「剣姫の弟、冒険者やめるってよ」   作:Momochoco

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冒険者って普通はどれくらいでレベルが上がるもんなんですかね?


第一話 咲かない花

 彼の朝はいつも早く、そして夜は遅かった

 

 それこそロキファミリアの中で起床と就寝の差の短さは一番と言っても過言ではないくらいだ。今日もいつも通り日が昇り切る前に起床すると、ベッドから上半身を起こし大きく背伸びをする。

目の下には不眠を象徴するような黒い隈が浮かんでいるが気にしてない。この不健康的な生活は自分の姉であるアイズ・ヴァレンシュタインと共にロキファミリアに入団してからずっと続けられていた。

 

 既に姉であるアイズ・ヴァレンシュタインと共にこのファミリアに入団して数年が経とうとしていた。アイズは既にレベル5まで成長しておりロキファミリアの若きエースとして活躍している。

 

 一方、弟である自分はいまだに『レベルが1のままだった』

 

 何か特別な理由はなかった。ただレベルが何故か上がらなかった。

 姉や同期には上に行かれ、後輩である冒険者たちにも後ろから追い上げられていく。そのたびに彼は劣等感、羞恥、困惑、苦悩と言った黒い感情に支配されていく。だがそれでも腐らずに今日まで努力をしてきた。だが何も変わらない。

 

 どれだけ剣を振ろうとも。

 どれだけモンスターを殺そうとも。

 どれだけ修行をつけて貰っても。

 レベルはずっと1のままであった。

 

 彼が早朝に起きる理由は一つ、少しでも強くなるために鍛えるためだ。

 

 ベッドから降り身支度をササっと済ませてホームの庭に出る。そしてほとんど夜のような空の下で剣を振るう。時には型を、また時にはモンスターや対人を想定して、ひたすらに剣を振るう。全ては強くなるために。

 

 一通り終わったところで汗を拭い、今度は走りこみに行く。全速力とランニングを交互に行うことによって瞬発力と持久力を鍛えていく。途中、不眠と疲れから何度も挫けそうになるがそこを押し殺しただひたすらに己を磨いていく。

 

 走りこみが終わったところでようやく朝になる。

 彼はこの早朝の特訓をずっと続けていた。意味があるかは分からないが少なくとも結果は出てない。それでもやるのは自分を欺くためなのかもしれない

  

 ロキファミリアではレベルの低い若手は雑用をすることになっている。

 彼が入団して間もない頃は、手伝いという名の使い走りとして様々な雑用を同期や姉とこなしていた。その雑用がいまでも自分だけ続いていると思うと胸が苦しくなる。後輩冒険者やロキから無理をして雑用をする必要はないという言葉を貰ってはいるのだが、ファミリアに自分が貢献できる唯一のことなので今でも仕方なく続けている。

 

 どれだけ惨めだろうとそれがファミリアに貢献できる唯一のことだから。

 だから頑張れる。

 

 一旦自室に戻り、お気に入りの青いエプロンを付ける。これはフィンに少し前に買って貰ったものだった。姉と同じの金の瞳と黒い髪に合わせた色をしているエプロンは彼によく似合っていた。

 調理場に付くと早速調理を開始していく。スープから始まり主菜や副菜、付け合わせ、メインを淡々と準備していく。料理をすることは嫌いではない。だが上がらないレベルに対して、確実に上がっていく料理の腕前には少しだけ複雑なものを感じずにはいられなかった。

 途中に後輩冒険者の女の子が料理当番として作業に来た。

 

「すいません、遅れてきてしまって!」

 

「ああ、別に構わないよ、俺が早すぎるだけだから……それより手伝ってもらえる?」

 

「はい!まずは何からすれば!」

 

「そうだね、ここを――……」

 

 毎回こうやって当番の子と一緒に料理を作りながら教えたりしている。この状況について彼は単なる自己満足だと思っている。少しでも役に立ちたいという欲求を補うための浅ましい行為だと。

 

 朝食が完成すると次に彼は姉であるアイズを起こしに行く。アイズは自分で起きることが出来てたくせに今になって彼に起こしに来て欲しいと頼むようになった。彼は不思議に思いながらもそれでも頼まれれば断れない性格なので仕方なく了承して今の生活を続けている。

 

 エプロンを取り普通の服装に戻ると調理室を抜ける。

 廊下を歩いていると途中でロキと出会った。いつもは夜更かしな彼女がこの時間に起きているのは珍しかった。

 

「おはよーさん」

 

「おはよう、ロキ」

 

「……ん」

 

