二章 ユースティアが俺に奉仕し始めるまで 03

 適当に街をぶらついて、良い感じに時間を潰した後に、ルーカスはある場所まで向かった。


 実家に帰る前に、寄っておきたいところがあった――と言うよりかは、先約を片付けておきたかったのだ。


 着いた先は数々の複雑怪奇な幾何模様で埋め尽くされる、メタリックな外装に包まれた研究施設――或いは空飛ぶ『造船所』。

 いや、この施設自体は別に浮いているわけでもなく、湖も川面付近にない陸地のど真ん中にある普通の地面に接した造船所なのだが、如何せん作られている船が浮いているのだ。


 空中戦艦――魔導兵器を搭載し、新時代の戦争にも使われていくだろう飛行兵器。

 ルーカスは、これを買うためにこの造船所まで来ていた。


「やぁ、待っていたよ。ルーカスくん。――まだ、軍事利用にすら特殊な資質を持つ魔導師しか扱えないようなこの兵器を、まさか、空飛ぶ拠点として、オーダーメイドを求めて来るだなんて、いつも君には驚かされてばかりだよ」


「別にそうでもないよ。ただ、魔界とかに行けば瘴気汚染が酷くて、日帰りを強いられる事になるから――ある程度どこにでも設置できる拠点が欲しかったんだ」


「なるほどねえ。さしものSランクでも瘴気にはやられてしまうのか。それは興味深いね」


「いや、濃度の高い瘴気は空気が密閉したダンジョンに3日ほど閉じ込められた時に、特に身体に害を及ぼさない事が判明しているんだけど、如何せん生理的に受け付けなくってさ。

 あと、あのどんよりとした空気に囲まれて眠りたくないんだよ。健康に悪そうだし」


 ルーカスを出迎える、如何にもサイエンティスト然とした男は自分で振っておいてから、ルーカスの話を興味なさげに聞き流し、ルーカスを件のオーダーメイドの空中戦艦に案内する。


 それは、決して大きいわけでもないが小さいわけでもない――ちょうど半径10mほどの大きさを誇る独楽型の船。

 全体的に白と青を基調とした空色で、時間帯や天気によって――或いは空模様に溶け込む迷彩色になるらしい。


 独楽型の戦艦は、さながらルーカスにとっては小さなラピュタにも感じられた。


 1mの柵と広めの甲板は、天気の良い日に、天空の風を受けるのには気持ちよさそうで。

 金属製のドアを開けて下に降りていく、8m半径の円形の部屋が広がる。――この部屋の形状に合った家具を探すのは一手間かかりそうだけれども、それは冒険者として世界中を股にかけ、数多の伝手があるルーカスにとっては殆ど関係のない手間だ。


 ――それに何より、甲板に設置された四つの魔導放題。


 弾を込めればビームが出るし、玉がなくても、魔法の威力が大幅にアップされて吹き出す、巨大なロッド兼大砲。


 子供の頃から憧れていた自分だけの空飛ぶお城に。そこに詰まった数々の男のロマンにルーカスは子供さながらに目を輝かせた。


「ありがとう、ゾイド博士!」


「別に構わないさ。それで、お会計の方なんだけど――まぁこっちもそれなりに楽しい仕事をさせて貰ったし、その分のサービス含めて40億エーンとかでどうかな」


 ルーカスは背筋に冷や汗をかくのを感じる。

 いや、確かにお金に糸目は付けないとは言ったし、ルーカスの収入から考えれば別に出せない額でもないんだけど……。


「ど、どうしよう。今、持ち合わせが30億ちょっとしかないんだけど……」


 ルーカスは散財家である。

 特に、お金の価値を身にしみて理解するよりも早く使い切れないだけのお金を稼いでしまったルーカスは、お金に対してかなりルーズだ。


 大金があるが故に、足りないと言う事がないから値段を見ない。予想しない。


 だが、数億円単位で足りないのは流石にマズい。

 しかし、ゾイド博士はやっぱりといった感じで、呆れたようなため息を吐きつつ、自室に白紙を10枚ほど取りに行った。


「やれやれ。その空中戦艦を使ってみた時の感想をこれにまとめてきて。そうしたら、その持ち合わせで、売ってあげるから」


「こ、この歳になって宿題ですか?」


「君の年齢なら、宿題は普通だと思うけど……。何なら、その部屋の中に設置する家具一式まで付けるから」


 ルーカスは渋々と行った体で承諾し、ゾイドは内心ほくそ笑んだ。


 ゾイドの持つ技術の粋が詰め込まれた空中戦艦。魔導砲台。それらを、この上ない資質を持つルーカスが試運転をする。

 そのデータは値引いた数億円よりも変えがたい価値があると、ゾイドは考えていた。


 ルーカスは、ゾイドがそんな意思の元ほくそ笑んでいるのにも気付いていたけど、持ち合わせがないのは事実だし、高々レポート10枚が数億円の値引きに繋がるのなら、それでも良いかな、と割り切っていた。

