三章 ユースティアが俺に屈服するまで 05

 ルーカスの好色は界隈ではそれなりに有名な話である。


 唯一無二のSランク冒険者すらも顧客として扱うゾイド博士も、当然その事を知っていた。

 故に、卑猥なメイド服を着用するユティを見て、ゾイド博士は色々察した。


 ニヤリと、ルーカスにからかうような笑みを向ける彼を、ルーカスはスルーしながら、ビクリと肩をふるわせたユティに笑顔を向けた。


 ユースティアは、初対面の男に、その格好を見られて恥ずかしいのか――それとも、彼が帰った後、十中八九なされる妥当お仕置きを想像してか、顔を赤らめて下を向く。


 ――い、いや、最初からこんな弱気でどうするの? 文句の付けようがないほどに完璧に振る舞えば、何も、お仕置きを受ける理由はなくなる。


 実際は、無理難題を押し付けられ、難癖を付けられお仕置きはあるだろう。


 それでも、ユティは心を強く持ち直した。


 そして、勇み足で、お茶を用意して――盛大にこけてお茶を零すというベタな失敗をしてしまった。

 客人はニヤニヤとした笑顔を相変わらずに貼り付けている。


 ルーカスは好色な笑みを浮かべている。


 この場で、お仕置きされるかもしれない。

 客人の目の前で? ――でも、ユースティアにはルーカスの考える事何て解らない。何なら客人とルーカスの関係性も解らない。


 ユースティアの不安と悪い想像は膨れあがるなか、そんなユティの内心に感づいているルーカスを、それに興味を示さないゾイドのアンケートが進んでいく。



                   ◇



 ルーカスは欲望に正直に生きている。


 特に、メニアの元を出て、冒険者として成り上がっていくうちにそれは顕著になっている。


 稼いだ大金は豪快に使うし、ハニートラップだろうが何だろうが、美女がいたら口説いて抱く。美味しいものは絶対に食べるし、楽しそうな事なら率先してやる。


 それでも、全てが欲望に繋がって生きているわけではない。


 面倒くさくても金のために冒険をする日があるように。下手な国の王族よりも重宝される存在価値があっても、基本的に、人と話す時は敬語で接するように。

 ルーカスは17歳で、未熟なところもまだまだ多い子供だ。


 それでも、それなりに社会人をしていた。


 ゾイドの前で、ユティの不安通りのお仕置きをしたいという欲望はある。興味はある。それでも、それはあまりにも見苦しいから、ぐっと我慢して。

 彼が帰った後で、存分に楽しもう。


 そう考えながら、ルーカスはゾイドに空中戦艦をこの数週間使ってみた感想を述べていた。


「――まぁ、移動時間とか雑魚殲滅に掛かる時間が大幅に削減されたのが俺としては助かっていますね。

 最大火力だと、エンシェントドラゴンを確定一発で殺せますし、範囲は街一つを軽く飲み込めるくらい――あ、火力はそのままで」


「う~ん。ルーカスくんでそれくらいだと、並のAランク冒険者なら、その1/5スケールで考えた方が良さそうだね。

 改良の余地あり。と。

 それで? 狩りの時間短縮になってこなす依頼は増えたりしたの?」


「ペース的には多分増やせるんでしょうけど、体感的には遊ぶ時間が増えただけって感じですね。期待に添えず済みません」


 その後も、着々と一問一答のアンケートは進んでいく。


 そして、夕方になる頃には、ゾイド博士は満足そうな表情で帰って行った。



                ◇


 結局、客人の前で辱められる事はなかった。

 しかし、それがユースティアにとって何の安心材料にもならないのは確かだった。ルーカスは、ユースティアの肩に手をかけ、メイド服を脱がしていく。

 もう何度も脱がされ、何度も見られた裸なのに。


 それでも、未だにルーカスに肌を見られるのは恥ずかしい。ユースティアは、ベッドに押し倒されて、ゆっくりとメイド服が脱がされていくのを、下唇を噛んで待つ事しか出来ない。

