追放した俺に奉仕しなければならないってどんな気持ち? ねえ、今どんな気持ちなの?
破滅
序章 ユースティアに俺が追放されるまで 01
「ねえ今どんな気持ち? 義兄さんが散々見下してきていた私がちょろっと芝居をしただけで、実の親にまで見限られて順風満帆なはずの人生を閉ざされた今、どんな気持ちなのかな? ねえ、教えてよお義兄ちゃん?」
暗雲立ちこめる空の元。空気はこんなにもじっとりと湿っているのに、のどがからからで背中から流れる冷や汗は全身の水分が流れていくような錯覚すらも覚えさせられた。
――何故だ。どうしてこうなっている。
たった今、自分の身の上に何が起こっているのかさえも理解できない。理解出来るのは、今まで曲がりなりにも仲良く出来ていたと思っていた義妹(いもうと)が突如として、何の脈絡もなく唐突に、ルーカスの両親に「ルーカス義兄さんに|強姦さ(襲わ)れそうになったの!」と嘘をつかれ、そのまま十四年も共に過ごしてきた両親に信用される事なくそのまま家を追い出されてしまった事だけ。
「ど、どうしてこんな事を」
実の親にすら信じて貰えず、剰え嫡子でしかない|ユースティア(いもうと)の言葉一つで勘当されてしまった彼の絶望は深く、ルーカスは自分自身が奈落の底に堕ちていくような錯覚に心臓が止まる勢いで、深く、深く傷ついていた。
どうしてこんな事に――。
ルーカスはぽたぽたと実家の屋敷の外にある石畳を涙で濡らしながら、歪んだ愉悦と恍惚を合わせたような笑顔を浮かべるユースティアを見上げながら、昨日まで――いや、ついほんのさっきまで可愛い義妹だった彼女との思い出をゆっくりと、確実に思い返していた。
◇
ユースティアがルーカスの義妹になったのは、ルーカスが十歳の誕生日を迎える少し前の事だった。
ルーカスが産まれた、ルーベルグ子爵家はセルキア王都に在住する――いわゆる法衣貴族と呼ばれる領地を持たない貴族家の一つだった。
当然領地を持たない分、縦横のつながりはより粘着質になる。
故に政略的に子供を他家に預けたり、逆に貰ったりなどが極めて普通の事として横行している。
ユースティアも例に漏れず、政略的な理由で女の子のいないルーベルグ家に送られてきた嫡子だった。
そんな彼女はルーベルグの娘として来たるべき日に、ルーベルグ家の政略結婚の道具になるためにルーベルグ家にやって来た訳だが、そんな大人の事情をつゆとも知らないルーカスは可愛い妹が出来たモノだと手放しに喜んでいた。
実際、ユースティアはルーベルグ家にやって来た8歳の時でもかなり可愛らしかった。
ドングリのようなくりくりとした茶色の瞳に、磨き上げられた銅貨のようなブロンドの髪。何よりも、人形のように整った容姿。
ニパッと咲くえくぼの見える笑顔は、ルーベルグ家の面々を一瞬でたじたじにした。
別に当時は、ルーカスと両親が不仲だったと言う事はないけれど、それでも少しコミュニケーションが不足しがちなルーベルグ家にユースティアは華をもたらす共に瞬く間に馴染んでいった。
◇
ルーカスは勉強・魔法・武芸においてルーベルグ家最高――いや、王都に在住する貴族の子弟たちが通うセルキア王国貴族学院随一の成績を収めていた。
故にあらゆる家から神童と噂され、周囲からの彼に対する期待はさながら気球の風船のように大きくふくれあがっていった。
法衣貴族の中堅どころルーベルグ家の誇りと言われて育ってきたルーカスに変化が生じたのは十歳の時だった。
社交界デビューである。
元々内向的で引き籠もりがちなルーカスは、書斎にこもって本を読んでいるか庭で剣を振ったり魔法を放ったり――端から見れば極めてストイックな子供だった。
この広い世の中、休み時間に教科書に熱中する子供や一日中筋トレに勤しむ子供なんて、クラスに一人いるかいないか程度には存在しているのだし、それだけで『子供らしくない』と表現するのもいかがとは思うけれど、しかし、ルーカスの両親は蒙昧だった。
当然ルーカスは社交界を拒絶した。
拒絶して、それでも母親にしつこく誘われたから試しに一度行ってみて。
ケバい27歳くらいの行き遅れの貴族に、いきなり冷や水を物理的にかけられてから二度と行かないとルーカスは誓った。
社交界はルーカスにとってこの上なく気持ちの悪い場所であった。
並の子供とは比べものにならないほどに本を読み、ただでさえ早熟で人より聡明だったルーカスに備わった知識が、子供らしい鋭い耳に入ってくる大人たちの欲望にまみれた会話の内容を理解させた。
娘を預ける預けない。
その話にでさえ権謀術数が絡んでくる。
自分の実の家族でさえ、この大人たちにとってはただの道具でしかないのか?
ルーカスの心に引っかかる僅かな不信感。会場に充満する、ろうそくの煙とスピリッツから蒸発したアルコールの匂い、慣れない会場故の緊張感。
それに、さっき食べた揚げ物が思ったよりこってりしていたのかもしれない。
子供故に融通が利かず、妥協できず、純粋に唯々拒否感を覚えたルーカスは
「気持ち悪い、吐きそう…………」
口元を押さえ、虚空を見つめながらルーカスはそう呟いた。そして、その虚空を見つめる定まらない視線は、不運にも件の行き遅れの令嬢の方向を向いていた。
令嬢は自意識過剰にも勘違いする。
「(このガキ……この私を侮辱してるんですの?)」
先日無残にも婚約破棄を言い渡されて気が立っていた令嬢は、ルーカスに冷えたシャンパングラスを振りかざし、彼をシャンパンまみれにした。
もう行かない……。
二度と行かない。死んでも行かない。
俺はもう、一生こんな社交界に何て出るもんか……。
ルーカス十歳。子供ながらに――いや、子供故に深く傷つけられた心が生み出した固い決心は、彼が家を追い出されるその日まで破られる事はなかった。
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