第十七話:暗殺者は崩落の街へ向かう
……予定変更だ。
もともとの予定であれば、今日はディアとタルトに出していた宿題を見るはずだった。
「定時連絡がこないか」
地震が多発している街ビルノル、そこにいる諜報員に必ず定時連絡をするように指示をしていた。たとえ進捗がなくてもだ。
いつ通信網の予備系が切られるかわからない状況だったし、諜報員が命を落とす可能性もあったからだ。
定時連絡を義務付けておけば、何も連絡がこない=異常が起こったと気付ける。
「本当ならもっと情報を集めてから動きたかったんだがな」
とくに蛇魔族ミーナから情報を得られなかったのが痛い。
聖地において、アラム・カルラから最低限の情報を得てはいる。もともと魔族は八体しかおらず、うち四種は存在が判明し、残り四体しかいない。
現状わかっている情報でも、ある程度の特定はできる。
とはいえ、所詮伝承レベルで曖昧だ。……ミーナならより明確な情報を提供できただろうに。
ミーナが見つからなかったのは偶然か、それとも意図的に情報を渡すつもりがなかったかもわかっていない。
こちらが情報を寄越せと言って断れば角が立つ。だから、こちらと接触を避けているのかもしれない。
その判断をするにも情報が足りなすぎる。
「……俺の取れる手は二つか」
一つ、情報収集を続け、勝てると判断するまで動かない。
二つ、今すぐにビルノルに向かい魔族を探す。
どちらにもメリット、デメリットが存在する。
情報収集を続行すれば、勝算を高めることができる。しかし、情報を集めるまえに【生命の実】が完成し、魔族が逃げてしまうかもしれない。
逆に今すぐビルノルに向かう際のメリットは【生命の実】の完成を確実に妨害できること、ただし敵を知らずに挑むのはひどく危険だ。
「なら折衷案しかないな」
ただちに現地へ向かう。
ただし、魔族が居たとしてもすぐに手を出すことはしない。
状況を見ながら、情報を集める。
それが一番だろう。
◇
朝食を食べたあとに、すぐに旅支度をタルトとディアに命じた。
二人は驚いた顔をしたあと、頷いてそれぞれの装備を整えている。
タルトはいつもの三分割された折りたたみ槍ではなく、俺が作った魔槍を装備しているし、ディアも入念に拳銃を整備していた。
準備ができ次第、ハンググライダーで空を舞う。
「今度の魔族、どんなのかわかってないんだよね」
「ああ、だからまずは俺が斥候する。二人は離れたところで隠れていてくれ」
『はい、そういうのはルーグ様の得意分野ですから。今回の魔族は弱いといいですけど』
タルトは例によって自分で飛べるため、通信機で連絡をしている。
今回、俺一人で斥候するのは、それがもっとも気付かれにくいというのもあるが、それ以上にいざというとき逃げやすいからだ。
魔族に見つかる=戦うというわけじゃない。勝算が見えなければ逃げることも視野にいれている。
「弱いかどうか以前に、そもそも魔族だと決まったわけじゃない……空振りだといいんだがな」
心の底からそれを願う。
例えば、先日戦った獅子の魔族。あれと事前情報一切なしに戦っていたら、勝てなかったかもしれない。
事前に情報を得て、徹底的な準備をしたことでようやく勝ちを拾えた。
あの獅子のことをミーナは魔族でも随一の強さと言ってはいたが、それは他の魔族が弱いということではないのだ。
「えっと、そろそろだよね。さっき、バルヤの街を通過したし」
「ああ、もう見えてきてもおかしくないんだが」
トウアハーデの瞳に魔力を集中し、視力を強化する。
そして、絶句した。
たしかに街はあった……しかし、それはもう街と呼べるものじゃなくなっていたのだ。
『ひどいです。なんで、あんな』
「こんなの嘘だよ。街が沈んでる」
ディアの言う通り、街が沈んでいるとしか言えない光景が広がっているのだ。
数千人が住んでいる巨大な都市が、まるごと落とし穴に落ちた、そうとしかいえない惨状。
深い、深い穴だ。なにせ、この街最大の塔ですら穴から顔を出していない。
空から観測した限り、百メートル以上掘られた冗談のように深い穴。
建物の破損ぐあいから見て、一瞬で落ちている。
おそらく、住人すべてが即死。
なんてむごい。
「……もっと早く知れていれば防げたかもしれない」
「そういうこと言っても仕方ないよ。防げなかったけど、気付くことはできたことを喜ぼう」
