一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 04

 ルーカスを一言で形容してしまうのであれば、コミュ障である。

 コミュニケーション障害。つまり、他人と協調したり協力したり、一緒に行動する事が苦手で、何なら話す事もそんなに得意じゃない。

 それが初対面ならなおさらである。


 ハッキリ言ってメニアとの例はルーカスにとっては例外も例外で、奇跡みたいなモノだった。


 とは言え、メニアの薦めもあり一時間ほど仲間集めを粘ってみたのだが、当然上手くいかず――話し掛ける事も殆ど敵わず、結局ソロで狩りに出かける事が決定した。


 メニアは非常に心配したが、コミュ障なのは仕方がない。


 寧ろルーカスが剣、魔法共に優れているのは一人でも戦闘に赴けるようにするために進化した結果なのかもしれない。

 それに、ルーカス自身も一人で戦える自信はあった。


 何せ今回の敵は『オーク』だ。

 豚面の鬼で、平均2m以上の巨体を持ち、石を投げつける程度の知能まで持つ。体重にモノを言わせた突進と、集団で群れるが故の、遠方から大きめの石を投げつけられたりの援護や最低限の連携戦術がとても厄介であり、中級冒険者の壁とまで言われる敵。


 しかし、比較的強い魔物が出没し、あまり初心者向きとは言えないこの街の周辺の魔物の中では、一番楽に戦えそうだと判断した敵。


 オーク。

 奇襲されたら敵わないが、ルーカスが先制できるのであれば5匹の群れまでは簡単に完封できる。その上、オークはその性質上奇襲してくる事何て滅多にない。


 故に、ルーカスは余裕の笑みを浮かべながらメニアに大見得を切って、このオークの出る森の浅瀬まで来ていた。

 意気込み十分。


 早速、最初のターゲットか、オーク3匹の群れが現れた。



                   ◇



 ルーカスの狩りは順調だった。

 最初の三匹も、次に見つけた二匹も、その次に現れた四匹もルーカスが先制で『衰弱』『鈍足』『弛緩』のコンボを噛まし、動きを封じる。

 特に体重の重いオークには弛緩が効果覿面で、これらの魔法を一度かけただけで全員が膝をつくモノだから、そのイージーさに笑いが止まらなかった。


 後は魔物を殺すためにこしらえた『呪殺』――時間経過で呪いを回し、やがては死に至らしめる最凶の魔法。

 一度入れてしまえばその苦痛によってまず身動きが取れなくなる。


 それで次々にオークを殺しては、死体を闇魔法で作った異空間に投げ込む。


 嫌われる割に闇魔法は、軽く空を飛んだり、ものを異空間に収納したり、オークのような厄介な敵をこうして楽々と処理できたりとかなり便利な魔法なのだ。

 言葉のニュアンスだけでこんな素晴らしい闇魔法を迫害する貴族たちは本当に愚かだとルーカスは思った。


 しかし、オークを楽に処理できて――思ったよりも大量の収穫に浮かれ気味だったルーカスも次に現れた五匹のオークで、流石に異変を感じ取る。


「オークの数が、あまりにも多すぎる……」


『衰弱』『鈍足』『弛緩』によってオークを無力化し、『呪殺』する。

 しかし、どうもおかしい。まだ、狩りを初めて2時間ちょっと。メニアさんにも聞いた感じだと、大体普通の冒険者は3~4人のグループを組んで、一回の狩りはオークだと5匹くらいが基本。

