第十七話:転生王子は将軍と対峙する
戦争になる可能性が高い隣国グルニッジ王国にやってきたは良いが、勾留されてしまった。
これは想定範囲内。
今はフェイアル公爵のもとへ馬車で連れて行かれている。その馬車は俺たちの馬車ではなく、グリニッジ王国が用意したもの。
隣にいるヒバナが俺にだけ聞こえるように小声でささやく。
「いつもの剣じゃないと少し不安ね」
「大丈夫だ、それも十分に信用できる剣だ」
ヒバナとバルムートは彼らに与えた魔剣ではなく所謂普通の剣を今日は腰に吊るしていた。
そして、その剣すら取り上げられている。
これもまた想定内。
だからこそ、魔剣は奪われてしまわないように始めから持ってきていないし、腰に下げた普通の剣は囮で、ボディチェックをされても気付かれない剣を持たせてある。
「我が主、目的地についたようですぞ……いやはや、無骨というか、なんというか」
「実にグリニッジ王国らしいよ」
将軍でもあるフェイアル公爵がいる正騎士団の隊舎は無骨で簡単な作りだ。
頑丈であればいいと装飾すらなく、そして機能的とも言えない。
いわゆる工夫や気配りがなく、こんなものでいいんじゃないか? という考えが透けて見えてしまう。
正騎士団の隊舎ですらそれなのだ。
ある意味、究極の実利本位。
「着いたぞ、歩け」
俺たちの案内役は門番から騎士様に変わっている。
それでも王子である俺に対する態度は変わらない。
門番のほうは育ちが悪く、教育がなっていない可能性があったが騎士ですらこれだとすると、心の底から我がカルタロッサ王国は舐められているらしい。
◇
正騎士団の隊舎にある応接間に通される。
ヒバナとバルムートも一緒だ。
それは最低限の礼儀であり、剣を持たない騎士など恐れるに足らないという油断からだろう。
部屋の中央には、気位が高い三十代半ばの筋骨隆々とした漢、その後ろには八人の騎士たちが控えていた。
武人としての風格もあるが、それ以上に支配者としての空気を感じさせる。
彼の前には、塩、金塊、メロンが置かれている。
目線をヒバナとバルムートに送る。
『大丈夫よ。何があっても逃げられるわ』
『ふむ、超一流が三人、いえ、将軍を入れれば四人。残りはその一歩手前。苦しくはありますがなんとかしてみせましょう』
ちなみに、今のは目線を俺なりに翻訳しただけで、本当にそう言っているのかはわからない。ただ、大丈夫であることは伝わっている。
「よく来てくれた。礼を言う。カルタロッサ王国、第三王子ヒーロ・カルタロッサとその騎士よ」
「こちらこそ、高名なフェイアル公爵に招いていただいて光栄です」
皮肉を込めての発言。
それを彼は苦笑で応える。
「急に呼び出してすまなかったね。だが、こんなものをもってくる君も悪いのだよ? 無視できるはずがない。さて、ヒーロ王子に改めて問おう、なぜこのようなものを持ってやってきた? なぜこのようなものがここにある?」
「一つ目の質問から答えましょう。雪がようやく溶けてきたので、食料の買い出しに。国庫には金がなく特産品を売らねば食料を買う金がない。だから特産品を持ってきました」
うんうんとフェイアル公爵が頷く。
「ふむふむ、では、なぜ貴国がこのようなものを用意できたのかを教えてくれたまえ?」
「我が国を苦しめ続けた魔の森、その奥で金山が見つかりました。だから金がある。魔の森を超えた先には海があった。だから塩がある。メロンは昨年、ルーライナ皇国主催のパーティで提供されたメロン、その種をこっそり持ち帰りまして、奇跡的に我が国の気候と地質があったようで栽培に成功したのです」
用意した答えを、そのままに告げ終えた。
「ふむ、それはそれは羨ましい。我が国には資源らしきものはないのでな。おめでとう……そして、君はこうは考えられなかったのかね。そんなものを自慢しに来たら、我らに奪われてしまうと。我が国は建国以来、欲しいものは戦い、奪い、手に入れてきた。そのことは知っているだろう? なにせ、貴国の領地すらも奪ったのだから。そんな我が国にこうしてまた欲しい物が増えてしまった」
貴族らしい態度から一点、獰猛な肉食獣のような気配がフェイアル公爵から溢れる。
彼にはスイッチがあるようだ。今、完全にフェイアル将軍へと切り替わった。
