『愛され過ぎて夜も眠れないオラリオ』 作:Momochoco
その日、オラリオには雨が降っていた。鉛色の雲に覆われた空は大量の雨粒を地面に降らしている。俺たちが住んでいる廃協会の屋根にも雨粒が当たって音を出していた。
こんな気候の悪い日に、いや、悪い日だからこそたて続けて運の悪いことが起きるものだった。俺の所属するヘスティアファミリアの新入りのベル君が風邪をひいてしまったのだ。ベル君は冒険者となってからは毎日ずっとダンジョンに潜りっぱなしだった。
見知らぬ土地で成果を出そうと頑張った結果、疲れが溜まって知ったのかもしれない。現在は高熱を出してベッドに横になっている。
頭に濡れたタオルをのせ、顔はリンゴのように赤く、息を切らして苦しそうであった。
そんなベル君のために俺とヘスティア様は部屋中の棚を漁って風邪薬を探している。
「メラ君そっちにはあったかい?」
「いえ、見当たらないですね。もしかしたら使い切ってしまったのかもしれません」
俺たちはベル君に飲ませるための風邪薬を必死に探していたがどうやら既に使い切ってしまっていたらしい。困った、ベル君の熱は触った感じかなりの高熱だ。一刻も早く解熱剤を飲ませないと。
神様は何かを決心して俺に話しかける。
「ボクがミアハの所まで行って薬を取ってくる。それまでベル君は任せたよ」
この天気の中、ヘスティア様はミアハ様のファミリアまで薬を取りに行くというのだ。
そんなことを主神にはさせられない。それにヘスティア様の足より俺の方がだいぶ速いだからここは……。
「俺が行きます。俺の方が早くミアハ様の所へ向かえる」
「なっ!そんなことメラ君にはさせられないよ!一人で外出したことなんてもう何年もないじゃないか!それにまたロキの家族たちに見つかったら……」
間違いなく今の生活は壊れるだろう。だが見つからなければ大丈夫なのだ。
ベル君がここにきて二週間がたった。俺に対してずっと優しくしてくれて、困っていた時は手を差し伸べてくれて、過去にも深く詮索しないでくれた。俺にとってベル君は既に仲間だ。だから、俺も仲間のために何かをしたい。
「大丈夫です。いつも通りフードを深く被って顔を隠していきます」
「だけども――……」
「ヘスティア様。俺はいまベル君のために何かをしてあげたいと思っています。これまではそんな思いヘスティア様以外に持てなかった。だけど今は違う。ベル君のために力になりたいんです」
「メラ君……わかった。ベル君のことは任せてくれ。キミは急いで薬を取ってくるんだ」
「わかりました!」
俺はボロボロの黒いコートを着て、フードを深く被り。廃協会を出る。目的地はミアハファミリア。ベル君のためにも急いで帰らないと、そう思い足を走らせる。
ミアハファミリアの場所はよく知っている。睡眠薬や安定剤、鎮静剤を貰うときにヘスティア様の付き添いで良く通っているからだ。
引きこもり生活で体は少しなまっているがそれでも俊敏さには自信があった。昔、ロキファミリアの友人に獣人の走法のコツを教わったことがあったからだ。
人通りの少ない雨の道をひたすらに走る。
雨にうたれながら街を走っていると自然とあることが思い起こされる
俺がロキファミリアを抜けた日もこんな雨の日だったからだ。
ロキファミリアに入団した時から俺は元の世界に帰る方法を探していた。だが、探しても探しても手掛かりの一つにすらありつけなかった。
そして入団して数年、俺がレベル4になった時やっと手掛かりとなる発展スキル「人理」を取得した。この発展スキルは俺が元いた世界に存在する科学の力を再現できるスキルである。そして次のレベルアップ、レベル5になった際に取得した「神秘」のスキル取得。そして人理と神秘を併用し科学と魔術の融合させることに成功。
遂に異世界へ帰還する魔導書を作成することに成功したのだ。
ロキファミリアの皆にそのことを伝えると全員が喜んでくれた。はずだった……
帰還当日、ロキファミリアの皆が俺の前に立ちふさがった。
