鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず
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更新遅れてすみません。
暑さでまいってました。


33話 王国の衰退

 

 例年と違い、収穫期を終えた後に戦争が始まったことで、作物の収穫量が確保出来ていたとは言え、冬前の大戦には別の要因で戦費がかかってしまう。寒さを凌ぐための薪や防寒具などがそれに当たる。もっとも、国が用意出来る防寒具は貴族や直属の騎士の分のみで、徴兵された農民はそれぞれ自己で用意しなければならない。中には厚手の服がなく、寒さに凍える者も少なくない。

 増えた戦費は、悪魔騒動で国王の力が増していたことで貴族たちから徴収することで賄えた。

 

 そこまでしてようやく戦場を整えた訳だが、結果は王国の歴史的大敗に終わる。当然ながらこれは王国民の誰もが知ることとなった。

 

 戦争後の王国が抱える問題は眉をひそめてしまうほどのものだった。

 

 現在、かなりの数の貴族たちが民に重税を課していた。

 戦争によって王国の国庫は底を尽きかけている中、戦費を払った貴族たちもまた、財をかなり失ってしまっている。

 そうなれば、民など勝手に増えるものだと考えている貴族が取る手段など決まりきっている。

 重税を敷き、かつての財を取り戻そうとしていた。

 残念ながら王国貴族の大半がこれを行っている。

 今年の冬は民たちもなんとか乗り越えることが出来のだが、それもそう長くは続かないだろう。今年中にも餓死者が多数出る。王族はそのように見立てている。

 

 それでもまだ、情勢が安定している領地もある。

 レエブン侯、ウロヴァーナ辺境伯の領地では自らの財で民に施しを行っていたりしている。ペスペア侯の領地でも過剰に税を上げたりはせず、随分とマシ、と言った具合。

 それに比べて酷いのは────

 

 言うまでもなく、ボウロロープ侯爵、リットン伯爵、ブルムラシュー侯爵が治めている領地である。

 特にブルムラシュー侯爵が収めるリ・ブルムラシュールではとんでもない重税が敷かれていた。

 領土内に金鉱山やミスリル鉱山を持っているため財力は王国一であるはずなのに、欲深で金貨一枚で家族さえ裏切るといった悪評が立っているのは紛れもない真実なのだろう。

 中小貴族たちも例外ではない。六大貴族の中でもまともな政策を行っている三人の領土内にも民から搾り取っている者は少なからずいる。

 

 王国の未来は暗雲が立ち込め、現在の王国では対処しきれない現状が圧し掛かかっている。

 

 先の戦争で第一王子は行方不明。五千の兵士もほとんどが帰らぬ人となったと報告を受けた王は酷くショックを受けていた。

 気丈に振舞ってはいるものの、食事はあまり喉を通らず、日に日に痩せていく姿を戦士長が辛い目で見ている状態が続いている。

 

 王には分かっているのだ。

 なんとかしたくても国庫に余裕はなく、貴族たちの暴挙を止める力も失っている状況では打てる手はほとんどないのだ。

 戦争の勝敗に関係なく、こうなることは分かっていた。分かっていたが、帝国が戦争を仕掛けてくる狙いに気付くのが遅すぎたのだ。

 魔導国の台頭と関係なく、今の王国の状況は遅かれ早かれ訪れていたのだ。

 

 

 

 第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは自身の私室の窓際、テーブルセットの椅子に一人腰かけていた。

 その様子は誰かを待っているようだった。

 

 眼下に広がる王都の街並みを見るでもなく眺めていたラナーは、自身の影が奇妙に蠢いたのを察する。

 

「お待ちしておりました」

 

 待ち人の来訪に喜びの表情を見せる。来たのは痩せこけた人型ではあるが人ではない。

 背中には蝙蝠のような羽、途中から鋭利な爪と化している指を持ち、そのすべてが闇をくりぬいた様に漆黒の一色。唯一、目のみが病的な黄色の輝きを持っている。

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)

 

 眼鏡悪魔より借り受けている隠密行動に長けたモンスターの内の一体だ。

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)は数枚の書類をラナーに手渡す。鋭利な爪で破かないよう器用に指を動かして。

 

「今回は……ブルムラシュー侯爵ですね。では、こちらがリットン伯爵の精査が終わった分です」

 

 ラナーはテーブルに用意しておいた書類を悪魔に渡す。

 

「デミウルゴス様にお伝えください。順調です、と」

 

