一章 ルーカスが冒険者として成功するまで 02
思い立ったが吉日という言葉もあるが、自分を捨てた実家へのささやかな復讐と、一攫千金を狙って酒池肉林の日々を渇望するルーカスは早速冒険者ギルドに向かう。
場所は解らずとも、冒険者ギルドはこの世界に魔物が存在する限り世界中のどんな小さな街にも存在している。
そこそこ大きいっぽいこの街ならなおさらだ。
その辺の人に尋ねていけば、簡単にギルドの場所なんて割り当てられる。
ただ、超有名なインテリ学園の紋章と子爵家を表す銀のエンブレムの下に書かれたルーベルグ家の文字が書き込まれたジャージを着込む、もう何日も風呂に入っていないような悪臭とやつれた表情をしている極めてアンバランスなルーカスは、街ゆく人に非常に気味悪がられた。
彼を見るや否や避ける街の人からギルドの場所を聞き出すのは少し苦労した。
「え? て、手数料ですか? 登録するだけなのに?……う~ん。ルーベルグ子爵家に付けておく事って出来ませんかね?」
「それは致しかねます。流石にその服だけで身分の証明は無理がありますし……」
「それは、この服が盗品ではないのか? って言っているのですか?」
――どうして俺はこんなにも疑われ続けなければならないのか。
ギルドとしては、それが明らかに盗品でないと解っていても一応証明を出して貰わなければ盗品である事を疑うべきだとマニュアルに書いてある。
それに、現状のルーカスの格好を見れば怪しさ満点なのは自明の理だ。
しかし、先日の一件で些か感情的になっているルーカスにそんなロジックは関係ない。
ルーカスの声は自然と攻撃になり、ギルドの受付嬢を困らせる。
「そ、そういう訳じゃ……」
しかし、ルーカスは考える。唐突に追い出されて、捨てられて。せめて餞別の小銭くらいはよこせよと内心憤りながら、同時に先程復讐を誓った実家に金銭のツケを頼るのもどうかと思っていたのだ。
しかし、今はとにかくお金がない。この地に頼れる人なんていない。
「――解りました。では、今から郊外に出て適当な魔物を狩ってくるので、その死体を担保に貴方が俺にお金を貸してくれませんか?
俺は文無しですし、ここで冒険者になれないのなら野垂れ死ぬしかない」
「ちょっと待ってください。今から魔物を倒してくるって、その格好でってことですよね? 今の話だと装備を調えるお金だってなさそうですし……そんな豪華な成りをしているのに。」
翡翠のような瞳に憂いを帯びさせて、動揺したような哀れむような、そんな視線をルーカスに向ける。それから真剣に向き直って、強めに言い放った。
「認められません。その格好で狩りに行くなんて、自殺行為としか言えません。そもそも貴方この周辺にどんな魔物が生息しているのか知ってるの?」
「知らない」
ルーカスは、折角やる気を出したのに登録の段階で躓いた事に憤りを感じていた。目に見えていらいらしている。
不機嫌そうにトントンと足を木の床に押しつけている。
「メニアさん。一体に何を揉めているんですか? ガキのがなり声がうるさくって酒がマズくなって仕方がねえ」
くすんだ金髪で、専用の制服からでもうかがえる大きな胸の受付嬢メニア――今、ルーカスと揉めていた受付嬢だ。
その彼女に、ルーカスがうるさいと文句を付けに来たのは酒臭い匂いをぷんぷん漂わせるはげ頭の2mを超える巨漢。
巨漢はルーカスに向き直る。
「よう坊主。見ねえ顔だなって思ってよく見たら、あのぼっちゃん嬢ちゃんが集まるエリート校の制服を着ているお貴族様じゃねえか。
なんだ? こんな所まで遙々俺たちをあざ笑いに来たって言うのか?」
顔を近づけてガンを飛ばされる。
――今回の件、原因の一端はルーカスになるのだが、ルーカスは思う。これは、今まで読んできた英雄譚でちょこちょこ見かける、冒険者ギルドでチンピラに絡まれるイベントなんだと。
