聖王女と半身の魔王 作:スイス政府
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13巻のどっかにいるよ
「後10分か…」
荘厳なるナザリック玉座の間にて、この世の財を結集したような格好をした骸骨がつぶやく。その姿はまさしく魔王。しかし、その口から出るつぶやきは弱々しく疲れ果てたサラリーマンが発したように聞こえた。
まあ、実際彼はサラリーマンであるし、この荘厳な玉座の間も、魔王の様な彼の見た目も、近くで侍る美しきサキュバスやメイドもデータである。なんなら、そのサキュバスは先程設定をいじられた完全なそうぞう物である。
この空間はユグドラシルというゲーム内に作られたもの。そして、そのゲームはあと10分で終わるのだ。
「結局…最後までは誰も来なかったか。」
本来なら、終了間際にログインするはずだったヘロヘロも残業を理由に来なかった。
それどころか、残り少なかったギルドのメンバーすら…
さみしさが魔王の中――人間鈴木悟の心を支配する。しかし、さみしさで覆われた心の奥底から沸々と湧き上がるものがある。怒りだ。
「なぜだ!なぜなんだ!どうして最終日くらい来れないんだ!!たった一日じゃないか!!あのころの楽しい記憶は…あの時間は…1日時間を割くのもできないほど価値がないというのか!!!」
はあはあ、と息切れながら発散した怒りが消え、また悲しみとそして、せつなさも到来する。
時間を割いていて熱中していたとしても所詮はゲーム。生活の余暇で楽しむものに同じゲームを選択し続けるものは、ほとんどいない。ましてや10年である。実際、アインズ・ウール・ゴウンには鈴木悟以外は残らなかった。
頭の冷静な部分ではそんなことは分かっている。しかし、鈴木悟のーー本人は自覚していないが、狂人としての部分が自分と同じ選択をしなかった仲間たちを攻める。そして、心では自分は仲間達に捨てられたのだと悲哀する。そして、色んな感情が混ざり合い怒りがもう一度帰ってくる。最後に自嘲気味に笑う。
(怒りとは自分の想定していた通りにものが進まなかった時に発生する感情である…か。かつての仲間たちを攻め怒り、かつての仲間の言葉でその怒りを静めるって…)
とんだピエロだ。
「ははははははぁ!!もうあと5分かぁ。」
どうせ、最後に彼らが来ることはない。なら畏まって荘厳な最後を迎える魔王ではなく、楽しく愉快なピエロとして迎えよう。最後は楽しいほうがいい。
「そうだろう?」
口元の変化しない骸骨が終始微笑みを湛える美しきサキュバスにおどける様子は、控えめにいっても不気味だ。鈴木悟はアバターの姿で大きく息を吸う。そして、戦闘態勢の構えをとる。
「ウルベルトさん!後ろ!!<朱の新星>危ないですね…後ろには気をつけてください。あなたいくら強くても魔法使いなんですから!近距離攻撃なら一撃で削られるんですから自覚もってください!」
モモンガが魔法を何もない空間に魔法を放ち、誰もいない空間に話しかける。
「…えっ!堂々としていないと相手への威圧が足りない!?設定凝りすぎですよ…」
今度は別の方向を向く。
「ちょっと、ペロロンさん!!まだ早いです!!ほら、敵に気づかれましたよ!!<星幽界の一撃>ほんとに…能力はあるのに詰めが甘いですね」
「<上位物体創造>」
鈴木悟はモモンガとして習得している数ある魔法のうち一つを唱える。黒の全身鎧を着用し両手にグレートソードを構えた姿は魔法使いには見えない。凛々しく、歴戦の兵という印象を見たものには与えるだろう。
「ハアアァアァ!!」
ブンブンと空を切る音を発生させながら、剣を動かす。