 下着が外され、産まれたままの姿を。


 やはり、誰よりも見られたくない男に見られてしまう屈辱感には未だになれなかった。


 それでも、ユースティアは思う。

 まだ、この男だけに見られる分にはマシなのではないか、と。もし、他の男に見られるような事があれば、それこそ、ユースティアの心は折れてしまうかもしれない。


 だからこそ、今日、敢えて客人の目の前で辱められる事がなかった事に少し、安心感を覚えてしまっていた。


 ルーカスはそんなユティの内心を見透かしながら、首筋を撫でるように指を這いずり、そして、パチンと、指を鳴らした。


 刹那、ユースティアの視界が反転し、暗転する。


 肌に吹き抜ける冷たい夜風と、少し下に――いや、下とも言えない所に見える街の明かり。


 冷たい金属の床。

 滅多に出る機会のなかった、甲板の景色。


 ユースティアは、ルーカスの魔法によって、全裸のまま、甲板に放り出されてしまった。



                   ◇



 いつもなら上空1000m以上の天空を飛んでいる空中戦艦が、今日に限って地面から5m程度の高さに浮かんでいる。

 周りには3mくらいの家が建ち並び、住人が少し外を覗いただけで、ユースティアの存在なんて簡単に視認できてしまいそうだった。


「きゃぁぁぁっ!!!!」


 ユースティアは、思わず叫び声を上げてしまう。


 静かな夜の街に響く、大きくはないが、可愛らしい女の子の叫び声。


 静かすぎるが故に、響き、思ったより響いてしまった事に、ユースティアは気まずく、どうしようもないような不安な気持ちに襲われた。

 裸で甲板に立たせられている。


 ユースティアは、しゃがみ込んで、身体を隠した。


 しかし、更なる悲劇がユースティアを襲う。

 ユースティアがしゃがんだ瞬間に、空中戦艦が透明に色を失っていく。


 下にあるはずの部屋も、ルーカスも見えず、石造りの通りが見える。


 空中戦艦に使われているステルス機能が起動したのだ。

 空を飛んでいる時は、ドラゴンなどの空を飛ぶ恐ろしい存在から護ってくれる心強い存在だったのに、今では、裸のユティを遮るものがなくなってしまっている。


 下からも横からも、これじゃあ丸見えだ。


 しゃがみ込んでも、どうしても、ユティは、今外を誰かが通ってしまえばそれだけでその裸をどこの誰とも知らない、不特定多数の人間に見られてしまう危険性があるのだ。

 本能が恐怖し、不安になる。


 この孤独感と恐怖は、あの憎たらしいルーカスによって作られた状況によるものだと思えば、屈辱的な事この上ない。


 ユースティアは羞恥と不安で、頭がどうにかなってしまいそうだった。


 外は昏く、夜は8時過ぎ。

 この街では7時以降の外出が、治安維持法という名の法律で禁じられているが、ユースティアに知るよしもない。


 それに、見回りの兵士に見られる可能性がある事には変わりがない。


 時間が過ぎていく。

 悠久のように過ぎる一秒がゆっくりと流れて、誰も通らない事に安堵しつつ。或いは、途中で通った一人の兵士に見られないように息を殺して、運良く見られなかった事に安堵しつつ、ユースティアは、裸でこの夜の街の空に、見えざる甲板の上に放置されていた。



               ◇



 あれからしばらく時が経ち、現れたルーカスにあの場であのまま犯された。


 ルーカスが出てきたと同時に、ステルスがなくなったのは幸いである。

 しかし、柵の所まで追いやられて、バックの体位から思う存分犯された。


 襲い来る快感に何度も喘ぎそうになる。

 誰かに見られるリスクに変わりはない。


 そんな不安とスリルと快楽の入り交じる、ルストとのセックスに、ユースティアは少なからず興奮している自分がいる事を自覚していた。


 歯を食いしばってもなお、漏れ出てしまう喘ぎ声を夜の街に鳴らしながら、ユースティアは考えていた。


――もう、自分はルーカスに復讐をしてやる事なんて出来ないんじゃないか。


 この数週間、ルーカスの圧倒的な戦いぶりを幾度となく見せられた。

 この数週間、ルーカスに色々な快感を教えられた。


 ルーカスの付き添いで美味しいご飯も食べれるし、屈辱と恥辱が日常に伴うが、それでも、家を押し潰され、人生一度は詰んでしまった貴族令嬢のなれの果てにしては、それなりに幸せな生活をしているのではないかと。

 そう思い始めていた。


 人間、上を目指し続ければそれはキリがなく際限がない。


 それでも、一度妥協してしまえば、どんな人生でも楽しいものだと思う。


 ユースティアは、いつもの癖で、ルーカスへの呪詛を吐きながら考える。

 もし、ユースティアが本当に屈服してしまえば、ルーカスは、彼女への復讐が完遂したと見なし、満足し、きっと、どこかに捨ててしまうだろう。


 僅かばかりのお金を与えて、適当な街に。


 それはそれで、彼から解放されて、取りようによっては幸せなのかも知れない。


 それでも、ユースティアはルーカスに犯され続けるこの奉仕生活に幸せを見いだしていた。

 美味しい食事と気持ちの良いセックスの伴った生活に。


 ユースティアは、心を苛む羞恥と屈辱と、それに伴う快感に満たされるこの夜に、ハッキリと自覚してしまったのだ。


 ――自分は完全にルーカスに敗北した。


 ユースティアはもう一生、ルーカスという男の存在に縛られ続けなければならない身体になってしまった。


 だからこそ、ユティはルーカスへの呪詛を吐き続ける。


 反抗的に、殺気立っている彼女をルーカスが気に入っている事に気付いているから。

 或いはそれも、ユースティア自身の本心で、機会があれば、ルーカスを殺してやろうと、本当に企んでいるのかも知れないが。


 それでも、ユースティアは猫を被る。


 ルーカスに飽きられない女を演じ、一日でも長く、自分の幸せを維持するために。

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