「そうだな」
通信網があったからこそ、重点的に見ようと決めて、定時連絡を義務付けた。
もし、そうしていなければこの街から情報を発信することができず、初動が数日遅れていた。
そうならなかった時点で最悪ではないのだ。
◇
ハンググライダーを着陸させ、俺だけがまずビルノルだった瓦礫の山に向かい、風を操ることで巨大な穴にゆっくりと降下する。
……ひどい匂いだ。
まだ腐敗はしていないが、潰れた人間の中身がそこらかしこにぶち撒けられている。
住民たちにとって、せめてもの救いは即死だったことだろう。
気配を消し、音を消して歩く。
だが、それでも気付かれる危険性は高い。
地中に住む生物の多くは、振動を感知する能力に長けている。
音を立てずとも、穴の中を歩く以上、振動は隠しきれず、地面を伝う揺れを感じ取られてしまうかもしれない。
一応、それを警戒して風でクッションを形成しているが気休めだ。
「なるほど、【生命の実】を作るとはこういうことか。……魂そのものを喰らうなんて馬鹿げてる」
トウアハーデの眼は限界まで力を高めると魂すら観測できる。
通常、人が死ねば魂は天に帰っていき、女神いわく、漂白してから新しい器へと宿す。
俺の転生は、その漂白をあえてしないことで知識と経験を残したもの。
しかし、ここでは魂すべてが地上に繋ぎ止められて天に帰ることは許されず、徐々に溶けて、どこかへ流しこまれていた。
「兜蟲のときは勘違いしていたな」
あのときは【生命の実】を作るため人体の栄養と魔力を吸っているのだと判断した。
たしかに兜蟲魔族の狙いはそこにあったのだろうが、それは【生命の実】を作るためではなかったようだ。
【生命の実】に使用するのは魂であり、やつはそのあまりを再利用して樹の化け物を増やしているだけに過ぎなかった。
そして、魔族たちがいかに人間、いや、世界にとって害がある存在かを再認識する。
通常死んだとしても魂は廻る。つまり、魂の数は減らない。
だが、こうして溶かされて加工された魂は二度と転生などできはしない。
世界に存在する魂の数がどんどん減っていく。女神たちがわざわざ面倒なことをしてまで再利用しているのだから、そう簡単に生み出せるものでもないだろう。
「だからこそ、魔王の復活に必要なのかもしれないな」
魔力とは魂が生み出す力だ、魂そのもののほうが力は強く、幾千もの魂を使い潰して凝縮した力は想像を絶するものだろう。
それこそが魔王が絶対的強さを持つ所以。
……ああ、そうか、そういうことか。
ここまで思考を巡らせることで一つの仮説に行き着いてしまった。
勇者の力の正体について。
これまでも魔族の言葉の端々にヒントはあったのだ。
『あれが人間であるはずがない』
『存在そのものが違う』
『あんな化け物とまともに戦えない』
魔族からしても勇者は異質、それは単純に強さを意味しているわけじゃなく、存在の根本が違ったのだ。
つまり、俺たちも魔族も結局は一つの魂を持つ生き物でしかないが、勇者は本質的には魔王と同じで、何千もの魂を圧縮して生まれた存在。
だとすれば、女神たちが一つの時代に一人しか生み出せないのも理解できるというものだ。そんな存在を生み出し続ければ、魂が世界から枯渇する。
脳内で今までの答えがすべて繋がっていく。考えれば考えるほどその仮説が正しいと思えてくる。
「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケ」
そんな俺の考えを甲高い笑い声が無理やり中断する。
不快な音だ。
これはなんだ?
「僕の巣でまだ生きてる。不思議、不思議、生きてる、生きてる、でも駄目、逃さない」
溢れ出した圧倒的な魔力と瘴気の気配、これは魔族特有のもの。
地中から、無数のピンクに滑った触手が顔を出す。その一本一本が俺より太く長い。
そんな触手の汗腺が開き、ピンクの霧を吐き出し、穴の中に充満していく。
……あの霧、どう考えてもやばい、吸ってしまえば即座に終わりだ。
「まずは地上に出ないとな」
情報収集は大事だが、生き残ることを最優先しなければ。
この霧に対処しながら地上に出る一手を早速用意するとしようか。
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