見えない敵と戦う要領であり、シャドーボクシングといえば聞こえはいいが、内容は自分に都合の良いごっこ遊びのようなものだ。
「たっちさん、一緒に殺りましょう!!<現断>」
モモンガの腕から発生した魔法が、王座の横の装飾に当たる。運悪く、そこの壁はダメージ判定が通る素材を使用していたらしく、荘厳な装飾が拉げる。
先程まで声を大きく上げていた様が嘘のように、縮む。
「あー、やってしまった…これは結構修復にかかるだろうなぁ。最近、財政きついのにどうしようかなぁ…」
縮んだ声は、何かに気づいたのか後半になるにつれて涙声になる。
「あははは、もう終わるんじゃん。なのに修復の心配とか。最後の最後にこんなんで我に返るのはきついなぁ…」
仲間たちが帰ってこないなら、自分で想像して作ればいい。そうすれば、最後を一緒に過ごしたようなものだ。
まさしく、狂ってるとしか言えない行動だが、さすがにこれは鈴木悟自身もやばい行動であるとは、自覚はしていた。一時の気の迷いというよりもキチゲ解放のようなものだ。
しかし、自ら認めるアホな行動で空虚であるが楽しくユグドラシルを終えるーーそんな苦肉の策すら全うできない自分に嫌気がさす。
(俺は、ピエロにすらなれないのか…)
コンソールを確認する。端の方に表示された時計は消えない現実として、しっかりと数字を刻み続ける。23:59:42、43、44…
もう時間はない。鈴木悟は、全身鎧のまま床に寝そべる。
スリットから眺めるのは、このゲームにおいて彼の恩人でもあるたっち・みーの旗。
そして、一瞬で他のメンバーの旗を目で追っていく。
23:59:51、52、53…
本当は、最後の瞬間をどう過ごすかは決めていた。でも、それもどうでもいいことの様に思えてきた。投げやりな気持ちのまま、手足を大の字にした態勢で動かない。
23:59:56、57、58…
もし、自身のキャラ設定に準ずるならこの瞬間は、魔王の玉杖と称せるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを片手に堂々と玉座に座するべきだろう。
しかし、それはモモンガの行動である。モモンガは、自身が楽しんできたロールプレイにより発生したキャラであり、周りと楽しむために鈴木悟が創り出し、成りきっていたキャラクターだ。
自分一人しかいない空間でユグドラシルの最後を迎えるのだ。モモンガではなく、鈴木悟として最期を迎えるのも悪くはないだろう。
(“アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ“…か。この言葉は、今の俺の気持ちとは違うかもなぁ)
23:59:59…
「楽しかったんだなぁ…」
そう、最後にはいろいろあったが楽しかった。これ以上にこの空虚な心を言い表す言葉が湧かない。気の利いた言葉ではないが、鈴木悟がユグドラシルの最後を看取る言葉としてはふさわしいものかもしれなかった。
…00:00:00
・・・
「ハァッ!!!」
鈴木悟は、今まで、意識を失っていた体に力を入れて一瞬で上体を起こす。
どうやら、気づかないうちに寝落ちしていたらしい。
体に一瞬で悪寒が廻る。完全に遅刻しているであろうことを確信できたからだ。
言葉にしづらいーーあえて言い表すなら血の気の引く感覚のまま、時計を確認しようと周りを見回す。
この時、鈴木悟は自分の部屋を想像して時計のあるであろう位置に視線をむけるが…
視界一杯に移るのは、自然。森とはいえない樹木量であり、林と表現するのが適当であろう。
ところどころで、小鳥のさえずりが聞こえる。
完全に部屋の中の光景ではない。
(なんだここは…まだゲームの中なのか?それともバグ?)
