迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン
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第八話

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトはズキズキと痛む頬に気づかない振りをしながら妹たちの手を引く。

 

『この馬鹿娘が! 誰がここまで育ててきたと思ってる!?』

『もう受けた恩は充分に返した。これ以上は貴方たちが返済すべき』

『この──!』

 

 鮮血帝ジルクニフによって貴族位を剥奪されたフルト家。アルシェは没落しかけた家を援助するために、夢の全てを諦め帝国魔法学院を中退。請負人(ワーカー)となった。冒険者の道を選ばなかったのはワーカーの方がより稼ぎが良いという至極単純な理由。少しでも支えになれたなら、その一心だった。ワーカーチーム「フォーサイト」に潜り込めたのは幸運としか言いようがない。チームリーダーヘッケラン・ターマイト、野伏(レンジャー)イミーナ、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のロバーデイク・ゴルドロン。皆ワーカーとは思えないほど気の良い人たちだ。当時十代前半だったアルシェに分け隔てなく接してくれ、報酬はいつも等分。それどころかチーム最年少のアルシェをまるで妹のように可愛がってくれる。兄弟が妹しかいないアルシェにとって新鮮な感覚だった。

 散財せず慎ましやかに生活すれば充分に暮らしていける。そのはずだった。だのに、

 

(もう貴族ではないと言うのに……!)

 

 高級住宅街に住み続け、散財をやめない父。止めようとしない事なかれ主義の母。毎日のように増える豪奢な、不要な調度品。使用人の給料さえ滞る始末。あまつさえタチの悪いところから借金まで。もう面倒見切れない。ほとほと愛想が尽きた。

 今朝も言い争った。もう家に金を入れないと宣言した途端、怒号と共に浴びせられる罵声。逆切れした父が手を上げた。ワーカーとして二年以上修羅場を潜ったアルシェには、正直身体の痛みよりも心の痛みの方が堪えた。あんなのが親とは情けなくて泣けてくる。

 

「お姉さま、どうしたの?」

「どこか痛いのー?」

「ううん、何でもないよ」

 

 優しい子たちだ。アルシェは視線を上げ、込み上げてくるものを無理矢理抑えつける。両手に感じる妹たちの温もり。何としてもこれだけは守らなくては。そろそろ待ち合わせ場所だ。今朝はゴタゴタして少し遅れてしまった。待ち合わせ場所に差し掛かると小さな人影が見えた。

 

「シズお姉ちゃん、こんにちはー!」

「こんにちはー!」

「シズ、待たせてごめ──」

 

 アルシェは言葉をなくす。噴水の前には心なしかムスッとした顔のシズ。その隣にいる人物は。白髪に腰まで届く白い髭、白いローブに白い杖。白い眉の下の眼光は鋭く、ジッとアルシェを見つめていた。アルシェとその老人は奇しくも同じ生まれながらの異能(タレント)を持つ。名付けるならばそう、看破の魔眼。互いの眼が相手の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力量を正確に認識する。

 

「ふむ、研鑽は怠っておらぬようだな」

「貴方は、貴方様は──」

 

 顎髭を撫で上げ唸る老人にアルシェは驚愕に打ち震える。

 

「久しいな、アルシェ・イーブ・リイル・フルトよ」

「パラダイン様!?」

 

 帝国最強、最高の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、「三重魔法詠唱者(トライアッド)」のフールーダ・パラダインだった。何故フールーダがシズと一緒にいるのか? 混乱するアルシェを余所にウレイリカとクーデリカの二人は興奮した面持ちでフールーダへ駆け寄る。そしてその長い髭をわさわさ触る。

 

「わー、すごいお髭ー!!」

「すっごーい!」

「…………そう、このすごいお髭。無理矢理付いてきた。アルシェに会いたいって」

「……私に?」

「うむ、アルシェよ。我が元弟子よ。昔のよしみだ、少し話さぬか?」

 

