湿度が高い環境に長くいる、湿気の多い気候に長期間曝露されると湿邪に侵されることになる。
短期的には雨に打たれて濡れ鼠になることも該当する。長時間プールにつかっていることも同様である。
夏の極期に高温多湿となる状態が湿邪の概念の基本であるが、
本邦ではこの状態に該当するのは本州までで北海道には当てはまらない。
また、冬には太平洋岸は低温乾燥状態であるが、日本海側は低温多湿となるので湿邪を考慮せねばならない。
さらに。梅雨期から多湿となることにも留意すべきである。
湿邪に侵されると津液の代謝障害を来たし水滞となる。長期化すると病理産物である「痰」を生じることになる。
体表では発汗障害から皮膚のべたつき感、皮下の水腫、筋における循環障害から重怠い感じが生じる。
関節に及ぶと既存の関節炎が悪化したり、関節炎を将来することにもなる(風湿病)。
日本海側に関節リウマチが多いことはよく知られており、太平洋岸の温暖な地域に転居すると関節症状の改善をみることを多数経験した。
さらに一年中冷えることが無く乾燥している南カリフォルニアに移住した症例では関節炎まで改善した症例がある。
外因に属する 六淫の一つである。
水に近似しており陰に属するので過剰になると陽気を損ねる。
気の運行障害は特に五臓の中では脾にあらわれ、脾陽虚(下痢、悪心・嘔吐、腹張満)がみられる。
重い:下降するので下肢の水腫、下痢症状、帯下が増える。
粘る、停滞する:動かしにくく=難治、再発しやすい 停滞→大小便が出渋る
典型的な湿邪は夏にみられるので熱邪と相まって湿熱として水滞をさらに悪化させる。
冬には陰邪である寒邪による陽気の損傷が脾陽虚、腎陽虚を生じ、これだけでも水滞→内湿と悪化することになる。
さらに、湿邪が加わればいっそう悪化することになる。さらに、冬のみならず夏の冷房が常態化して以来、過剰な冷房による寒邪が問題となっている。
湿邪によって生じる主な症状には以下のものがある。
下半身に強い浮腫と尿量減少は腎機能障害によるものと考えられる。これは漢方医学的には腎陽虚と認識される。
下痢は消化管の水分吸収能の低下と考えられる。これは漢方医学的に脾陽虚と認識される。
帶下は腟内分泌物と頸管の粘液からなり、この場合は白色から無色透明、無臭で膣粘膜における水分代謝の障碍が考えられる。
これは漢方医学的には脾陽虚や腎陽虚によると認識される。
湿疹の悪化は皮膚炎であり角化細胞間の浮腫が特徴である。この悪化は皮膚における水分代謝障碍によると考えられる。
これは漢方医学的には肺陽虚と認識される。
湿邪から脾気虚さらに悪化して脾陽虚になると津液の代謝が悪化し浮腫を生じる(水湿中阻)。これが持続すると病理産物である痰の形成に至ることになる。
痰が問題となるのは脾と肺である。西洋医学では痰の存在は呼吸器系に限定されるが漢方医学的には脾の方が重要である。痰や水湿に対する治療法=治法は化湿、化痰となる。
症状は湿邪のそれが悪化したものになる。
適応病名から胃腸の機能低下ないし機能異常があることが想定できる。
漢方医学的には脾気の上昇が損なわれて下降すると水性下痢になる、一方胃気の下降が損なわれ逆行し(胃気上逆)悪心・嘔吐を生じると説明する。
まさに水湿が悪化して痰飲を生じた典型例である。
半夏5.0 黄芩2.5 黄連1.0
人参2.0 乾姜1.5 甘草2.5 大棗2.5
注)甘草2.5と多い目
半夏瀉心湯は二階建ての処方に見える。上焦の熱、下焦の冷えに対応しているからである。
黄連・黄芩で胃気の上逆を抑え、乾姜で裏寒を救い水性下痢に対応。半夏で痰飲を去る。人参、大棗、甘草をもって脾胃を補す。人参、乾姜、甘草と来れば白朮を加えて人参湯が想起されるのでは。他方、制吐作用抜群の乾姜人参半夏丸もみえてくる。黄連、黄芩の二者を併用しないでそれぞれ単独に一本立ちさせた黄連湯、黄芩湯も視野に入ってくるのではないか。
傷寒論
傷寒五六日,嘔して発熱する者は,柴胡の証具わる。而るに他薬を以てこれを下し,柴胡の証仍ある者は,また柴胡湯を与う。此れ已に之を下すといえども,逆と為さず。必ず蒸々として振い,却って発熱し汗出でて解す。若し心下満して鞕痛する者は,此れ結胸と為す成り。大陥胸湯之を主る。但だ満して痛まざる者は,此れを痞と為す。柴胡之を与うるに中らず。半夏瀉心湯に宜し
