無花果

注:内容がちょっぴり流血沙汰、大人向けかも知れません。こんなとこお子様が読みに来る訳ぁないとは思いますが。ダメなひとは読んじゃダメ。て言ってもエロシーンは全然ないのでそーゆー期待はせんでください。出演はアハマド、モニカ、テリウス。あ、題名は「いちじく」って読むんですよ。

 モニカがプランターに土を入れている。傍らの袋には何かの種が入っているのだろう。
 種をまいて作物を育てるという感覚がアハマドには良くわからない。植物というのは同じ場所にあり続けるものだ。一つ所にとどまらない生き方をしてきたアハマドには縁がないものである。さすらう中で農耕民の村に宿を借りることもあったが、農作業に手を出そうと思ったことはなかった。
 遊牧民の生活ならまだわかる気がする。本当に幼い頃は遊牧を生業とする部族の一員だったと思う。しかし物心つく前にその部族はなくなってしまって、アハマドは山羊や駱駝の群れを追う方法を知らない。アハマドが属していたテロリスト集団に、もとは遊牧で暮らしていた男がいて、捕虜を扱わなければならなくなると大抵この男に任された。捕虜は人間であるが、扱いはほとんど家畜と同じだと男は言ったものだ。飢えもせず力余って暴れ出しもしないよう適度に食事を与え、時には鞭打ち脅し、不満が爆発する前に休ませ、はみ出し者がないように監視下で固まって行動させる。そうしたことは確かにこの男の領分で、アハマドに捕虜の世話の仕事が回ってきたことはなかった。
 テロリスト集団に所属するほとんどの男たち同様、アハマドのする事といえば喰って寝て人殺しをするだけだった。子供の頃からそれしか知らなかった。人を撃てば余計に食べさせてもらえたから撃った。ここにいてやることをやっていれば、どこの誰とも知らないスポンサーから提供される生活物資で喰っていける。戻る故郷など砂漠の蜃気楼の彼方に埋もれてしまった。そんな連中ばかりが集まっているのだから、罪悪感も疑問も出ようはずがない。
 与えられたカラシニコフで初めて人を撃ったとき、アハマドは自分もこんなふうに死ぬのだろうと恐怖した。人間は存外ヤワにできていて、この程度のことでまったく簡単に死んでしまうのだ。顔も覚えていない父や母や部族の者たちも、きっとあっけなく死んだのに違いない。アハマドの記憶にも残らぬほどに。そうしてがたがた震えていると、アハマドからカラシニコフを取り上げて弾倉を替えながら年嵩の仲間が言った。
「こいつが今日死んだのは神の思し召しだ。人は人の運命を決められる程偉くはない。それは神にしかできないことだ。」
 今はもう存在しない部族の中でアハマド一人だけが生き残ったのも、目の前で血を流して男が動かなくなったのも、アハマドのせいではなかったのだ。その日からアハマドはいつも、神の言葉が記された本を懐に入れておくようになった。アハマドが幾度も死線を潜り抜け今こうして生きているのも神の加護があったからにすぎない。
 慣れると銃は最初に牽制するだけに使い、相手がひるんだ隙に懐へ飛び込んで両手にした刃物で斬りつける戦い方を好むようになった。両手に血飛沫の生暖かさを、鼻の奥に血の匂いを感じるとき、アハマドは己れの上に神の加護があると信じることができる。神は神を信じない者、他の神を信じる者を滅ぼすことを良しとしていた。少なくともアハマドのいた世界でそれに疑いを持つ者はいなかった。戦いは生きることであり住処であった。今もそれに変わりはない。
 正義というものがあるとすれば武力のことだろう。強い者が正しい。モニカとて戦闘力は劣るにせよ魔装機の使い手には違いないのだから、力の持つ意味は知っているはずなのだが。
「手をかけて種を育てても力ある者に略奪されてしまえば終わりだ。無駄だとは思わんのか。」
 モニカはきょとんとした顔でアハマドを見た。何を言われているのかわからないといった様子だ。やがて足元を見回し種の袋を取り上げてアハマドに差し出す。
「わたくしが穴を開けたところへ、この種を一粒ずつまいてくださいましょう。」
 これもよくわからない女だ。少々足りないのかと思えることもある。
「男の仕事とも思えんな。」
「あら。種をまくのは殿方のほうが専門ですのね。育てるのが女の仕事でしょう。」
 ラ・ギアス人にはこういうあけすけなところがあって、姫君という立場にあっても変わらないらしかった。
