国民の敵を作って政権を維持する手法は?

vol.114 22 March 2005
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

日本の韓流ブームはあまり衰えていないようだが、和やかな文化交流に比べ、政治面での日韓関係はかなり雲行きが怪しい。

振り返れば一昨年の小泉首相の靖国神社参拝問題、有事関連法の成立時など韓国政府はそのつど遺憾の意を表明、薄雲は盧武鉉大統領就任前後から少しずつ広がっていた。そして、昨年3月には日本統治時代の対日協力者を調査、糾弾する「親日反民族行為真相究明特別法」が成立、雲は次第に暗雲へと変わっている。

そうした最近の日韓関係をさらにギクシャクさせたのは3月1日、ソウルで行われた大統領の「3・1独立運動」記念演説だ。この演説で盧大統領は1965年の日韓国交正常化以降、現職大統領として初めて対日賠償問題に言及した。大統領は「日本政府と国民は過去の真実を糾明し、心から謝罪、反省して賠償すべきことがあれば賠償し、和解しなければならない(演説より筆者要約)」というが、日本の植民地支配に対する補償問題は、国交正常化時に解決されている問題であり、何で今になってそんなことを言い出すのか、というのが多くの日本人の気持ちだろう。

私は時が過ぎたからといって日本人が過去に韓国で犯した過ちを忘れてしまってよいとは思っていない。しかし、お互いに経済成長を果たし,アジアでたった2つのOECD加盟国でもある両国がなぜもっと大人の付き合いが出来ないのか。大統領は「3・1演説」で「ドイツは隣人の信頼を得て国際社会の指導的国家になった」と言ったが、ナチの被害を受けたフランスやポーランドはもっと大人の対応をしたということも忘れてはならない。

こうした演説をした廬大統領の真意として、なかなか上がらない政権の支持率を引き上げる切り札として反日カードを切ったという見方が強い。韓国や中国において「反日」はつねに政権維持、支持率浮揚に結びつく魅力あるカードであり、サッカー日中戦など中国で続いた民衆の反日行動も政権の求心力維持のツールとして、また豊かさを享受できない出稼ぎ労働者らの不満のはけ口として活用されたという。

ただ、国民の敵を作ってその政権の支持率を高めるという手法は、韓国や中国政府だけが用いる手法ではない。少し事情は違うが、小泉首相が登場した時、あれほど支持率が高まったのは、長期にわたって日本の政治を動かしてきた旧経世会を核とする党内の守旧派とされる勢力に国民が敵役の印象を持ったからだ。守旧派に立ち向かう熱血の改革政治家というイメージがあれほど国民を熱狂させたのだろう。

アメリカでも同じことが言える。90年、湾岸戦争時のブッシュ元大統領、そしてイラク戦争直後のブッシュ現大統領も一時的だったが、大統領への驚異的な国民の支持が集まった。つまり、サダム・フセインという国民共通の敵が存在した時、自国の大統領への求心力が高まったのだ。国民の敵役を作って政権維持を図る手法はアフリカにも見られる。あまり褒められる政治家とは思えないが、ジンバブエのムガベ大統領の政権維持の手法は白人に対する規制強化だ。政権の支持率が低下すると、旧支配層であった白人農民などの財産などを剥奪して黒人住民の支持率を浮上させて長期政権を維持してきた。

だから、盧大統領の手法も「これが政治だ」といわれればそこまでなのだが、反日をあおるやり方は日本人にも不快感を呼び、両国の将来の関係に決して良い結果は残さない。大統領が4月の国会議員補欠選挙を視野に入れたパフォーマンスとして賠償問題に触れる演説をしたのなら、目先の利益に目がくらんだとしかいいようがない。

日韓関係を敵対する関係だと思っている両国人はもうあまりいないだろう。今後、協力できるところはもっと協力し、東アジアの安定と繁栄に供する政策をともに考える方が両国民にとってずっと幸せな未来像を描けるはずだ。日本側も島根県議会の「竹島の日」制定など過激な対抗措置は避け、これから日韓の政治家には前向きのビジョンを持って暗雲を取り除く努力をしてもらいたいものだ。