聖王女と半身の魔王   作:スイス政府
<< 前の話 次の話 >>

3 / 8
メトロノーム1/2

部屋の窓がガタガタと音を立てる。この部屋の窓は大抵のことでは、微動だにしないので外はよっぽど荒れているのだろう。雨の音が室内まで響く。この激しさからしてこの後もしばらくは止むことはないということは安易に予想できるほどだ。

これほど激しい雨音を聞いていると、あの日を思い出す。

部屋の主であるこの国で最も高貴な女は、目を閉じて記憶を鮮明にしていた。

 

―――

 

聖王というこの国で最も高貴な身分の男は、目の前の自分の娘を視界から外す様に下を向く。その姿からは王という絶対的な権威は感じらない。子供のわがままに困り果てた父親の姿であった。

 

困ったということは言葉にせず、自らの癖のない金髪をごしごしと乱暴に揉むことで目の前の小さき提案者に抗議を行う。

 

「カルカ…確かに優しきお前なら傷ついた国民の心を癒すことはできるだろう。しかし、今は時期が悪い」

 

数日前、聖王国は“壁”が建設されて以降、最大の事件に巻き込まれていた。亜人スラーシュの侵攻である。スラーシュは、その亜人らしい人間にはない優れた能力――高い城壁だろうとものともしない吸盤のついた手を用いて侵入してきたのだ。

しかし、普段であればここまでの侵略を許すことはなかっただろう。制度、練度と共に人間国家としては随一の硬さをもっているのが聖王国という国なのだ。普段であれば一匹の侵入を許す前に、弓の達人や猛き剣士が彼らを殲滅していたことだろう。

 

――そう“普段であれば”

 

「雨は未だに長く降り続いている。今回のスラーシュの侵攻を許してしまった原因の雨だ。確かに第一陣とみられるスラーシュの群れは撃退したが…奴らは隠密にすぐれた種族。未だにどこに隠れているかわかったものではないんだよ」

 

「ですから、民は毎日不安で夜もちゃんと寝れてないと思うんです。そんな方たちを勇気づけたいんですお父様!」

 

くたびれた様に説得する聖王と対照的に元気よく返答するカルカ。その慈愛の心により一層輝いて見えるカルカに聖王である父はますます、困り果てた。

 

実は、カルカを襲撃にあった村々に派遣するのはそれほど悪い手ではない。

スラーシュという種族は上位種になれば<溶け込み>の魔法すら使えるほど、隠密に優れた亜人だ。そんな亜人だからこそ、民衆の中には目立たないだけでまだスラーシュが潜んでいるのでは?という疑念は晴れていない。

そんな、スラーシュ撃退の報に疑念をを持っている村に王族であるカルカが来訪するというのはどういうことか。

 

“あなた方の村は王族が訪れても支障がないほど安全である”

 

という証明になるのだ。

 

言葉で説得することは無理であろう村人たちも安心できるだろう。

さらにもう一つのメリットとして南側へのアピールにもなる。

聖王国は、国土を海で二分にしている為に南部と北部には微妙なパワーバランスが出来上がってしまっている。聖王の権力が及びやすい北部と比較的、貴族が幅を利かせている南部だ。

今回のスラーシュ侵攻は、被害にあった村の位置から北部側の城壁が主な侵攻ルートとして考えられている。先日開かれた対策会議では、このことを南部の大貴族たちは激しく糾弾した。

 

曰く、先人が血と汗で築き上げた聖王国を汚した。曰く、大雨への対策をぬかった王には慢心が見える。

 

確かに大雨への対策が不十分であったことは王も認められる。しかし、歴史的大雨と言われた今回の雨は国内各所で水害を起こしており、外だけに注意を集中するのは困難であったのだ。

 

大貴族も馬鹿ではない。そこには気づいているだろう。この糾弾は聖王として盤石過ぎる地盤を築いている現聖王への牽制に他ならない。

大貴族の言いがかりがヒートアップし、これから佳境に入るのであろうところで会議参加者の一人である紫を戴くご老が止めたことで一応の収束をみた。

 

会議中、唾を飛ばし激しくこちらを糾弾した貴族も聖王のお気に入りであるカルカを村々に派遣したと聞けば、多少溜飲を下げるだろう

 

(確かにメリットは大きい…しかし、もし、もし万が一の可能性があるのであれば…)

 

カルカは聖王国王族という高貴な血を持っている一族の基準で見ても圧倒的に優れている。

齢十一にして信仰系魔法を第二位階まで操るーー教育係によると第三位階にも足をかけているらしい魔法の才能。良く回る頭。民を慮る慈愛。そして、ローブル至宝と呼ばれるその美貌…

 

聖王である自分も頭の出来や立ち振る舞いには多少自身があるが、その自分から見てもカルカは王として素質を高く持っている。自分の次の王位を継がせたいくらいには。

 

(だが、カルカは次期聖王になる可能性は低い…か。なら今回はメリットを取るべきか…?)