外とは、思わなかった。なぜなら、自分の暮らしているエリアにここまでの自然は存在しないのだから。
考えられるのは、ログアウトしていないという可能性。
それなら、まだ全身鎧を着ているのも頷ける。
(大方、サーバーダウンに際してなにか不具合が生じたんだろうなぁ。テレビの放送事故の時の“もうしばらくお待ちください”的な状況かな)
楽観的に考えるモモンガだったが、とんでもないことに気づいてしまう。
匂いがあるのだ。
MMMORPGでは、ある程度以上の感覚を制限する規定が設けられている。
これは、あくまでも仮想空間と現実は違うものであるというモラルを忠実に守った結果できた規定である。…現実での支配者側の思惑がそれ以上ないといえば嘘になるが。
(おいおい…法律違反のとばっちりを受けるのは勘弁だぞ!って、なんか口元もうごくんですけどぉ!どうなってんのこれ!?)
鈴木悟が逮捕という社会的死を感じ、焦っているところに自分とは別の焦った声がかけられる
「あれ!!?動けるのかあんた!?」
12、3歳程度で明らかに村人という格好をした少年が呆然と(サーバの不具合解消まち)立つ鈴木悟に声を掛ける。
驚愕とした声色のなかには、懐疑の感情もあきらかにこめられており、どこかが該当するかはわからないが自分に怪しいと感じるところを見つけたらしい。
(なんだ、このキャラは?不具合を処理してるってことはNPCが出てくるわけないよな?普通に考えるならこの騒動に巻き込まれた同士ということだが…)
どうみても、プレーヤーに見えない。確かに自由度の高いユグドラシルでは、村人のロールプレイという遊び方もできないことはない。
10年間ユグドラシルをプレイしていた自分も聞いたことないのだが。
(世の中には特殊な人がいたもんだな…しかも、格好まで小汚いのがリアルだな。最後にログインしていたということは確実にカンストしてるだろうに…フェイク上手いな)
この格好のキャラにPVP挑まれたら油断しそうだな。と感心しつつもあることに気づく。
(“お前、動けるのか!”って言ってたよな?もしかして、あっちは不具合で動けなかったのかな?)
どうやら、ユグドラシルが最後に不具合を起こしてしまったのは間違いないらしい。
目の前の少年のアバターの発言から、鈴木悟は自らの考えに整合性をもたせる。
「そーですね。動けるみたいです…ところでこれってどういう状況ですかね?自分、結構寝落ちしていたみたいで…元々はヘルヘイムにいたんですけど。ここはどっかのフィールドだったりするんですかね?」
まずは、状況確認。あちらのほうが先に不具合に巻き込まれていた気配は、言動から察せられる。色々、教えてくれるだろう。
「ヘルヘ…?ちょっと、その場所は聞いたことないが…それに状況はこっちが聞きたいんだけど…」
相手の要領を得ない解説に鈴木悟は眉をひそめる。ユグドラシルプレイヤーでヘルヘイムを知らないわけがない。ユグドラシルが名残惜しい気持ちは痛いほどわかるが、村人のロールプレイを続行する状況ではないだろう。
こちらはサーバー不具合で仕事を遅刻してしまっているかもしれないのだ。こんな戯言に付き合える精神状態ではない。。
こちらはテンションが落ち込んでいるのだから、あまりそちらのテンションに巻き込まれないでほしいものである。
相手が微妙な雰囲気になったのを察したのか、村人の少年が慌てて言葉を続ける。
「いや、俺はこの近くにある井戸に水くみにきたところだったんだけど…そしたらあんたがそこに倒れてたから、介抱しようと思って食料と水を持ってきたんだよ」
ここで、村人プレイを天丼か!!
余りの空気の読めなさに、鈴木悟は顎をパッカと開けて驚いてしまう。
(いや、俺だって記念にいろんなロールプレイしてみたい!!って思うかもだけど、サーバーダウンの不具合発生でログアウトできないという状況に、村人ロールプレイの重ね掛けする!?)
だが、ここで新しい可能性が鈴木悟のなかに浮上する。
(もしかして、こいつNPCなのでは?)
