彼女の瞳を曇らせたい   作:Momochoco
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千冬に死ぬほど嫌われている話 Part4

 時間に対する感覚とは一定ではない。

 楽しいときは早く、苦しいときは長く感じたりするものである。

 現在、自室でベッドに横になり療養している青年は体感時間を非常に長く感じていた。

 

(やばい……薬も効いてきてもいいのに一向に効果が表れない。それどころか頭痛や眩暈とかも悪化している。このままじゃ……)

 

 今から数十分前に目を覚ました青年の思考はマイナスの領域に到達していた。

 昨日のケーキぶちまけ案件やのど締め窒息案件など精神への負担がたまりにたまっていた。

 それに続き現在、体調不良という弱り目に祟り目と言わんばかりのことが起きてしまっている。

 

 限界だった。

 よく頑張った。

 だが、人とは常に理性と本能で生きている。理性が壊れかけている今、本能を解き放ち涙が綺麗な玉のしずくのように目から止めど無く溢れて行ってしまう。

 日頃のストレスが無意識に涙としてこぼれ出ていく。次に症状として呼吸器官に異変があらわれてしまう。

 自分が思い通りの呼吸を出来なくなっている。頭では理解しているつもりでも止めることはできなかった。

 

 「ハァハァ……グッ………うぅ……」

 

 呻き声を押し殺し、何とか呼吸を元に戻そうとする。

 この部屋には自分以外はいない。だから無理をして声を我慢する必要もない。

 それでも声を我慢するのはこれまでの青年の生き方を考えれば当然であった。

 

 ベッドの中で腹を抱えるように丸くなりじっと耐える。あの時と同じように…………。

 

 そんな青年の部屋に向けて歩く一人の女性がいた。女性は部屋の前でインターホンを押す。

 しかし、今の青年にはその音は届かなかった。女性は返事が来ないことで焦ったのか急いで部屋に入る。

 

「大丈夫か!?」

 

 ベッドの中で丸まっていた青年は少しだけ顔を出し入ってきた人を確認する。

 そこには予想もしてない人物がいた。思わず息を呑んだ相手とは……

 

「千冬姉さん……どうして……?」

 

 織斑千冬がそこには立っていた。顔には走ってきたのか少しだけ汗をかいており片腕にはビニール袋を提げていた。青年は急いでベッドから飛び出し千冬の元に駆け寄る。これは単純に千冬にまた失望されたくないためであったし、心配をかけてしまったことへの謝罪をしようと思ったからである。しかし、歩く途中で眩暈により足がもつれ倒れかける。

 

「うっ、あっ!」

 

 完全に床に倒れる、また千冬姉さんの前で失敗してしまう。そう思った瞬間目の前が真っ白になっていた。

 そして青年の体は地面に倒れて…………しまうことはなかった。

 しかし、寸でのところで千冬が青年を抱きかかえる形で支える

 

「病人が無理に動くな、馬鹿も……いや、何でもない」

「ご、ごめ……グッゥ……ハァ、ハァ」

「落ち着け。ゆっくりでいい呼吸を整えるんだ。大丈夫だ私がいる」

 

 千冬は顔を胸に押し付け背中を擦る。

 人の心臓の音は安らぎを与える。千冬の心音を聞き、言われた通りに呼吸を整えると息苦しさが一気に抜けていく。調子が少しだけ戻った青年を見た千冬は思わず安堵のため息を漏らすのであった。

 

 そのまま千冬は青年をお姫様抱っこするとベッドに戻す。

 青年は恥ずかしさと申し訳なさで何も言えなくなってしまった。

 それとはお構いなしに千冬はいつもとは違う優しい声色で話しかけてくる。

 

「お前の様子を見に来た。どうやらかなりの重症のようだな。まずは薬からだ」

 

 そう言って荷物から器具を淡々と取りだし準備をしていく。

 

「どうして……僕なんかのために……」

 

 不意に青年の口から出た言葉に千冬は少し考え込んだ後に、思いきって口をあける。

 

「お前に死んでもらったら困るからだ」

 

 青年はこの言葉が嘘でも真実でもよかった。ただ、あの姉が自分のために部屋に来てくれて助けてくれた。それだけで嬉しかったのだ。

 その後は千冬が用意した薬を注射器を使って投与する。

 次に千冬は風邪の症状について問い掛ける

 

