10勝を前に足踏みが続く柳にとって、奮い立つ条件はそろっていた。対戦するのは打者だが、投げ合う相手投手も意識する。菅野との初めてのマッチアップ。エースへの階段を上がりつつある右腕にすれば、日本を代表する大投手との対決は刺激になったはずだ。
柳の野球の履歴書には、必ず宿敵が存在した。横浜高では菅野の母校でもある東海大相模。絶対に負けるな。互いにそう教えられ、戦ってきた。ところが皮肉なもので、菅野も柳も3年夏は桐光学園に負けて高校野球を終えている。菅野は準決勝で激突した宿敵を、高校野球ファンには今も語り草の「振り逃げ3ラン」で破りながら、決勝で打ち込まれた。2年連続をねらった柳は、準々決勝で8回途中、降板に追い込まれた。味方を3安打にねじ伏せた2年生左腕が、松井裕樹(楽天)だった。
明大では早大。「明慶戦」と呼ぶ関係者はごく少数だが、ほとんどの人間は「明早戦」と呼ぶ。「早稲田に負けるな!」。先輩にそう教えられ、後輩に伝えてきた。もちろんプロでは巨人。優勝することも大事だが、巨人を倒すことも同じくらい意味がある。横浜高、明大、中日。歴史と伝統をつむいできたのは、永遠のライバルの存在があればこそだ。柳は3点を失ったが6イニングを耐え抜いた。この粘りがあればこそ、8回の同点劇に結び付いた。
「菅野さんは3点を取られちゃいけない投手。最後(5回)の1点がダメだった」。それでも反省した柳に、こう言葉をかけた。「横浜のエースは相模のエースに負けてはいけない。中日のエースも巨人のエースに負けてはいけない」。柳はうなずいた。「間違いないです! でも、まだエースじゃないです。修業中です」。かつて、明大の先輩、星野仙一や川上憲伸は打倒巨人に闘志を燃やした。柳にもぜひ継承してもらいたい竜のDNAだ。