二章 ユースティアが俺に奉仕し始めるまで 02
ルーカスがルーベルグ家を追放されてから一年後、彼は弱冠十四歳にしてAランク冒険者に成り上がった『若き英雄』として新聞の一面記事に取り上げられた事がある。
彼が偶々国王に招かれていたタイミングで、運が良いのか悪いのか、王城目掛けて一匹のドラゴンが特攻してきた。
セラミック並みの強度を誇る漆黒の鱗と、王城を飲み込むだけの大きな皮膜。
曰く、その炎は街を瞬時に灰燼へとせしめ、曰く、その速度は音速を超えるという。
実際とんでもないスピードで飛んで迫り来る若き邪龍を、ダンジョンで拾った魔法の絨毯で迫りながら、これまたダンジョン由来の指輪、ロッド、ブレスレット、イヤリングによって凄まじく強化された『呪殺』コンボで瞬殺し、城下町に落ちる前に闇魔法の異空間に放り込んで、一切の被害を生じさせずに解決した。
その龍の鎧は、ルーカスの盾や剣を強化する素材にも使われ、それは十七歳になった今でも健在なのだが、別の話。
王城に迫った危機を容易く退け、王族を護ったルーカスは一気に世間に知れ渡る事になる。
曰く『ドラゴンキラー』
曰く『善なる闇魔法使い』
曰く『冒険貴公子』
王家からもこの一件で、それなりの報酬とお金には代えがたい信頼を得る事になったルーカス。
下級貴族の大出世。若き天才という殺し文句は、瞬く間に民衆に広がり、一躍脚光を浴びたルーカスだが、彼が脚光を浴びる事で、都合が悪く思う人間もまた、この世にはいた。
何を隠そうユースティアである。
ユースティアは依然として猫を被り続け、以前よりも彼女を好む人間は増えていた。
しかし、ルーカスの実の両親である彼らは――ユースティア強姦未遂事件により、ルーカスを家から追い出してしまった彼らは、その新聞を見て、ユースティアを嫌うようになる。
『逃がした魚は大きかった』
もし、ユースティアが「義兄さんに|強姦さ(襲わ)れそうになったの!!」だ何て言わなければ、ルーカスは未だにルーベルグ家の息子で、ルーベルグ家は王家とも懇意に出来ただろう。
Aランク冒険者を輩出した名家として、ルーカス諸共世間からの脚光を浴びる事も叶っただろう。
しかし、実際はそうはならなかった。
この際、ユースティアが本当に襲われそうだったのかどうかなんて関係ない。
ただ、たかが強姦されそうになった事で、ルーベルグ家が更に躍進できるはずだった機会を失われた事への憤りは大きく、彼らはユースティアに当たりが強くなっていく。
「また、こんな成績で――本当に使えない子供だねぇ!」
「ユティ。思えばお前が来てから、この幸せだった家庭は滅茶苦茶だよ」
それでも、ユースティアは猫を被り続ける。
どれだけ罵倒されても、どれだけ誹られても、健気に努力して、殊勝に応え続ける。
品行方正を演じるために、帰りを遅くするわけにもいかない。
勉強をおろそかにするわけにはいかない。
以前にも増して窮屈な日常。限られ、絞られた時間。それらに反比例するが如くに膨れあがっていく不満とストレス。
ユースティアは頭がどうにかなってしまいそうだった。
ユースティアは、毎日毎日枕に顔を埋めて、ルーカスに対する呪詛を吐き散らす。
ルーカスさえいなければ。ルーカスさえいなければ。ルーカスさえいなければ。
あの、コミュ障で引き籠もりで、根暗で、魔導オタクで――ユースティアから見れば気色悪くて仕方がない、生理的なレベルで拒絶反応が出るような、そんなタイプのルーカスに。
しかし、親からは彼と比べられ続け、ひたすらに「劣っている」と言われ続けた。
ひねくれて引き籠もってしまった兄に勉強で劣る。
昼過ぎまで寝ている、怠け者の兄に運動神経で劣る。
当然、魔法オタクの兄に魔法では大きく劣る。
猫を被り、人格面で――人から信頼される事だけでユースティアは生きてきた。
愛想笑いを浮かべて、評価される事だけが彼女のアイデンティティだった。
でも、兄が新聞一面に載った日から全てが覆った。
闇魔法を使うけど、国民のスターになってしまった兄を疑う人はいなくなった。
今まで「強姦未遂」を信じ込んでいた人達は、たった一回、ルーカスが本当の成果を上げただけで手のひらを180°返しては、寧ろ、猫を被り、妬心によってあの英雄を追い落とした悪女として、ユースティアは両親からも、友人からも、教師からも信頼を失った。
ユースティアは呪い続ける。
心の奥深くに眠る、闇よりもあるかにどす黒い誓いを埋めながら、いつか再び『猫かぶり』の刃をあの兄に届かせて、もう一度そっ首をはね飛ばすのだと、内心近いながら、ユースティアは健気な女の子を演じる。
一度届かせた刃は、結果としてあの兄を縛っていた『毒親の鎖』から解放しただけで、何一つ、ルーカスに届いていない事などには気付かずに。
◇
ルーカスの元に一通の手紙が届く。
宛先は、二年前から変わらず実家のルーベルグ家。内容はいつもと変わらず「疑ってごめんなさい。いつでも戻ってきて欲しい」という薄っぺらい謝罪文と、切羽詰まる「お金を貸して欲しい」「援助をして欲しい」という工面の依頼。
届く手紙の文章が回を増すごとに必死になっていく様が何とも滑稽で、嫌がらせの根回しの効果が実感できるようで、ルーカスは気分が良くなる。
そう言えば、風の噂によると、あの家はとうとうヤミ金融にまで手を出してしまっているらしく、没落まで、あと一息と言ったところらしい。
一息で吹き飛ぶようなルーベルグ家は正に、あばら屋だ。
ルーカスは、そろそろ実家に顔を出しに行くのもアリかな? と考えていた。
顔を出して、助けを懇願してくる彼らに面と向かって「No!」と断り、絶望を突き付けてやる。
その時に、ルーカスを見限り捨てた両親が――ルーカスを外へと追いやったユティがどんな表情を見せるのか、気になって仕方がない。
そんな愉悦に頬が歪んでいる事に気付くと同時に、ルーカスは一つの面白い考えを思いついた。
少年のような悪戯心と歪んだ復讐心の混じる黒い笑み。
「久し振り――三年ぶりに、実家に帰ってみるか。やっぱり、実の両親と愛していた妹に会うんだしお土産は必須だよなぁ」
ルーカスは、ルンルン気分で街に繰り出した。
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