 

カルカは圧倒的才能を有するが、王位継承権は低い。単純にカルカが女であるからだ。

聖王は自分を含め、今まで男系が務めてきた。カルカの上の兄がまだ存命の状況で、兄らを押しのけてカルカが聖王になる可能性は極めて低い。

もし、カルカが聖王になろうものなら前回の会議でこちらを糾弾した貴族は勿論、多くの貴族が不平を募らせるだろう。――なら

 

(いや…違うな…)

 

メリットとデメリットを天秤にかけている途中で聖王である男は、考えを改める。

自分の、最も可愛がっている娘の命を危険に晒してまで“メリット”を取ることを考慮していた自分に嫌気がさしたからだ。大きく息を、長く吐く。父のその行動にカルカは可愛らしく、小首を傾げていたため、何でもないと声を掛ける。

 

王として娘の危険を覚悟してでも、メリットをとるか。娘を愛す父として行動し、王としての自分を後に回すか。そこまで考え、男は可愛らしく自分の言葉を待っている少女に答えを返した。

 

 

「そこで私が護衛長に抜擢されたということですか。」

 

ゆったりとした馬車で姿勢を正しながら、男は納得の声をあげた。

男はグスタヴス・モンタニェス。聖王国聖騎士団団長を一昨年まで務めていた手練れである。

今では後進の育成に当たっていたのだが、今回はカルカの使節団における護衛のリーダーとしてカルカと馬車に同乗している。

 

「しかし、王族の方が乗られる馬車というのは相変わらず豪奢ですな。国民に心の安寧を与えるために必要な演出とは言え、多少緊張してしまいます」

 

白髪が混じった頭を掻きながら、居心地悪そうにグスダヴスが言う。彼は疲れたような垂れ目である為、文面以上に気まずそうな雰囲気であるが、何度か王族の護衛をしている彼はこの豪奢な馬車も慣れたもののはずだ。

 

単純に会話のとっかかりということだろう。しかし、話題の提供をネガティブなものから始めるところにグスダヴスの本質が見えている気がして、少しカルカは微笑ましい気持ちになった。

 

「そうですね。今回の使節は私がスラーシュの被害にあった村々を回り安全をアピールすることが狙いです。ですので、大勢の護衛を引き連れていては説得力がありません。少数ですが精鋭の方々に護衛をお願いしたのです。」

 

今回、カルカの使節団の構成メンバーはカルカを除き9人。カルカの身の回りを世話するメイドが3人、馬車2台の運転手兼レンジャーが2人、グスダヴスを含む護衛が4人だ。

メイド三人と護衛である聖騎士一人は後方の馬車に、前方の馬車はカルカとグスダヴスと聖騎士が2人という構成になっている。

少数精鋭というだけあって、グスダヴス以外の聖騎士もなかなかのエリートである。最低でも難度50のモンスターと一騎打ちすら可能である。

しかし、そんな護衛のメンバーに明らかに場違いな見た目の人物が一人…

 

「zzz…」

 

「あのー、彼女の護衛の方なんでしょうか?護衛方たちの選別はお父様が行われるという事だったので…」

 

カルカが口ごもるのも仕方がない。なぜなら護衛としてカルカの目の前にいる少女は…そう少女は、精鋭の護衛と言うにはあまりに頼りない恰幅だ。

一応、聖騎士としての身分を表す鎧を装着しているが、年の頃はカルカと同じくらいにしか見えない。この年頃の従者やその見習いとして聖王国軍に従軍する者はいても、聖騎士として身分を得ているものなど、少なくともカルカは聞いたことはない。

 

よほどの実力の持ち主として抜擢されたのだろうか。しかし…

 

目の前で就寝中の彼女は、その見た目に合った可愛らしい寝息を立てながら涎を垂らしている。余程、幸福な夢を見ているのだろう。起きる気配は微塵も感じられない。

というか、なんで寝てるの?

