序章 ユースティアに俺が追放されるまで 03
毎年6月の頃に開かれる、インテリ学園武闘大会。
全国屈指の優等生たちの中でも、予選を勝ち抜いた強者のみが中学生高校生問わずに出場する――学園の体育祭的なイベントだった。
当然昨年度も首席で入学したルーカスは出場し、正々堂々と剣と魔法を駆使して圧倒的な実力を見せつけながら、見事準優勝を果たした。
昨年優勝者だった紅の剣士は、赤髪の美少女で――騎士団長の一人娘。
3年分の年期の差もあって、両者激戦を繰り広げたがルーカスは惜しくも敗れてしまった。
今年のルーカスは成績的には落ちぶれてしまっているけれど、昨年の準優勝者と言う事もあり、慣習的にシード枠として出場を果たしていた。
一戦目、二戦目と、「片腕だけで勝ってやる!」「俺からは一切攻撃してないのに、どうしてそんなに疲れてるんだい?」と、舐めプ煽りによって観客を不快にしたけれど、難なく勝利のコマを進めていった。
問題は三戦目の準々決勝。
去年、舐めプや煽りを控えたにもかかわらず負かされた因縁のある紅の剣士と当たった。
観客はルーカスの両親含めて全員が紅の剣士応援ムード。煽り、舐めプによって観客を不快にしてきたルーカスに裁きが下る瞬間を観客たちは待望していた。
しかし、結果としてそうはならなかった。
今年のルーカスは去年のルーカスと比べてひと味もふた味も違った。
一度知った敗北により舐めプはなく、極めて真剣に紅の剣士に向き合いながら煽りだけを続けた。これだって、彼女の集中力を殺ぐトラッシュトークの一環に過ぎない。
それに今年のルーカスには闇魔法があった。
――物理を主体として戦う戦しタイプには圧倒的に有利とされ、これを扱うモノは、人道に背いたクズであるとまで言われる闇魔法が。
◇
「騎士団長の娘とは言っても、所詮は親の七光りに過ぎないのかな?」
「なんだと?」
「だって、俺のこれまでの人生でこんなにも楽な試合はなかったのだから!」
愉悦の表情を浮かべながら紅の剣士の疲れ切った鈍い剣筋をひょろりと躱し、またデバフの魔法を投げ続ける。
鈍足、衰弱、弛緩。
魔法抵抗力を『衰弱』させる魔法を通し、そこから筋肉を『弛緩』して弱らせ、身体を重くして『鈍足』にするデバフの数々。
一度魔法抵抗力が下がれば面白いようにデバフが入り、デバフが入れば更にデバフが入れられる無限ループ。
一度ハマってしまえば二度と抜け出せず、開始早々魔法抵抗を下げられた紅の剣士はルーカスに好き放題にやられていた。
ルーカスは紅の剣士から一定の距離をとり続け延々とデバフで弱らせていく。
正に圧倒的なワンサイドゲーム。
去年まで猛威を振るい続けた紅の剣士の圧倒的な火力も、スピードも全て弱らされて為す術がない。彼女は最後のルーカスの『昏倒』の魔法によりぐっすりと眠らされた。
エンターテインメント的にも観客の気分的にも最低の勝利。
紅の剣士が実力を発揮できないまま、卑怯な手で敗北した。
戦争で負けた時に「相手が黒魔法を使ってました。卑怯な手だったので無効です」って言っても、支配されるだけだし、そもそも対策をしていないが故にハメられて負けたのなら、それはどう考えても敗北者が悪いのだけど、観客にそんなロジックは関係ない。
ただ、ルーカスが卑怯な手段で勝利した。
それだけ。
それもあってか。ルーカスは、審判の独断と偏見により、大会は紅の剣士に圧勝したにもかかわらず反則負け。その大会での優勝者は当然のように紅の剣士だった。
しかもその夜、ルーカスは恥をかかされたとして両親にこってりと怒られる事になる。
ルーカスは、更に心を閉ざした。
◇
部屋に引き籠もり、その日以来学校に行くのすらも辞めたルーカスは最早ルーベルグ家のお荷物だった。
毒親の不当な対応、学校側の理不尽な判定。
ただ可愛げがないという理由だけで、ありとあらゆる大人たちから裏切られ心を酷く傷つけられたルーカス。
原因は明らかに環境にあるが、自覚のない大人たちには――そして落ちぶれた義兄を生理的に嫌い始めていたユースティアには、そんな事など全く関係ない。
ただ、ルーカスの精神が弱く、性格が悪いが故に引き籠もりになった。
引き籠もって、ご飯だけは食べて。何時も陰鬱そうな表情ばかりを見せるルーベルグ家のストレッサー。
思春期になり、以前よりもよりいっそう猫を被って。自分を隠して。何もかもが上手くいかなくて投げ出してしまいたいのに、健気でなければ自分はきっとあの義兄よりも落ちぶれてしまうのだと確信していたから、心を削り苛まれながらも学校に通い続けていたユースティア。
自分は毎日学校に通って勉強しているのに、引き籠もっている義兄が偶に受ける模試の結果と比べれば偏差値的には10以上を差を付けられて敗退。
可愛がられ続けても、いや、可愛がられ続けるが故に同級生の陰口や嫉妬の目にさらされ、同級生の男子から性欲のこもった視線を向けられる日常に、嫌気がさしていた。
ユースティアは引きこもれる義兄が羨ましかった。
自分勝手に引きこもって、自由に気色の悪い闇魔法を修得して――それで、自分と話す時だけはそれを面白そうに楽しそうに笑顔を見せるルーカスが妬ましくて、憎たらしくて仕方がなかった。
ユースティアは、猫かぶりを辞める事が出来ない。
可愛い事だけが彼女のアイデンティティだから。
しかし、それ以上に、中学受験を控えた夏。義兄と同じ学園に行く事は100%叶わず、しかし両親はそれを求めてくる。
出来ないのに、ストレスが溜まる。
投げ出したい。逃げ出したい。もう無理なんだと叫びたい。
でも、私がそれを言ったらもう何も残らない――ただ見た目がちょっと可愛いだけの無能なアバズレが一人残るだけだから。
――せめてあの義兄が、あの学園を受験しなければ。
――せめてあの義兄が、あれ程までに優秀でなければ。
義理の両親から向けられる「ルーカスなんか今に超えてやれ」という重すぎて、高すぎるプレッシャー。それが出来ないことに劣等感を感じる。
私は他人より劣っている。
それが辛くて苦しくて。
だから、ルーカスは今までずっと仲が良かったと。唯一の心の支えだとさえも思っていたユースティアは唐突に、両親に、ひたすらに感情的に「義兄さんに
ルーカスは、14歳になったばかりの夏。
唐突に、ルーベルグ家を破門された。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます