一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 07

「……その、ありがとうございました。メニアさんが来てくれなければ俺は多分死んでましたから」


 メニアに向き直って一先ずのお礼を言いつつ、ルーカスは着ていたジャージを脱いでパンツ一丁の格好になる。

 日焼けがなくて引き締まった――如何にも温室育ちと行った、綺麗な肉体にメニアは軽く羨望を覚えながら、しかし、オークに犯されそうだった事もあって、思考がちょっとそっち気味になっているメニアはいきなり脱ぎだしたルーカスに軽く動揺する。


「え、えっと、その……いま、こう言う形でさっきの件を上書きされるのは本意でないというか、結局まだ私の身体は綺麗なので、もうちょっと綺麗でいたいというか」


 あわあわと顔を真っ赤にして手をぶるんぶるん、ついでに丸出しのおっぱいをぶるんぶるんするメニアに「何を勘違いしているんですか」と努めて呆れた表情を見せながら、ジャージを渡す。


「着てください。流石にその格好で帰る訳にはいかないでしょう?」


 言われて気付く。メニアは今、オークの唾液がぬらぬらと光る――服も破かれて、殆ど裸体を晒しているという大変あられもない姿をしている事に。


 流石にルーカスを男として意識する事はないけど、今の格好を見られるのがあまりにも恥ずかしかったので、顔を羞恥に染めながら胸を腕で隠しつつ、ルーカスのジャージを受け取った。

 ――恥ずかしすぎて死にそう……。


 メニアはそそくさとルーカスのジャージを着込み、ルーカスは、今までの一連の流れを反芻する事によって、メニアの色々と嬉し恥ずかしな姿を脳内に永久保存する事に成功する。



                    ◇



 ルーカスのジャージを着込んだメニアを見て、ルーカスは内心ガッツポーズをした。


 ルーカスは成長が遅い方であるが故に、同年代と比べて小さい方だった。

 そんなルーカスとメニアを比べれば、メニアの方が10cmほど身長が高く、しかもメニアは隠れ巨乳だ。

 当たり前だけど、ルーカスのジャージはメニアにとってかなり小さい。


 完全な全裸の上からの、決して生地が厚いわけではないジャージ。


 当然身体のラインは強調されるし、一連の流れの緊張か、オークに舐められて身の毛がよだったのがまだ収まらないのか、ジャージの上からすこしポッチが見える。

 それをメニアも理解しているのか恥ずかしそうにもじもじしながら――


「ご、ごめんね。ジャージ、オークの唾液で汚くしちゃって……。それに良かったの? 私に服を渡しちゃって――ルーカスくんは着るモノなくなっちゃうよね」


「まぁ、いっぱしの紳士な俺からすれば女性を裸のまま帰すわけにもいきませんからね。ジャージは洗濯してくれれば大丈夫です」


「あ、うん解った……」


 メニアとルーカスの間にちょっとした沈黙が訪れる。

 それは、生への安堵や、戦いによる疲れ。無事に帰れる喜び――ルーカスはオークの死体と、それぞれが装備していた装備を回収しながら思いにふける。


 あの時本当に、ルーカスの魔力が切れていて、もう本当に動けないで倒れていたとしたら。


 それでも、こうしてルーカスの元まで走ってきてくれたメニアはきっと、間違いなくオークに飛びかかっただろう。


 それでも、その時もしルーカスが動けなかったら――ルーカスは死にゆく間際、メニアが犯される様をむざむざと見せつけられながら、なにも出来ない自分の無力さと情けなさを痛感し、果ては運命にまで見捨てられた男として、失意のまま死んでいただろう。


 そんなあったかもしれない自分を想像してルーカスは苦しくなる。


「あの、メニアさん――。助けて貰っておいてこんなことを言うのは筋違いだと解ってるんですけど、やっぱり、今回のような無茶は、もうしないでください。

 そ、その……メニアさんが死んでしまったら俺は、もう本当に立ち直れなくなるかもしれないので」


 照れから段々声が小さくなっていくルーカスをほほえましく見つめながら、メニアは「うん」と一言頷いた。


「解ってるわ。もうあんな無茶はしない。私も、今回ので流石に懲りたから――次からはしっかりとプロの冒険者に依頼する」


 メニアはルーカスを抱きしめて、頭を撫でながらあやすようにそう言った。

 オークの唾液の変な匂いに混じって、女の人の良い匂いがする。


 きっと、実の両親でも絶体絶命のルーカスの元に走ってくる人なんていない。


 自分のために身まで投げ出してくれた、優しく勇敢で、高潔なメニアにルーカスは暖かいモノを感じた。


「それと……もうちょっとだけ、メニアさんのところでお世話になって良いですか?」


「一人暮らしは寂しいの?」


「ええ、まぁ……」


 ジャージ越しの生乳に包まれる抱擁。

 両親からさえも向けられた事のない無償の、包み込んでくれるような愛に、ルーカスは涙が流れる。


 二人はギルドの帰路についた。



                      ◇



 ギルドに着くや否や、ルーカスはその日倒したオークを精算する事にした。


 殺したオークは全部で19匹。うち五匹は上位個体。しかも、上位個体はそれなりに質の良い武器が殆ど傷もないままに収穫できている上に、他の死体も『呪殺』した故に保存状態が良く、高値で買い取りされた。


 オーク一匹あたりの駆除費用も合わせて今回の報酬は100万エーン前後。

 特に鎧と剣が高価だった。

 新人の冒険者としては破格――いや、この街の冒険者にしてもトップクラスの報酬を初陣で飾り立てたルーカスは早々にギルド中の注目の的となった。


 逆に、ルーカスにオークを押しつけた冒険者三人組は、冒険者の中でもっと身忌み嫌われるトレイン行為(モンスターを押しつける事)をしたとして資格剥奪処分に加え、ルーカスに慰謝料を払う事を命じられるがそれはまた別の話。


 ルーカスはギルドの待合室で、今回の一番の戦利品たる盾を上機嫌に見つめていた。


 この盾は魔導具の類いらしく、売れば報酬は倍以上に跳ね上がったんだろうが、ルーカスはこれをもらい受ける事にした。

 散々苦戦させられた盾だ。

 自分で使えば有用に違いない。


 しかし、元はオークという巨体が使っていた大楯。小柄なルーカスに扱えるかと懸念されたが杞憂だった。

 魔導具は基本的に、所有者にあわせて使いやすく適合するのだ。


 特にルーカスはこの盾との親和性が良かったらしく、彼の意思によって大きくなったり小さくなったりとぬるぬる動く最強の防具になった。

 これで防御を固めれば戦術の幅もどんどん広がるだろうと、ルーカスは鼻を膨らませた。

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