 挨拶もそこそこにロキは両手を広げて抱きしめろのジェスチャーをする。彼は仕方なくロキをハグする。するとロキはいつもの裏のある笑みではなく心からの笑顔を彼に返してくれた。

 ロキは彼に対していつも優しい。その優しさに対して彼は昔は嬉しかったが、今は素直に喜ぶことが出来ないでいる。まるで出来損ないの自分を慰めているようだったからだ。

 ロキの抱きしめる力があまりに強いために少しだけ文句を言う。

 

「ちょっと力が強いかな……もういいだろ」

 

「ありがとなあ、お陰で元気が出てきたわ」

 

「……まあ、それなら良かったけど。それよりロキ……今日の夜予定はある?」

 

「ないけど……デートのお誘い?」

 

「いや、今日もステータスの更新を頼みたい。少しでいいから時間を作って欲しい」

 

 いつになく真剣な彼の表情にロキも真面目な顔に戻る。

 ロキは普段はおちゃらけた態度をとっているがこういう時は真面目に話を聞いてくれる。

 

「あんたの頼みなら断らへんよ……ほな、夜になったらうちの部屋に来てや」

 

「ああ……よろしく頼むよ」

 

 そう言うとロキは朝食を食べるために食堂へと向かって行った。

 彼も自分の姉であるアイズの部屋に向かうのだった。

 

 部屋の前に着くと彼は一応、家族とは言え女性である姉に気を使ってノックをする。

 もちろん応答はない。寝てても起きてても直接起こしに来るまでは寝たふりをアイズがすることを彼は知っていた。仕方なく扉を開け部屋に入るとベッドの上でアイズは寝息を立てて寝ていた。

 

「姉さん、起きてよ。朝ご飯出来てるから食堂に行って!」

 

 アイズは目をぱちりと開けるとベッドから上半身を起こす。どうやら起きていたらしいが起こしに来てくれるのを待っていたようだった。そしてベッドの側に立つ彼に視線を移すとその姿を確かめるように彼に抱き着く。

 抱き着いたまでは良かったがアイズは弟である彼の匂いに違和感を感じ取る。

 

「……他の人の匂いがする」

 

 アイズは彼に甘えるようになってから酷く独占欲が強くなっていた。他の女性と話してるところを見れば頬を膨らませた。他の団員に誘われそういう店に行こうとしたら剣を持ち出してでも止めさせた。よく言えば弟想い、悪く言えば少し依存しているようだった。

 そのことに対して彼は嫌気が差していたし、アイズが自分にばかり構う状況は気に入らなかった。それは出来の良い姉との劣等感を感じずにはいられないからだ。それでも一緒にいるのは唯一の肉親だからである。

 

「あー、さっきロキに抱き着かれたからかな」

 

「……ほんと?」

 

「本当!それより早く準備をして朝ごはん食べてきなよ!」

 

 それからアイズは急いで身支度を整える。彼もアイズの髪を梳いたりして手伝っている光景は仲睦まじい姉弟そのものであった。自分の髪を嬉しそうに梳いてもらっているアイズに彼はあることを質問する。

 

「姉さん……一つ質問して良いかな」

 

「……何?」

 

「もし俺がいなくなったら姉さんは――……」

 

 彼が全てを言い終わる前にアイズは彼の方に向かいなおし、そして頭を両手で押さえる。力強い両手に首は動かせることは出来ずに強制的に目線を合わせられる。アイズの見開いた目に思わず畏怖してしまう。

 

「何があっても離れては駄目、絶対に……私はあなたのことが世界で一番大切。あなたのためなら何だってできるし、何だって斬れる……だから、だからどこにも行かないで。たった一人の家族なんだからずっと一緒にいよう?」

 

「わかったから……は、離して」

 

「ごめんなさい」

 

 そう言うとアイズは大人しく俺の頭を押さえていた両手を離してくれた。

 

 アイズにとってはたった一人残された家族なのだ。

 『大事にしまっておきたい』

 『いつでも一緒にいたい』

 『自分以外と関わらせたくない』

 

 そういう思いが強くなっている。独占欲か執着か……どちらにしろアイズの抱く感情は重く黒くそして異質なものに変化してきているのを彼は感じ取っていた。

 

 だからこそ彼は悩む。

 自分の存在がアイズの足を引っ張ってしまっているのではないかと。

 弱い自分がアイズの側に立つことで足を引っ張っているのではないかと不安で仕方なかった。こんな考えも自分が強ければ悩まずに済んだのに……。

 