 

「あー…申し訳ございません。さっきから何度も起こしているんですが…まさか、カルカ様とお話ししている少しの時間で寝入るとは…おい!起きろレメディオス!!」

 

グスダヴスがガントレットを装着した腕で寝入る護衛?の少女にゲンコツをお見舞いする。

頭と鉄の接触音の割には、鈍い音――形容するならゴォギィン!という音を馬車内に響かせ、少女が目を覚ます。

 

「あっ。寝てしまっていたのか!先生、流石にガントレットで拳骨は過剰暴力ですよ!」

 

「お前なぁ!王族の方の御前で爆睡するなよ!ほら、カルカ様に謝罪しろ!」

 

グスダヴスが無理やり、レメディオスという少女の頭を下げさせる。当のレメディオス別に反省していない訳ではないが、状況が呑み込めず頭を下げさせようとするグスダヴスの腕に反抗している。背筋を伸ばそうとする彼女にもう一度、グスダヴスがゲンコツをお見舞いする。

 

「いえ、お気になさらずに。グスダヴス様とレメディオスさん?でしたか?それよりもレメディオスさんは痛くないんですか?凄い音なりましたけど」

 

別にカルカはレメディオスに腹を立ててもいないので、謝罪をすぐに受け入れる。それよりも、自分と同じ年の頃の…しかも女の子と一緒に派遣されるとは思ってもいなかったので質問がしたいとウズウズしていた。

 

「痛いことは痛いですけど…私は強いので先生のゲンコツくらいではびくともしないですよ!!」

 

得意げに胸を張るレメディオスにもう一度、グスダヴスのゲンコツが落ちる。

 

「まずは、“謝罪を受け入れてくださりありがとうございます”だろうが!!…やっぱり連れてくるには早すぎたか…」

 

普段から落ち着いているグスダヴスが珍しく、声を張り上げてレメディオスに注意する。

カルカはレメディオスの態度に対して何とも思っていないが、数いる王族の中にはこの態度を不敬とする人物は少なからず存在する。

王族の警護を数多くこなしてきたグスダヴスは非常に肝を冷やしているのだろう。

流石に不憫になったカルカはグスダヴスに助け舟を差し出す。

 

「えーと…レメディオスさん。私は別にかまいませんが、他のお兄様やお姉さまの前で寝てはダメよ?」

 

普段から“やさしい”と言われるカルカらしい言い回しでレメディオスを注意する。

流石に気を使わせてしまったことに気づいたのか、レメディオスは目を開き姿勢を正す。

 

「“謝罪を受け入れてくださりありがとうございます”!!」

 

カルカは大きなため息を吐くグスダヴスに心の中で合掌しながらもレメディオスという少女に興味を惹かれていた。

この少女の(良く言えば)天然ぷりは、カルカ自身の印象としては非常に好感が持てる。

色々と話をしてみたい。きっとこちらが予想していた斜め上の回答を返すことは容易に想像できる。カルカは、どんなことをレメディオスに聞こうかワクワクしていた。

…のだが

 

「…グスダヴス様。とりあえずカルカ様にレメディオスが護衛に選出された経緯を説明した方がよろしいのでは?いきなり、レメディオスの様なちんちくりんを護衛と説明されてカルカ様も戸惑っておられる御様子でしたし」

 

苦笑いを浮かべながら、茶髪を短く刈り込んだ青年が提案をする。

そう、まだレメディオスは自己紹介すらしていなかったのだ。これだけ時間をかけて自己紹介すらしていなかった事実を認識しカルカは驚くが、それすらも面白くてつい笑いそうになってしまう。

ちなみにちんちくりんと言われたレメディオスは、その聖騎士に抗議をしようとするが、流石にそれはグスダヴスが止める。

 

「そ、そうか、レメディオスにペースを明らかにかき乱されているな…カルカ様、紹介が遅れたことをお許しください。今回カルカ様の身辺警護を私、グスダヴスを隊長とした他部下三名で務めてさせていただきます。まずこちらが聖騎士アントニオ・サンチェスです。」

 

紹介されたアントニオが深々と頭を下げる。アントニオの態度は聖騎士が王族に向けるものとして一般的なものだ。しかし、レメディオスの前で行うと畏まりすぎている様にも見えるから不思議なものである。

 

「アントニオは、レンジャーとしても有能なので周囲の警戒を他二人のレンジャーと連携して担ってもらいます。勿論、聖騎士として剣の実力も折り紙つきです。あちらの馬車には聖騎士カシミロ・ガルレスが乗っています。カシミロは要人警護の実績が豊富なベテランでございます。そして…」

 

グスダヴスが目に力をいれて、カルカの左斜め前の人物に手を向ける。

 

「こちらがレメディオス・カストディオ。弱冠11歳にして聖騎士に任命された剣の天才です。先程の様子をご覧になられたので、信じて頂けないでしょうが近年稀に見る逸材なのです…一応。万が一の敵襲発生時には率先して敵を叩く役割を担っています。」