 アハマドの国にも王や姫はいた。土地や民や家畜や作物はすべて自分の私有財産だと思い込んでいる連中のことだ。砂漠の気候は安定せず、遊牧民といえども家畜を養いきれるだけの草地を見つけられない年もある。そういうときの毛皮や肉の質は悪く、農耕集落の作物は不出来だ。そうして飢える者たちがいたとしても王はお構いなしにいつもと同じ税を取り立てていく。結果起きるのは略奪だ。警察組織はあったが、つまりは王の私兵である。王の悪口を言った者がいつの間にかいなくなる事はあっても、略奪が取り締まられる事はなかった。だから誰も王などあてにはしない。
 悪天候も税も略奪もそこに実在するもの。砂漠の厳しさを知っている者たちは、奪うほうも奪われるほうも、それらを悪だとは思わない。天候が悪いのも今日ひもじいのもこれすべて神の思し召し。それだけだ。
 もちろんアハマドは故郷の姫君とやらに会ったことなどありはしないが、モニカを見ていると故郷の王族たちとはずいぶん違った存在に思える。
 ラ・ギアスにはよくわからないことが多かった。わからないと言って嫌っているのではない。日本、中国、タイ、ロシア、フィンランド、アイルランド、フランス、エチオピア、アメリカ、ブラジル。アハマドはむしろラ・ギアスに来てから地上の国々のことを知った。アハマドには慣れない決まりごとのなかで暮らしていた人々だが、誰かやどれかに自分を合わせる必要もない。その違いを違うままに受け止めればいいだけのこと。根無し草だからこそ至る境地かも知れない。アハマドだけではなく魔装機操者は皆そういうところがあって、互いのオリジンが深刻な争いの種になるようなことはあまりない。召還魔法にそういう気性の人物を選んで呼び寄せるように細工がしてあると聞いたことがある。確かに皆、地上には大して未練がない者ばかりだ。
 ソルガディで飛んでいると、故郷には見られなかったあふれる緑が延々と続くのを見ることになる。アハマドはラ・ギアスを飛ぶのが好きだ。円形や四角形に区切られた畑の中で豆粒のように見える人々が何やら作業をしているのを見ることもある。綿雲がちぎれ飛んでいくように見える羊の群れを追う牧童と犬の姿がある。モニカもそうした人々のなかにいたのに違いない。宮殿の奥底で生白い顔で座っているイメージはない。
 そして今アハマドには、モニカが赤ん坊をあやし乳を与えている姿がとても具体的に想像できた。アハマド自身が戦いを捨てて定住するなど考えられなかったが、慣れ親しんだオアシスに水を飲みに行くように、時折帰れば女と子供が待っているのならありえそうに思える。
 新しい血が入るというわけで、流れ者の男は辺境の小集落では存外歓迎されるものだ。アハマドもそうして女を覚えたから、どこかにアハマドの子も何人かはいるのかも知れない。しかしそれらはアハマドとは全く関係ないところに存在しているものだ。女というものは一夜の快楽にすぎない。はずだったのだが、今アハマドはそのようにモニカを見たのではなかった。これはどういうものであろうか。
「では、腹で俺の子を育ててみるか。」
 モニカは即答する。
「わたくし、シュウ様でない方のお種をいただくつもりはないませんわ。他の方に気を移すのは誠実になくてなのです。」
 じょうろに水を汲んできたテリウスが驚いている。
「アハマドってそういうナンパするんだ。ていうか、こんなのが好みなんだ。」
「こんなのとは失礼じゃございますこと。」
 この姉弟の関係も良くわからない。テロリスト集団に少女がいるわけもなく、アハマドは同年代の女性と長く親しく過ごしたことがないのだ。
 モニカやテリウスよりもその兄のほうが武力を旨としていただけに少しはわかりやすかったが、それでもアハマドの知っていた王族のやり方とは随分違っていた。魔装機ソルガディの操者となるに当たってアハマドに課された義務はただ一つ。ラ・ギアスと人々を守ること。それだけだった。
 次代の王たる皇太子から、王を守れとも王族を守れとも言われなかったことにアハマドは驚いた。王というのはそういう存在のしかたもできるものだったのだ。もし故郷の姫君とやらに会ったとして、俺の子を産めとはアハマドは言わないに違いない。モニカだから言ったのだ。
「ぼく的には南瓜じゃないほうがいいんだけどな。」
 この袋の中身は南瓜の種らしかった。
「南瓜は茎や葉もおいしゅうですわ。」
「そんなの好きなのモニカだけだよ。ガサガサしておいしくないって。」
「王宮のお庭にいらした山羊さんや鶏さんたちだって、大好きでいらっしゃいましたわよ。」
