『愛され過ぎて夜も眠れないオラリオ』   作:Momochoco
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1話4~3000字程度にしようと思います


Episode1 英雄の末路

 

 目を開けると既に朝を迎えていた。

 ヘスティア様が側で寝てくれたおかげなのか今度は夢を見ず、久しぶりにスッキリとした朝を迎えることが出来た。ただ隣に居たはずのヘスティア様は既に起きて行動を開始していた。

 

 どうやら朝食を作っているらしく。キッチンに立って調理を始めている。

 俺はヘスティア様に背中越しに朝の挨拶を掛ける。

 

「ヘスティア様、おはようございます」

 

「おはよう!調子はどう?良くなったかい?」

 

「はい、ヘスティア様のおかげでだいぶ良くなりました。……昨日はあんな醜態をさらしてしまって……本当に、すいま――」

 

「もう!謝らないの!君はボクの大切な子供なんだから遠慮はなしって約束だろ?だから、気にしないで。それよりもう少しで朝食が出来るから顔を洗っておいでよ」

 

「……わかりました」

 

 俺は今から数年前にヘスティア様に拾われてから、ずっとこの教会に引きこもっている。過去の惨劇に苦しむ俺にヘスティア様は嫌な顔一つせず優しく介抱してくれている。だから俺は、ヘスティア様を尊敬してるし、仲間だと思っている。

 …………ヘスティア様の本心は分からないが。

 

 自分の長い髪を後ろで結ぶ。洗面台に着くと蛇口をひねり出てきた水を顔にたたきつけるようにして洗う。昨日の不調が嘘のように消えていることに安堵する。

 さすがに今日まで体調が悪いなんてことになればヘスティア様にいらぬ心配をかけてしまうからだ。それだけは避けることが出来て良かった

 

 ヘスティア様の重りになることは避けたかった。

 ヘスティア様に捨てられてたら俺はもう……。

 

 顔を洗い、歯磨きを済ませた俺は居間の方へと向かう。

 

 ヘスティア様はじゃが丸君というコロッケのような食べ物を。

 俺の方は昨日の一件があったため胃に優しいお粥を作ってくれていた。

 

「それじゃあ、食べよっか!」

 

「はい」

 

「「いただきます」」

 

 薄味だがおいしかった。ヘスティア様には本当はもっとしっかりしたものを食べて貰いたいが現在のファミリアの収入ではそれは厳しい。今のところヘスティア様のバイトと俺の内職で何とか食いつないでいる状況だからだ。

 俺は……外にさえ出ることが出来ていない。

 そんな自分が情けなくて仕方ない。 

 

「どうしたんだい?そんなに暗い顔をして」

 

「あっ……いえ、何でもないです……」

 

「……それならいいんだけど。それよりも冷める前に食べちゃいなよ」

 

「はい」 

 

 俺は味の薄いお粥を喉に流し込む。嫌なことも、後ろ向きな思考も、全て一緒に喉の奥へ流し込む。

 ヘスティア様は一足先に食べ終え、この後に入っているバイトに向かうための準備をしていた。本当は一人でいるのは怖いし、寂しい。だけどそんなわがままは言えない。

 

 着替えを終えたヘスティア様の袖をつまみ、絞り出すような声で懇願する。これが俺の精一杯の抵抗だ。

 

「……あの、絶対に帰ってきてくださいね…………出来るだけ早く……」

 

 情けないのは自覚しているが確認しないと心が落ち着かない。

 するとヘスティア様は軽く微笑みこう答えた。

 

「ボクも出来るだけ早く帰るようにするから、キミもドコにも行かないこと!大人しく待っててね。それじゃあ、行ってくるよ!」

 

「……行ってらっしゃい」

 

 ヘスティア様が出かけた後の部屋は酷く静かに感じる。

 俺はヘスティア様に持ってきてもらった内職を進めることにした。手を動かしていれば時間も早く進むように感じるからだ。

 

 今の俺にできることはこれくらいしかないから……だから今日もこの暗い部屋でヘスティア様をただ一人待つ……これが俺にできる精一杯だ………

 

 

◆ 

 

 ボクが目を覚ますと側に子供のようにして丸まっている彼が隣にいた。ボクは彼を起こさないようにベッドから降り朝食の準備をする。彼は昨日、ストレスから嘔吐してしまっているから胃に優しいものを作らないと。そう思い鍋に火をかけていく。その後はなるべく音を出さないようにしながら身支度を進める。

 今日はバイトが入ってる日であり、早めに家を出なければならない。本当は彼を一人にはしたくないのだがそういう訳にもいかない。

 

 ボク、ヘスティアにとって彼は我が子のような者であり守らねばならない存在である。

 彼と最初に出会ったのはもう数年前のことだ。ボクがヘファイストスの所に居候していた時に、自分にあった武器を探していた彼と出会ったのが最初だ。黒い髪に青い目をしていた彼は、どこかボクに似ていて意気投合するのも早かった。

 

 あの頃は楽しかった。彼がする話はボクの心を躍らせたし、一緒にじゃが丸君を食べたこともあった。でもそれ以上に興味がわいたのは彼の故郷の話だ。彼曰く、ここではないどこか遠い別の場所にあるらしい。この世界とはまるで違う世界の話が好きだった。いや、正確には話をしているときの彼の寂しくも楽しそうな顔に惹かれたのかもしれない。

 