 

「その年で正式に聖騎士に任命されたのですか!?」

 

カルカが驚くのも無理はない。聖騎士になるということは、困難なことではない。確かにそれなりの才能や国への忠誠心は必要だが、努力すれば…それなり以上の人間には掴むことのできる地位だ。

 

しかし、それは時間を積めばだ。聖騎士に就任する平均年齢は21歳。確か、カルカが記憶している中で最年少の就任者でも14歳であったと記憶している。

しかし、目の前のレメディオスは11歳だという。確かに逸材と呼ぶのにふさわしい者だ。

 

(ただ、頭の方はその剣の技量に比例していなかったということね…)

 

鼻が伸びている姿を幻視してしまいそうな様子のレメディオスを残念な子を見る視線で眺める。

 

「今回は、スラーシュの被害にあった国民の不安を払拭するという目的の元で壁付近の村々を回ることになっています。壁内なのでモンスターの襲撃の可能性は低いです。しかし依然として雨は降り続いており、スラーシュの残兵がいることも懸念されています。そのため、聖王様は比較的危険度の低い国内公務に護衛を厚くされました。」

 

グスダヴスが今回の公務の注意点や目的を確認する。流石に空気を読んだのかレメディオスも神妙な顔で説明を聞いている。

 

「まずは、被害が最も大きかったカタルニア村から訪問し順々に内部の村に進んでいきたいと考えています。何か質問などはあるでしょうか?」

 

「いいえ、大丈夫です。今回は私のワガママに付き合っていただいて皆様ありがとうございます。私が村の人びとと触れあっている間の護衛よろしくお願いいたします。」

 

カルカが頭を下げる。まだ、子供とはいえカルカは王族。国のリーダーの一員としてそう簡単に頭を下げてはいけないこともある。

しかし、その真摯な態度が人の心を動かすことも勿論ある。

 

ひたすら、恐縮するグスタヴスやアントニオの返答を聞きながら気づかれないようにカルカはレメディオスを見る。

 

(あら、やっと興味をもってくれた)

 

先程までのレメディオスは、カルカを見ていなかった。

レメディオスがカルカを嫌っているわけではなく、単純に他人への興味が薄いのだろう。

特定のことにしか興味をもてない人種というのは一定数存在するものだ。推測するにレメディオスは戦闘の関すること以外には興味があまり惹かれないタイプなのかもしれない。

そんな、レメディオスが初めてこちらに興味をもった。そんな気がした。

 

「改めて宜しくレメディオス。同い年同士仲良くしましょう。」

 

カルカは、手を笑顔で差し出した。レメディオスは少し戸惑った後、満面な笑みで握手を返した。

 

 

「ここが最後の村ですね。」

 

最後まで長雨が止むことはなかったが、当初に懸念されていたモンスターの襲撃はなく、カルカとその一行の公務は最終日を向かえていた。

 

「村のたちが元気になって良かったです。最初は不安でしたが無事に終われそうで安心してます」

 

「カルカ様!油断は禁物ですよ!四大神の残した言葉にふらぐを建てるというものがあって…どんな意味だったかは忘れましたが、そういうことを言うと死んでしまうことがあるみたいですよ!」

 

「なにそれ怖いわね」

 

カルカとレメディオスはこの2ー3日でスッカリ打ち解けた。今、思い返せば、誕生日が近いという話題から心の距離が近づいた気がするとカルカは思い返す。

 

そして、この少女予想以上にぶっ飛んでいる。自分は余り優秀な人間でないから、戦闘以外は極力考えないようにしていると本人も語っていた。しかし、そこまで後先考えないと日常生活にも支障がでるのでは?と感じるレベルだ。少なくとも頭の固い貴族や王族への受けは非常によくないだろう。

また、レメディオスには妹がいて、まだ9歳だが子供とは思えない悪知恵の持ち主であるらしい。こちらもとんでもない武勇伝が多く、今度一緒に話してみたいものだとカルカは考えていたりする。

 

「いや、そんなざっくりした意味ではなかっただろ…まあ、そういうことを言うのは縁起が悪い的な意味でしたよ」

 

「私は、そう言っただろアントニオ。言い掛かりを付けるな」

 

「いや!全然違うかったからね!記憶力鳥以下か!?あと、アントニオさんな!」

 

「ほう…アントニオと私の主張は平行線。なら剣で決着をつけよう!」

 

「お前やっぱり、言い掛かりつけて組手したいだけかい。カルカ様の御前なんだから自重しろよ…」

 