 ニコリと笑う姫から手渡された書類を悪魔は丁重に扱い、影へと潜り込む。

 再度一人になったラナーは受け取った新たな紙を広げる。

 そこにはブルムラシュー侯の屋敷の見取り図が書かれていた。

 部屋の数や位置、家具の配置などかなり正確に記されている。

 ラナーはしばらく図を見つめると、羽ペンを取り出し、幾つかの場所にマークを付けていく。

 

「ふふ、ブルムラシュー侯の性格を考えると簡単ですね」

 

 彼女が何をしているのか。それを知る者は王国内には一人もいない。

 一段落付いたところで最近のお気に入りの紅茶――ナザリックから頂いたもの――を自分で淹れて口に付ける。

 

「もうすぐ……もうすぐでお父様の心労を取り除いてあげれます。そして、私も……」

 

 そこに、邪悪な笑みを浮かべる姫はいなかった。

 作り笑いでもない、年相応な微笑みを浮かべる黄金の姫がいた。

 

 

 

 

 

 

 広大なアベリオン丘陵。

 ゴブリンやオークに代表される亜人種が無数の部族を作り、小競り合いを起こす、そんな場所にある『デミウルゴス牧場』。 

 最初は牧場と名付けられていたこの場所であるが、今は刑務所と呼ぶ方が正しいかもしれない。

 つまらない生き物にも慈悲をかけられる寛大さを持つ至高の御方が人間となられた折に、御方の方針で捕えられていた者たちを全て開放したことで一時は閑散としていた。

 その後、ゲヘナ作戦によって犯罪組織である八本指の構成員を大量に確保し賑わいをみせていた。

 その中でも優秀、使えると判断された者たちは大幅に縮小された八本指の運営のために開放されている。 

 残りのどうしようもない人間たちは、大部分がナザリックの戦力強化に利用されアンデッドと化し、今頃は魔導国のために精を出して働いていることだろう。

 

 ナザリック地下大墳墓、第七階層守護者デミウルゴスは御方のために働ける喜びを深く噛みしめていた。

 牧場へは頻繁に訪れている。ここの建設をしたのは自分であるし、管理、運営も御方から任されている。

 

「さて、何か変わったことはありましたか?」

「はい」 

 

 声をかけたのは人間にも似た女性だ。

 女淫魔(サキュバス)

 背中から伸びた巨大な黒い翼に包まれた、肉感的な肉体はほぼ全裸であり、ちっぽけな金属板が重要な箇所を隠している。妖艶な美というものがその顔立ちや体躯から匂い出し、空気をピンク色に染めているようだった。

 

「昨日の正午頃、亜人の一体が迷い込んで来ましたのでご命令通り幻惑にかけ、追い返しました」

「うむ。アインズ様はナザリックに敵対していない者に手をかけることを良しとしていないからね。引き続きその手筈で頼むよ」

 

 覇気のある返事をする女淫魔(サキュバス)にデミウルゴスは機嫌よく頷く。

 だが、どうしたことか。女淫魔(サキュバス)は戸惑いがちに問いかけてくる。

 

「……しかし、よろしいのでしょうか? 何度も亜人たちにこの辺りをうろつかれていては……」

 

 女淫魔(サキュバス)の心配はデミウルゴスも理解している。

 牧場周辺には隠蔽魔法を施してある。アベリオン丘陵に生息している亜人たちには見破ることは不可能なものを。

 偶然迷い込んでくることもあるが、それらは幻惑をかけることで追い返しているので、牧場の存在が露見することは絶対にない。

 至高の御方の命に逆らう気など毛頭ない。存在すらしない。

 それでも気にかかるのは、亜人たちがたとえ幻惑魔法をかけられたことに気が付かなくとも違和感は残ってしまう。

 昨日の分を合わせれば丁度十体目。この調子で今後も迷子が増えていけばここにナニカがあると勘繰る可能性は捨て切れない。もし、亜人たちにそう判断されたら────。

 

「心配には及びませんよ。亜人たちが攻めて来たとしても返り討ちにするだけです。アインズ様も防衛ということでしたら許可をくださるでしょう」

 

 一部族に攻められたとしてもその程度の戦力など問題にもならない。

 仮に全部族が連合を組んだとしてもどうとでもなる。周辺調査によりナザリックを脅かすような強者の存在は確認されていないのだ。

 そもそもの話、亜人たちが連合を組むこと自体が難しいだろう。

 アベリオン丘陵では、様々な亜人種が存在し戦いを繰り広げ、同種族でも部族が分かれている。

 基本的に丘陵が統一されることなどほぼ不可能に近いのが現状で、歩調を合わせることはないと思われる。

 