「熱は測ったのか?」

「その、まだです……ごめんなさい……」

「謝る必要はない」

 

 そう言って千冬は白くしなやかな手を青年の額に乗せる。千冬の手は少しだけ冷たくて心地よかった。

 

「……かなり熱いな。束を呼ぶしかないか。その様子だと食事もまだだろう。食欲はあるか?」

「少しだけ」

「そうか。いくつかフルーツを持ってきた。剥いてやるから水分補給もかねて食べると良い」

「えっ、いいの?」

「……今日だけだ」

 

 そういってリンゴや桃の皮をキッチンで剥いていく。

 青年にとっては夢のような光景であった。自分の記憶にはない新鮮な光景のはずが、どこかで経験したかのように感じられてしまうのである。

 そのデジャビュ現象も気になるが、それよりも千冬が自分に対して優しくしてくれることが嬉しかった。

 そして、さすがはブリュンヒルデというべきか一瞬で果物の皮を剥き終わる。

 

 千冬は備え付けのベッドテーブルに剥いた果物の皿を置く。

 

「ここに置いておくからあとは自分で食べろ。あとスポーツドリンクを買ってきた。水分はこまめに取るようにしろ。それと全快するまでは部屋には誰にも上げるな。分かったか?」

「う、うん。ありがとう、千冬姉さん」

「……私がしたことは夢だとでも思え。いいな。」

 

 そう言って千冬は部屋を出ていく。

 綺麗に向かれたリンゴをフォークで刺し口元に運ぶ。

 

(どうして今日はあんなに優しかったんだ……。それに、夢だと思えか……。何でそんなこと言うんだよ?)

 

 疑問を残して食べるリンゴの味は甘かった

 

 

 授業が終わり生徒たちは各々の目的のため教室から出ていく。

 部活をする者、委員会などの仕事をする者、自室に帰る者、勉強する者などさまざまであった。

 その中でいの一番に教室を飛び出した少女がいた。

 

 そう、シャルロットである。

 

 シャルロットは一夏に弟の青年の看病を頼まれていたのだ。またシャルロット自身が青年を弟のように可愛がっているということと、心配で心配で仕方ないというということも走る足を速くさせていた。

 購買で手早くゼリーや桃缶、飲料水や粥の材料などを買うと一直線に部屋に向かう。

 

 そして青年の一人部屋に着くとインターホンを押す。

 

「シャルロットだけど、一夏に君の様子を見て欲しいって頼まれてお見舞いにきたんだ」

 

 マイク越しに青年が返事をする

 

「兄さんに?……だったら入れてもいいかな……。うん、今鍵開けるから待ってて」

 

 そう言って空いたドアに入るとそこにはいつもより元気がない(いつもないけど)青年が立っていた

 シャルロットは心配そうに駆け寄る。

 

「大丈夫!?まだ、調子悪そうだけど?」

「そうだね……まだ、ちょっと……でも、少しは動けるようになったんだ」

「横になってなくちゃダメだよ!ほらベッドに行くよ」

 

 そう言って青年の手を取りベッドに誘導する。そして無理矢理寝かせる。

 

「病人は動かさないことが一番なんだから!お粥作ろうと思ってるんだけど食べれる?」

「そう言えば果物しか食べてなかったな……悪いけどお願いするよ」

「それじゃあ、少し待っててね。」

 

 そう言ってシャルロットは台所に立つ。

 そこで気になるものを発見する、生ごみ入れに果物の皮が捨てられてあったのだ。

 冷蔵庫の中身を確認すると手の付けられていないスポーツドリンクが何本か入っていた。

 

(彼が自分で剥いて食べたのかな?いや、あの状態で刃物を持って自分で剥くとは思えない。それにこのスポーツドリンクの多さ。間違いない僕の前に誰かが看病に来たんだ………)

 

 自分の役目を取られたような気がして思わず眉間に軽いしわが出来る。何故かはわからないが悔しい。

 そんなことを思いながら手際よくお粥を作る。定番の卵粥を作り青年の元に持っていく。

 シャルロットが来たのを確認した青年はベッドから降り、テーブルに就く。

 

「あの、シャルロット自分で食べれるんだけど……」

「病人なんだから気を使わないの。ほらはやく、あーんして」

「う、うん。あ、あーん…………うん、美味しいけど恥ずかしいかな」

 

