一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 05
――こんな事になるならば、青い正義感を無駄に発揮せずに逃げれば良かった。
道の個体で危なかったんだし、まして、ヤバかった時の対処はあの3人が協力してくる事を前提で考えていたのだが、こうも早々に裏切られてしまうとは。
――あのハゲが昨日のハゲだって知ってたら助けてなかったかもしれない。
ルーカスは待たしても人間に裏切られ、囮にされ、それと同時に未だに人間を信じようとした自分の甘さと学習能力の低さに反吐が出そうになる。
人生で初めて善行を深く後悔した。
闇魔法の堅い靄を辺りに散らしてオークの攻撃をどーにか退ける。
繭は頑丈だが、重さがない。包まって、取り囲まれてそのまま奴らの住処に持ち帰られでもすればそれこそ本当に万策尽きる。
ルーカスはこの数日――そして、学園の大会で紅の剣士を嵌めるために一年もの練習を重ねた闇魔法の靄。
今なら少し範囲を広げて、魔法のベールにする事が出来る。
襲いかかってくる棍棒のオークを靄でいなしながら、後ろから斬りかかってくる剣のオークの太刀筋を躱し、盾のオークのシールドバッシュを靄で集中的に固めた闇の盾で受け流そうとして、失敗した。
そのまま、小柄なルーカスはおもちゃ箱の人形が子供に弄ばれるように飛ばされてしまう。
「痛い……もうやだ……」
泣きそうな声を漏らしながらキッとオークを睨み付けつつ、自身に回復魔法をかける。
どうやらあの盾は闇魔法だけか否か、魔法を霧散させる効果があるらしい。厄介な事この上ないが、相性上最早どうしようもなさそうだった。
ルーカスはそれでも聡明な頭から知恵熱が出そうな程に、自身が生き残るための道を模索していた。
味わった死への恐怖と、痛みへの拒絶。僅かばかりに見せられたメニアさんという希望の光。
ルーカスはそんな潜在意識に突き動かされる本能で生き残りたいのだと足掻いていた。
――せめて、あの盾のオークとのタイマンだったら勝てるのに。
ルーカスは思い至る、盾のオークが厄介なのは事実だが、他のオークもそれに劣らず厄介なのは確かだ。鎧のオークのタックルを足場にするように躱し、そのまま連係プレーでルーカスを刺し殺そうと構えていた後ろの刺叉のオークに、今まで殆ど盾としてしか昨日させていなかった剣に、身体の回転で体重と遠心力を乗せながら、脳天をたたき割る一撃を与える。
「『爆炎』――燃え尽きろ!!!!!!!!」
オークの目を焼き焦がす閃光が、高熱の爆風がこの森の浅瀬で炸裂する。
頭蓋骨を剣でたたき割られ満身創痍だった刺叉のオークは、そのまま炎で頭を爆破されて、死んだ。死に絶えた。
二ヤァっと悪魔のような笑みを浮かべるルーカスに、四匹のオークは警戒の色を強めた。
「俺、こう見えて元主席だから。闇魔法以外の魔法も、どんどん使えるんですわ~~」
炎・闇・治癒――特にルーカスが鍛えたこれらの魔法は中学生ながらにどれもが超高校レベル。
真のルーカスの強みは、闇魔法を防ぐ手立てのない敵なら実力関係なしに下せるハメ性能ではなく、子供の頃からストイックに鍛え続けた炎魔法の火力と平均的な騎士には及ぶそれなりの剣の腕に加えて、治癒魔法に込みのしぶとさにあるのかもしれない。
いや、それらを兼ね備えたが故のルーカスの強さなのだろう。
しかし、爆炎で一匹オークを処理したところで現状何も変わっていない。相変わらず敵は四匹いて、最も厄介な盾のオークが顎を引いて構えている。
――今のは運良く、奇襲が上手くいっただけだ。
結局、決定打を魔法に求めている以上根本的な解決には至っていない。
そうやって、息を整えながら考えている内に盾のオークが突っ込んできた。ルーカスは先程鎧のオークにやったようにオークを足場にして飛び上がり、上空から闇魔法をぶち込もうと企むが、盾のオークは突進を止めて、隙の出来たルーカスの足を握った。
マズい、そんな表情を見せるルーカスに、ニチャァと気色の悪い笑みを浮かべてそのままルーカスを地面に叩き付けた。
「う、うわぁぁあああ!!!」
全長2m超え体重はイノシシの3倍近くあろうかというオークの怪力に振り回され、一発地面に叩き付けられただけで瀕死になる。
回復魔法で辛うじて傷を誤魔化しても、瞬く間に致命傷を与えられる。
このままだとジリ貧になって殺される!
膝を軸に無理矢理振り回されているせいで、身体の片面が地面に強打する痛みだけでなく、膝関節がねじ切り回る激痛にも耐えながら、どうにかこうにか、オークをしまっていた異空間の扉だけは開放する事が出来た。
盾のオークが振り回すルーカスの身体から出てくるのは今日、彼が仕留めた延べ14体の大柄なオーク。
二百kg前後の巨体が空から降り注ぎ、四匹のオークの上にもそれらが落ちる。
故に、どうにかこうにか魔力残量がめっきりと減ってしまったルーカスは解放されるが、状況は最悪の一言だった。
――本来なら今のオークの死体を使った戦法で奇襲をかけて、無理矢理盾のオークを突破する算段だったのに、計画が狂った。
いや、それだけじゃない。
もう、ルーカスにはオークを突破できるだけの決定打がなく、このままでは確実に死ぬ事をルーカスは理解していた。
もう、魔力もあんまり多くない。
怪我を重ねたせいで、全身に残る強打の痛みが筋肉を笑わせる。力が全く入らない。
ニチャァと黄ばんだ汚い歯を見せて笑う豚面の鬼に、ルーカスは死を覚悟して地面に五体投地する。
聡明なルーカスだから解る。これは、どう考えても詰みだ。
今更コンボを投げても盾のオークに防がれて、爆炎コンボはもう通用しない。死体による奇襲戦法は使ったし――せめて盾のオークを足止めしてくれる戦士がいれば、もう少しやりようもあったけど。
――それは、俺を囮に逃げてしまった。
四匹のオークがこちらにノソノソと迫ってくる。
――俺の人生、後悔ばっかりだ。
ユティや俺を見限ったクソ親共に仕返しがしたかった。もっと研究したい魔法がいくつも残っている。読み終わっていない本が沢山ある。この街で一番の冒険者になって、賞賛を浴びて――それから、俺を救ったあの女神に、好きだと伝えたかった。
あぁ、メニアさん。
くそったれな人生だったけど、最後の最後で貴方に出会えて、本当に嬉しかった。せめて最後に一目だけでも貴方に――。
……って、あれ? おかしいな……。
俺の希望が生み出した走馬燈のようなモノなのか、現実なのか。盾のオークに飛びかかるメニアさんが――確かにルーカスの瞳に映り込んでいた。
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