「我々の存在が脅威と判断したならば、足並みを揃えることもあるでしょうがね。しかし。そうなったら西にもっと手軽な……」

 

 眼鏡悪魔の言葉が止まる。

 アベリオン丘陵の亜人たちからすれば得体の知れない地。部族の長などの最強クラスが出張って来てもどうすることも出来ない。

 連合が組まれる可能性。

 デミウルゴスはこれから起こる可能性を頭の中で瞬時にシミュレートする。 

 

「……どうされたのですか?」

「そうか、そういうことでしたか。流石はアインズ様」

「?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。問題ありませんので貴方は自らの使命を全うしなさい」

 

 理解が及ばない女淫魔(サキュバス)であったが、ナザリック一の知恵者とそれを更に上回る智謀の御方から下された仕事なのだ。女淫魔(サキュバス)はそれに従うのみ。

 

 

 

 近況報告を受け、女淫魔(サキュバス)を持ち場に戻した後、デミウルゴスは最近のお気に入りの場所へと向かう。

 

 広がる草原に天幕を幾つも立て、新鮮な空気が吹き抜ける開放的な牧場。

 おおよそ高さ十メートルにもなる一番立派な天幕があった。そこは至高の御方が訪問された時用の天幕。中には簡易ではあるがデミウルゴス力作の玉座も置かれている。 

 デミウルゴスが目指すのはそこではない。その天幕の近くにある階段。それは新たに建造された地下施設への入り口である。

 

 階段をしばらく下りて行くとやがて通路に繋がる。左右には鉄格子が嵌められた牢が幾つも並んでいる。

 正に監獄といった体をしている。そしてそれは正しい。

 少し前までは八本指の罪人が大勢入れられていたのだが、今はガランとしており少々寂しげに感じる。

 

 カツン、カツンと靴の音を響かせて歩く眼鏡悪魔に向かって呪詛を吐き出す人間が居た。

 宝石の目を向けると、そこにはデップリと太った男が騒ぎ、喚き散らしている。

 

「やれやれ。未だに自分が何故ここに居るのか理解していないとは……愚かを通り越して逆に関心するよ」

 

 だからこそ、拷問のし甲斐もあるのだが。

 太った男の隣の檻では枯れ木のような男性老人が精いっぱいの声を絞り出している。

 こちらは太った男とは少し違い、「助けて」「出して」といったことを(のたま)っている。 

 

「良い声ですね」

 

 至高の御方より優先するものなど存在しないのだが、恨み言や悲鳴を聞けるのは悪魔の本懐だとばかりに嗤う。

 助ける? 出す? 

 そんな申し出を聞き入れる訳がない。

 この老人はナザリックのみならず、最後まで残って下さった慈悲深い至高の御方を侮辱したのだ。

 許せるはずがない。

 だからこそ御方に願い出て、高位魔法で蘇生してまでわざわざこの施設に連れて来たのだから。

 死ぬことも許されず、永遠に苦痛を味合わってもらわなければならない。

 

 この二人を拷問にかけて悲鳴を聞くのがデミウルゴスの楽しみ――ではあるのだが、今回の目的は別にある。

 二人の心地よい嘆きを聞きながら歩を進める。

 

(さて、不遜な態度は随分なくなってきましたが、まだ足りませんでしたからね。今日でどれだけ進むか……楽しみですね)

 

 

 

 

 

 

 魔導国と友好を結んだドワーフ、新たに魔導国の住人となった巨人に土掘獣人(クアゴア)

 そしてドラゴン。

 正式名称は霜の竜(フロスト・ドラゴン)という。

 一般的なドラゴンはネコ科の動物のようなスリムな体型をしているが、フロスト・ドラゴンは少し細く、蛇に似たところがある。鱗の色は青白いが、歳を重ねることで霜が降りたような白色へ変化するのが特徴である。

 

 魔導王を名乗り、国を興したアインズだったが、実際この国をどういう風にしたいのかずっと考えていた。

 

 リアル世界のように支配者層にとっては、一般市民は余計な知識を持つことなく、消費され続ける歯車であった方が地位を盤石なものに出来るというのはアインズにも分かっている。

 だが、民あっての国であり、国民一人一人の力が増していけば国力は自然と上がっていくというのも知っている。

 かと言ってナザリックの技術や知識はハイレベル過ぎて無暗に開放する訳にもいかない。

 そこでアインズが思いついたのが、モモンとして帝国を訪れた時に会ったオスクという興行人と話をしていた際に聞いたルーン武器のことだった。

 ドワーフの国と国交を開き、魔導国の下で現地技術を発展させる。

 アインズにとっても詳しくは知らないルーン武器は魅力的に見えたのだ。 

 