「どうしたの?…………ご飯食べに行こ?」

 

「……今日は、朝食は抜くよ。姉さん一人で行って」

 

「どこか調子でも悪いの?それなら医務室に一緒に行こうか?」

 

 アイズは心配そうに彼に優しい声問い掛ける。彼からすれば勝手に思い悩んで一緒にいたくないだけなので何と答えていいか分からなかった。

 仕方なく適当に答える。

 

「ううん、平気。ちょっと食欲が湧かないだけだから心配しないで」

 

「……でも」

 

「大丈夫だって!少し出掛けるから!」

 

「うん」

 

 そう言い放ちいそいそとアイズの部屋から出て彼女と別れる。心配性も度が過ぎれば相手を怒らせることになる。これ以上会話をしていると八つ当たりしてしまいそうになることを見越して彼はアイズと別れたのだった。

 

 彼は一旦自室に戻り遠征用の簡易食料と武器、バックパックを手に取りホームを出る。向かう先は一つ。ダンジョンだ。

 

 もう何度潜ったか忘れるくらい上層のモンスターを狩っていた。レベルが上がればもっと下にも行けるのだがレベル1では潜れる階層に限りがある。だから自然と同じ階層で同じモンスターを狩ることになる。

 

 ダンジョンに着いてからはまるで工場の作業のように淡々とモンスターを殺していく。それこそつまらないと本人が感じる程に。もはや生活ルーチンの一環と化した上層での殺戮の目的は強くなること以外他にない。ただその一点のみを考えながら殺しまくる。そして魔石がいっぱいになったら換金し、また潜る。休憩なんてしたくない。少しでもほんの少しでも高みに上るため。

 

 食事はモンスターを殺しながら摂る。持ってきたパサパサの簡易食を水で押し込む。彼にとって食事は所詮生きるために必要なだけで無駄な行為でしかない。だから、人に食べさせるのはともかくとして自分が食べるものにはこだわったことがなかった。

 

 気づけば、潜って殺して換金して休憩してを繰り返し既に数時間が経っていた。

 

 ギルドを出ると綺麗な夕日が彼の顔を赤く染め上げていた。

 本日稼いだヴァリスは決して少なくない金額であるが、それでもレベル2以上の冒険者達なら普通に稼ぎ出せる額だ。つまりは得た報酬がそのまま自分の力量の低さを物語っていた。それが酷く胸を締め付けてくる。彼は数年前とまったく変わらない報酬をぶん投げたくなったがグッとこらえ、そして夕焼けに照らされながら一人ホームへと戻る。

 その後ろ姿は彼の身長以上に小さく見えた。

 

 ホームに戻るとまた一人で鍛錬をする。

 昔は誰かに教わっていたが、今はもっぱら一人で鍛えていた。今のうだつの上がらない状態で教えてもらうのは彼の最後のプライドが許さなかった。ハッキリ言えばただの意地である。だから今日も一人で鍛える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 夕食は取らずに時間になるまでひたすら自分を追い込んだ。

 

 そして限界が来たところでシャワーを浴びロキにステータスを更新してもらいに部屋に向かう。ロキの部屋に向かう時はいつも心臓が高鳴る。ほんの少しの希望が彼の心を揺さぶっているのだ。

 ロキの部屋をノックする。

 

「入ってえーよ」

 

 と気の抜けた返事が返ってきたので

 

「失礼します」

 

 の一言と共に部屋に入る。ロキは彼の顔に一瞬視線を移した後にすぐにベッドに横になるように指示を出す。

 

「自分ちゃんと食べて、しっかり眠っとんのんか?隈もやし顔色あんま良くないで……」

 

 ロキはステータスの更新をしながらそんなことを話す。

 声のトーンから気遣いが感じ取られたがその言葉に返事はしなかった。

 そんなことよりもステータスが気になる。

 

 更新が終わったロキはステータスを紙に写してそれを彼に渡す。

 

 そこには昨日と同じ数字が変わらず刻まれていた。

 

 無意識のうちにステータスの書かれた紙を握りつぶしてしまう。怒りとも失望とも取れる複雑な表情が彼の顔から浮かび上がる。目から自然と雫が零れ落ちて行った。

 ロキはかける言葉すら見つからずにただ黙って部屋を後にする彼を、いつも通り見送ることしか出来なかった。

 

 自室に戻る頃には涙は枯れ、元の冷たい表情に戻る。

 そしてまた剣を振るいに夜のダンジョンへ行く。

 

 明日こそはレベルが上がることを信じて。




次回から堕落の一途を辿っていきます

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