それぞれが俺に対して自らの思いをぶつけてきた。これまでは本心を隠して帰還を願っていたが、本心ではこのオラリオに留まることを望んでいたらしい
最後にロキが俺に対して訴えかけてきたのを今でも覚えている。
「なあ、考え直してくれへんか?ウチらはあんたのことが好きでこんなことしてんねんやで?欲しいものがあるなら何でもやる、して欲しいことがあれば何でもする。だから……だから、お願いや。帰るなんて言わず、ずっとここにいたってくれや!」
そういってロキは俺に向かって手を差し伸べてきた。
金も力も地位もいらなかった。本当に欲しかったのは現実の世界だけだった
俺は絶対に帰る。そう決めたんだ
差し伸べられた手を払い除け俺はこの場にいる全員に向けて叫んだ。
「こんなこと間違ってる!頼むどいてくれ!」
全員に動く気配はない。
「何で……信じてたのに……」
そして必死の闘争が始まった。ロキファミリアの目的は俺が持つ帰還に必要な魔導書であった。逆に俺は魔導書を奪われないように必死だった。狭いホーム内では不利だと判断した俺はホームを抜け外に出る。
雨が降っていた。その中で追跡してくるロキファミリアと必死で戦った。
だが結局、帰還のための魔導書は破壊された。
俺は雨に濡れながら何とかファミリアから逃げ伸びることは出来た。だが帰還する手段は途絶えてしまった。
その後は生きる気力を失くしていく。
今まで信じていた仲間に裏切られ、帰還の鍵を失くし、帰る場所もなくなった。
そして落ちぶれた俺が偶然忍び込んだ先でヘスティア様と再会して今に至る。
だから雨の日はあまり好きではない。だが今日は別だ。ベル君のためにも早く薬を届けなくては……そう思い近道のための裏道を通る。
だが角を抜けた瞬間に気が緩んでいたのか、通りかかった人とぶつかってしまう。
俺とぶつかった相手は雨の中尻餅をつくことになる。
俺はすぐに立ち上がり相手に手を差し出す。
よく見ると女性のエルフらしく一瞬手を引っ込めようかと思ったが、その子は躊躇なく手を掴んでくれた。立ち上がったのを確認すると急いで謝る。
「す、すいませんでした」
「いえ、私の方こそ急いでいて……すいません」
そう言ってエルフの少女と俺はお互いに謝った後に別れた。俺はフードが脱げたことに気付き再び被り直してミアハファミリアを目指して足を進めた。
やっとのことでミアハファミリアに到着する。
「いらっしゃいませ……ってメラか。今日は一人で来たの?大丈夫だった?」
そういって犬人の女性「ナァーザ」はびしょ濡れた俺にタオルを持ってきた。彼女は現在、ミアハファミリアで唯一の冒険者である。俺も通院するようになってからは割と交流がある。
俺はタオルで頭を拭きながら事情を説明する。
「実はベルが熱を出してしまって薬が必要なんだ。頼めるか?」
「ちょっと待ってて今、ミアハ様を呼んでくるから」
そう言ってナァーザは奥の方に入っていく。次に来た時にはミアハファミリアの主神、ミアハ様も一緒だった。
ミアハ様は真剣な顔つきで尋ねてくる。
「よく来たな、メラよ。それで詳しい症状を教えてくれ」
「はい」
俺はミアハ様にベル君の状態を伝える。ミアハ様は俺の話を聞き終わるとすぐに薬を調合していく。そして十数分後には数種類の薬が完成し処方された。
俺は代金を払いお礼を言う。
「ありがとうございました。急いでいるのでこれで失礼します」
「気を付けて帰るのだぞ」
「はい!」
◆
ボクは帰ってきたメラ君から薬を受け取るとすぐにベル君に飲ませる。
薬を飲ませた後にベル君は寝てしまったようだ。
その姿を見てびしょ濡れのメラ君もホッとしているように見えた。
「お疲れ様メラ君。キミのおかげでベル君に早く薬を飲ませてあげることが出来たよ」
「……ちょっと、シャワー行ってきます」
褒められることが恥ずかしいのかそそくさと体を洗いに行ったメラ君。
今回のことで彼の再起への道がまた一歩踏み出されたと思うと嬉しくなる。
「ボクも何かしてあげたいな……」
◆
「……レフィーヤ、びしょ濡れだけど大丈夫?」
「ア、アイズさん……実はさっき町で人とぶつかっちゃって」
そろそろ本編に入りたいです