この会話の通じなさは、既視感がある。
みな、一度はドOクエやポOモンなどのRPGで経験したことがあるだろう。
――――――
王様「この国を魔王から救ってくれ!」
主人公「 はい →いいえ」
王様「そんなこと言わずに頼む!」
という無限ループである。
さすがに22世紀のゲームにそんな前時代的な選択肢無限ループはないが、ゲームの根本は変わらない。
いきなり現れたNPC。見たこともないフィールド。表れないコンソール。
これらから推測されることは…
(もしかして!!ユグドラシルⅡとかか!?匂いや表情のパッチもアップデートしったってことかな?もし、そうなら手こんでるなぁ~)
プレイヤーになんの了承も得ずに無理やり体験させるのはどうかと思うが、あのクソ運営ならそういうこともやりかねないと納得する。
ちなみに、NPCがこちらの受け答えに対応した返答をしたり、表情を変化させることは22世紀の技術をもってしても現実的ではない。
ただ、鈴木悟はユグドラシルが終わっていないという希望による観測と精神的疲労によりそこの考えに至らなかった。
――むしろ、必死に至らないようにしていたのかもしれない。
(一応、こいつがNPCなら多分これはプロローグってことだよな?話を合わせると何かイベントでも発生するのか?)
そう、考えると先程から鼻についた村人ムーヴも快く受け入れられるというものである。
「そうなんですか。それはありがとうございます。ちなみにヘルヘイムという土地を聞いたことは?」
「さっき言ってた場所か?うーん…知らないし、聞いたこともないな」
少年は少し考え込むポーズをしてから、名案が浮かんだとばかりの表情を顔に顕す。
「まあ…困ってるみたいだし、うちの村の村長にきいてみたらどうだ?俺はそのヘルヘイム?はしらないが村長なら知ってるかもよ?」
(お!?これはイベント発生か!?)
テンプレでいえば、このあと村長にモンスター退治か薬草採集の依頼を受けれるはずだ。
この選択肢をNOにしては前に進めないし、そもそもNOを突き付けてやることもない。
「それは、ありがたい、是非案内お願いできますでしょうか。」
「おう!まかせとけ!」
少年はどこか嬉しそうに村への帰路につく。
その後ろ姿を見ながらもゲーム脳で状況の整理を行う。
(こいつらの村ってことは、人間種の村か…全身鎧解かないで人間種のふりしないと袋叩きにされるだろうな。念のため名前もモモンとかにしとこ。前作のプレイヤーにいきなり襲われるのも嫌だし)
歩きながら、周りの自然が目に入る。匂いのデータはどうやってもってきたか不明だが、自然の匂いの心地よさに胸が躍る。と同時に当たり前の疑問も浮かぶ。
「そういえば、そもそもここはどこなのでしょうか?」
これがユグドラシルⅡだとしたら、聞いたことがある地名が飛んでくるはずだ。
(NPCは知らないって言ってたし…地形の感じからヘルヘイムじゃあないよな)
「おいおい…それも知らないのか?どうやってここまで来たんだよ?」
(そんなの俺が知りたいっての!!)
NPCに雑談まで準備されていることに驚きとツッコミを同時並行で行う鈴木悟。
(適当に答えるか…選択肢すら出てこないし。いくら未知を売りにしているとはいえ、この仕様は不親切なんじゃない?)