「ええ、考えました。ですが、食料が買えなければどっちみち民が飢えて死ぬ。我が国は立地的にどこへ行くにも貴国を通らねばならず他国に売るとしても結局は知られてしまう。ですから、あえて隠すことはしなかった。宝物を手に入れても、それを使えなければ意味がないのです。ですが、貴国に侵略されることもまた望んではいない。ですから、こちらを用意しました」
用意しておいた書状を渡す。
アガタ兄さんが持たせてくれたものだ。
「ふむ……はははっ、なるほど。それで王子自らがやってきたというわけか。なかなか賢いではないか。けっこうけっこう、これだけの品を毎年いただけるのか。ふむ、実に唆る」
その書状に書かれているのは、金・塩・メロン、それを毎年一定量献上するから戦争をしかけないでほしいという旨、その代わりに食料の支援及び、かつて奪われた領地の中で、もっとも我が国から近く人口が多い領地返還の希望。
貧乏国で武力を持たないカルタロッサ王国としては、極めて現実的な発想。
こんなものを用意したのには二つの理由がある。
一つ、はっきり言って今回の件は客観的に見て愚かすぎる。グリニッジ王国に対して侵略してください、お願いしますと言っているようなもの。
実際、そうではあるがそれを疑問に思わるのが痛い。しかし、この書状があるだけで理屈が通る。
二つ、この条件を呑んでもらえるのであれば、カルタロッサ王国は戦争をしないでいいと思っている。俺たちにとって戦うのは最後の手段であり、戦わずして奪われた領地が戻り、平和が手に入るのであればそれがベスト。
これだけのものを献上するのであれば受け入れられてもおかしくない条件。
「考えてはいただけないでしょうか?」
「ふむ、実に唆る、唆るが、俺はこう考えてしまうのだよ。これだけのものをぽんっと差し出せるだけの地盤があるなら、それをまるごといただくほうがうまいのではないかとね」
「お言葉ですが、この量を献上するのが我が国が存続できるぎりぎりであり、それ以上は……」
にやりと、フェイアル公爵が笑う。
とても意地汚く、欲に満ちた顔だ。
「我らに侵略された連中は、口を揃えてそういうのだ。これ以上はできない、これが限界とね。だが、実際に侵略をしてみると、もっと奪えるのだよ。それを我らは知っている」
「お言葉ですが、それは一時的なものでしょう。根こそぎ奪えば、民も土地も衰弱してしまい、長くみると損をする。明日を作り続け、より長く繁栄を目指すのであれば、ほどほどが一番なのです……それをわきまえぬことが、グリニッジ王国の窮地を招いていると申し上げます」
フェイアル公爵は笑ったままだ。
だが、その目は冷たくなった。
俺に向けられている感情は怒り。
「ははは、これは面白い。我が国に敗北し、領地を切り取られ、辺境へ逃げ延び、かろうじて生きているだけの小国の王子が俺に意見するだと。見逃されているだけだとも気づかずに……これは傑作だ。傑作すぎて、ひねり潰したくなる」
フェイアル公爵が手を挙げる。
すると背後に控えた八人の騎士たちが剣を引き抜いた。
ヒバナとバルムートが俺の前に出る。
「交渉は決裂ですか」
「カルタロッサ王国ごときに交渉を持ちかけられたこと自体が実に不快だったのだよ。その上、今の発言だ。もはや、万死に値する。しかし、しかしだ。ヒーロ王子、貴君の容姿と声はなかなかに好みだ。それに免じて殺しはしない。俺を怒らせたことも、怒らせて、お仕置きをするというプレイの一環だと考えれば、むしろ燃えるというもの。君はいい声で泣きそうだ。王子というのもまたいい……まあ、趣味を置いても王子なら使い道はある」
彼は怒りを残したまま、舐めるような目で俺を見ている。
……そういえば、風の噂でフェイアル公爵は少年好きだと聞いたことがあった。
「ヒバナ、バルムート。すまないな、こういうことだ。逃げるぞ」
「逃がすとでも思っているのかね? 鉄の扉は固く閉ざされ、我が騎士団が誇る精鋭が控えている。丸腰の騎士二人でどうにかなるとでも?」
「ああ、あいにく我が国には誇れるものが一つだけあってね。人材だ。たかだか、剣がない程度で俺の騎士たちが遅れを取るようなことはない」
「……では試してみるとするか。いけっ」
