彼女の瞳を曇らせたい 作:Momochoco
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エンディングについては拾うか、ぶん投げるかどちらかです
青年は千冬が去った後動く気力が出ないでいた。地面に両足両腕を突きただただ苦悩の格好を取る。
(また余計なことをしてしまった……。姉さんの言う通り本当にダメな弟だ……)
青年の首には千冬から受けた締め付けの手跡がはっきりと、そして痛々しく浮かび上がっていた。静寂な自室とは反対に頭の中はグチャグチャと思考が落ち着かない。そんな回る思考の中で唯一不動で変わらない考えがある。
それは自己嫌悪。千冬によって歪められた思考はすぐに自身に責任があると思い凍んでしまう。だから今回も自分が悪いと塞ぎ込んでいるのである。
青年は何とか疲弊しきった精神を押しながら、ベッドに潜り込む。体を全てベッドのスプリングに委ねて目を閉じる。起きていても心が苦しくなるだけだ。先程屋上で軽く寝たはずなののだが、それとは別に気怠さが襲ってくる。有体に言えば青年がとった行動はふて寝と言えるかもしれない。
とりあえず今は一刻も早くこの苦しい現実から離れたかった。ベッドに横になったことでさっきまであまり感じていなかった体の不調に気付く。
(息が苦しい、頭は重いし、体が熱っぽい)
とりあえず寝て心を落ち着かせなければと青年は思った。
体の不調は心因的なものだと決めつけ、ゆっくりと瞼を閉じてその意識を手放す。
眠りに入り少しして青年は夢を見始める。何故夢だと分かったかは現実でありえない光景が目の前で展開されているからである。
若い千冬がいて幼い一夏と自分がいる。もうこの時点で夢だと分かる。
平和な光景だ。慎ましやかな生活であるが家族が揃って暮らしている。完全に夢だこれ。
千冬は今までに見せたことない笑顔で笑っているし、一夏もすごく楽しそうだ。もはや夢というより願望だ。
(明晰夢っていうのかな……。変な感じ。それにしても楽しそうだな二人とも)
だがその光景は一瞬にして変わる。
謎の工場のような場所で兄である一夏が拘束されている光景が映し出される。
周りには複数のISと一体の全身装甲のISが立っていた。
その光景を見て青年は体から血の気が引くような感覚に襲われる。
(これは、モンドグロッソでテロリストに誘拐されたとき?いや、僕には記憶がないから事実かどうかは分からないけど…………兄さん……)
そして次の光景に変わろうとした瞬間、強烈な頭痛が眠っている青年を襲う。
今まで感じたことのないそれは、さっきまで見ていた夢も一瞬で消え去り、覚醒状態に強制的に戻っていく。
目を見開くと既に朝であっことに気付く。窓から部屋に入り込む朝日が妙に眩しい。
体は汗だらけで、さっきまで寝ていたというのに全く疲れがとれておらず、むしろ気分が悪いくらいであった。
頭痛や夢に関しては今回が初めての出来事であるが、青年の体調はタッグトーナメント以降どうにも優れない日が続いていた。
「とりあえず、水……」
そう思い立ち上ろうと瞬間鋭い眩暈が青年を襲う。あまりに酷い眩暈と力が思っていたよりも入らなかったため、倒れるように床に横たわる。昨日の頭痛や倦怠感も同時に襲ってきている。
この症状から青年はある病気のことを思いだす。そうこれは紛れもない……
「風邪かよ……」
立つこともままならないのであるからかなりの重症であると言える。必死に這いずり回るようにしながら何とか冷蔵庫からペットボトルを取り出し給水をする。熱を持った体に冷たい水が流れる感覚は気持ちが良かった。あらかじめ千冬が備え置いていた風邪薬を飲む。食事は食欲がわかなかっためとるという発想すら出ない。
何とか再び寝る状態に戻ると布団に入りスマートフォンを使って、真耶と千冬、それから一夏に病欠のメールを送る。本当は電話で連絡したかったがそんな余裕はなかった。
(シャルロットには……別にいいか。また余計な迷惑かけるだけだしな)
シャルロットは力になりたいと言ってくれたが、だからと言って手放しで甘える気にはならない。情けない姿は昨日だけで十分なのであると青年は考える。
(屋上で寝たのが原因か……いや、今更後悔したところで後の祭り。とりあえず薬も飲んだしあとは寝よう)
