彼女の瞳を曇らせたい 作:Momochoco
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オバロとダンまちのssも後々書いていきたい
青年は千冬に一生懸命に作ったバースデーケーキを床にぶちまけられ、嘲笑された後に部屋を飛び出すように出て行った。目的地は誰もいない場所が良かった。今の自分の情けない顔を誰にも見られたくはない。自然と頭に浮かんだのは寮の屋上。この時間なら人はいないだろう。
青年は目から溢れだす涙を零さないように拭いながら屋上へ続く階段を登って行った。
予想通り人は一人もいなかった。あるのは月明かりに照らされたベンチと孤独な青年ただ一人である。ベンチに腰を下ろす。すぐに頭も重くなりベンチの上で丸く寝そべるような態勢を取る。
苦しかった。辛かった。これまでも沢山辛いことがあったが、今日という日は特別に心に暗い影と傷を残している。千冬への怒りはすでに消えていた。今あるのは自分が余計なことをしてしまったせいで、千冬の折角の記念日を汚してしまったことによる罪悪感であった。
あの時のことを思い出す。床にケーキをたたきつけるときの言葉が今でも胸を抉るように刺さる。
『お前みたいな屑の作る物はこうするのが一番似合う』
その言葉を発した時の千冬の表情まるで鉄のように冷たかった。そして続けて青年に対して戒めるような暴言を吐いていく。
『だから立場を弁えろ。お前はずっと私の醜い弟だということをな』
自分が愛されていないのは分かっていた。それでもこうして言葉として目の前に真実を突き出されるとクるものがあった。青年は思う。
(何で!どうしてこんなことに!僕はただ……ただ、姉さんを祝ってあげたかっただけなのに!)
「うっ……うう……」
涙はまるで堰を切ったかのように止めどなく溢れていく。必死に声を押し殺し涙を流す。自分が情けなくそして罪を犯してしまったかのように感じていた。
だが青年は今回の件に関しては落ち度は全くない。姉を思いケーキを作りそれを渡しただけなのだから。百人がいれば全員が千冬に落ち度があるというだろう。青年の思いを打ち砕いたのだから。それでも自分が悪いと思い込む青年の心は、長年の千冬や周囲の影響により酷く歪んでしまっているのかもしれない。
一通り泣いた青年は自室へ帰る気力さえなかった。体をベンチに預けていると自然と瞼が下りていき眠気を感じていくのが分かる。
疲れていた。心も。そして体も。少しだけ、少しだけ寝よう。そう思い体から力を抜き意識をゆっくりと、まるで空からしんしんと降りそそぐ月明かりに照らされ意識を暗闇へと落としていった。
◆
青年に子供の頃の記憶はない。もっとも古い記憶は第二回モンドグロッソの時に一夏と共に誘拐され、病院で目を覚ました時の記憶だ。心因性か身体性か分からないがどうやら誘拐されたときに『何か』があったらしくそれまでの記憶がまるで鍵を掛けられたように思い出すことが出来ないでいた。
過去の記憶を思い出したいという気持ちはないわけではない。それでもどうしても思い出すことが出来ないために青年は半ば諦めていた。
そんな青年も今は感じたことのない懐かしさを感じていた。
朧げな意識の中で誰かが優しい手つきで頭を撫でてくれていた。夢現の中でもわかるくらいその手は暖く、青年の艶やかなプラチナブロンドの髪を撫でていく。
「…………姉さん」
千冬に頭を撫でてもらった記憶はない。蹴られ、殴られ、叩かれた記憶はあるのに……。
だけど心のどこかでしっかりと懐かしさを実感する。
だからこそ望んでいる千冬自身からの愛を。
少しだけ意識が覚醒してきたところで青年の頭に疑問が浮かぶ。
(頭を撫でてもらうのって……気持ちいいな………………って今は屋上のベンチで寝てたはず……なのにこの手の感触と後頭部に感じる柔らかさは………!?)