 妹たちにされるがままのフールーダの提案。アルシェに拒否権なんてなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 王都リ・エスティーゼ、ロ・レンテ城。王国を治めるヴァイセルフ王家の住まうヴァレンシア宮殿の一室で、黄金の姫ラナーは顎に手をやり云々唸っていた。傍目には可愛らしく映るだろうが、その実思考を高速で回転させているのだ。円卓には蒼の薔薇が麻薬「ライラの粉末」を栽培していた村を焼いた際に入手した羊皮紙。余人には意味不明な換字式暗号は既にラナーによって解かれていた。その暗号には王都内、七つの場所が記されており、ラナーはそれらを八本指の麻薬部門以外の六つの拠点だと睨んだ。一枚岩ではないと踏んでいたが、平気で仲間を売る組織のようだ。

 

「うーん」

 

 八本指は貴族社会にも鼻薬を嗅がせていた。一度に検挙しなければまた地下深く潜られてしまい、犯罪の証拠は消されてしまうだろう。そのためには一斉に叩く必要がある。だが絶対的に手が足りない。蒼の薔薇に兄ザナックとレエブン候に協力を取り付けたとて心許ない。王国暗部、「八本指」は「六腕」という実力派集団を有する。一人ひとりがアダマンタイト級冒険者に匹敵するらしい。レエブン候の私兵、さらに彼の子飼いの元オリハルコン級冒険者が使い物になると仮定し、戦力として換算して。それでもまだ不足していた。

 

「せめて戦士長様が健在でしたら……」

 

 思わず口をつく言葉に目の前の人物が顔を曇らせる。ラナーはハッとして頭を下げた。

 

「ごめんなさい、ラキュース。貴女を責めているわけではないの」

「ええ、わかっているわ。それでも、自分の無力さを痛感するわね」

 

 蒼の薔薇リーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは無意識に自身の頬を撫でる。彼女は王国唯一の蘇生魔法の使い手だ。国王ランポッサ三世の命により遺体で戻った王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの蘇生を試みた。しかしこれに失敗。激昂し、錯乱した王が手当たり次第に投げたものがラキュースを傷つけた。もう傷跡こそ残っていないが、ティア、ティナ忍者姉妹をはじめ蒼の薔薇構成員は皆憤りを隠せない。ラナーがその話題に触れた瞬間、ラキュースの背後に控える彼女たちからトゲのある雰囲気を感じる。

 

「改めて謝罪させて。お父様も時が経てばもう少し冷静になれると思うの」

「いいのよ、気にしてないわ」

 

 再度自身の力不足を嘆くラキュースに「そうとも限らないぞ?」とイビルアイ。曰く、死者には蘇生の拒否権が存在するらしい。生命力も、代価の黄金も充分であると考えられるガゼフ・ストロノーフの蘇生失敗。それは本人の意志によるものが大きいと。あくまでも可能性の一つだと締めるイビルアイにクライムは複雑な表情を浮かべた。クライムから見て、ガゼフの王への忠誠心は非常に厚く、また王の覚えも良かった。クライムは自分の目指すところとしていたほどだ。そのガゼフが蘇生を拒否するだなんて考え難い。自分ならば絶対に蘇生してほしい。ずっとラナーの側にお仕えするために。

 

「戦士としての矜持ってやつかあ? ま、わからねえでもないが」

「もういない人のことを話しても仕方がない。これからどうするか考えるべき」

 

 ガガーランが腕を組んで唸り、ティアが仕切り直す。仲間たちの言葉にラキュースが大きく頷いた。

 

「私たちが分散して同時に叩くのはどう?」

「それでも二ヶ所足りないな。六腕が二人以上一ヶ所にいれば最悪だ」

 

 ティナの案をイビルアイが否定する。やはりどう見ても人手が足りない。

 

「叔父様たちに助力を仰ぐのはどうかしら?」

「ダメよ、ラキュース。貴女の家に迷惑がかかってしまうわ」

 

 アズス率いる朱の雫。蒼の薔薇と並び、アダマンタイト級と謳われる冒険者チームである。ラキュースが出奔し、冒険者となったのも彼女の叔父、アズスに語り聞かされた冒険譚に憧れたからだ。今の蒼の薔薇があるのも、ある意味アズスのおかげかもしれない。彼らは現在、都市国家連合との国境沿いに依頼で赴いていた。助力を求めるのは難しい。いや、たとえ王都にいたとしても無理があるだろう。

 今回、ラナーは八本指を追い詰めるため、ラキュースに直接依頼している。冒険者組合を通さない依頼というのは明確な規律違反だ。一応、依頼料を取らず友人の頼みごとという体裁を保っているが、それでも限りなく黒に近いグレーだろう。こんな危ない橋を渡る割に、メリットなぞ皆無。王都で協力してくれる冒険者チームがいるとは到底思えなかった。

 ラナーが頬に手を当て溜め息を吐く。そんな姿すら美しいとクライムは思った。

 

「どこかに腕が立って、組合とも後腐れがない冒険者はいないものかしら」

「おいおい、そんな都合の良い奴いる訳──」

 

 天啓の如き閃き。ガガーランとイビルアイは顔を見合わせる。組合で彼女たちの噂を聞いた際、エ・ランテルの冒険者組合が泣きを見たと苦言を呈していた。

 

「へっ、思ったより早い再会になりそうだな」

「……はあ」

 

 したり顔のガガーランにイビルアイは仮面の下でしかめっ面を浮かべるが、やがて意を決する。

 

「おい、小娘。戦力なら心配するな、私たちに当てがある。お前はお前の為すべきことをしろ。行くぞ、ガガーラン」

「あいよ」

「私も行く。噂が真実か気になる」

 

 壁にもたれかかっていた双子のうち、青がトレードマークな方が名乗り出る。

 

「この変態め、どうせ奴らに変なことを吹き込むつもりだろう」

 

 イビルアイは仮面越しでもわかるほど嫌そうな声を上げた。赤い方も身を乗り出す。

 

「私も」

「……念のために言っておくがクライムよりずっと年上だったぞ? しかも無精髭」

「前言撤回、パス」

「こいつら……」

 

 仲間たちの性癖に頭を抱える。童貞喰い(ガガーラン)レズ(ティア)ショタコン(ティナ)。まともなのは自分とラキュースだけではないか。自分がしっかりしなくては、と奮起しイビルアイはラナーの部屋を後にする。ガガーラン、ティアが後に続いた。仲間たちの痴態に呆れ顔の厨二(ラキュース)を余所にラナーはクライムへと指示を出す。

 

「ではクライム、レエブン侯を呼んで来て下さい。まだ王都内にいらっしゃるはずですので」

「侯を……ですか?」

 

 クライムはもちろん、ラキュース、ティナもラナーの真意が掴めなかった。王、貴族両派閥を飛び回り、蝙蝠と揶揄される存在を何故呼ぼうというのか。まるで理解出来なかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 アベリオン丘陵。スレイン法国とローブル聖王国の間に広がる丘陵地帯には、優に二十を越える亜人種が存在し、日夜覇権を巡り争っていた。オーガやゴブリンなど共存する種族もいれば一方的に他方を奴隷に堕とす種族もいた。たとえ同じ種族とて違う部族ならば殺し合う理由には充分だった。全種族、全部族合わせれば十万を遥かに越す亜人たち。そんな彼らの内、十指に入る強者は「十傑」と呼ばれ、同部族にすら恐れ敬われていた。彼らを頂点に危うい均衡の上に成り立っていた丘陵のパワーバランスが、突如として崩れ去る。

 

 

「クソ……クソクソ! クソが! この俺が、女なぞに!」

 

 十傑の一人にして〝魔爪〟の名を継ぐ獣身四足獣(ゾーオスティア)、ヴィジャー・ラージャンダラーは恥辱に塗れていた。周囲には既に事切れた〝獣帝〟〝灰王〟〝螺旋槍〟が無残に転がっている。何れも十傑。比類なき力を持つ強者、のはずだった。

 

「うふふふ」

 

 金髪縦ロールのメイドは恍惚の表情を浮かべてヴィジャーの黒豹のような頭を踏みつける。まるで今までの鬱憤を晴らすかのように。彼女の名はソリュシャン・イプシロン。本来ソリュシャンは非常に有能である。レベル差さえ加味しなければ、守護者たちと比しても何ら遜色ない。そんなソリュシャンがスレイン法国で受けた屈辱は如何ほどだろうか。自分の身どころか危うく妹も犠牲になるところだったのだ。もう同じ轍は踏むまい。

 

 ソリュシャンはエントマと共に、この一週間ばかりを丘陵地帯の諜報活動に費やした。豚鬼(オーク)を締め上げ、馬人(ホースナー)を拷問し、山羊人(バフォルク)の自尊心を踏みにじった。結果、丘陵に君臨する十の亜人が判明。彼らの種族、性格、武器、特殊技術、魔法、武技など可能な限りの情報を収集した。結論から言えば、法国の女に相当するような強者はおらず、またプレアデスを脅かしうる切り札も存在しなかった。ならば後は話が早い。

 近頃、種族や部族を問わず無差別に亜人を狙う謎の存在がいると、十傑が一同に会す会合が開かれる運びとなった。二人はその場を強襲した。

 

「ッ──」

 

 音もなく、真後ろからエントマへ槍を穿つのは〝黒鋼〟ムゥアー・プラクシャー。オリハルコン級ですら苦戦する身体能力を誇る獣身四足獣(ゾーオスティア)には珍しく、闇に紛れて戦う野伏(レンジャー)である。しかしエントマは振り返りもせずに手を伸ばし槍を受け止める。不快な金属音が鳴り響いた。

 

「よっとぉ」

 

エントマは無造作に穂先を掴み思い切り振りかぶる。振り子のように吹き飛ぶムゥアーが大地に強かに叩きつけられた。

 

「ぐぬっ……!?」

「美味しそうなぁ〜、獣肉ぅ」

 

 顎から涎を垂らすエントマが本来の口を開く。異形の顎がムゥアーを噛み砕こうとして、

 

「お待ち下され!」

 

 半人半獣(オルトロウス)のヘクトワイゼス・ア・ラーガラーが声を張り上げる。騎士槍を捨て獣の下半身を屈ませた。そればかりか人の上半身は額を地に擦り付け、両の手のひらは空へ向けていた。滅多に見せぬ半人半獣(オルトロウス)服従のポーズである。

 

「ヘクトワイゼス、貴様! 血迷ったか!?」

 

 ヴィジャーが怒号を上げる。怒りのあまり獣身四足獣(ゾーオスティア)において未熟者とされる獣の唸り声まで漏れてしまった。

 

「魔爪殿、黒鋼殿……お許し下され! 御二方の命には代えられません」

 

 半人半獣(オルトロウス)は種族全体として獣身四足獣(ゾーオスティア)へ恭順していた。それだけでなくヘクトワイゼスは先代〝魔爪〟──ヴィジャーの父、ヴァージュ・サンディックナラに命を助けられたことがある。恩人の息子をみすみす喪う真似はしたくなかった。

 

「ふうん……賢いわね、貴方。他の方々はどうするのかしら?」

 

 ソリュシャンは値踏みするように生き残りの十傑を見渡す。

 

「儂もじゃ。儂も主らに服従するぞ」

 

 魔現人(マーギロウス)の老婆、〝氷炎雷〟ナスレネ・ベルト・キュールが跪くと、

 

「俺も」

「私もだ」

 

 山羊人(バフォルク)の亜人王、〝豪王〟バザー、石喰い猿(ストーンイーター)〝白老〟ハリシャ・アンカーラが各々武装解除し追従する。

 

「止むを得ん……か」

 

 ついには渇きの三叉槍(トライデン・オブ・デハイドレーション)を地に突き立て〝七色鱗〟、蛇王(ナーガラージャ)ロケシュまでもが頭を垂れた。ソリュシャンは気を良くし、獣身四足獣(ゾーオスティア)の戦士たちを解放する。生き残った十傑、七人がソリュシャン、エントマの前に傅いた。

 

「うふ、いいでしょう。貴方たちの服従を受け入れます」

「服従ぅ〜」

 

 ソリュシャンは美貌を歪ませ醜悪な笑みを浮かべた。ここにソリュシャン、エントマを頂点にした十万を超える亜人連合軍が誕生した。



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