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タコ部屋の実話・体験談
ここで、現代にあったタコ部屋体験談をご紹介します。衝撃的な経緯とタコ部屋での実話は「絶対借金しないようにしよう・・」と思ってしまうようなものでした。
大学生が借金1280万!?タコ部屋行きの運命
タコ部屋労働を体験したというのは、当時大学生でバンドをしていたという男性です。当時バイトはしていたそうですが、バンド活動のためにスタジオを借りたり楽器や機材を買ったりしていたそうです。
バンド活動のためにお金が足りなくなった男性は、消費者金融や闇金から借金をするようになり、最終的に1280万円という額にまで膨れ上がったそうです。
そして返せなくなったことをきっかけに闇金から提携している会社で働けと言われ、連れていからた場所がタコ部屋労働の部屋だったのです。
その部屋は、工事現場の休憩所のような環境で、はじめはそこで暮らすことになるとは思ってもみなかったそうです。部屋の構造は12畳程度の部屋が1つ4畳ほどのキッチンが一つトイレが一つだったそうです。
タコ部屋での生活
その部屋で7人が一緒に暮らすことになり、カップラーメン・スナック菓子・タバコ・ビールなどは給料から天引きというルールでした。生活パターンは次のようになっていたそうです。
- ①5時起床、6時現場入り
- ②昼に弁当休憩
- ③晩に帰ってきて夕食(カップ麺など)
- ④21時消灯
給料は月20万ということでしたが、カップ麺や弁当は1つ800円もするらしく全て給料から天引き、さらに家賃6万円と光熱費3万年を取られるため、初めての給料は10,890円という驚愕の額だったのです。
そんな過酷な状況の中では薬物も出回っていたりと、完全にヤバイ場所に来てしまったと自覚したそうです。この生活が10年以上も続くのかと考えると確実に死んでしまうと考え、彼は逃亡することを決心したのです。
作業中に逃亡
はじめは夜間に逃亡することを考えたそうですが、それより過酷な作業中のみんなの意識が散漫になっている時間帯を見計らって逃げた方が成功するかもしれないと考えたと言います。
作業中、彼は仮設トイレに行くとそのまま全速力で走り始めました。途中でバレて車で追いかけられたそうですが、かち合った相手は現場責任者の1人だったため、格闘し車を奪い逃げ切ったそうです。
その後実家に連絡し、洗いざらい話した上で弁護士に相談・債務処理をしたそうです。借金が全くなくなることはありませんでしたが368万円まで減り、親に肩代わりしてもらったそうです。
労働者に対しての残酷な扱い「人柱」や「マグロ漁船」
タコ部屋での労働者に対しての扱いは相当なものでした。死亡した人が多く出たというタコ部屋の事件はたくさんありますが、その中には『人柱』にされたものや『マグロ漁船』の話があります。
黒部ダムの人柱の噂
あの有名な黒部ダムでは『人柱』の噂があります。黒部ダムの作業中に亡くなった方は171人と言われており、過酷な状況での作業はもちろんでしたが、現場を管理している人物はヤクザばかりだったと言います。
さらに生活の中の娯楽といえばお酒と博打でした。そのため喧嘩は日常茶飯事、もちろん警察がすぐにこれるような環境ではないこともあり、死人やけが人が多く出ました。
そして死亡者を『人柱』ダムの底に放り込んでしまうといったことがあった、と噂が残っています。さらに先ほど紹介した、頭蓋骨が多く発掘されている常紋トンネルでも人柱の噂があったそうです。
マグロ漁船の噂
マグロ漁船といえば、そのまま漁のための船というイメージが強いでしょうが、昔はマグロ漁船=借金返済のためにする過酷な労働というイメージがあったそうです。
闇金から借金して返済できなくなると「逃げることができずに労働させることができる」「報酬が高い」という理由でマグロ漁船に労働に生かせれるというパターンがあったと噂されています。
タコ部屋と遊女を題材にした小説とは?
所謂タコ部屋は、時代の貧しさと国の発展のために生まれたものですが、現代では”タコ部屋”題材とした小説なども登場しています。
『凛』(蛭田亜紗子/講談社)は大正時代から現代の北海道をつなぐ大河ロマンである。
(引用:ダヴィンチニュース)
それが、蛭田亜紗子さん作『凛』という小説です。大正時代に借金返済のために遊郭で働く女性と人に騙されて過酷な労働環境とタコ部屋に縛られる少年の話です。
文学をこよなく愛する真面目な麟太郎はしかし、甘い文句に騙されてトンネル建設の現場へと連れ込まれてしまう。そこは、「タコ部屋」と呼ばれる過酷な労働所だった。
(引用:ダヴィンチニュース)
タコ部屋は、このような小説の舞台としても描かれるほど過酷なものだったというのがよくわかります。タコ部屋の恐怖を伝えるものとしてこう行ったものも存在しているのです。
原発廃炉作業員がタコ部屋に?
東日本大震災で起きた原発事故を、皆さんも覚えていると思います。現在も福島第一原発では、多くの作業員が作業をしています。
そんな中、そこで働く人々は”タコ部屋”のような環境で働いているのでは?とも言われているのです。元お発事故現場の仕事では、もちろん危険手当というものがつきます。
東電からは1日1万円の基本給に4000円の手当がつくと言われています。とこまではいいのですが、多重下請けという仕組みの影響で、賃金が驚くほど低くなっているというのです。
さらにそう行った環境で働くにも関わらず、働く人が住む宿舎は卑劣な環境に置かれていると言われています。実際の宿舎の環境がこちらです。
宿舎は会社が借り受けた一戸建て。4部屋で6人がくらす。Aさんは8畳の二人部屋だ。いびきで寝付かれない、プライバシーの問題もある。宿舎のトイレは昔風が多く、入待機場の温水付きトイレの前には毎朝列ができる。ほとんどの作業員がこうした「たこ部屋」的な住まいにおしこめられているという。
(引用:レイバーネット)
このような環境で働いている人が数多くいるのですが、その多数は地元出身の方です。彼らは、働く場の無い環境で働く場所を与えられたという意識が強いらしく、辛い環境にただただ耐えているという声もあるそうです。
第一原発には7000~8000人の作業員がいる。そのうち地元出身が6割。大きな産業のない地元では“東電に飯を食わしてもらっている”という意識が強い。だから原発に対しては何も言えない。
(引用:レイバーネット)
“タコ部屋”という存在
タコ部屋という、現代では聴きなれなくなったワードを今回はまとめていきました。ゾッとするような実話や事件が多くありましたが、いかがでしたでしょうか。
過酷な労働環境は、人々の尊厳をおかすものではありましたが、時代が影響してできた場合や環境や経済的な成長が影響してできたものでもあります。
辛い実話や事件も様々見ていただきましたが、現代でも姿名前を変え同じような環境に置かれる場合があると言えます。自分がそんな状況に陥らないよう十分注意して”タコ部屋の恐ろしさ”を忘れないようにしましょう!
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