嘔して腸鳴り,心下痞する者は半夏瀉心湯之を主る
半夏瀉心湯条文にある柴胡湯とは小柴胡湯のことで心下に痞を認めれば適応になるとする。心下に痞満あり痛むようなら大陥胸湯が適切であり、痛むことが無いときは小柴胡湯は的中せず、半夏瀉心湯が適切であるとする。実際には小柴胡湯には心下否があるのが普通でありこの条文からは判別が難しくなる。ところが半夏瀉心湯では心下に痞満があるためディフェンスが生じ心下痞硬となっているので判別できる。
方剤名が効能を表す。補脾益気し下陥証に対し昇提する。脾は肺の母であることから脾気虚は膈上の肺気虚も招くことになる。この相生関係から肺に属する呼吸器、皮膚、大腸疾患に対して応用されてきた。COPDや非定型抗酸菌症とくにMAC症に対して支持療法として有用である。MAC症例では脾胃が虚していることが通常で、抗菌薬、抗生剤連用に耐えられないことが見受けられる。このような例にこそ本剤が適している。
脾胃が虚する原因には多々あるが、かつては結核症であった。現在問題になるのはまず過労や不摂生、ついで食生活習慣の変化である。
黄耆4.0 人参4.0 白朮4.0
生姜0.5 大棗2.0 甘草1.5 陳皮2.0
柴胡2.0 升麻1.0 当帰3.0
注)黄耆・人参が君薬=参耆剤
当然のことながらまずは補脾益気、ついで升提、さらに内湿から痰の生成に利水 化湿 化痰に白朮・陳皮・生姜で対応、黄耆・当帰は生肌に働き、黄耆は過剰な発汗を抑えることにも働く。循環系の虚脱には生津の人参・大棗・甘草で対応。
内外傷弁惑論,脾胃論
…内傷は不足の病なり。苟くも誤認して外感有余の病と作して反って之を瀉するときは,則ち其の虚を虚するなり。…蓋し温は能く大熱を除く。大いに苦寒の薬にて胃土を瀉することを忌むのみ。今,補中益気湯を立つ
脾胃が虚することで順送りに気虚が五臓全体に波及してゆくことから活動性が低下するばかりか外感に対して弱くなり悪循環を形成してゆくことになる。それゆえ補脾(胃)が先決であるとなる。原典が『脾胃論』であることに納得する。
内傷の顕著な例が補中益気湯の対応する脾胃が虚した状態である。暑邪におかされた点では外感であるが、本質的病態は気の不足した、補さねばならない状態である。これを誤って苦寒の薬で下すとますます虚してしまうので、下すことのないようにと戒めている。
俗に夏負けとか夏ばてと言われる状態に用いられる、もっぱら夏にしか出番が無い処方である。現在では東南アジアに旅行する方々が重宝している処方でもある。本処方では無いが暑気払いとして江戸では夏になると定斎屋(じょさいや)=是斎屋(ぜさいや)が炎天下笠もかぶらずに黒尽くめの半纏とパッチで「延命散」を涼しげに売り歩いた。堺の薬種問屋村田定斎が広めたと言われる。定斎屋は夏の季語ともなっているほど一般的だったが「三丁目の夕日」のころから見掛けなくなってしまった。商売で富山の配置薬屋に負けたと言われている。
熱暑によって気虚と津虚を来した状態(気陰両虚)が適応になる。
黄耆3.0 人参3.5 蒼朮3.5
麦門冬3.5 甘草1.0 陳皮3.0
五味子1.0 黄柏1.0 当帰3.0
注)黄耆・人参が君薬=参耆剤
補脾益気に生津=滋陰、止瀉を加え 身熱を黄柏で去るという構成になっている
医学六要
長夏湿熱大勝,人これに感じ,四肢困倦,身熱心煩,小便少なく,大便溏,或は渇し,或は渇せず,飲食を思わず,自汗するを治す。
大便溏は水様便のこと。黄柏によって止痢を図る。脱水状態で体温が上昇した熱中症が適応病態である。
食物の消化吸収が低下する脾気虚に対応する四君子湯に食物を送り出す胃の機能低下に対応する二陳湯を合方したもの。重複する生薬をのぞいた陳皮・半夏の二味が加わり四足す二は六となる。二陳湯の二でもよいだろう。
人参4.0 甘草1.0 白朮4.0 茯苓4.0
大棗2.0 生姜2.0 陳皮2.0 半夏4.0
注)四君子湯+陳皮、半夏