 だが、そんな楽しい時間は急に終わりを迎えた。彼が元の世界に戻る『神秘』を見つけたというのだ。ボクは正直、複雑だった。ボクだけじゃない。オラリオの皆が彼の帰還を望んではいなかった。愛されていたのだ神にも人にも。

 

 結局、ロキファミリアを筆頭に冒険者たちが帰還を阻止してしまった。仲間に裏切られ、誰も信じられなくなった彼は自分のファミリアを抜け怯えるように隠れながら生活していた。そして偶然、この廃協会に隠れていた時に彼と再会した。

 その時のことは今でも忘れることが出来ない。

 

 それ以来ボクは彼と一緒だ。たとえ歪んだ形であってもこうして一緒にいられる結果になったことにどこか安心を覚えているボクも、彼に魅せられた一人なのかもしれない。

 

 ボクが物思いに更けている中、後ろから声がかかる。

 

「ヘスティア様、おはようございます」

 

「おはよう!調子はどう?良くなったかい?」

 

「はい、ヘスティア様のおかげでだいぶ良くなりました。……昨日はあんな醜態をさらしてしまって……本当に、すいま――」

 

「もう!謝らないの!君はボクの大切な子供なんだから遠慮はなしって約束だろ?だから、気にしないで。それよりもう少しで朝食が出来るから顔を洗っておいでよ」

 

「……わかりました」

 

 謝らないで欲しい。ボクはキミの唯一の家族なんだ。遠慮はいらない。

 彼の姿はこの廃協会にこもるようになってから大きく変わった。肌は白く、眼の下には濃い隈が、体重は落ち、線も丸っきり細くなってしまっている。いまだにあの時の出来事が彼を苦しめているのだ。ボクが出来るのは彼を介抱するくらい。いつか、立ち直る日が来るのを心から望んでいる。

 

 料理が出来たので彼と一緒に食べる。ボクは大好きなじゃが丸君で、彼には胃に優しいお粥を作ってあげた。

 

「それじゃあ、食べよっか!」

 

「はい」

 

「「いただきます」」

 

 食事の最中に彼が暗い顔をしている。彼は昔の活発的な性格が鳴りを潜め、現在では卑屈で後ろ向きな性格に変わってしまっていた。

 僕は何か心配事でもあるのかと問い掛ける。

 

「どうしたんだい?そんなに暗い顔をして」

 

「あっ……いえ、何でもないです……」

 

「……それならいいんだけど。それよりも冷める前に食べちゃいなよ」

 

「はい」 

 

 また、キミは勝手に悩んで、勝手に落ち込んでいる。ボクにできる事なら何でもするから正直に話してほしいといつも言っているのに。

 ボクは食事を済ませた後、外出用の衣服に着替える。ボクはじゃが丸君の屋台でバイトしており、その少ない収入が家計を支えている。

 

 着替えが済んだところでさあ、出掛けようという時にボクの服の袖を彼がよわよわしく掴む。どうやらボクに行ってほしくないようだ。彼もボクがバイトがあるのは分かっているみたいですぐに袖を離すと震える声でポツリポツリと話し出す。

 

「……あの、絶対に帰ってきてくださいね…………出来るだけ早く……」

 

 正直、ボクは今の彼に依存されている環境は悪くないと心のどこかで思っている。あのオラリオの英雄を自分だけが独り占めしているのだ。……本当はこんなこと考えたらダメだと分かっている。それでも思ってしまうのはボクにも心のどこかで歪んだ気持ちがあるからなのだろう。

 

「ボクも出来るだけ早く帰るようにするから、キミもドコにも行かないこと!大人しく待っててね。それじゃあ、行ってくるよ!」

 

「……行ってらっしゃい」

 

 行ってくるよキミのために。

 

 

 僕、ベル・クラネルはこの迷宮都市オラリオにやってきて何度目かの挫折を味わっていた。どこのファミリアに行っても門前払いをくらい、今はうなだれながら街を歩いている。ファミリアに入ることがこんなに難しいなんて思いもしなかった。

 

「はぁ……どうしようかな……」

 

 僕は一人心中の不安を呟く。

 実際にこれからどうしようか先が見えない。

 そんな僕の呟きを聞かれていたのか近くで屋台を開いていた女の子に話しかけられる。

 

「そんなに落ち込んでどうしたんだい?」

 

「……いえ、大したことじゃないんで。気をつかわせてすいません」

 

「ふふん。嘘をついてもダメだよ。ボクはさっきキミが「どうしようかな」って呟いてるとこを聞いたんだから。ほら遠慮せずに話してみなよ。案外、あっさり解決するかもしれないぜ?」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 そう言って僕は今までのいきさつを説明した。どのファミリアにも入れなかったこと。そしてこれからの行く当てがないこと。少しばかり情けないような話でも不思議とこの女の子の前ではスラスラと口に出すことが出来た。

 僕の話を聞いた女の子は逆に質問を僕に投げかける。

 

「正直に答えて欲しい。キミは今日オラリオに来たと言ったが嘘ではないね?」

 

「……?、はい」

 

「……だとすれば彼のことも知らないはず。わかった。キミさえよけば僕のファミリアに入らないかい?」

 

「僕のファミリア……それじゃあ、あなたは――」

 

「ボクは神ヘスティア。ヘスティアファミリアの主神さ」

 




過去回はそのうちやりたいです


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