新春野球大会
「明けましておめでとうございます」
「ああ、今年もよろしくお願いします」
モモン宅に繋がる鏡から顔を出したカルカとモモンが新年の挨拶を交わす。
初めて言われた時は困惑したが、考えてみれば転移してきたプレイヤーの誰かが広めたのだろう。転移してきたものが風情を持った奴でよかった。モモンはこの挨拶を交わすたびに、先人に礼を言いたくなる。
「大丈夫か?明日は新年のパレードが控えているのだろう?無理をしていないか?」
「モモンだって、明日は私の警護にあたるじゃない。あたなこそ無理はしていないの?」
現在は1/1 AM:1:30.鈴木悟達現代人ならまだまだ仕事が残っている人間も珍しくない
(俺は寝る必要ないし疲労もないからなぁ。全然、負担一緒じゃないんだよなぁ)
“無理をする”。自分が失って久しい感覚だ。
無理をしていないか?と言うことはよくある。むしろ、モモンにとっては口癖であった。
自分と相手の体力のキャパシティーが違うため、どのくらいで普通の人間が疲れるのか分からないのだ。
しかし、そんな打算ありきの心配ではなく、純粋に心配できるのは優しい人間の証だろう。
「まあ、俺はいいのさ。体力だけが取り柄の男だからな。ところで、相談したいことって何なんだ?」
そう、今日はカルカが宮廷で新年の式典を終えた後に用事がある。だから、モモンの部屋を訪れるということを聞いていたのだが、思い当たる節がないのが疑問であったのだ。
「明日のことになるんですけど、この時期は毎年新年会をひらくじゃない?」
「ああ、あの立食パーティーな」
聖王国には新年会が存在する。しかし、新年会といっても無礼講でやんや騒げと言った代物ではなく、聖王出席のもとに行われる軽いパーティーであった。
それがどうかしたのだろうか?
「毎年、やってるんだけどみんな飽きてると思うし、あの内容では鬱憤を発散できないと思うの…それらを解決できる何かいい案ないかしら?」
「おいおい、新年会って明日だよな?今言うのは遅すぎやしないか?」
「ごめんなさい。やっぱり、年末は忙しくて話を通す暇がなかったの。モモンも忙しそうだったじゃない」
「まあ、確かに忙しかった。忙しかったが、こういうのはもっと早くいわないとどうしようもないぞ?」
「うう…ごめんなさい…」
普段はしっかりしているカルカだが相手が自分だと適当な気がするのは気のせいだろうか?とモモンは首を傾げる。小さいころから知っているので父親的庇護欲からすぐに許してしまうのが良くないのだろうか?
「…まあ、ないことはない。その条件をクリアした出し物が。一応、準備しておこう。これからは気をつけろよ」
「わぁさすが、モモンね!さすモモだわ!!」
「さすモモって何!!?」
「流石モモンを略しただけよ。恥ずかしいから、発言を掘り下げないでくれますか?」
「あっ…はい」
――――――
「えーこれより、聖王国新年会を開始します。まずは、聖王女様の挨拶です。」
場所は現代で言うところ東京ドームのような場所だ。グラウンドには男女が20名ほど、ただっ広い観客席にはそれなりの人数がいる。
そんな、広い球場に響き渡る司会の声。これは地声では勿論なく、音を拡張させる魔法道具を使用している。
司会のアナウンスに従い、聖王女カルカが台場に上がる。グラウンドで整列していた屈強なものたち、観客席のものたち、全員がそれに合わせて頭を垂れる。
「今回は、お忙しいなか集まっていただき誠にありがとうございます。それでは、第一回新春やきゅう大会の開催をここに宣言します。」
カルカが言い終わるやいなや、会場が拍手と歓声に包まれる。それはいつまでも終わらないようにも思えたが、カルカが台をおりモモンが姿を表すと元の静寂が帰ってくる。
皆、真剣なのだ。モモンが今から話す内容は、今回の大会の根幹に関わる重要なことなのだから。
「えー、ご紹介にあずかりましたモモンです。これより野球のルール説明を行います。まずはお手元の資料をご覧ください」
そうルール説明だ。カルカの依頼を受けたモモンは野球大会を立案し動いた。それでなんとか当日に間に合わせたのだが、急な変更だったため、参加者はまだルールを理解していないのだ。聖王女の前で不甲斐ない姿は見せられない。一部のものからは殺気に似た真剣さも漂っていた。
