『みんな病んでるIS学園』 作:Momochoco
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「大丈夫です。今回はお金はもちろん、タバコもお酒も最高級の物を用意しています。あなたのためだけにですのよ?だから、たっぷり楽しませてください。私の側にいてください。少しだけでいいんです。あなたからの愛を、慈悲を、どうかわたくしに……」
まずいな。前の僕は何をしたんだ?タバコはともかく酒って……いや、本当は両方ともダメなんだけど。どうする?どうすればいい?
よし!……とりあえず落ち着かせることに専念しよう。
【あのオルコットさん?悪いんだけどキミのことを覚えてないんだ、ごめん】
「…………」
ちょっとハッキリ言いすぎたか?いや、でも最初にビシッと言っておかないと後々引きずることになるかもしれないし拒絶できるとき拒絶しておこう。
「ああ、そういえば記憶喪失でしたわね。忘れっぽいのは昔からなんですから……。記憶喪失でも関係ありませんわ。わたくしはあなたにずっと尽くすと決めておりますの」
【えぇ……】
「わたくしはあなたのためなら何だってできます。現に記憶を失くす前と同じようにこうしてあなたの好きなお酒やタバコ、お金もこっそりと用意してきましたわ♪」
そう言ってバッグを僕に押し付けてくる。中身を確認してみると明らかに高そうなお酒が数本とタバコがカートンで、それと分厚い封筒が入っていた。一応、中身を取り出してみると万札が入っていた。僕の財布が膨らんでいたのはこういうことが理由だったのか。
やばい、明らかにやばい。後でお金返さないと……。
【あの、一ついいかな?】
「はい?」
【僕とオルコットさんってどういう関係だったの?】
「ふふ、面白いことお聞きになりますわね。もちろん恋人同士でしたわ。しかも『結婚を誓い合った』」
たぶんだけど前の僕の愛人か何かだったんだろう。それで良い様に使われてこうしてお金や物を貢いでいるのかもしれない。酷いってレベルじゃねえぞ。もう嫌気が差してきた。とりあえず今の僕と前の俺とは別であることを説明しよう。
【オルコットさん悪いんだけど今の僕はオルコットさんと付き合うことは出来ない。オルコットさんとの記憶もないし、キミを好きだという気持ちも無くなってしまったから】
「…………」
空気が急に重くなる。一刻も早くこの場から逃げたいという衝動に駆られる。
なんて声を掛ければいいのだろうか……。
【あの――……】
「どうして!どうしてそんなことを言うんですか!ああ、やっぱりもっとお金が必要だったんですの?それなら今すぐ用意します。言われれば何だってやります。だから、だからどうかもう一人にしないでください……一人はもう嫌なんです……」
そう言うとオルコットさんの青い瞳から大きな涙の粒が零れ落ちていった。
俺は咄嗟にセシリアを抱きしめてしまう。
【オ、オルコットさん泣かないで。あの付き合うことは出来ないけど、ほら、友達とかなら大丈夫だから、だから泣かないで】
オルコットさんからも抱きしめ返されてしまう。何で抱きしめちゃったんだろう……は、恥ずかしい。というか胸が当たってる。『鈴にはない感触だ』
「うぅ……恋人がいいです…………」
【恋人って……。オ、オルコットさんに出会ったのは僕からしたら今日が初めてなんだ。だから好きとか以前にキミのことをよく知らないから。その……勘弁してもらえないかな】
「…………わかりましたわ。ただし――」
限界まで目が見開かれ肩を掴まれる。そして、また涙を零しながら僕に向かって警告する。
「他の方ではなく誰よりも何よりも先に私を頼ってくださいね?」
完全に僕に対して奉仕をすることが依存になってしまっているようだ。このお金も物品も恐らくオルコットさん自身が前の僕に対しては離れて欲しくない一心で貢いだものに違いない。時間はかかるかもしれないがオルコットさんを少しずつでも正常な状態に戻したい。
だからこそ思う。お金で必死に繋ぎとめようとするオルコットさんは悲しい人なのかもしれない。
【わかった。何かあったら必ず相談するよ】
「……はい、いつでも呼んでください」
◆
その後はなくセシリアを介抱しながら彼女の部屋にまで送る。セシリアが用意してきた物は結局そのまま受け取ってしまった。彼女がどうしても受け通って欲しいと頭まで下げだしたのだ。渋々、吸わないタバコと、飲まない酒と、使わないお金を受け取ることにした。後で隠しておかないと。
ふう、これでゆっくり休める。そう思って自室に戻ると既に人が居た。
【あの何をしてるんですか千冬さん?】
「お前が帰ってくるのを待っていたんだが……随分遅かったな?何かあったのか?」
【ええと、あの、少し外の空気を吸いたくて屋上にいました】
「その紙袋は?」
【あー、図書館で借りた本です、外で読んでいました】
やべーよ。よりによって千冬さんがいるなんて。今持っている者を詳しく調べられたりしたら一発でアウトだ。誤魔化しきれるか?
