終の棲家になるはずの会員制ホテルを、まさに追い出されようとしている人々がいる。
従業員はすでに去り、ホテル内で開業していたレストラン、大浴場は5月28日から休業している。それはホテルと最寄り駅(三島駅)やスーパーマーケットを結んでいたシャトルバスも同じ。そのため、運転のできる住民が、運転できない住民を送迎してあげているような状況だ。
また、住民の出すゴミは、会員制ホテルという特殊性から産業用ゴミとして扱われ、専門のゴミ回収業者に依頼していたが、ホテル経営側が資金難から回収費用を滞納している。
「エレベータの保守点検もかなり前からしておらず、ガタガタして不安です。浄化槽の点検・清掃も1年以上やっていません。電気・ガス代は本来、経営側が払うべきなのですが、数千万円を滞納しており、7、8月分は我々が負担して何とか供給ストップを猶予してもらっています。生活に欠かせないライフラインですから……。ゴミ回収も同じ。水道は幸い、井戸水で賄っています。ただ、先行きに不安を感じた方々が次々と自主退去しており、一人当たりの電気・ガス代などの負担は大きくなる一方。果たして、この先も払い続けることができるかどうか……」(住民の一人)
このホテルとは「ホテル長泉ガーデン」を指す。2008年12月に会員制リゾートホテルとして完成。部屋数は141室(うちゲストルーム約10室。広さは約70㎡が中心)で、会員権は1口3500万円程度と見られる。
長泉ガーデンは静岡県沼津市の北にある愛鷹山、その緩やかな丘陵に建ち、上階からは沼津市街と駿河湾を一望できる。最寄り駅まではクルマで約15分。気候が温暖なことから、会員制リゾートホテルではあるが実際には居宅、それも終の棲家にしている高齢者が少なくない。
「住んでいる人の中では60代半ばの方が一番若い。70代が大半で、車椅子の方、要介護の方もいらっしゃいます」(同)
快適に老後を過ごすために会員権を購入したリゾートホテル。それがなぜ、こんな状況になってしまったのか。
長泉ガーデンの固定資産税滞納額は4600万円で、建設費用の未払い分が約3億円。ホテルの土地建物を所有するのは「長田事業」だが、同社の債務超過額は約30億円に達するという。
実はこの長田事業、1999年6月、金融再生委員会により破綻認定された、あの東京相和銀行(現・東京スター銀行)の創業者、故・長田庄一氏が築き上げたファミリー企業群の一つである。
長田グループが経営していたホテルといえば、駿河湾に浮かぶ無人島・淡島に立つ「淡島ホテル」(60室。全室スイートルーム)が知られる。東京相和の大口預金先の接待用にバブル最末期の91年10月にオープン。しかし、長泉ガーデンとは逆に、こちらは余りにも高過ぎて経営不振に。判明している債務だけでも120億円と見られ、ホテルの建物が競売申立される始末だ。
“経営していた”と過去形なのは、今年4月16日、淡島ホテルを経営していた「㈱淡島ホテル」が、「㈱オーロラ」(名古屋市中区)との間で株式譲渡契約を締結、ホテルの経営権がオーロラ側に移ったからだ。
実は当初、オーロラは長泉ガーデンの経営も引き継ぐことを検討していた。しかし長泉ガーデンの住民が結成した「長泉ガーデンを守る会」との間で意見が対立、9月13日、オーロラは「守る会」に対し、経営はしない旨を通知した。その結果、前述のように住民側は終の棲家を追われる危機に瀕しているわけだ。
双方の意見が対立したのは、オーロラが住民側に金銭を要求したことが契機となっている。
長泉ガーデンの会員は、会員特典として、ホテルに何日滞在しても室料は無料で、光熱費もホテル側が負担してくれていた。つまり、会員権を購入すれば、ホテルの一室を“自宅”として利用できるというのが長泉ガーデンのセールスポイントだったわけだ。
ところが9月5日、オーロラは長泉ガーデンの会則を変更するための投票を求める通知を出し、室料として1カ月10万円、別途、年会費8万円、そして光熱費は住人側の実費負担に変更するよう求めてきた。
そのうえ、4200分の1の建物所有権を150万円で購入するとの会則追加も求めてきた(従来の会員権には建物所有権はなかった)。
そもそも住民側は、こうした負担がないという条件でホテルの会員権を購入しており、オーロラの要求に当惑した。
「新たな金銭負担もそうですが、こんな重大な問題を一方的に通知し、わずか9日で返事を出せという。しかも、会則の変更が否決(可決には過半数以上の賛成が必要)された場合にはライフラインを停止するという脅迫的な文言。これは生活権、人権の侵害で、介護を受けている居住者や高齢者、病人などに事故があった場合には刑事事件に発展する可能性も含んでいます」(住民側)
(中略)
そうしたなか、オーロラと長田グループによる“デキレース”を疑う見方も出ている。
「オーロラに淡島ホテルを再建するだけの資金や信用があるとは思えない。確かに、我々が持つ会員権は土地・建物の所有権がない(淡島ホテルの土地は借用。長泉ガーデンの土地はグループ会社所有)から、非常に権利が弱く、経営権が譲渡された場合には譲渡先の企業に対抗できない。しかし、ここで我々がオーロラの要求に応じてカネを払ったら(オーロラは計約3億円の社債の購入も持ちかけている。償還は3年半後。年利8.4%)、彼らの思う壺だし、我々がカネを払わずに退居すれば、オーロラは新たに会員権(所有権付き?)を売り出し、またカネが入る。そうなれば止まっている2号館の建設再開もあり得るし、そこでも新たな会員権収入を得られる。それらを折半するといった条件で長田グループとオーロラが手を組んだので、強面のオーロラが出てきたのではないか」(別の住民)
住民側がこうした疑念を抱くのには理由がある。
(後略)