少しの間をおいて自分が置かれている状況を推測して目を見開く。予想通り自分はどうやら膝枕をされていたらしく目の前には見知った顔があった。
「……シャルロット?」
「……ん?ああ、起きたんだ。もう、ダメじゃないか、こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ」
「えっと、その……!?」
返事をした後、同級生の女子に膝枕をされているという状況が途端に恥ずかしくなり急いで飛び起きる。心臓が早くなり、顔と耳が赤くなっていくのが自分自身でも分かった。
そんな青年の姿が面白いのか、シャルロットは小悪魔的な笑みニヤニヤと浮かべながら事情を説明する。
「もう!そんなに慌てなくてもいいでしょ。ちょっと落ち着いて!」
シャルロットの言葉を聞き平常心を必死に取り戻そうとする。
熟れたリンゴのような赤面も深呼吸を繰り返すことで元通りの顔色に戻る。
冷静になったところで疑問が頭の中に沸いて出てくる。
「ご、ごめん、落ち着いた。それで、あの、どうしてシャルロットが僕に膝枕を?」
「……うん、実は織斑先生の誕生日会が終わって片づけをした後に、料理の残りをキミに届けようと思って部屋に行ったんだ。だけど鍵がかかってて居ないみたいでね。探し回ってるうちに屋上で見つけたんだ。それでベンチで横になると体を痛めるかもしれないから膝枕をしたんだけど……嫌、だったかな?」
「な、そんなことないよ!あの、嬉しかった!」
「……そっかぁ、良かった。ほら立ってないで横に座って」
そう言ってシャルロットの横に座る。月明かりに照らされるシャルロットの顔は綺麗で思わず見とれてしまいそうになる。意を決したかのように憂いを帯びた表情で口を開くシャルロット。
「……涙の跡があったけど何かあったの?また誰かに酷いことされたんじゃ――――」
「大丈夫!……大丈夫だから気にしないで……」
シャルロットは兄である一夏同様に常日頃から青年を庇ってくれている。だからこそ余計な心配はかけたくない。青年は先ほどの出来事を自分の胸の内にしまおうと考えていた。
そんな青年にシャルロットは真っすぐ目を見て問い掛ける。
「キミはすぐそうやって悩みを隠そうとする。何度も言っているけど僕はキミに助けられた。だから今度は僕がキミを助けたいと思っているんだ。だから隠さないで正直に話してほしい」
「……う、うん。実は――――――」
青年は千冬に自作のケーキをぶちまけられたことを話した。
話すのも辛かった。
言葉にするのも辛かった。
話を聞き終わったシャルロットは憤慨しているようだった。
「酷い!せっかく君が作ったケーキを床にぶちまけて、そのうえ暴言まで吐くなんて!」
「いいんだ、勝手に僕がやったことだし……」
「そんなの勝手すぎるよ!……でも、僕や一夏じゃあ織斑先生達は聞く耳持ってくれないし……どうしたら……」
「そんなに心配しないでよ。僕なら平気だから」
その言葉は青年の嘘であることをシャルロットは知っている。先程、膝枕をした時に涙の後も確認したし、寝言で姉と仲直りしたいという気持ち呟いていた。
シャルロットはある提案を青年にする…
「も、もし、本当に辛いだったら僕と一緒に……「シャルロット、こんなところにいたのか」
シャルロットの言葉を遮るように一人の女生徒が近づいていくる。白い髪に眼帯そして赤い目が特徴的な少女。ドイツの国家代表『ラウラ・ボーデヴィッヒ』であった。
シャルロットと青年は思ってもいなかった人物の登場に驚く。
「ラウラ、どうしてここに?」
「お前の帰りが遅いんでな気になって探していたんだ。まさかこんなとこでこの『無能』と話しているとはな」
「…………うぅ……」
ラウラは青年のことを無能と呼び蔑んだ視線を送る。
