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【社説】

新研究開発制度 世界を魅了する理念を

 米アポロ計画のような、人々を魅了する野心的な構想を掲げて世界の英知を日本に集める。政府が始めるムーンショット型研究開発制度。目標候補の二十五案が先週、公表された。

 科学研究に冷たいと批判される政府だが、新制度は高邁(こうまい)な理想を掲げる。特徴として「基礎研究力を最大限に引き上げつつ、失敗も許容しながら革新的な研究成果を発掘・育成」と明記する。

 公表された候補は二〇四〇年までに実現が▽農林水産業の完全自動化▽建設工事の完全無人化など。五〇年までには▽フード・ロスをなくし、すべての人々に必要な食料を効率的に届ける▽地球上からの「ゴミ」の廃絶▽テラ・フォーミング(他の惑星などを人類が住めるように改変する)技術の確立などがある。総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)が年末までに三テーマを決める。

 予算は文部科学省と経済産業省で計千二十億円。これで世界の英知が集まるだろうか。例えば、米IT大手アマゾンの研究開発費は昨年、約二兆四千億円だった。

 ムーンショットとは、一九六一年に当時のケネディ米大統領が「六〇年代中に米国は月に人を送り、無事に帰還させる」と演説したことをいう。「困難な、膨大な費用のかかる取り組みだが、実現すれば大きなインパクトが期待できること」という意味の経済用語としても使われる。

 政府は新制度の説明で「わが国では破壊的イノベーション創出の可能性を秘めた、独創的な研究成果が基礎研究領域から多数生み出されている」が、それをうまく利用できていないと指摘する。

 破壊的イノベーションとは、既存事業の秩序を破壊し、業界構造を劇的に変化させる技術革新を指す。自動運転車が自動車産業を揺さぶっているようなことだ。

 新科学政策のはずだが、公表された目標は、産業界への支援策のようにもみえる。

 アポロ計画は、実現可能性を確かめた上で、米国人の月着陸、時期は六〇年代末と明確な目標を設定したことが成功につながった。背景に冷戦があり、研究者も技術者も意気に感じた。

 人を動かすには理念が必要だ。例えば「フード・ロス」では国内問題になってしまう。「二〇二五年までに地球上から餓死者をゼロにする」なら心に響き、世界中から研究者がはせ参じるだろう。理念から考え直すべきではないか。

 

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