「カルカ様見ててください!アントニオを綺麗に負かしますよ!」

 

「この馬鹿野郎!」

 

剣を構えていたレメディオスに背後からグスタヴスのゲンコツが飛ぶ。

 

「先生!?わ、私だけじゃないですよ!アントニオも剣を構えていて…あれ!?」

 

「レメディオス…護衛として気合いをいれるのはいいけどほどほどにしろよな。グスタヴス様をあまり困らせるなよ♪♪」

 

やはり年の功。なに食わぬ顔で馬車周りの警戒作業に戻っていたアントニオのほうがレメディオスより上手であった。

 

(村の方々にも元気になってもらえたし、おもしろい人達と交流も持てた…今回の公務は実りが多かったわね)

 

天気は生憎な空模様だったが、カルカの心は暖かい満足感で占められていた。

 

「それではカルカ様準備が整いましたのでこちらに来ていただけますか?」

 

グスタヴスの呼び掛けにカルカは元気良く返事をした。

 

 

「カルカ様ありがとうございます。あなた様に暖かい心使いをしていただけたお陰で本日は安心して眠れそうです。」

 

「いえ、礼には及びません。聖王国に住まう皆様の幸福が私のなりよりこ幸福なのですから」

 

礼をいう村長へさらに慈愛の心を見せるカルカ。終始、よい雰囲気のなか最後の村での公務は終了した。

 

 

「ふぅー終わった!終わった!後は王城に帰るだけですね!」

 

レメディオスが伸びをしながら、自身の緊張感を和らげる。アントニオも口にはしないがレメディオスと同様に気の張りを少し緩めているように思える。

 

「レメディオス、あと半日とは言えまだ任務は終わっていないぞ?それとアントニオ、周りの警戒は重要だ。最後まで気を抜かないように」

 

流石は、元聖騎士団団長である。少しの部下の緩みを見抜き注意する。

アントニオはばつが悪そうな顔をして謝罪する。ちなみにレメディオスには変化はない。ある意味大したものである。

 

「すいません、グスタヴス様。これからは集中して…ん?」

 

「どうした?」

 

アントニオの人の良さそうな顔が変化し、鋭い騎士の顔になる。

 

「いえ…何か相当な重量のものが近づいている音が聞こえます。」

 

アントニオの言を聞き、各々耳を澄ませるが音は聞こえない。しかし、アントニオはレンジャーとしてもやり手の男。そんな男の意見を無視する選択肢は一行にはない。

アントニオに少し遅れて、外のレンジャーから異常発生の合図がなる。

 

この間、実に8秒。たった8秒で耳を澄ませても聞こえなかった音が喧しいと思えるほどの音量になる。

それはつまり…

 

「各自戦闘体型!配置は2番だ!カルカ様に万が一の事態が無いように気張れ!」

 

グスタヴスの指示と共に全員が馬車から飛び出す。

そして、全員が接近してきたものを視界に入れる。

 

「黒い全身鎧…?」

 

人間なのだろうか?黒の全身鎧を装着した偉丈夫がこちらにものすごい速さで向かってくる。理由も正体も不明だが護衛のもの達のやることは、決まっている。

 

カルカの守りをグスタヴィスとカシミロが固め、レメディオスとアントニオが接近してくる全身鎧に武器を抜き、切りかかる。

漆黒の騎士は向かってくる二人を見て、体勢を建て直すためだろうか?勢いを殺し、どこに隠していたかは分からないがグレートソードでレメディオスとアントニオの攻撃を受け止める。

 

「貴様ぁ!何者だ!武器を捨てろ!」

 

アントニオは威嚇する。大抵の相手であれば怯むだろうが黒の戦士に変化は見られない。

雨音で聞き取りづらいが「急がないと」「邪魔だな」などの呟きが聞こえてくるだけである。

 

レメディオスが連撃を仕掛ける。目にも止まらぬ速さであり、正直アントニオでも全て捌ききるのは難しいと感じる攻撃だ。

それを黒の剣士は、最低限の動きで避ける。

 

(こいつ出来る…!!)

 

「グスタヴス様!カシミロさん!天使で援護をお願いしたい!」

 

本気で潰すべき。そう考えたアントニオの援軍要請に黒の騎士は焦ったのだろか。攻撃に転じはじめる。

 

(こいつ、剣技は大したことない?)

 

あれほど、見事な体さばきを見せた剣士にしては不自然だが剣は大降りで避けることは難しくはない。

しかし、異常に太刀筋が速い。

 

(こいつもしかすると亜人か!?)

