一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 03
メニアは思わぬ拾いものをしてしまったために、今日は早々に仕事を切り上げて予定よりも少しだけ早めに家路につく事にした。
あの名門インテリ学園のジャージを着込む、子爵家の子弟。
しかし、そうとは思えないほどの絶望に打ちひしがれた生気のない表情と、貴族らしくない闇魔法。そして、あの一瞬でメニアを魅了した狡猾な戦術。
非常にアンバランスで不気味な少年。しかし、どこか弱々しくて、庇護欲をかき立てる。
何にせよメニアは書斎で何冊もの本を消化していく、やつれ果てたルーカスをあまり放っておく事などできなかった。
故に彼女はいつもよりも早めに、ルーカスを連れて家に帰る事にした。
ルーカスは、メニアの部屋に着き次第お風呂に入る事になった。
もう何日も風呂に入っておらず、雨に打たれ、野宿を繰り返した不衛生で臭気の漂う身体がメニアの部屋を汚してしまわないように風呂に入った。
絶望の淵に落ち込んでいた彼に手を差し伸べたメニア。ルーカスはそんなメニアの事を救いの女神のように思っているし、この年頃だ。妙齢の女性の部屋に上がるという事実に緊張しない訳でもない。
ただ、それ以上にルーカスは疲れていたのだ。
妹に裏切られて、両親に見限られて、何日も絶望のままに道端に転がり続ける。
たかだか14歳の子供に耐えられるような苦痛ではない。傷ついた心が癒やされる事なく、ただ濡れた服が彼の体力を奪っていく数日間。
ルーカスは、肌に染み渡る熱さのお湯を浴びて、何日間もため込んだ赤と共にそんな疲れまでが洗い流されるような気分になった。
多分、こんなコンディションでこの近辺の魔物と戦っていればルーカスは間違いなく死んでいただろうと確信した。
だからこそ、あの時無理矢理でもお世辞でも。
先行投資だと言ってくれて、こうしてお湯を与えてくれたメニアに、ルーカスは深い感謝と恩を覚えた。
◇
ルーカスがお風呂から上がると今度はご飯が用意されていた。
パンとスープと軽めのおかず。元々貴族の子弟だったルーカスからすれば貧相なメニュー。しかし、メニアの手作りで、数日分の空腹に染み渡る優しい暖かさ。
ルーカスは号泣する。泣きながらスープを飲み、パンを食べおかずをかっ込んだ。
別に美味しくはない。
それでも、久々の食事に活力が漲っていくのを感じる。ルーカスは嬉しかったのだ。
もう家族からも見放されて、信頼もされないで。心が深く傷つけられ、しかしだらだらと死んでいく恐怖に耐えられずに冒険者になった彼は、メニアに救われたのを感じる。
「本当に、ありがとうございましだ!!」
メニアは思う。
――どんな体験をすれば、こんな14歳くらいの少年がこんな苦しそうな表情を歪めながら、縋るような涙を浮かべて、自分に感謝の言葉を述べるようになるのだろう。
きっと聡明で育ちが良いであろうルーカスがそこまで深く傷つけられた理由に、メニアは少し興味を抱いた。
「えっと、ルーカスくん。私で良かったらだけど、何があったのか聞かせて貰えないかな?」
ルーカスは一つ頷いて、涙を零すように止めどなく、今までの経緯を口から溢れさせていった。
◇
感情的でまとまりのないルーカスの話の半分も理解できなかった。
それでも、ルーカスが家族や教師など――本来子供を無条件で信頼してやるべき存在が頭ごなしに彼を否定し、剰えちょっと愛想が良いだけの妹の嘘一つで実家をたたき出された事。
延いては、ルーカスの心が深く抉られるように傷つけられた事だけは伝わった。
メニアは泣いていた。
特に博愛主義者という訳でもなければ、激情家という訳でもない。それでも、ルーカスの身に起こった、もう二十歳を手前にした自分でも耐えられるかどうかも解らない理不尽に、涙が溢れた。
義憤、悔しさ、同情。
どの感情で涙を流しているのかは解らない。
それでも、メニアはルーカスを抱きしめていた。黙って、ただただ彼の心に寄り添おうと――いや違う、そんな理由すらもない。
ただ自然にメニアはルーカスを抱きしめていた。
「メニア……さん?」
メニアの意外に豊満な胸に抱きしめられて少し意表を突かれる。
それでも、メニアに優しく頭を撫でられて、胸に抱きしめられて――それだけで涙が溢れ出てくる。溢れて、溢れて。
ルーカスは涙と共に今までの絶望が晴れていくのを感じた。
哀しいかな14歳男子。綺麗なお姉さんのおっぱいに包まれれば、家族に追放されただなんて些細な事、すぐに洗い流されてしまう。
だからといって、復讐の決意が消えた訳ではない。
しかし、ルーカスは前向きな目標を一つ制定した。
――この綺麗なお姉さんの、恩人であるメニアさんの期待に応えるためにも。必ず冒険者として成功しようと。
せめて、この街で一番の冒険者くらいにはなって。
それで、メニアさんに告白しようと、ルーカスは決意した。
初恋だった。
思春期中学生。女性にここまでされて惚れない理由なんてないし、やる気も出さないはずがない。
明日の魔物討伐、頑張ろう。
その日はそのまま、メニアのおっぱいに包まれて、ルーカスは眠りについた。
◇
朝起きて、朝食を食べて。
そんでもって、冒険者素人のルーカスはメニアと共に装備を調えるために武器屋に向かった。
ルーカスの装備は――メニアは先日見た闇魔法のコンボからてっきり魔法使いなのだと思っていたが、どうやら剣も普通に扱えるらしい。
故に、刃渡り1mくらいの剣と動きやすい、キャッチャーのミットのような革製の防具で装備を試着してみる。
どう見ても普通の軽戦士の装備だ。
「……ルーカスくん。本当にその装備で大丈夫なの? その……ローブとかじゃなくて」
「……強いて言えば、この防具がいらないですかね。このジャージ、意外に高性能で剣では切れないだけの頑丈さに加えて、本気で模擬戦をしても怪我をしないだけの衝撃吸収性能がありますから」
――そもそも学園の武闘大会の勝敗決定にKOがある訳がない。
本来は何本剣を入れたか、何本魔法を当てたかの判定で決まる試合を、大人げなくルーカスが相手を昏倒させた事でもあの試合では顰蹙を買ったのだ。
「へえ、便利そうね。そのジャージ」
「そうですね。正直このジャージと出会えた事があの学園に入って得た最大の収穫ですよ」
ルーカスの返答に困る冗談に、メニアは苦笑して誤魔化した。
結局ルーカスの装備は刃渡り1mくらいの剣だけに決まった。
防具が少しぶかぶかで似合わなかった事実を返上するためか、ルーカスは試しにちょっとした剣舞を見せる。
おおよそ14歳とは思えない美しい剣筋にメニアはまたしても魅了されるが、かつて冒険者を志していたモノとしては圧倒的な才能差をまざまざと見せつけられて、少し微妙な気持ちになった。
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