 恥ずかしさがあるが、シャルロットに作ってもらった手前強くは出れない。青年は仕方なくシャルロットのおままごとに付き合うことに。

 一方、シャルロットは満足していた。

 

(な、なんか付き合ってるみたいでいいなあ……)

 

 ぐいぐい食わせるシャルロットに押されながらもなんとか完食。

 

 そして掃除や換気など一通りの家事をシャルロットは済ませていく。

 その途中に気になっていたことを青年に尋ねる。

 

「今日、僕が来る前に誰かをこの部屋に入れた?」

「……入れてないよ」

「本当に?僕、嘘はあまり好きじゃないんだ……。もし嘘をつかれたってわかったら嫌いになっちゃうかも」

「うっ……姉さんが来たんだ。果物や飲み物をもってさ、それにいつもより優しかったな……」

 

 意外な人物に驚くシャルロット。

 

(どうして織斑先生が?織斑先生は彼を嫌っているんじゃ……。でも、一夏は昔は可愛がっていたって言ってた。何か理由があって嫌っている風を装っているとか?だとすれば変化の起点であろう誘拐事件が関係してくる筈。わかるのはここまで。後は、織斑先生に直接聞いてみるしかないか……やっと真実が見えてきた)

 

「……僕、そろそろ戻るよ。少し用事を思い出したんだ」

「……そっか。うん、今日は色々とありがとう!」

 

 シャルロットその言葉に軽く手を振り返すと扉へと向かう。

 向かう先は千冬の部屋。何故、彼を嫌っているのかの真相を聞きに行くのであった。

 

 

 

 

「デュノア?こんな時間にどうした、何か相談でもあるのか?」

 

「はい。それで少しでも話を聞いてもらえたらなと思いまして」

 

「そうか……。わかった、あまり片付いてはいないが入れ」

 

「……お、お邪魔します」

 

 シャルロットは青年の部屋を出た後に真っすぐに千冬の部屋に向かった。目的は一つ真実を知りたかったからである。インターホンを押して出てきた千冬は思いのほかシャルロットを心配しており、これから追及する事になるシャルロットは少しだけ罪悪感を抱いてしまう。

 部屋に通されたシャルロットは備え付けの椅子に千冬と向かい合うように座る。

 

「それでどんな悩みなんだ?話しにくいようなら他の先生も呼ぶか?」

 

「彼、織斑先生の弟さんのことです」

 

 その言葉を聞いた瞬間、織斑先生の目が鋭くなる。さっきまでとは大違いであった。

 

「ほう、あいつが何か仕出かしたか?」

 

「違います。どうして織斑先生は彼を嫌っているのか疑問に思っているんです」

 

 シャルロットの言葉に溜息を吐く千冬。淀みなく答える。

 

「あいつは一夏に比べて勉強も運動も出来ない無能だ。出来のいい方を可愛がるのは普通のことだと思うが?」

 

「……そうですか。わかりました。それでは僕が一夏たちから聞いた話を聞いてもらえますか?」

 

「……はぁ、良いだろう話すだけ話してみろ」

 

「織斑先生は昔は彼に対しても優しかったと聞きました。そして織斑先生が彼を嫌い始めたのは第二回モンドグロッソでの誘拐事件の後。その時に彼はそれまでの記憶を失っている。そして今日も病気の彼の看病に授業時間を無理矢理割いて向かいましたよね。これはいつもの織斑先生からは考えられない行動です。」

 

「…………」

 

「僕が聞きたいのは二つ『誘拐事件で何があったか』そして何故『誘拐事件から邪険に扱うようになったのか』です。僕は彼に幸せになって欲しい。そのためにはどうしても真実が知りたいんです。お願いします!教えてください!」

 

 沈黙が二人の間にこだまする。

 一分が数時間にも感じられるほどの間千冬は考え込み、そして口を開いた。

 

「いいだろう、だが真実を知ればお前はあいつの幸福から遠ざかることになってしまう。それでもいいのか?」

 

「え?何を言って……」

 

「箒も鈴もラウラにも同じことを話した。その結果全員があいつと距離を置くことが最善であるという結論を選んだ。お前にもその覚悟があるのかと聞いているんだ」

 

 シャルロットは千冬の目を見て答える。

 

「…………話してもらえますか?」

 

「いいだろう」

 

 




最近アマゾンズ見返しました
何度見ても面白いですよね


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