 

高い身体能力で押してくる闘いかたは剣士というよりもモンスターのそれに近い。攻撃が当たらないからだろうか。黒の剣士の攻撃がより単調により大振りになっていく。

その攻撃をすり抜け、レメディオスとアントニオの攻撃がヒットする。しかし

 

(ちっ!無傷か?)

 

激しい金属の衝突音が発生するほどの攻撃だったのにも関わらず鎧は、多少の傷ものこらない。その事実が敵の着用している鎧の強度を情報としてアントニオ達に伝達する。アントニオやレメディオスの武器は聖王国が保有する武器のなかでも上から数えたほうが早いのにも関わらずこの結果である。鎧の防御を突破するのは厳しい。

 

(だが、このままいけば勝てるだろう)

 

なにも、敵を切るだけが勝ち筋ではない。切れないなら撲殺すればよい。そこまでできなくても鎧の下の生身にダメージは蓄積していくはずだ。まさか空っぽでもあるまい。

こちらは天使×2+剣士×2で攻撃し続けられる。あちらの攻撃は慎重に見極めれば当たらないのだから十分勝機はある。

アントニオの攻撃で生まれた隙をレメディオスが突きダメージを与える。

やはり、レメディオスの戦闘の才は別格だ。普段の思考にもこれくらいの真剣さがほしいものである。

 

「あーちょっと邪魔ですよ!!もう…どうしようかぁ」

 

黒い剣士が困惑した様に大きな声を出す。思っていた以上に知性を感じさせる声色にアントニオは困惑するが、カルカが害される可能性があるのであればここで仕留めるべきだ。何よりこいつは怪しすぎる。

 

黒い剣士が突きを繰り出す。今までの大振りとは質の違う攻撃にタイミングがずれるが、何とかかわす。しかし、その剣はそこでは止まらなかった。力のかかっている方向にそのまま黒い剣士の腕から離れていったのだ。

 

(まさか!?)

 

反応するのも難しい速度でグレードソードが飛翔する。その先にはカルカ・ベサーレス。

まさしく、守りを固めるグスダヴスとカシミロの間を縫うような一撃に護衛部隊の全員が青ざめる。

 

グサッ

 

剣が肉に突き刺さる音が鈍く鳴る。ローブルの至宝と呼ばれ輝しい将来が約束された少女の人生が幕をおろした。誰もがそう思った。

 

「えっ!?」

 

驚愕の声を上げたのは自分だったのか、他の誰かだったかもしれない。グレードソードはカルカの1m前の空中で停止している。一瞬、アントニオを含めこの状況を理解できなかったが、すぐに答え行きつく。

空中で待機している剣の切っ先の部分から何もない空間に色が付き始める。

 

「スラーシュ!!?」

 

「間に合って良かった」

 

呆気にとられている一行は黒い剣士の接近の理由を悟る。だが、腑に落ちない。

謎の人物である黒の剣士の行動に対し、誰よりも立ち直りが早かったグスダウスが口を開く。

 

「えーと、助かりました。どうやらこのスラーシュは上位種だったようで。貴殿の尽力のおかげでなんとか被害を出さずに済みました。…ところでどうして事情を説明なさらなかったので?こちらとしてもそうしていただければ…どうかされました?」

 

黒の剣士が周りをキョロキョロと見まわしながら、グスダウスやカルカのいる位置に歩を進める。全員一瞬にして構えるが、そんなことは眼中にないとばかりに、相変わらず何もない空間に目線を飛ばす。黒の剣士がスラーシュに突き刺さった剣を引き抜くと剣を構え、全員に聞こえるであろう音量で声をだす。

 

「細かい説明はあとでします。端的に言うと、この馬車は囲まれています。私が感知できただけでもこの化け物はあと6匹います。」

 

黒の剣士の説明に全員が驚愕する。特に周囲の警戒を任されたアントニオと二人のレンジャーの驚きは大きい。普段であれば、この言葉を信じなかっただろうアントニオも目の前のスラーシュの死体の説得力に反論ではなく疑問を返してしまう。

 

「どこにいる!?何故気づけなかったんだ!?」

 

「私の目の前の木の付近に3匹、馬車から50mくらいの後ろ側に三匹ずつですね。後者の質問は後で反省会でも開いて検討してください。ほら、来ましたよ!」

 

黒の剣士は何もない空間に大剣を振り下ろす。するとスラーシュ特有の長い舌であろう部分が姿を現す。どうやら攻撃してきたところを黒の剣士が切断し返り討ちにされたのだろう。

 