どうやら、ユグドラシルⅡは前作よりも自由度が圧倒的に高いようだが、痒い所に手が届いていない感じがする。そんな評価を心のなかで下す鈴木悟。
「あー…ちょっと、覚えてないんですよ。気づいたらここに倒れてたみたいなので」
とりあえず、無難に記憶が混濁している様子を演じてみる。
結構、怪しい答えになっているがなにもわからない以上仕方ない。
「記憶喪失的な感じか…大変だな。もしかしたら、なにか魔法でそうなったのかもな。あっ、さっきの質問に答えてなかったな。ここは、ローブル聖王国のトレド村だぜ」
あっ!と声を上げ、鈴木悟の斜め前を歩いていた少年が立ち止まる。その後、勢いよく振り返る。そわそわして落ち着きのない子供である。
「大事なことを忘れてたな!俺の名前は、ゴルカだ。よろしくな!あんたの名前は?」
「あ、ああ…私は…モモンです。こちらこそ…よろし、く」
鈴木悟もといモモンがたどたどしく、自己紹介を行う。しかし、それも仕方のないことである。現在、彼は絶賛大混乱中であったのだから。
…
ゴルカとモモンは、少し前とは打って変わって無言のままに村への道を行く。
これは、モモンが「なんか、記憶が戻りそうなので集中します」という遠回しの話しかけるな宣言から出来上がった空間である。
ゴルカは、そわそわとモモンは顎に手をあて少しうつむきながら歩く。
ゴルカには、密かな夢があった。それは聖王国軍に所属することである。
勿論、後々には聖王国の将軍などになりたいとも思っているが、まずは入隊できなければ話にならない。
一応、剣の腕に多少自信はある。しかし、聖王国壁内の村はモンスターと遭遇することもないし、小さな村でまともに剣術を教えられる人間はいない。
長男である為、よっぽどのことをしないと軍への志願を親は許さないだろう。徴兵中に実力を発揮し活躍するなどの理由があれば別だが。
あと、数年で徴兵がくる焦燥感に苛まれている状況であったのだ。そんななか、遭遇した剣士。立派な体躯に高級そうな装備。どうみても腕のたつ猛者であるだろう。
(村で剣の稽古でもつけてもらうぞ!!)
そわそわとあつい視線をゴルカは、モモンに送るのだった。
そのあつい視線にモモンは気づいていなかった。なぜなら、彼はある考えに至ってしまいそれどころではなかったからだ。
それは、ユグドラシルⅡが始まることよりも遥かに突拍子もなく、MMMORPGに匂い表情が実装されるよりも可能性がない…そんなバカみたいな考えである。しかし…
(そう考えると全ての辻褄があう…合ってしまう)
――ゲームではない可能性。
(ありえない…いや、しかし)
ローブル聖王国。全く、聞いたこともない地名だがユグドラシルⅡとして新しく追加されたエリア。または、前作では誰も発見できなかったエリアなのかもしれない。
最初は、そう思った。
だが、ここが全く聞いたこともない場所であると知った時、バラバラだったピースがカチッと綺麗にはまってしまったのだ。
無意識に考えないようにしていた結論が現実の色を帯びてしまったのだ。
――リアルな風景、表示されないコンソール、動く表情、匂いそして、聞きなれない地名。
だが、確定ではない。一刻も早く確かめたい。確かめて、ここがゲームであることを証明したい。そして、バカな考えを浮かべたもんだなと安心したい。
(だが、もし…本当に万が一、これがゲームじゃなかったら…ここで確かめるわけにはいかないしな…)
いきなり、本当の姿を晒して殺されてしまう可能性もある。
人間などいつ裏切るか分からない生き物だ。鈴木悟は最も親しかった人達を思い出しながら悪態をつく。
(まずは、おとなしくこの少年…NPCについていこう。確認はその後だ)
鈴木悟はこの時、気づいていなかった。普段ならここまで焦れば出るであろう脂汗が体に流れていないことを。
…
「まじか…まじでか…」
村長に案内された村の空き家で、頭を抱える全身鎧。
勿論、村長はヘルヘイムを知らなかった。ユグドラシルの名前を出そうかとも思ったが、やめておいた。
結果から言うと、どうやらここはゲームではないらしい。現実といっても良いのかはわからないが、ゲームでは確実にない。大事なことなので2回言った。