「モモン殿!バットは使い慣れた武器でもよろしいのか?」
「ダメです」
「バッターがキャッチャーを攻撃または、ピッチャーがバッターを攻撃するのはいいのか?」
「ダメです」
ルール説明以前の質問が飛ぶ中一同(1人を除き)はある程度のルールを理解し自らのチームに戻っていった。
―――――
「ケラルトさん。よくこのチーム案通りましたね。」
モモンは自らのチームベンチにいたケラルトに声を掛ける。ちなみにどうでもいいがこの野球大会の参加者はモモンが用意したユニフォームに着替えている。どうでもいいが、ケラルトは普段ゆったりめの神官の服装を着ていて目立たないが、この世界でも上位のスタイルの持ち主だったりする、どうでもいいが。いつもは下げている髪の毛をポニーテールで結ぶ姿は普段とのギャップでかなりくるものがあるという参加者は少なくない。
どうでもいいが。
モモンや他数名はケラルトの普段の腹黒さを身をもって体感しているので、そういった感想を抱く対象にみれなかったりするが。
それは、さておきモモンは手にしていたチーム割り振りを指し、ケラルトに問う。
―――
赤チーム
カルカ
モモン
ケラルト
オルランド
以下オルランドの部下
白チーム
レメディオス
イサンドロ
グスターボ
アントニオ
ネイア
以下その他聖騎士
―――
まず、カルカが選手として出場するのも驚きだが、そのチームに対抗するチームのリーダーはレメディオスなのである。
普通のレメディオスなら、カルカと同じでないとごねるだろうにどんな手を使ったんだ…
「あら、それは簡単なことですよ」
ケラルトは不思議そうにするモモンにふっふっふっと悪い笑みで言う。
多分、彼女としては普通に笑っているつもりなんだろうが背筋が凍るくらい嫌な予感を感じさせる笑みだ。
「モモンさんがいるからですよ。姉様はあなたをライバルに認定してますからね。気を抜いていたら今回の大会…足元をすくわれるかも…ですよ~?」
「はっはっはっ、それは怖い。私も全力で大会に臨みましょう」
正直、なぜレメディオスに敵対心を燃やされているのか、はっきりわからなかったがとりあえず話を合わせる。人はこうして大人になっていくのだ。
「それともうひとつ、聞きたかったんですが、私は自分のチームにパベルさんも誘ったんですが彼は参加していないどころか。彼の娘さんが参加してません?しかも、レメディオスチームに」
モモンの疑問を聞いたケラルトが笑みを深める。
「そこが、今回姉さまが本気である所以ですよ、モモンさん。事前にグスターボに相談してこちらの戦力を削ぎにきているんです」
「ああーなるほど…これはこちらも気合を入れなければなりませんね」
これも、分からないが知ったかぶりをしておく。あまり、無知を晒したくないという強がりだがケラルトが「これくらい当たり前に察せられるよな?」というスタンスで喋るので聞き直しづらいのだ。
ちなみに、レメディオス(作グスターボ)の策は、パベルは娘を溺愛していることを裏手に取り自分のチームにネイアをいれることで、娘との敵対を恐れたパベルの参加を阻止する狙いがある。
「これだけで、話が通じると説明が楽でいいですね。姉さまにオセロを教えるのとは凄い違いです」
「…まだ、根にもってるんですか?もう、許してくださいよ。神殿に魔法道具の素材も納入したじゃないですか」
「別に許してますよ。分かりやすい例として挙げただけです。」
「意地悪な人だなぁ」
まったく。といったジェスチャーをとり、相手チームのベンチを見る。レメディオスと目が合った気がした。しかし、そこから恋が始まるような甘い瞳ではなく、その目には闘志の業火が轟轟と燃えている気がしてならなかった。
―――
色々な思惑が交差する試合が始まる。
先攻カルカ聖王女ベイスターズ
後攻レメディオス聖騎士ファイターズ
という文字が書かれた巨大なプラカードが掲げられる。
ちなみに、モモンはこのチーム名で二回はつっこみを入れた。考えたやつは22世紀からインスピレーションを感じたのだろうか?