基本的に<溶け込み>を看破するアイテムを移動中に護衛は使用していない。これは、護衛の任務が3日以上と長期にあたることに起因する。使用すれば、一時的に<溶け込み>を看破するというアイテムは存在するのだが効果時間はもって1時間。今回も比較的カルカに危険が及びやすい村々での交流時には、このアイテムは使用していたが襲撃を受けている現在は使用してはいなかった。

 

では、護衛の聖騎士たちはこの黒の剣士以外は棒立ちのままであったのか。そんなわけがない。彼らは聖王国軍事のエリート集団の一員であり、その中でもエリートもエリート。すぐに戦闘に移っていた。

 

カシミロが弓矢を構える。その弓矢はただの弓ではないのは鏃の代わりに装着された白い巾着袋を見れば明らかだ。弓は構えたまま、第一位階魔法で指に火を灯し矢を発射する。

発射先は何もない空間。否、先程黒の剣士に提示されたスラーシュの潜伏位置である。

その位置に着弾した矢から爆発が発生する。ただ、爆発は小火が発生する程度の威力でありダメージを与えるのが本命ではないのは察することができる。そして、爆発の煙にまかれた白い粉を被った存在が現れたことから、矢で小麦粉をまき散らし見えない敵の可視化が目的であったとレメディオスはここで悟る。

 

因みに他のメンツはその行動の意味を読んでいた。多くの亜人と対峙する聖騎士に対スラーシュ対策の基本は、頭に叩き込まれているからだ。アントニオはすでに攻撃に移っていて、アントニオの行動を見たグスダウスとカシミロは天使でアントニオを補佐しつつ、守りを固めようと動く。

 

「<警報><第2位階天使召喚><第2位階天使召喚><第2位階天使召喚><第2位階天使召喚><第2位階天使召喚>…すまんがカシミロに攻撃の補佐は任せるぞ。こちらは守りを固める」

 

今度は不覚を取るまいと、探知系の魔法をカルカの周りで発動させつつ、召喚した複数体の守護の天使で守りを固めるグスダウス。

 

「承知しましたグスダウス隊長!!私はあの黒の剣士に加勢しましょう!どうやら敵ではないようですし」

 

カシミロが到達する短い時間に黒の剣士はスラーシュを一体は倒しており、加勢の必要はないように思える。しかし、もう一方のカルカ&アントニオの受け持つスラーシュはほとんど瀕死であるため、どちらかというと長引きそうな黒の剣士側に移動したにすぎない。

剣技は妙に中途半端な黒の剣士に疑問を持ちながらもやはり、真っ向からの戦闘になるとアントニオとカルカは滅法強いなとカシミロは認識を強めていた。

 

「助太刀するぞ!黒の御仁!」

 

「えっえ…ああ、よろしくお願いします。」

 

只得さえ不利な状況に立っていたスラーシュは、カシミロという新手の参戦に逃げの一手をとる。

態勢を180度変換し、背中をこちらに向け逃げだす姿は潔いが、さすがにそれは黒の剣士が許さない。最初に殺されたスラーシュと同じ様にグレードソードの投擲を喰らい、その場で崩れ落ちるスラーシュ。

レメディオスとアントニオの方向から殲滅終了のこえが聞こえてくる。どうやら、あちらは無事に終わったらしい。

 

「黒の剣士殿、助太刀…誠に感謝する。貴殿のおかげでこの危機を乗り越えることが出来た。ところで、是非とも我ら使節の代表であるカルカ様にご挨拶していただきたい。カルカ様もこの危機…名づけるなら“某使節スラーシュ襲撃事件”の解決の一番の功労者である貴方との対話を望んでいるでしょう。」

 

カシミロの口調に力が入り、普段とは調子の変わった舞台ナレーションのようなものになる。テンションが上がったときの彼の癖なのだ。決してすごんでいるわけではない。しかし、初対面の相手にそんなことは察せられない。

黒の剣士を不快にした可能性に行き着き、カシミロは一瞬で鎧の中の汗が引く思いがした。

 

「ええ、いいですよ」

 

だからこそ、黒の剣士の返答に拍子抜けした。なんでもないような返答であり、怒りの成分を声色から判断することはできない。むしろ、少し笑いをこらえているような鼻から抜ける声に感じたが…それこそ彼もそういった癖の持ち主なのかもしれない。

 

「それは、良かった。ではあちらのほうに。ああ…私はカシミロ・ガルレスです。この聖王国にて聖騎士の任についております。貴殿の名は?」

 

「ああ…申し送れました。私はモモンと申します。以後お見知りおきを」

 