「山羊や鶏と一緒にしないでくれ。ていうか、たまに正しい敬語だと思えば動物に使ってどうするんだ。南瓜は種のほうがうまいって。」
「テリウスはどうしてそんなに種ものがお好みです。そういえば林檎の種まで割って食べましたわね。」
「あの風味は病みつきになるって。いっぺん食べてみなよ。」
「種はまくもので、食べてしまっては育たないのですこと。」
「そんなこと言ったら無花果なんてどうするんだよ。全部種じゃないか。種よけたら食べるとこないよ。」
 無花果と聞いてアハマドの口の中に甘酸っぱい味が広がる。あるオアシスに無花果の木があった。まだ若い実をナイフでもぐと、切り口から白い汁が出た。アハマドは構わず食べた。いや、それが食べてみたかった。山羊や駱駝の乳は飲んでいる。アハマドは母の乳を口に含んだことがあるのだろうか。白い汁はうまいものではなかった。
 その晩アハマドの唇は真っ赤に腫れ上がった。仲間たちはまだ若い無花果を食べたアハマドを笑った。それ以来アハマドは木から無花果をもいで食べるのをやめた。市場や行商が干したものを売っていれば買うことにしている。酒を飲まないアハマドの、数少ない嗜好品の一つだ。
「無花果というのは不思議なものだ。花も咲かぬのに種ができる。」
 モニカがふうわりと笑う。
「外からは見えませんけれど、実の中でたくさんの花を咲かせて種ができましてよ。」
 女と子供が待つ家には無花果の木があるといい。干した無花果を土に埋めれば木に育つだろうか。
「アハマドは無花果がお好きでかしら。」
 笑われて恥ずかしかった気持ちが上ってきて、アハマドはとっさに好きだと言えなかった。モニカは何やら嬉しそうにしている。料理や掃除や洗濯をしているとき、モニカはいつも楽しげだ。
「無花果と胡桃のパイを焼きますですわ。テリウス、買出しに行きますしょう。」
「胡桃だって種そのものじゃないか。ぼくが種食べるのには文句言うくせに、ひいきだ。」
「親しくなった方のお好みを知れば、振舞ってさしあげたいものでます。別にテリウスは召し上がらなくともよろしゅうですわよ。」
「食べるよ!姉さんのパイはうまいもんな。せっかく買出しに行っても、うまいもの食べられないなんてひどいじゃないか。」
「こんな時ばかり姉さんと呼んでもダメございます。」
 アハマドは思う。好きなものはてらいなく好きだと言えばいいのだろう。仲間たちの前では意地を張って食べなかったが、本当はいつも無花果が食べたかったのだ。
「俺の子を産め。シュウには他の女もいる。よそに気を移すような男は誠実とは言えんだろう。俺はお前だけを愛してやるぞ。」
 モニカは首を傾げる。
「アハマドの神は重婚OKだとでしょう。」
「生涯一人の女だけという男もいる。」
 テリウスがふーんという顔で見ている。
「アハマドすごいなあ。男のきょうだいがいる前でナンパは普通できないよ。」
「テリウス、もちろんお前は姉の相手について意見を言う資格があるぞ。」
「意見が全然ないとは言わないけど、結局はモニカが決めることだよ。ぼくの意見は関係ないんじゃない。ていうか、やっぱりこんなのが好みなんだ。」
 アハマドは今度は間髪いれずに言った。
「好きだな。」
「て言ってるけど、モニカのほうはどうなわけ。」
「わたくしはシュウ様いちずでございまし。」
 モニカの言葉にてらいは全くない。
「だってさ。残念だったね。」
 アハマドは胸に手を当て経典の所在を確かめると、いつもの信条を述べる。不思議なほど愉快な気分で、やはりラ・ギアスは良いところだ、と思う。
「すべては神がお決めになること。俺はそれに従うだけだ。」

 アハマドさんがお金持ちになるかどうかも神の思し召しなので、ぽんとあげちゃってもまた思し召しがあればまたお金持ちになれるのです。私にもください。
 基本出番がないアハマドさんですが、シュウのパーティでけっこう楽しくやってたんでないかと。実は甘党でモニカの作る菓子の消費率ナンバー1という裏設定を勝手に作ってあります。テュッティの料理を素で食える貴重な人材。そんな味覚で大丈夫か。
 『魔装機神』というものはアハマドさんがインシャラー言ったところでオチが付くもんだと思ってるので、これが私なりの『魔装機神』最終話です。『武装機甲士グランゾン』の最終話は、多分もうちょっと先。

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