 情報収集の結果、ドワーフの都市に訪れて様々な武術を教えてもらいながら暮らした経験がある蜥蜴人(リザードマン)のゼンベル・ググーを道案内役に抜擢し、共としてシャルティアとアウラを連れて、アゼルリシア山脈にへとアインズは向かう運びとなった。

 

 ドワーフたちとの交渉の結果、元王都フェオ・ベルカナをドワーフに開放するのを条件に魔導国への協力を取り付けることに成功。二百年前の魔神の攻撃で放棄され、街がクアゴア占領されており、王城は竜王の一族の塒になっている地を目指す。

 

 ドラゴンと形だけの同盟関係を結んでいるクアゴアたちをOHANASIの末支配し、アインズ一行は途中、支配下に置いた横に広い変わったドラゴンの案内で竜王の元にたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 地下施設の最奥。

 その部屋は広く、唯一つの入り口は固く閉ざされ、中に捕えられた者がどんなに暴れようと決して壊れることがないほどに頑強に作られている。

 

 カツン。

 

 ドラゴンの特徴として鋭敏な感覚を持つオラサーダルク=ヘイリリアルは扉のずっと先から響く聞きたくない音を感じ取る。

 

(イヤ、イヤだ。来ないで、来ないでくれ)

 

 薄く照らす永続光(コンティニュアル・ライト)の光の下、丸まっている竜王の姿にかつての威厳は微塵もない。

 積み上げた財宝の上に悠然と寝転ぶ姿。

 財宝、もしくはドラゴンスレイヤーの称号欲しさに、愚かに侵入してきた者を迎え撃つべく威容を示す姿。

 

 否。そんな姿はどこにもない。

 

 今のオラサーダルクは借りて来た猫よりも大人しい。

 むしろ外気に晒される部分が出来るだけ少なくなるように、怯えて丸まる大きな子猫のように見える。

 

 オラサーダルクは心底怯え切っていた。

 

 クアゴアの王から、攻めてきたドワーフ達(アインズ一行)を迎撃してほしいと懇願されたのを受け入れ、息子のヘジンマールを使って相手を見定めようと送り出した。が、ヘジンマールはそのまま配下となってしまう。

 息子によって王城に案内されたアインズと対面したオラサーダルクは相手を侮り、身につけている見事な装備類を置いていけば許すつもりだった。

 

 強くなること以上にこの世界に必要なことはない。強くなければ生きていくことが出来ない世界。

 そんな生への価値観を持っていたオラサーダルクは正しかったのだろう。

 ドラゴンは他の種族と比べても強大であるのも間違ってはいない。

 

 今になって思う。

 驕っていた。

 自身こそ最強の竜王だと慢心して、相手の異常性に気付けなかった。

 

 愚かな自分は相手を侮辱した結果、ボコボコにされた。

 それこそ抵抗らしい抵抗を何一つ出来ずに完膚なきまでに。

 

 以来、この地下施設に監禁され素材として扱われている。

 皮、爪、牙など。ドラゴンから採れる素材はどれも貴重らしく、激痛を味合わされながらも死なないように治癒され続ける日々。

 

「ち、父上ぇ」

「……トランジェリットよぅ」

 

 自分が虫の息にされた後、唯一あの人間に従おうとしなかった最も腕力が優れている息子も足音に気付いたようで、怯え切った声ですり寄って来る。

 迫りくる恐怖から、二匹は体を寄せ合い、ヒシッとくっつく。

 

 早々に降伏したヘジンマールに妃たちや子供らは自分らのような拷問は受けていないらしい。

 睡眠や痛覚麻痺を施された上で、たまに皮などを採取される程度で痛みを全く与えないように配慮されている。

 逆らった二匹が許される日は何時来るのだろう。

 最早魔導王に逆らう気など微塵もないというのに。

 聞こえてくる足音はどんどん近づいて来る。

 

 そして、涙目で見つめていた扉が無慈悲にも開いていく。

 

「ひいぃぃ!」

 

 二匹のドラゴンは邪悪な笑みを浮かべる眼鏡悪魔の姿に恐怖し――床を暖かい液体で濡らす。

 

 

 




「オラサーダルク! 生きとったんか、ワレ!?」
殺して素材にするより、治癒が出来るんだから採取し続ける方が得だよね。ってことで竜王さんは生きてます。
これで竜の皮(ドラゴンハイド)も定期的に手に入るね。

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