 ――それでも癪に障るモノは触るのだが。


 予めゾイドはこの展開になる事を予想していたのか、家具一式は既に揃えられており、ルーカスは更に釈然としない気持ちになるが、それはまた別の話。


 ムシャクシャルーカスは、買ったばかりの空中戦艦で外に出かけ、魔界の森に住むオークの群れを滅ぼす事にした。



                     ◇



 少し前より、魔界と国境を接する共和国から、ルーカスは魔界の森に出現したオークの集落を滅ぼして欲しいと依頼を受けていた。


 魔界の魔物は、他の地域に住む魔物に比べて遙かに強い。

 濃密な瘴気に囲まれて育った魔物は同じ種類の魔物でも、ランクが二つほど上がると思っても良い。

 具体的に言えば、初心者でも枯れるゴブリンも魔界生まれなら、一匹いるだけで、小さな村一つくらいなら簡単に滅ぼされてしまうくらいの強さになる。


 それに、濃密でどんよりとした瘴気は並のAランク冒険者には耐え難い猛毒でもある。


 瘴気溢れる広大な魔界の森で、頼りも厄介な敵を倒さねばならない。

 そんな化け物じみた所行が出来る人間は非常に限られている。


 その限られた人間ですら「瘴気嫌いだから行きたくない」と言うほどなのだから、魔界の厄介さが如実に伝わってくるだろう。


 それは兎も角ルーカスは空中戦艦で、件のオークの集落の上空に来ていた。


 高度は約1000mで、ここからでもその集落がそれなりの規模である事が窺えた。


 ルーカスはニヤリと性格の悪い笑みを浮かべて、魔導砲台に手をかける。

 手始めに、爆炎を一つお見舞いする。


 ただでさえ、大抵の魔物の群れであれば一瞬で塵に代えてしまえるほどの火力を誇るルーカスの爆炎が、砲台によって強化され、その炎はオークの集落を包み込む。

 次は爆炎に闇の炎を混ぜて、消せない炎をまき散らすが、やはりこれも規模がかなり大きくなった。


 オークでは絶対に届かない遙か上空から、それらを灰燼に帰る最凶の炎をお見舞いできる優越感。


 ルーカスは生き延びた燃えかすを処理するために、魔法の絨毯を繰り出し、オークの集落まで降りていく。


 オークの村には、オークキングがいた。


 三年前ルーカスが戦ったオークキングの3倍はあろうかという体躯。

 その周りを取り囲む、屈強で凶暴そうなオークたち。


 上空からの炎で唯一生き残れた、炎にも魔法にもある程度の体勢が見受けられるこのオークに爆炎を噛ますと、彼らは容易く吹き飛んだ。

 宙に浮いて、隙だらけになった彼らに『呪殺』コンボを噛まし、瞬殺する。


 ルーカスは闇魔法でオークの死体と戦利品を回収して、戦艦に戻った。


 ルーカスは三年前よりも遙かに強くなった。

 『呪殺』の範囲は50mまで伸びたし、炎の魔法は強化された魔法のオークでも容易く焼き払える。今回使わなかった剣の腕だって、邪龍の牙でこしらえた魔剣の切れ味込みでなら、ダイヤモンドを真っ二つにする事だって出来るし、あの変幻自在の盾によって並大抵の攻撃は完全に防げてしまう。


 ルーカスは圧倒的に強くなりすぎたのだ。


 それでも、まだ、この世界にはルーカスよりも強い化け物が存在しているというのだから戦慄する。


 ルーカスは、三年前よりも大きくなった手のひらを見つめながら深呼吸を一つ。


 ――大丈夫だ。今の俺は三年前の俺よりも、遙かに強くなった。

   例え何があっても、潰されてしまわないだけの力を得た。


 脳裏に過ぎるいつかのトラウマ。親に信じて貰えなかった悲しみと、義妹に裏切られた絶望。


 ルーカスは内心の不安を誤魔化すように、大丈夫だと呟きながら、三年ぶりにルーベルグ家の敷居をまたぐ。

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