今度は夢を見ないよう、グッスリと眠れるようにと願いながら再び寝始めるのだった。
◆
青年が病欠であることシャルロットが知ったのは、HR前に一夏から教えてもらった時であった。
「風邪で休むって本当なの!?」
「ああ、今朝メールが来てさ。今日は風邪で休むって」
「……そうなんだ」
思わずムッとしてしまうシャルロット。本当は自分に向けてもメールが欲しかった。そうすれば学校なんかに来ずに青年の看病にでも勤しめたというのに。一夏に妬くのはお門違いであるためすぐさま切り替えて話を続けていく。
「実はそのことで頼みたいことがあるんだ。シャルロットだけに」
「僕だけに?」
「学校が終わったらあいつの様子を見に行ってやってくれないか?実は今朝急に千冬姉からISの整備とテストが必要とかで倉持技研に向かわなきゃ行けなくなったんだ。他の奴には頼めないしさ……」
確かに自分以外には頼みにくいよなと思うシャルロット。
だがあることに気付く。客観的……というより、『一夏』から見て自分『シャルロット』はそれほどまでに青年と仲が良く見えているのかと思わず歯がゆくなる。
本人に攻めることはできても他人に攻められると割と弱いシャルロットであった。
「し、仕方な、ないなあ!うん!大丈夫、任せといてよ!」
「ありがとな!シャルロット!…………本当はさ、昔みたいに家族で何とかしたいんだけど……ほら、千冬姉もあの通りだし、俺もいないから、頼れるのはシャルロットだけなんだ」
言葉にの違和感にシャルロットが気付く。
「昔って、織斑先生が優しかった頃があるってこと!?」
「やば……まあ、シャルロットにならいいか。実は第二回モンドグロッソの事件については聞いてるか?」
「うん……その時に彼の記憶が消えちゃったんだよね」
これはシャルロットが青年から直接聞いた話でもあった。第二回モンドグロッソの事件の後にそれまでの記憶がなくなってしまったことだ。だが、『記憶が戻る前』の生活について話してもらうのは初めてだった。
一夏は少しだけ声のボリュームを落とすと話し始める。
「ああ、そうだ。だからあいつは忘れているけど、事件の起こる前は千冬姉は今とは真逆で、ことあるごとに世話を焼いて、可愛がっいたんだ。だけど、事件が起きてからはまるで人が変わったように冷たい態度を取るようになってしまってさ。」
意外だ、素直にシャルロットはそう思った。あの千冬にも彼に優しかった時期があるなんて……。
「俺は千冬姉に何度も心変わりの理由を聞いたが教えてもらえなかった。『一夏には関係のないことだと』はぐらかされてしまうんだ。あ、それとこの話は内緒で頼む。千冬姉にも喋らないように言われてるしさ。」
「うん、もちろんだよ。そろそろHRだし席に戻るね」
そう言ってシャルロットは自分の席に戻り先程の話を考察する。
(織斑先生が冷たくなったのは誘拐事件を経てからだというのが分かった。一夏の話ではその前は優しかったらしい。一体、誘拐事件で何があったんだろう。………気になる)
一人思案するシャルロットの隣の席にラウラが座る。
ラウラはシャルロットの顔を確認すると心配そうな顔で問い掛ける。
「どうしたんだシャルロット?何か悩みでもあるか?」
「ううん、何でもないよ」
「……あいつのことを考えていたのか?」
思わぬ図星に動揺を隠せない。ラウラは小さくため息を吐くと続けて話し出す。
「昨日も言ったがあいつには関わるな。それが一番お前のためになる」
「……ラウラはさ……第二回モンドグロッソの誘拐事件について何か知っている?」
「……知らない」
「そっか……変なことを聞いてごめんね」
あっさり退いたがシャルロットはあることを確信した。誘拐事件には何か裏があることを。
シャルロットの願いは一つ、苦しむ青年が幸せになることただ一つだ。それは自分を助けてくれたことへの恩義でもあるし、シャルロット自身の願望でもあった。
そのためには何故千冬と不仲になったのかという真実の理由を知る必要がある。
(ラウラにはあんなこと言われたけど、僕には僕の恩返しがある。彼が笑って暮らせる環境を作るんだ!)
心に誓ったシャルロットであった。
◆
「あいつが風邪か……」
ほんとは次回のお見舞いシーンとで一話にするつもりでしたが長いので切断
そのため話が薄くなりました