「まあ、そこはいいよ。百歩譲って。ユグドラシルがなくなった俺の人生なんて社畜として無感情に生きる道しか残されてないし…」
鈴木悟の焦りを含んだ震え声が鎧に遮られて、くぐもる。
ここまで焦っているのには理由がある。まあ、ゲームのアバターで異世界?に移動してしまうのも十分に焦る理由になりうるのだが、それではない。
なんと、元のアバターであるモモンガのステータスに戻れないのだ。色々、手を尽くしたが能力はモモン(戦士としての偽名)のままである。
説明しておくと、この状態…つまりモモンの状態では戦士職LV33程度の実力しか発揮できない。だが、魔法は片手の数くらいなら使えるし利用者を選ばないアイテムなら使用可能だ。スキルは使えないが。
この事実が発覚したときもかなり焦ったが、まだ余裕があった。
ある程度、魔法が使えれば100LVプレイヤー相手でも勝つのは無理だが、逃走を図ることは可能だからだ。
しかし、魔法が発動しない。これは、かなりまずいと焦る鈴木悟。
スキルも使えないLV33戦士職など中級ステージの序盤くらいしかクリアできない…はっきり言って雑魚だ。モモンガでよく召喚したデスナイトにすら劣る。
取り柄といえば、体力、防御力はLV100に見合った数値であることと、上位物理無効化くらいである。
さすがにこれは、まずい。
本当に…貧乏性の鈴木悟からしたら本当に嫌だが、シューティングスターの指輪を使用することにした。これで、幾分か状況が好転する。
いくらかけたっけな…と飛んで行った現金に思いをはせ、指輪を発動しようとする。
――しかし、反応がない。
ここで、焦りが最高潮に達する。慌てて、ガントレットを外す。
当たり前のように出てきた骨の手に驚くこともなく、そこに嵌った指輪――まずはシューティングスターを眺める。
輝きがない。未使用のシューティングスターは内から輝きが放出されるエフェクトがあったはずだが…。
その後、他の指輪――検証可能なものの効力もなくなっていることも確認する。
どうやら身に着けていたアイテムの効力は消失したらしい。
これだけでもありえないくらいの損失だ。指輪スロット両腕分の解放、シューティングスター、その他の耐性獲得…鈴木悟のリアルマネーが何桁飛んだのか計算するのも馬鹿らしいレベルである。
不幸中の幸いというべきなのは、モモンガのアバターに内包されたワールドアイテム、通称モモンガ玉はどうやら無事らしい。
さすがは、ワールドアイテム。世界の理を変えるほどのアイテムと言われるだけはある。
それと、アイテムBOX内のアイテム。これも無事だった。その部分だけはありがたかったが、考えれば考えるほど状況は最悪だ。
そして冒頭に戻る。
「俺が異業種なのは内緒にしないとな…村長も今は友好的だが、正体がばれたら…下手したら殺されるかもしれない」
今、正直な鈴木悟の気持ちを表すなら一人になりたかった。
あの時のショックがしっかりとトラウマとなり、人間との関わりに無気力になっていた。
アンデッド化も少なからず影響しているだろう。ガントレットの嵌った手を握ったり開いたりしながら下にある骨の手を幻視する。
もし、問題ないならひっそり自分の気持ちに整理がつくまで引きこもりたい。
しかし、現状で一人で生きていけると思うほど考えなしではない。
まず、村人達に怪しまれないこと。これがこの世界で生きていく第一関門だ。
しかし、これが案外難しい。
今の自分は弱体化しているため、村人たちには勝てたとしてもこの国――ローブル聖王国の軍などに討伐対象にされたらたまったものではない。
無数に挙がる問題を解決しようと躍起になればなるほど、頭は混乱していく。
どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、
余裕のない思考は明らかに空回りする。…がすぐに冷静になる。
いや、冷静にされたという感覚。鈴木悟が今までの人生で味わったことのない感覚だった。
(なんだこの感覚…全身鎧の下が骸骨だったのは確認したんだけど…それが関係あるのか?)