二陳湯:半夏 生姜 茯苓 甘草 陳皮
人参湯の系譜に連なる方剤である。「2-4-6」といったらぴんとくる方も居られるのではないか。2は人参。4は四君子湯の四。6は六君子湯の六なのだが言葉の遊びである。
四君子湯は六君子湯の陰に隠れて今ひとつ陽が当たらない存在だが実は私の好んで使う方剤である。その構成は人参湯中の熱薬である乾姜を温薬である生姜に替え、利水安神の茯苓を加え、白朮・甘草は引き継いでいる。人参・白朮・茯苓・甘草をもって四君子となすわけだが、実は構成生薬数は六である。生姜は先に出ている。残りのひとつは大棗である。大棗・生姜は庭に作っているもので購うものでは無かったことから君子には入れられなかったと考えられるが、生姜はともかく、大棗は無くともこの処方は成立するので不可欠では無いことも君子には入れられない理由になると考える。一方、生姜は化湿・化痰に不可欠であることを考えると君子に入れられなかったことが不遇に思われる。
四君子湯に理気・化湿・化痰の陳皮と半夏の二味を加えたものが六君子湯である。
万病回春
脾胃虚弱,飲食少しく思い,或は久しく瘧痢を患い,若しくは内熱を覚え,或は飲食化し難く,酸を作し,虚火に属するを治す。 須く炮姜を加えて其の効甚だ速やかなり
脾気虚の下痢であることに留意。六君子湯の先祖である人参湯の下痢は脾陽虚であり熱薬である乾姜の補陽効果を以て軟便下痢を改善する。「須く炮姜を加えて其の効甚だ速やかなり」とあるのはこのことを示している。炮姜とは乾燥した生姜を炮ったという意味で、実際には強火で炒ることで辛味を減じて温熱作用を残している。我々が使っている乾姜は蒸して乾燥させたもので、炮姜とは修治方法が異なるが目指すところは同じである。
理気剤と言ったらまず半夏厚朴湯が思い浮かぶはずである。気鬱・気滞(気の流れが障害され停滞する病的状態)を改善する理気剤であるが、気滞が長期化すると五臓の機能低下=五労の状態に至ることになる。気滞はしばしばみられるが、前景に隠れて見逃しがちである。ここで前景とは陽性症状であることが多い。例えば頭痛を訴えてこられた場合まず頭痛に目が行くがその背景に気滞が存在することが常である。この気鬱=気滞を拾い上げるために有用なのがよく練られた問診票である。私どものクリニックの問診票がダウンロードできるので参考にしていただきたい。(漢方内科 証クリニック)
精神的ストレスから気滞は生じるが、自覚的には「のどや胸に詰まる感じ、痞える感じ、引っかかる感じ」と表現される。まさに滞っている表現である。五臓でみると怒り・緊張→肝気欝結→木克土→脾気虚→痰の生成となり、これに不安・焦燥→心陽虚から脾を養うことが低下→脾気虚→痰の生成が加われば痰が絡んでくることは容易に説明可能である。よって、理気この場合は行気薬に加えて去痰薬が必要になる。こうしてできたのが半夏厚朴湯である。
半夏6.0 厚朴3.0 茯苓4.0
蘇葉2.0 生姜1.0
注)小半夏加茯苓湯:半夏 生姜 茯苓
二陳湯:半夏 生姜 茯苓 甘草 陳皮
理気薬として厚朴が、去痰薬として半夏・茯苓があり、蘇葉はさらっと理気に働くバイプレーヤーである。生姜と併せて凝結した気滞と痰を散じる働きもある。生姜は化湿化痰に働くだけでは無く半夏の毒性を消している。半夏の入った処方では生姜は必須である。半夏を口に含むとそのえぐみが耐えがたく吐き出してしまう。次いで生姜を含むとそのえぐみが嘘のように雲散霧消する。この配薬の妙味を是非味わっていただきたい。
方剤の構成は去痰剤としての小半夏加茯苓湯に理気薬として厚朴、蘇葉を加えたものとみることができる。
金匱要略
婦人咽中炙臠有るが如きは半夏厚朴湯之を主る
まず婦人とあるが、こだわる必要は無く男性であっても広く使える。
「咽中炙臠」はあまりに有名で「あぶった肉片がのどにへばりついている」と言う生々しい表現が印象的である。
陰陽、虚実の二次元座標における各方剤の位置を示した。この位置はおおよそのものでこのあたりというものである。
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