 今の五匹で十四匹。


 流石に普通の三倍も出没するのはおかしい。


 これはきっと奥にオークの集落が出来ているに違いないと。そして、そこにはオークの上位個体がいるに違いないのだとルーカスは確信した。


――これ以上の深入りは危険だ。


 そう判断し、この森の訪れた違反をメニアさんに――延いては冒険者ギルドに報告して正式な討伐隊組んで貰うのが無難であると判断した。


 ルーカスは森を後にした。



                  ◇



「ひぃぃぃっ、た、助けてくれぇぇぇえええ!!!!」


 ルーカスが今、森を出ようとしたその時に少し先から男の叫び声が聞こえてきた。

 ――今日は明らかに異常にオークが発生している。ルーカスは、きっとどこかの冒険者が思わぬ形でオークに出くわしてしまったのではないかと瞬時に予想した。


 ルーカスは声のする方に走って向かいながら打算を立てていた。


 オークが5匹以下なら助ける。それ以上いれば状況を見て、場合によっては逃げる。

 自分の命が一番惜しい。ルーカスは見ず知らずの同業者のために自らの命を危険にさらす自己犠牲の精神などチャンチャラ持ち合わせてなどいなかった。


 それぞれ、剣・鎧・棍棒・刺叉・盾を装備したオークが男二人女一人の冒険者パーティを取り囲んでいた。このまま放置していれば、男は食い荒らされ、女は犯されるだろう。エロ同人みたいに。


 ルーカスは考える――恐らくあの五匹は上位個体。いつものコンボに必要な魔法の射程は5mくらいだが、この物陰に隠れながらだとオークには微妙に届かないか……。

 情報がない上位個体の相手をするのはリスキーだが、しかし相手は所詮オーク。


『衰弱』『鈍足』『弛緩』のコンボを当てれば、どんなに強かろうが瞬殺できるだろう。


 ルーカスはそんな甘い算段の元、物陰から飛び出し、オーク5匹に、いつもより多めに魔力を込めた三種の魔法をぶち当てる。


「れ、|抵抗(レジスト)された!?」


 盾を持つオークがニヤリと不衛生な牙を剥き出しにして笑い、防いだ黒魔法の靄ごとルーカスに突っ込んでくる。

 予想外の展開にルーカスはオークのシールドバッシュを防ぐ事が出来ず、そのまま3m程飛ばされてしまう。

 鈍重な攻撃を喰らった右半分の身体がずんずんと痛む。


 痛みで歯がガチガチ鳴るのを隠すように顎を食いしばって、自分に回復魔法をかけて怪我を治す。――どうやら骨がいくつか折れていたみたいだ。


 ルーカスは現状を的確に把握していく。


 敵は5匹。多分わざわざ盾のが防いだって事は、残りの四匹には魔法が通る可能性が高い。

 こちらには装備が充実した冒険者3人とルーカス自身がいる。あの三人が盾のオークをどうにかしてくれれば、5匹のオークを崩す足がかりになるかもしれない。


「盾のオークだ! そいつの動きを止めてくれれば、残り四匹は俺がどうにか出来るかもしれない……いや、どうにかする!!」


「ど、どうする……?」


 ルーカスの叫びに冒険者の女が不安そうに大柄の禿げ頭の冒険者に尋ねる。やせた剣士っぽい男はルーカスに協力をする体勢をとっていたが、数瞬後それは解かれる事となる。


「いいや、あいつを囮にして俺だけ逃げようぜ。仮に俺たちが盾のを何とか足止めできたとしても、あのガキに残りのオークがどうにか出来るとは思えねえ。

 やっぱり、俺らがこの街で冒険者をするのはまだ早かったんだよ」

「………」

「………」


 無言の肯定。

 あり得ない事態にギョッと目を見開いて、彼らを見ると――あの禿げ頭は昨日ルーカスが一瞬で昏倒させたあの酔っ払い男だった。


「ちょ、ちょっと待って! 今、この場に俺だけを置いて行かれると、本当に巻き返しようがなくなる!」


 ルーカスは剣も扱えるが基本は魔導師タイプだ。

 だから、今の盾オークのように魔法を防いでくれる敵が出てきた時はそれを足止めしてくれる戦士の存在が不可欠なのだ。


 なのに彼らは――


「ず、ずらかるぞっ!!!」


 ルーカスを置いて、彼らだけ逃げていった。

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