序章 ユースティアに俺が追放されるまで 02

ルーカスは初めての社交界以来、心を閉ざし、以前よりも更にストイックな子供になってしまった。


 いや、以前とは本質的に違うのかもしれない。それまでのルーカスは純粋に新しい事を知る事が好きで本を読んでいたし、勉強や魔法が出来たのはそのついでだった。

 それに、魔法を毎日練習していたのも武道の練習に励んだのも、純粋にそれが一番楽しかったからやっていたのだ。


 もしかしたら定期的に読んでいる英雄譚、その主人公に対する憧れもあったのかもしれない。


 しかし、ルーカスはそれ以来変わってしまった。


 テストで点数を取るためだけに勉強を重ね、大会で他者を圧倒するためだけに魔法や武道の練習を重ねた。

 もう何も信じられない。

 そんな絶望感にも似た何かに取り憑かれたルーカスにとって結果は、数字は何よりも信頼できるアイディンティティだった。


 全科目学校で一番!


 それだけがルーカスの自尊心を保ち続けていたし、心を支え続けていた。

 しかし、それは同時に――一番じゃなくなってしまったらルーカスは壊れてしまう………そんな爆弾を心に抱えているのに等しい事でもあった。



               ◇



 そんなルーカスが、唯一心を許せたのは義妹のユースティアだけだった。


 ユースティアはどこまでも可愛かった。


 クラスメートが圧倒的な実力差を見せつけられ、ルーカスにどや顔を見せられる度に彼に対する陰口を増やし、両親や教師という身近な大人が彼を気味の悪いモノでも見るような目で見てくるようになりつつある中、ユースティアだけはルーカスに純粋な賞賛の声を上げてくれた。


「お義兄ちゃん、解らないところがあるから教えて欲しいんだけど……」


「どこ? ……あぁ、ここね。これって、小数点があるから人によっては混乱するみたいだけど、実はスゴく簡単な話で――」


「……う~ん。やっぱり解んないよぅ」


「そう? じゃあ、ここをこうすればどう?」


「あ、出来た! ありがとう、お義兄ちゃん!」


 ルーカスにとって、ユースティアに勉強を教えたりする時間は人生の一番の楽しみになっていた。


 頑張って勉強して、妹にどや顔で教える。そんな環境に優越感にも似た至福を感じ取っていた。


 それに、ユースティアはお世辞にも出来の良い子供とは言えなかった。

 勉強も魔法も中の下。運動に関してはからっきしで、寧ろ少し鈍くさい。でも、ユースティアは愛想が良かった。

 例え出来なくても健気に努力してそれでもやっぱり出来ない。


 性格は素直で親や教師には従順。


 いくら成績がずば抜けていようとも、最近では授業中にさえも関係ない本を読んで「ここの授業は簡単すぎるので、先の勉強をしています」と、ちっともかわいげのない事を言い出すルーカスよりも、ユースティアは遙かに可愛がられた。


 ユースティアはとても可愛がられる性格を身につけていた。


 勿論、ルーカスとしても子供心的には「自分の方がずっと努力しているし、結果も出しているのにユースティアだけもてはやされるのは面白くない」と思わない訳もなかった。


 それでも、ユースティアはルーカスにも素直で従順で。


 だからルーカスは彼女を憎む事も出来なくって。


 結局、実力だけは俺の方が圧倒的に上。ただそれだけを心の支えにして、ルーカスは自尊心を保っていた。



                ◇



 時は流れ、ルーカスは中学生になる。


 頭が良かったルーカスは当然のように中学受験をして、当然のように王都で随一の――平民貴族関係なく優秀なモノだけが入れるインテリ学園に、今年度主席で入学した。


 しかし内向的な性格と歪んだ性根が災いして、交友関係はとても良好とは言い難かった。


 ただ、ルーカスは王国最高の学園に首席で入学できたという慢心と思春期特有のアレな感情により、授業・魔法・武道において特殊舐めプを噛まし始めるようになる。

 例えば、宿題を全て提出せずに意味もなく授業とは関係ない分野の研究を推し進め。


「みんなと同じ事を知ってたって、将来何の役に立つというのだ」


 という理屈の元、読み込んでいた英雄譚を元に新たな戦術を妄想し、時には真剣に考察を重ね。剰え、貴族は疎か平民からも蛇蝎の如く嫌われている闇魔法を積極的に、独学で修得し始める。


 毒、防御、デバフ――搦め手が多く、戦術の幅が広い闇魔法にルーカスはどっぷりとハマった。


 それを修得し、戦術を妄想し研究するために学校をサボり、自室に引き籠もる日もしばしば出てくるようになる。

 如何に神童で博識なルーカスと言えどもしなければ当然のように勉強なんて出来ないし、これが他の凡庸な学園ならまだしも、最高峰の学園故のハイスピードな授業と、優秀な生徒たちにあっさりと取り残されてしまう。


 ルーカスが中学二年生に上がる頃には、試験において常に平均点スレスレの結果しか出せなくなっていた。



                    ◇



「別に良いだろ。ユティよりは成績が良いんだし………」


「ユティの事は関係ないでしょ! 今は貴方の下がった成績の話をしているのよ! それに、ユティは友だちも沢山いて、先生方からの人望も厚いわ!

 でも、ルーカスは勉強が出来る事だけが取り柄じゃない!

 貴方から勉強を取れば一体何が残るというの?」


「少なくとも、ユティや父様、母様よりかはずっと成績優秀な人間」


「……っ!」


 激高した母親にルーカスは頬を打たれる。

 あの体育祭以来ルーカスと両親の間柄はこんな感じだった。ルーカスが引き籠もって、両親が体罰を交えて怒鳴り散らす。


 ルーカスは更に引き籠もり、闇魔法の修得に更に熱心になった。

 心の闇が、闇魔法に変わっていくような気味の悪い愉悦を沸かせるようになっていった。

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