青木大和氏が小学4年生を騙り、安倍政権を批判(当該ウェブサイトを見る限り煽りに近い)した件で、久しぶりに大きな炎上がネットでおきた。当初は私も「アホが出たなぁ」くらいに見ていたのだが、彼がAO入試入学者であることが判明すると、とたんに「だからAOはバカが出る」とバッシングされはじめた。 青木大和がアホ → 青木大和を入学させるような入試方法はアホ というロジックに繋がってしまったのである。 学生や社員の本業と関係の無い不祥事を所属団体に負わせること自体おかしいのであって、青木氏がどうであれ「AO入試は(少なくとも慶應において)すばらしい入試方法だ」ということを書いておきたい。なお、私はFIT入試で書類まで合格したが途中辞退し、別の方式で合格して入学した者である。 慶應はもともと福沢諭吉が「天は人の上に人を作らずと言ったがそんなわきゃない、世の中出自で理不尽に決まるものだ。世の中、庶民でも社会で大成できるシステムを作る必要がある」といった目的でできた学校で、そのせいか私立大学にも関わらず学費はかなり安い。 しかしその後社会に出た「元・庶民」は自分の子弟を同じ大学へ入れたがり、慶應を経由して金持ちになった人が子供でリピート→金持ちが行くイメージのある大学になった。その結果、近年内部進学生を含めると大学入学者の過半数が首都圏出身となってしまった。 なら一般入試の合格人数を増やせばいいじゃないか、というのが筋だろう。センター試験を利用したものと、学内独自試験で実施するものだ。しかし、2012年より慶應はセンター入試による入学を停止した。なぜそのような事態になったか。 実は、何人もの関係者が「一般入試組、特にセンター入試組みの留年率の高さ」を嘆いていた。入学試験で最も勉強に励んだはずの一般入試組が、入学後の成績が奮わず留年や退学にいたるケースが多く見られたのだ。 一般論として、大学に入学するとそれまでの学習とは異なり「自分で問いを発見し、仮説を立て検証する」ことが必要になる。自分の学習する分野の先行研究を調べ、穴を見つけて「もしかすると○○なんじゃないだろうか?」という感覚をロジカルに証明する。 学部生では実証までは求められなくても「議論の本質をつかむ→自分で問いを立てる→精度の高い仮説を作る」くらいまでは学ぶだろう。仮説が間違っていてもいい。実証を試みて仮説の誤りに気づき、修正するプロセス自体が学問なのである。 対してセンター入試は大学の勉強と間逆の「難易度中くらいの問いにミスなく答え続ける」タイプの勉強である。求められているのは非常に高い正確さ。医学部のように「将来1つでもミスをするとキャリアに傷がつく」職業を目指すタイプの人間には必要な訓練でもある。 しかし、センター入試対策「だけ」の勉強をしてきた学生は入学後の「議論の本質をつかむ」まではできても「自分で問いを立てる」部分で躓きやすい。 実は、慶應内部進学生はこの点に秀でていることが多い。早くは小学校から自ら問いを立てて答える練習をしているので、大学も「高校の延長」として捉えられる。そんな内部進学生を見て、センター入試組は(単に訓練してきた勉強のしかたが違うだけなのだが)「自分のほうが努力してきたはずなのに、授業についていけない」と精神的にも追い詰められやすい。結果、大学へ顔を出さなくなりそのままフェイドアウト……に繋がる。 しかし、先に述べたとおり「首都圏お金持ち私立大学」になりたくはない慶應の方針として「いかに入学後成功できる学生を、地域の偏りなく取れるか」は課題であった。そこで生まれた施策のひとつが、AO入試=FIT入試であったと聞いている。そのため、FIT入試の一部は全国をブロックに分け「地域ブロック別に合格者を出す」と定めている。 また、AO入試とはいえ「一芸入試」にならないよう高校の成績が提出書類に含まれ、さらに「プラスアルファ」がある人間を採用できるよう努めた。また出願には2000字の自己推薦、数値化できる課外活動実績の提出などなるべく可視化された実績を求めている。 この「学業成績プラスアルファの課外実績」を求める入試は英国でも一般的(自己推薦の内容で人によって筆記の必要点数が変わる)だったりと、海外の事例から学んだ形跡がある。また、FIT入試で入った学生の学内成績は概ね好調と聞いている。トリリンガルの学生、哲学で深い知見を見出す学生など、私の友人でもFIT経由で入った学生は「優秀かつ特技が尖った」人が多かった。 では、なぜAO入試で目立つほどのアホがたまに入学してしまうのか。 これは(1)単純な確率の問題、と(2)AO入試対策に特化してしまった予備校の2点を挙げたい。 まず(1)単純な確率の問題だが、どんな試験でもアホは入学できてしまうことがある。一般入試で奇跡的にヤマが当たっただけの学生が入ることもあるし、AO入試で事前に読んだ論文の教授がドンピシャで試験官になることもある。ただしAO入試は合格者数が少ないために「アホが入る」と目立つのだ。 一般入試で入った人間が青木大和氏と同じ問題を起こしても、ニュースに「一般入試の慶應生、小4を騙り安倍バッシング」とは書かれまいし、ましてや「だから一般入試生はバカなんだ、一般入試をなくせ」とはならないだろう。 次に(2)AO入試対策に特化してしまった予備校の存在。青木大和氏も在籍していたAO義塾をはじめとする、小手先のテクニックでなんとか試験官を騙そうというタイプの予備校ができた。学内の生徒であればどの教授がFIT入試を担当しているかも判り、対策が立てやすい。 フィールドワークを専門とする学者が試験官なら「自分の足でやった実施調査の成果を自己推薦文に書け」とかいえてしまうわけである。しかし、こういう指導を受けてからFIT対策をする学生は本質的にセンター試験を受けている生徒と何も変わらない。せっかく「自分で問いを発見し、研究できる学生」を探した入試を、センター試験化しているのだ。 そういう意味で、青木大和氏はよほど小4のふりをするより、大きな悪影響を後輩に残していたといえる。青木氏は自分の頭で考えて、小4のふりをする、というバカなことをしたかもしれないが、AO義塾のようなAO入試で研究に不向きな学生を入学させる手伝いは「小4のふりもできないバカ」を入れてしまう可能性があったからだ。 スポンサーサイト |
慶應の自己申請式奨学金制度(家庭環境にかかわらず、卒業後自分で返す気があれば最高200万まで借りれる制度)が好きです。 ほかの大学も見習って、4年間学業に勤しんでも、学費が払えないまま抹籍となる学生さんを救ってほしいです。 慶應出身者ですが、確かにFIT入試経由は優秀かつ面白い人が複数いましたね。やはり確率の問題なのか、中途半端な人間も結構いましたけど。 ただ、内部生の方が大学でも使えるような思考方法に優れているといった点は賛同できません。FIT入試組以上に振れ幅が大きく、世間一般の常識的な知識がなかったり、よく言えば擦れてないということでしょうがマイペース過ぎて周りを困らせるような人の割合も多いです。 個人というよりも層として一番優秀なのは、結局都内中高一貫私立から来た東大落ちだった印象です。 個人というよりも層として一番優秀なのは、結局都内中高一貫私立から来た東大落ちだった印象です 同意です。 ブログ主氏は慶応の法学部政治学科出身のようですね。 とても不可思議なご意見の持ち主に思われます。 |
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