ピッチャーはレメディオス。バッターはオルランド部下A。
(まあ、お手並み拝見だな)
レメディオスをピッチャーに据えるのはいい考えとは言えない。バッターであればその持ち前の身体能力で無双できるだろうが、意外とピッチャーは頭を使う。レメディオスがその複雑な駆け引きをできるかどうかだが…
これが、レメディオスのわがままなら分かるが今回のレメディオスは本気も本気。グスターボが采配したはずだがどういった意図があるのだろうか?
レメディオスの初球。
投げたと思ったら既にキャッチャーのミットに収まっていた。
オルランド部下Aは後に語る。「ボールが消えるなんて話じゃない。リリースポイントすら確認できない速さ」と。
なるほど!とモモンは合点行く。
頭を使うことがピッチャーとしての難関であるのなら、頭を使わないように投げればいいのだ。あの超剛速球は勘で打てるような甘いものではない。
一部の実力者であれば対等の勝負が出来るが、オルランドの部下や肉体面で強さはないケラルトなどの神官、カルカなどは打つのは厳しい展開だろう。
(これは…オルランドか俺がホームラン打つしか勝ち筋がないぞ…まいったな)
どうせやるなら勝ちたい。というか、ドヤ顔をこちらに向けてくるレメディオスに負けたくない。
(次のバッターはケラルトか…仕方ないが1回表の得点はあきらめよう)
「おい!ケラルト!!それは卑怯だぞ!!」
諦観していたモモンの耳にレメディオスの上ずった声が入ってくる。
見るとバッターボックスには炎の上位天使。炎の剣の代わりにバットを持っているのがひどくひょうきんに見える。
「あらあら、姉さま。別にルールを違反してはいないでしょう?ねえ、審判?」
審判たちも合議するが、確かにルールを違反してはいないという事でケラルトの作戦が通る。さすが、聖王国一の悪女。悪だくみのキレが違う。
(※実際の野球のルールでも違反です)
「ふん!お前がそういう手を使っても私の球は打てないに決まってる!」
実際、炎の上位天使は第三位階魔法で召喚されたものなので大した実力はない。頑丈さで言えば、なかなかなものだが戦力という意味ではオルランドの部下より少し強いくらいだろう。
レメディオスの球に反応できるのか?そもそもできたとしても、その球を打てるほどの耐久性はあるのか?ということになるが。ケラルトがそんなことも考えずに試合に臨むとは思えない。今も口が張り裂けんばかりの邪悪な笑みだ。
レメディオスの一投目。炎の上位天使(ケラルト)はこれを見送る。さらに、二投目も見送り。
自らの球に手も足もでないか。そういわんばかりのレメディオス。しかし、ケラルトの笑みも同じように深くなる。どちらも勝利を確信した笑みをうかべるという稀有な状況。
そして、運命の三球目。レメディオスは、その性格の雑さに似合わず正確な投球を行う。
それに殺人的なスピードが乗っているのだ。普通の人間なら恐ろしくて、手を出すのを躊躇ってしまうだろう。ただの余興だったはずが…恐ろしい催し物になってしまっている。
緊迫の状況に誰もが唾をのむ。モモンは、あっれ~?もっと、わいわいする予定だったはずなんだけどなぁ?と首を傾げる。
轟音が鳴り響く。最初は、何の音だったのか判別できなかった。しかし、それは少しダメージ判定の入った炎の上位天使の両腕を見れば一目瞭然であった。
「そっちにいったぞ!!」
ボールはかなりのスピードで飛ぶ。途中でバウンドするが、まるでボールが勢いを収まることを拒否してるかの様に跳ねる。
レメディオスの怒号が飛び、ボールはレフトを守備していたネイア・バラハに向かう。
ネイア・バラハは非常に後悔していた。
呼び出しは急であった。聖騎士団団長から直々に来るように言われた。
ネイアにはそんな人物に呼ばれるような功績も失敗もないので、父親に関することだろうと初めから心のどこかで思っていたし、パベル・バラハの娘としてしか見られていないことに少しがっかりもしていた。
しかし、団長の話によるとどうやら私本人が必要という事らしい。その時の返事は一つしかなかった。
