです。プロの声優さんたちに囲まれて、どうしても私だけうまくできなくて、もう一回、もう一回って何度も録り直して……。下を向いて涙を我慢したこともありました。でも、絶対に自分に負けたくなくて、頑張りましたね。子どもでしたから、私に対して周りのスタッフさんはみんな優しかったですし、振り返ってみれば、よくぞ付き合ってくださったと感謝しています。あの現場では、本当にいろんなことを学んで、それが自分の土台をつくってくれていると思っています」

改めて当時の動画を見てみると、「クッキンアイドル」に課せられた役割の多さが確認できるだろう。笑顔を絶やさず、演技を続けながらテンポよく料理。本人は左利きだが、すべて右利きで作業をしている。ダンスや歌も料理に合わせて変化し、アニメでは声優としての完成度の高さに驚かされる。番組ではロケにも出て、レポーター、MCの役割も務めた。

中3で引退も考えた

こうして10代の初めにありとあらゆる芸能のスキルをたたき込まれた福原は、自覚もないまま表現者としての力を蓄えていった。そんな福原が人生の方向性を決めたのは、中学生の終わりだった。

「『まいん』の番組が終わって、その後は雑誌のモデル活動をしていました。中3の頃ですね、みんな進路を考えるじゃないですか。じゃあ私は、将来どうしよう、何を極めたいのかな、って真剣に考えた時期がありました。一時はヘアメイクという職業に憧れて、メイク道具をそろえたこともありましたし、芸能活動をやめようかなと思ったこともあります。そんなとき、特撮映画への出演など、お芝居に触れる機会が増えてきたんです。できなくてたくさん悔しい思いもしましたが、演技をすることが楽しいという気持ちもそれ以上に沸いて、芸能界でやっていこうと決めたのはこの頃です」

俳優が声優にトライする例は多いが、はじめから俳優と声優の二足のわらじでスタートしたのは珍しいキャリアといえるだろう。演技の仕事が増加するに伴って、声優の仕事も増えた。何しろ小学生の頃からアフレコは鍛えられている。本格的に声優ができる俳優として、その存在感が印象づけられるようになった。

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