「そうか……」
【はい】
追及はしてこないようなのでそそくさと持っていたものを机の中に隠す。
これでバレずに済んだな
千冬さんが座っているテーブルの向かいの席に座る。
【それで何か用事があって来たんですか?】
「ああ、実はお前が昼に言っていた携帯の準備が出来たんだ。私とお前の担任の山田先生、それと一夏の連絡先が入っている。何か危なくなったり、分からないところがあれば私に連絡すると良い」
昼に話したのにもう携帯電話の準備が出来るとは、さすがIS学園と言ったところだ。
デザインはシンプルなスマートフォンだった。
【ありがとうございます。大切に使いますね】
「喜んでもらえて何よりだ。他に何か聞きたいことがあったら言ってくれ」
【セシリア・オルコットについてもっと詳しく教えてください】
先ほどまであっていたセシリアのことを千冬さんに聞く。屋上でのセシリアはだいぶ病んでいたように見えるので第三者からの客観的な意見が欲しいのである。
千冬さんは隠すようなことも無く平然と話していく。
「イギリス代表候補生で私の受け持つクラスの生徒だ。記憶のなくなる前はお前や一夏や鈴たちとよくつるんでいたな。セシリアがどうかしたのか?」
【いえ、さっき会って軽く話したぐらいで……何も】
「そうか」
恋人というよりも友人的な関係のようであった。どんどんと疑心暗鬼になっていく。何が正解で何が嘘なのか分からない。
あ、そういえばあのことも気になっていたんだっけ。
【もう一つ質問があるんですけど、僕の本当の両親ってどんなひとでしたか?】
「…………どうしても聞きたいか?」
【はい!お願いします!】
ずっと気になっていた僕の家族についてだ。千冬さんに引き取られたのは聞いてはいるがその前のことは知らない。もしかしたら過去を知ることで記憶の復活に繋がるかもしれないからだ。
千冬さんは大きくため息を一つ吐くとゆっくりと話し始めた。
「お前の両親は研究者でな、IS登場以降はIS委員会に勤めていて世界各国を回りながら研究していた。お前もそれにくっついて様々な国を回っていた。しかし、ある時『ISの暴走事故により命を落としてしまった』一人になったお前はIS繋がりで仲の良かった私が預かることになったという訳だ」
【そう……だったんですか】
「前も言ったがお前は家族だ。遠慮はなしだ」
【あの、前の僕は千冬さんのことを何て呼んでいたんですか?】
「ああ、千冬姉さんだ」
【だったら僕も今日から千冬姉さんって呼びます!】
「え!」
千冬さんが家族と言ってくれた以上はよそよそしい呼び方はしたくなかった。それに初めて千冬さんと呼んだ時も悲しそうな顔をしてたし、やっぱり千冬姉さんって呼んだ方が良いのかもしれない。
【ダメですか?】
「ダ、ダメじゃない。いや私もそう呼んでもらえると嬉しい……と思う」
【それじゃあよろしくお願いしますね。千冬姉さん!】
その言葉を聞いた千冬姉さんは無言で僕の頭を撫でてくる。千冬さんの手は温かくて心地が良かった。
その後は千冬姉さんは自分の部屋に戻り、僕も就寝の準備に入った。両親の過去も聞けたし、セシリアとも出会った。もうこれ以上、前の自分の悪行がないことを願いながら『眠りについたふりをした』
やっぱり今朝のことが気になる今日は少し様子を見てみることにしよう。
『結婚を誓い合った』
『鈴にはない感触だ』
『ISの暴走事故により命を落としてしまった』
『眠りについたふりをした』