確かにルーカスは今、胸ぐらを掴み上げられて「ここじゃあ貴族とかエリートとか関係ねえんだ。馬鹿にしたんなら無理矢理閉め出してやっても良いんだぜ?」とドスのきいた声でガンを付けられている。
「じゃあ、やってみれば良いじゃん」
ルーカスは黒く乾いた笑みを浮かべながら、いつもの用に『衰弱』『鈍足』『弛緩』のコンボを噛ましテ弱らせ、この数日で最も培われた黒い靄の守りを使うまでもなく、力の入らない居館の攻撃を躱す。隙を見て、トドメの『昏倒』で気絶させる。
大会で猛威を振るい、一発で出禁を喰らった最強の害悪戦術を炸裂させた。
受付嬢のメニアはその流れるような様をぼぅっと見ていた。
――なんて綺麗な闘い方なんだろう。ルーカスの酔っ払った巨漢を倒すまでの鮮やかな流れに彼女は一種の感動のようなモノを覚えていた。
そんなメニアの内心など知らずに、ルーカスは巨漢を倒して少し落ち着いた心で――しかし相変わらずの不機嫌そうな表情でメニアに向き直る。
「……この辺の魔物にどんなのがいるのかは解らないけど、俺、見ての通り結構強いので」
さっきの話、よろしくお願いします――そう言いながら立ち去ろうとするルーカスに「待って!!」と声が掛かる。
「何ですか」
「そ、その……お金なら魔物の死体とかなくっても、私が貸してあげるわ。登録料と、簡単な武器防具のお金くらいなら――これでも、受付嬢って給料だけは良いし」
さっきまでつっけんどんな態度(ルーカスの被害妄想でしかない。メニアはマニュアルに乗っ取っていただけである)だったメニアの急な態度の変化に、ルーカスは怪訝そうな目を向ける。
「流石に、初対面の人にそこまで借りを作るわけには――」
メニアはそう言ってなおも立ち去ろうとするルーカスの手を取って引き留めていた。ボロボロで今にも死んでしまいそうな少年をみすみす死なせてしまえば寝覚めが悪くなる。
そんな正義感と、それ以上にメニアは今のルーカスの特殊な戦いぶりに興味を抱いていた。
ともすれば彼はそれなりの冒険者になれるのではないかという予感を感じ取っていた。
「――先行投資よ」
「先行投資?」
「そう。先行投資。えっと……ルーカスくんだったかしら。私は貴方の今の戦いぶりを見て、才能の萌芽を感じ取ったのよ。
だから、登録手数料と初期装備代は私が出すわ。
優秀なギルド職員は、才能のありそうな冒険者には早々に恩を売っておくのが習わしなのよ」
ルーカス14歳。見た目もそれなりに綺麗で、巨乳のお姉さんにここまで褒められると悪い気がしない。それに、さっきは意地を張って死体云々の話をしたけれど、情報もなしに魔物と戦うリスクの高さは、聡明なルーカスは十分に理解していたし、正直不安もあった。
「じゃあ、そう言うことなら――」
「あ、それとルーカスくん。宿とかはどこに寝泊まりしてるの?」
「えっと、魔法の繭に包まって野宿を……」
だからその悪臭と、身分に似合わなすぎるアンバランスな格好……。メニアは内心納得しながら声をかける。
「じゃあ、今日から暫くは私のお家で寝泊まりすると良いわ。ギルドの社宅の一人暮らしでちょっと手狭だけど、それで良ければね」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そうそっけなく言いながら、ルーカスは内心動揺していた。
――え? お、お泊まり? この綺麗なお姉さんと? お、俺を拾ってくれる女神は冒険者ギルドにいたというのか!?
そんで二人っきりの生活で俺はメニアさん……だっけ? メニアさんと一線を越えたり……。
思春期特有のいやらしい妄想が膨らむ。
しかし、それをバレるのは情けなさ過ぎる。ここはクレバーに立ち去るのが一番だ。そう判断したルーカスはギルドの書斎に潜り込んで、近辺の魔物の生息分布・弱点をはじめとした情報収集を始める事にした。
尤も、メニアさんとのお泊まりを思うだけで一向にはかどらなかったが。
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