騎士たちが剣を抜き、挑みかかってくる。
最初の二人がそれぞれ、ヒバナとバルムートの剣域に入った。
二人は腰を落とし、抜刀の構えに入っている。
しかし、腰に剣はない。
だからこそ騎士たちは無警戒に距離を詰めた。
次の瞬間だった。
「ぎゃああああああああああああああ」
「足が、足がぁぁぁぁぁぁぁぁ」
剣が振り下ろされる前に、二閃の斬撃が銀に煌めき、血しぶきが飛び、騎士たちの両腿が深々と切り裂かれ倒れる。
二人の手には剣がないはずの剣がある。
極薄でぺらぺらとしなるおもちゃのような剣。
その正体は、腰帯剣。あるいはベルト剣と呼ばれるものだ。
その源流は中国にある。360度曲げることが可能なため皮ベルトに偽装した鞘に収め携帯できる。
武器を奪われることを想定していたから、こんな玩具を作った。
極薄でしなる剣でも正しい剣筋で速度をもって振るえば恐るべき斬れ味を発揮する。
これもまた魔物素材を使った魔剣。
ベルトから剣がでるなど、まったく想定していなかったようで敵の騎士たちが動揺し、距離をとり、足が鈍る。
また、ヒバナとバルムートの実力と腰帯剣の斬れ味の知り、フェイアル公爵を守ル必要が出来たため積極的に攻めることができない。
そしてこちらは間合いを取る振りをしながら、位置を変えていた。
扉とは反対の位置へ。
「あいにく、俺にはそういう趣味がないんで帰らせてもらおう。二度と会うことがないことを祈っているよ」
「ふむ、たかだか二人を斬っただけでもう逃げられるつもりとは恐れ入る。すでに部下たちへ合図を送っている。この部屋を出たとしても、逃げ場はない。もはや、君たちは袋のネズミだ」
「入り口がないなら作ればいい」
その言葉にフェイアル公爵はこちらの意図に勘付き、距離をとっていた騎士たちに突撃を命じる。
だが、遅い。
ヒバナが集中力を高め、気と魔力を練り終えた。
閃光が幾筋も走り、厚く固く作られた壁が切り裂かれ、崩れていく。
入り口で待ち構えているなら、そこ以外から逃げればいい。
ヒバナとこの剣なら分厚い鉄だって切り裂いてしまう。
「では、全速力で逃げますぞ」
「舌を噛まないようにしてね」
荷物のようにバルムートは俺を肩に担ぎ、飛び降りた。
ここは三階だ。ヒバナとバルムートは壁を蹴るようにしながら降りる。実は加速ではなく減速、俺が作ったブーツで壁をえぐるようにすることで速度を殺している。
……やっぱり、こいつら人間ばなれしているよな。理屈はわかるが真似できる気がしない。
着地の際は膝を含めて全身をうまく使って衝撃を吸収して、ノータイムで走りだした。
二人の体がさらに加速する。例のインナーを使った超速。
もはや、誰も二人に追いつけない。
フェイアル公爵もまさかあそこから脱走することを想定してはいない、今から街に出た俺たちの補足命令を出しても後の祭りだ。
「バルムート、フェイアル公爵を殺すことはできなかったのか?」
「五分五分ですな。あれの後ろに控えていたのも超一流で装備がいい。本人もまた強く我らは使い慣れぬ剣……時間さえあれば我ら師弟なら殺せるのでしょうが、その前に増援が雪崩こんでくるリスクがあり、そうなれば我が主を守りきれる保障がありませんでした」
「あれを殺せていれば楽だったんだがな」
先に剣を抜いたのは向こうだから、大義名分はある。
「あなたのお兄さんから言われているのよ。ここでギャンブルはするなとね。あなたを安全に返すことが第一。どうせギャンブルをするなら公算が高いところでしろってことらしいわ」
「違いない」
あそこで無理をしてフェイアル公爵と戦うより、確実に俺を逃してあとの戦争に賭けたほうがいい。
「これで間違いなく戦争が起こる」
「でしょうな、あのタイプはプライドを傷つけられることを何より嫌がりますから」
「ええ、餌も見せたし引き返せないわ」
「ああ、引き返すつもりもない」
何はともあれ役目は果たしたが、少し悲しくもある。
これが本当に戦わずに済む最後のチャンスだったのだから。
しかし賽は投げられた。
完全勝利し、安全を勝ち取り、失ったものを取り戻す。
そして、欲を出したことを後悔させてやろう。
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