次から次に起こるトラブルに対処できない状況で冷静になれるのは正直ありがたい。
だが、自分が人間から離れた生物?に気づいたら変身してしまっていたことに少し切ない気持ちになってしまう。
だが、そのおかげで頭がスッキリとする。
中でも、こちらに転移してきた言い訳。骸骨の見た目。これらは早急になんとかしないといけない問題をピックアップする。
(村長は明日、村人への紹介をするって言ってたよな…村人たちが納得するような。完璧な言い訳を考えないとな)
アイテムBOXを探り、使えそうなアイテムを探す。こちらに移動してきた言い訳は適当にでも考えられるが、骸骨の見た目はなにかアイテムがないと誤魔化しきれない。
魔法が使えない以上、アイテムに頼るしかないのだ。
しかし、アイテムBOXの中には膨大な量のアイテム。当たり前である。10年以上、アイテムを手に入れてきているのだ。このレベルの廃課金でアイテム整理ができているものなどそうそういない。鈴木悟もできていない多数派に所属している。
マトリョーシカの様にでてくる無限の背負い袋。イベント毎に適当に突っ込んできたアイテムの数々。そして、全く用途が思い出せないモブアイテム…これは鑑定の魔法を使えない状態では、記憶力に頼るしかない。脳はないが。それらに苦しめられること1時間弱。
「おぉ!これはいけるんじゃないか!?」
銀を基調に細かい緑の装飾が施された首飾りを取り出し、はしゃぐ鈴木悟。
やっと使えそうなアイテムを見つけ、思わず声を大きく上げてしまう。時間はもう夜なので、これはいただけない行為である。村人たちから悪印象を受けるのは出来る限り避けたい。それでも上がったテンションは抑えきれず、小声で話し続けてしまう。
「まさか、これが俺のアイテムBOXに入ってるとはなぁ。確か、やまいこさん…いや、あんころもっちもっちさんだったか?のものになると思うんだけどなぁ…俺の予想通りならいけると思うんだけどなぁ」
ぶつぶつ喋りながら、首飾りを装備する。
「おっ!成功じゃないか!?」
ヘルムから覗く顔は、中性的なイケメンの黒妖精の姿。この顔は、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンまたは、一部のユグドラシルプレイヤーなら知っている。
第六階層守護者の片割れアウラ・ベラ・フィオーラの外装だ。
イケメンと言ったがれっきとした女の子である。
ちなみに弟は男の娘である。全く今の状況と関係ないが大事なことだ。
(確か、この“森妖精の首飾り”の外装データがいじれるからって、限りなくアウラに近づけたものを茶釜さんが何個か作成してたんだよな…それで第六階層でアウラを囲んで遊んだんだっけ)
影分身の術など宣いふざけていた面子を思い出す。
(最後にもう一度、こういうアイテムで遊びたかったな…最後くらい来てくれてもいいだろうに!!………今はそういうことは考えるの止めよう。落ち込むだけだし…)
アイテムBOXから無限の水差しを出し、飲んでみる。水は勢い良く床を濡らす。
(どうやら外装だけらしいな。というか、当たり前だけどこれ女の子の体だな…。まあ、外装のサイズは自動で合うようになってるし、子供の設定だからそんなに女性的でもないから大丈夫か?)
鎧を脱がなければ問題ないだろうが、少し不安でもある。それ以前に外装を幻術で見せているだけなので、不安はつきないのだが…多分、これ以上適したアイテムは見つからないだろう。
「まあ、外装はこれでいくとして…こっちにきた理由か…気づいたらこっちにきてたっていうのは決定として。なんでそんな状態になるかなぁ」
頭を抱えて悩む。記憶を遡り、脳をフルに回転させる。存在しないが。
「確か、ゴルカが魔法のこと話してたし…村長も飛行とか魔法の名前出してたよな?とりあえず魔法でここに来たという事にできるか?…ん、まてよ…いいこと思いついたぞ」
端正な黒妖精の顔を歪め、悪戯な笑顔を浮かべる。
この時、思いついた言い訳が壮大なものになり、村人の語り草になるのだがそれはまた別の話…
――それから時は1か月ほど飛んだある日。鈴木悟は運命を変える人物に出会うことになる。