二章 ユースティアが俺に奉仕し始めるまで 04
ルーベルグ家の少し上に駐めた空中戦艦から、10mくらいの高さだったのでジャンプで下りた久方ぶりのルーベルグ家の屋敷。
一応自分の家だし、特にベルを鳴らす事はせずに扉を開く。
「お帰りなさい。待っていたわ、ルーカス」
「……久し振りに会ったが、こんなに立派に成長して――うっ、父さんは心の底から嬉しいぞ!」
三年前よりも少し着古された、相変わらずの高そうな服を着込んだ両親の、あまりにも白々しい歓迎ムードに少し頬をひくつかせながら、ルーカスは玄関から屋敷の中を見渡した。
芸術が好きなルーカスの父親の趣味で、飾られていた絵画は全て売り払ったのは壁は白く、また、歩いてみると、母の洋服コレクションやそれをしまう箪笥もなくなっている事が窺える。
貧乏になってしまった実家。
それを根回ししたルーカス。
かの、両親がルーカスを恨んでいないはずがないのだ。憎くないはずがないのだ。
それでも、権謀術数が交差する法衣貴族として培ってきた腹黒さが、ルーカスから一エーンでも多くむしり取れるようにとの『裏』をちらつかせつつ、ルーカスに、極めて普遍的な歓迎を演じさせていた。
息苦しい空気。
子供の頃嫌いだった社交界の記憶。唐突にルーカスに冷や水をかけた化粧女のトラウマ。
ルーカスは思う。
――自分はきっと、貴族としてあのままこの家に居続けていれば、いつの間にか腐って、朽ち果てていたのかもしれない。
そう考えると、あの嘘や裏切りは許せなくとも、この家から出て行けた――ただその一点のみに関してはユティに感謝しても良いと思った。
ルーカスは応接間に案内される。
◇
「(この味は――もしかしたら、人生のワースト記録を更新したかもしれない)」
ルーカスがまだ家にいた頃に、ルーベルグ家には使用人がいた。
それがもういなくなったのか、それともルーカスに母親としての愛情をアピールしたいのかは解らないが、料理をしていた所なんて見た事のない母親の作ったクッキーと淹れられた紅茶。
ルーカスの記憶にある限りでは、生まれて初めて食べる実の母親の手作り。
しかし、純粋に出来が悪く美味しくない。
もう帰ってしまおうか。そう思い始めたルーカスの内心を察したのか否か、ルーカスの父は姿勢を正し、膝に手をついた。
「単刀直入に言うが――ルーカス。お前を疑ったりして悪かった」
「ルーカス、ごめんなさい」
父が深く頭を下げると同時に、母がそれに追従する。
「………」
「よくよく考えたら、あの時の俺たちはどうかしていた。血のつながりのある実の息子と、余所から引っ張ってきた見た目だけが取り柄のアバズレの言葉。
どちらを信ずるべきかなんて、迷う必要もなかったのに――俺たちは、あの時、まるで呪いをかけられていたかのように、選択を大きく間違えてしまった」
「私も、本当にルーカスに辛い思いをさせてしまったと思っているわ。
酷い事を言って、追い出してしまってごめんなさい。これからは私たちも心を改めて、今度こそ、三人家族で幸せな家庭を築きましょう!」
ただでさえマズい紅茶とお茶菓子が更に輪をかけて不味くなる。
中身の伴わない、形ばかりの謝罪。
言葉の節々から透けて見える「ルーカスの財産を求める欲望」――彼らはどこまでもルーカスを愛してなどいなかった。
昔は「自分たちに恥をかかせる、引っ込み思案で気味の悪い出来損ない」今は「冒険者として、「自分たちに富と名声をせっせともたらしてくれる体の良い打ち出の小槌」彼らはルーカスの事をその程度にしか思っていなかった。
ルーカスは心を苛む虚無感に歯がみをした。
本当に虚しい。
醜い反応をする落魄れた彼らに――ドーンと「今更捨てておきながら、そんな虫のいい話があるかバカ親が!!!」と叫んでどや顔する夢を妄想を、ルーカスは幾度となく経験している。
待望した瞬間だ。
あまりに予想通りで、期待通りの反応なのに――ルーカスはからからにのどが渇いて声が出なかった。堕ちるところまで堕ちた彼らを目の当たりにしたルーカスに生じた感情は、決して復讐の達成感などではなく、ひたすらなむなしさだけ。
想像していた自分の感情とのギャップに、ルーカスは打ちひしがれると同時に実感した。
――彼らはどんなに堕ちても、どんなクズでも。ルーカスと血の繋がった両親だった。
血は水よりも濃いと言うが、ルーカスのこの感情は何なのだろう。
育ててくれた事に対する恩なのか。それとも、両親と言うだけの存在に作ってしまった人生の借りを返して、彼らから本当の意味で解放されたいという願望なのか。
ルーカスは両親に向き直って、努めて真剣な表情を作った。
「――条件がある。もし、父さんと母さんが、俺のお願いを二つだけ聞いてくれると言うんだったら、俺は俺の全財産をあなたたちに差し出しても良いと思っている」
異空間から、数十億エーンと言う大金が入っていた通帳を取り出しながら。
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