「はい!やらせていただきます!!!」
その時は、聖王国の聖騎士を目指してよかったと思ったし、もっと頑張ろうと思った。
今は、激しく後悔していたが。
(これ、取れるわけないよね?取っても軽傷じゃ済まないし、取れなくても後で団長に殺される…)
ネイアの脳裏に走馬燈が流れ始めたが、それはOPで止まることになる。
身構えるネイアとボールの間に入りボールを止める人物がいたのだ。
「団長も見習い相手に厳しすぎる…こんなの取れるわけないでしょうに…」
セカンドの守備についていたイサンドロ・サンチェスである。
彼はボソボソ言いながら、はきはきとしないその外見とは似合わない豪肩でファーストに投球を行う。
「あ…ありがとうございました。」
ネイアは、聖騎士副団長の肩書きをもつ男の登場に恐縮としながらもイサンドロに頭を下げる。
「別に気にしないでくれ…あんなものをとれるのは聖騎士でも数えられるくらいしかいない…それにこの試合…君は棄権した方がいい…」
「それは、私が役立たずということでしょうか?」
ネイアは自分が不甲斐ないと言われたような気がしてシュンとする。
実はこの表情はイサンドロから見て、睨みつけるように見えていたため、「パベルさんの娘さん…親にそっくりですね…」と後にモモンにこぼすことになるがそれは別の話。
「いや…このままやったら命の保証が出来ないという点ではそうだが…このままだと、むしろ君より私達の方が先に死ぬことになってしまいそうで…」
イサンドロがネイアから目線を逸らし、観客席を見る。それは、あちらを見ろというイサンドロの指示なのだろうということで、そこを見ると…
修羅がいた。
感情がすべて抜け落ちた…しかし、目は見開いている。そんな父の姿があった。隣では母が必死にパベルを抑えている様に見えるが、すでに半身がグラウンド側に入ろうとしている。
父は瞳孔が開き、どう見ても正常じゃない。
「れ・レメ…レメディオス・カストディオォぉぉぉ!!!!!!!くっ糞がぁぁっぁ!!
こ、この俺が妻と共にぃぃ育て上げたぁ!!!ネ、ネイアを駒の様に使いぃぃぃ!!さ、さらにはぁぁぁ、命の危険に晒そうとすぅるぅぅ!!!!許せるものかぁぁぁぁあ!!!!!」
パベルが観客席からグラウンドに乱入し、レメディオスに殴りかかろうと距離を詰める。
人類トップクラスの二人のぶつかり合いである。止める間もなく死合に発展し、止めることができなくなる。唯一止められるであろうものたちは…
・モモン
「モモンの旦那!!!離してくれ!!!俺も、俺もあの殴り合いに参加してぇ!!!」
「馬鹿野郎!!これ以上騒ぎを大きくしようとするな!!」
モモン=オルランドの足止めにより、介入不可能。
・カルカ
「これは、私が強権を発動させるのは傲慢じゃないかしら…別に武器はないから死にはしないはずだし…事後で遺恨をのこさないように動くようにするのがベストね!!」
カルカ=今は殴らせて、後で解決するという方針を決定。介入拒否。
ちなみに、カルカもケラルトと同じくモモンの用意したユニフォームを着用している。どうでもいいが(ry
・ケラルト
(私が姉さまの球を打ったことがなかったことになっている空気になってるですが…)
わざわざ、監視の権天使も事前に召喚し炎の上位天使にバフをかけつつ、レメディオスの投球に合わせてバットを当てるだけに徹した。その結果、勝ちとった打球が見事にノーコンテストにされている空気。
作戦がうまくいき、必死に一塁まで走ったのにまるで馬鹿みたいだ。ケラルトは不貞腐れた。
ケラルト=やる気をなくしたので介入拒否。
結局、イサンドロにグスターボがレメディオスをパベルの妻とケラルトの召喚した天使(カルカに言われて渋々、召喚した)がパベルを取り押さえ事態は収束した。
勿論、野球大会はお流れになり、後日にピンポン大会を開催。グスターボが優勝するという意外な結果を残しつつもこちらは平和に終了した。
モモン「あれ!!!?俺とレメディオスの闘いは!?」
カルカ「私もユニフォームに着替えたのに…」
(あなたたちの見せ場は)ないです。