一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 09
現在、世界の各地で敏腕を振るい、時にオークのような人に害を及ぼす魔中を駆除し、時に人の生活を豊かにする画期的な素材を調達し、時にダンジョンに潜り一攫千金を追い求める夢の職業。
古い昔でこそ、働き口のない落ちこぼれの集まりだと馬鹿にされる事もあったが、そんな蒙昧共の口は圧倒的な経済規模で黙らせた。
今や、冒険者はそれなりの地位を得ていて、Aランクともなれば封建社会で言うところの上位貴族に匹敵し、その位は世界中のどこでも等しく通用する。
ただ生まれが貴族と言うだけで、ただ官僚をやっていると言うだけで、彼らを顎で使う事など許されない。
ルーカスは家を追い出されて僅か二ヶ月足らずで完全に実家を超える地位を得た。
そんな世界の中心とも言えるAランク冒険者の権力は実績によってのみ手に入れる事が出来る。
例えばルーカスだと、森に潜伏していたオークキング率いる魔物の群れを――いずれ国家を滅ぼすかもしれなかった危険因子を一人で駆除し、3つ以上のダンジョンを一人で踏破し、ワイバーン相手にもタイマンで勝てる比類なき強さが認められている。
また、気性は冒険者にしては珍しく極めて温厚な性格をしており、暴力沙汰等の問題を起こさないのはもちろんのこと、職員に対して敬語を使えたり、貴族出身故の最低限の礼儀作法と識字能力、インテリ学園に入学できる程度の高水準な知能を備えているというのも本部からの評判は良かった。
故に、満場一致でルーカスはAランク冒険者に推薦され、無事に最上位の冒険者になる事が出来た。
ルーカスは、黄金に輝く――Aランクになって新しくなった冒険者証をポケットに忍び込ませながら、これまでずっとお世話になって――それで、より一層好きになってしまった、メニアの元へ向かっていく。
◇
夕方になり、冒険を終えた冒険者たちが狩りの精算を済ませるこの時間に――メニアはルーカスに呼び出された。
ルーカスは少し機嫌が良さそうで、それ以上に緊張しているのが窺える。
「メニアさん――俺、Aランクに昇格しました」
「おめでとう」
ルーカスは思い返す、この二ヶ月メニアと過ごした時間を。
絶望の奈落に堕とされたルーカスに差した一筋の光。ルーカスとは5つほどしか年が離れていないというのに、その包容力で彼を立ち直らせた。
年頃の男の子が女の人に惚れる理由としては十二分だった。
ルーカスは深く深呼吸をして――
「Aランクになったら、メニアさんに一番に言おうって決めてたんです。それで、その――メニアさん。好きです!
その……俺……いや、僕の恋人になってくれませんか?」
顔を真っ赤にして、手を差しながら必死な表情をするルーカスを見ているとメニアは少し微笑ましい気持ちになる。
メニアはこの二ヶ月、ルーカスを本当の家族のように大切に思っていた。毎日一緒に同じ家に帰って、誰かと一緒に食べるご飯は、ギルド職員の激務で実家にも中々帰れないメニアにとって生活の楽しみになっていた。
そして、それと同じくらいメニアはルーカスに劣等感を抱いていた。
元は冒険者を目指していたメニアは、初めて魅せられたルーカスの戦いっぷり以来、冒険者の歴史を塗り替える勢いのルーカスの快進撃に、いわゆる才能の差というモノを見せつけられ続けていた。
メニアは、ルーカスが自分に好意を抱いているであろう事に気付いていた。
メニア自身、ルーカスにそう言う風に想われている事を嬉しく思わないわけではないし、このままルーカスと恋人になれば、きっとルーカスはメニアを大事にするだろう。
何だかんだでこの二ヶ月楽しく生活できたし、ルーカスとなら上手くやっていけるとも思う。
それでもメニアは、ルーカスの事を少し危なっかしくてナイーブな――才能溢れる弟のようにしか思えなかった。
ルーカスはまだ幼すぎて、男として見る事が出来ない。
それに、ルーカスほどの才能を、メニアに対する恋慕だけでこの街に縛り付けても良いものなのかと、ずっと悩んでいた。
メニアはルーカスが自分に惚れているのを理解した上で、彼が自分を想う気持ちが小鳥のインプリンティングに近しい――偶々彼に手を差し伸べた最初の人がメニアだったからと言う理由に過ぎないモノであるとも理解していたのだ。
きっと今、ルーカスはメニアと付き合わない方が幸せになれる。
近い将来、世の中にごまんといるメニアより素晴らしい女性と出会って結ばれる日が来るだろうから――メニアは、ルーカスの告白を自分が受け入れるわけにはいかないと、そう、理解していた。
「――だから、ごめんなさい。ルーカスくんとはお付き合いできません」
「……そう、ですか。ですよね……解ってました。俺、メニアさんの恋人になんてなれないって、解ってて告白しました」
そして、ルーカスも自分の想いが刷り込みのようなモノで。それをメニアに見抜かれている事も解っていた。
それでも、胸を締め付ける衝動がルーカスを強引に動かしていたのだ。
一人の少年の恋心は、歳に似つかわしくない程の聡明さを持つ二人の男女の心をキツく締め付け、合理だけでは抑えられない感情が、二人の涙腺を決壊させる。
メニアの瞳から零れる涙を見て、ルーカスは黙って背を向ける。
泣き顔を見せないために。彼女の泣き顔を見ないために。
「……メニアさん。俺、今日をもって街を出て行く事にします。それで、世界中を飛び回って、スゴい冒険者になって見せます」
「うん。応援してるわ」
シクシクと胸の奥が痛んで、声が震える。
ルーカスは、この日この瞬間を持って救いの女神を失った。
でも、ルーカスにはもう救いの女神なんて必要ないのだ。
生まれたての子鹿のように弱く、細く見えてもルーカスはもう冒険者として立派に独り立ちしているのだから。
もう、誰に捨てられても生き抜ける強さがあるのだから。
かつての絶望は、もうとっくに克服してしまっているのだから。
「なので……偶に、疲れたら、この街に――メニアさんの所に帰ってきても良いですか?」
「ええ。いつでも好きな時に帰ってきなさい。私は、いつでも貴方の帰る場所になるから」
ルーカスは街を出る。
次にメニアさんに会う時は、旅の土産を持って帰ろう。
俺を救ってくれた、血のつながりのない心優しい義姉(あね)の元へ。
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