青年を嫌っているのは何も織斑千冬だけではない。ラウラや鈴音、箒、セシリアなど代表候補生達のしどは青年を嫌い蔑んでいる。
「そんなこと言わないでよラウラ!どうして仲良くできないの!」
「シャルロットには関係のないことだ。それに無能に無能と言ってなにが悪い」
あまりにも青年に対して無礼な態度を取るラウラにシャルロット立ち上がり抗議の声を上げようとする。しかし、それは青年の手によって遮られる。
「……なんで言い返さないの?」
「僕のことでシャルロットとボーデヴィッヒさんに喧嘩して欲しくないんだ。僕なら大丈夫だからもう部屋に戻りなよ。夜も遅いしさ……」
「……わかった。でも辛くなったら正直に言ってね?」
「うん」
「いくぞシャルロット。いつまでもこいつの近くに居たくない」
ラウラはシャルロットの手を掴み屋上から出ていく。
最後に見たシャルロットの顔はどこか申し訳なさそうであった。
◆
部屋に戻ったシャルロット、入浴や宿題など準備を済ませベッドについていた。
ラウラもまたベッドに着き後は眠るだけの状態である。
お互い、ベッドに入るまで一言も会話をしていない。青年のことがあってからどこかピリピリとした空気が二人の間を張り詰めていた。
先に沈黙を破ったのはシャルロットの方だった。
「ねえ、ラウラ」
「何だ?」
「どうしてラウラは彼を嫌っているの?仲良くはできないの?」
「……良いかシャルロット。私にとって一番の親友は紛れもなくお前だ。だから正直に話す。あいつには関わるな。私や鈴、箒やセシリア、そして織斑先生が目の敵にするのにも理由がある」
「僕には言えないこと?」
「ああ、だからお前はお前のままで良いんだシャルロット」
それっきり会話は途切れる。
シャルロットは布団にもぐり考える。
(僕は何があっても彼の力になりたい。今度は僕が借りを返す番だから)
◆
シャルロットとラウラが出て行ったあと自室に戻ろうとベンチを立つ。
正直言えば戻りたくない。部屋にはケーキの残骸が残っているからだ。
片づけるのも胸が苦しくなる思いであろう。
自室に行き、部屋に入ろうとすると鍵がかかっていることに気付く。
(おかしい……僕は飛び出していった筈だ。姉さんがカギを掛けたとか?)
自室の鍵を開け部屋に入るとそこにはベッドに腰を掛けて千冬が座っていた。まだいたことに思わず固まってしまう青年。千冬の方は青年の入室に気付き側へと寄ってくる。
「随分と遅い帰りだな……ほら、代わりに地面に『落ちていた生ごみ』を掃除しといてやったぞ」
「……あ、ありがとうございます」
「礼などいらない。出来損ないの弟の面倒を見るのも姉の役目だからな。それよりもこんな時間まで何をしていた?うん?」
千冬は青年の向かいに立ちその手を青年の肩へと這わせる。そして肩を通り首元へ向かいゆっくりそれでいて力強く首を片腕で絞めていく。
「……くっ……シャ、シャルロットと話して……まし……た」
その言葉を聞いてさらに首を締め上げる力は強くなる。
「私はお前の帰りを待っていたんだが……。全く姉を待たせるとは本当にダメな弟だな」
喋りながらも締め上げる力は強くなる。青年は絞り出すような言葉で限界であることを伝える。
「も……無理……」
「はぁ……ほら」
締め付けを緩めた途端、床に座り込み呼吸を整える青年。喉には絞められた手の跡が残り、涙が溢れ出て必死に呼吸を戻そうとする。
「いいか?お前は幸福になってはいけないんだ。ずっと私の側にいて他人に迷惑を掛けない……。お前のこれからの人生はそうやって生きていくんだ。分かったな」
そう言って千冬は部屋を後にする。
残された青年はただ一人息を整えるしかない。
どうせならみんなに嫌われていることにしました