黒の剣士がこちらに向かってくる。正直にいえば少し怖い。剣をこちらの方向になげられたことや、凄い勢いで向かってきたことがではない。

この剣士には、なにやら良くない気配がする。完全に勘だが、勘が時に理性を凌駕する性能を発揮することをカルカは幼いながら知っていた。

 

「距離はグレートソードが届かない位置までにしてください。」

 

隣のグスダヴスにしか聞こえないであろう音量で指示する。グスダヴスが正解と言わんばかりに頷き、カルカの斜め前を陣取る。

王族として危機管理を重視するのは重要だ。しかし、あまり臆病でも王族の行動として正解とは言い難い。幼いことと継承順位が低いことから、そこまで行動に目くじらを立てられることはないと思うが、念には念をいうやつだ。尊敬するお父様の名に傷をつけることは許されない。

 

黒の剣士が予定よりも遠い位置で歩を止めたため、カルカがもう少し近くによるように提案する。こういった余裕を見せながらも黒の剣士と相対すると、不安で逃げ出したい気持ちが湧いてくる。しかし、その気持ちを理性で抑え付けカルカはグスダヴスより少し前に出て礼を述べる。

 

「今回は、危ないところを助けていただきありがとうございます。私の名はカルカ・ベサーレス。この国の王族の一人です。あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「はじめまして、私はモモンと申します」

 

(名前のみ…?)

 

普通、名前というのは苗字と名前で編成される。それがないということの理由として考えられる可能性は4つ。

1つはこの付近の人間でないという可能性。どこか遠い国であれば名前だけの編成の国があっても不思議ではない。隣国であり、同じ人間国家の王国でも尊い家系ほど名前を構成する要素が多くなるというローカルルールが存在するのだ。

 

2つ目として、冒険者の可能性である。冒険者は過去を捨てたものや、ただかっこいいからという理由で別名を名乗ることが多いからだ。ただ、この可能性は低いように思われる。

モモンという名前は聞いたこともないからだ。あれだけの身体能力をもつ人物が冒険者だったとして無名でいる可能性はありえない。

 

3つ目は詐称。単純に偽名を名乗っている可能性。これも可能性は低い。騙すつもりならもっと凝った名前をつけるのが常識だ。モモンという偽名はあまりにも嘘くさい。

 

4つ目――これは個人的に可能性が高いと踏んでいるーーが亜人である可能性。基本的に人間と敵対している種族がほとんどだが、マーマンの様に人間に友好的な種族もいることにはいる。あの身体能力にスラーシュの偽装を見破る知覚は人間離れしている。亜人の名前のルールは人間とは全く違うので名前だけでもありえる。そして、先程から感じている悪寒も相手が人間ではに種族だからこそ無意識に威圧を感じているのかもしれない。

 

「こちらの人員で周囲の安全の確保をしていますので、それが終わるまでお喋りに付き合っていただけませんか?」

 

「ええ、私でよければ」

 

カルカの前ですらヘルムを外さないモモンにグスダヴスが注意をしようとするが、それをカルカは手で差し止める。このモモンが亜人であれば、助けてくれたとはいえ、こちらを警戒しているのかもしれない。だとしたら、少しでも高圧的な態度をとるのは良くない。

 

まずはモモンと話をすべきだ。聞きたいことは山ほどあるのだから。その過程でモモンの信頼をすこしでも勝ち取れれば御の字である。

基本はカルカ、たまにグスダヴスが質問疑問をぶつける。結果、多くあった疑問への回答は得られた。

まず、不審な接近をしてきた理由としては声をあげるとスラーシュたちにも勘付かれるためということだった。この理由は非常に納得のいくものだ。

隠密効果をもつスラーシュの上位種が合計で7体もいたのだ。逃がしたときの損失はとんでもないものになる。

 

続いて、どこからカルカの使節を追っていたかだが、どうやら最後におとずれた村にモモンは滞在していたらしい。ただの農村に厳つい全身鎧の大男がいる理由を村長が考え付かなかった結果、隠れてカルカたちが村からでるのを待っていたということだ。

この回答を聞いて、さらに新たな疑問が生まれる。

――まず、その全身鎧を脱げばいいだけなのでは?ということと、あの村にはいつ、どうやって来たのかということである。

 

「この鎧ですか?実はこの鎧は特別なアイテムでして一定の条件化でしか脱げないんです。しかし、性能は破格のものです。飲食不要になり、疲労も軽減されるのですよ。」

 

確かに、そのメリットはとんでもない物だ。特に長期の戦闘や行軍を行うグスダヴスは、目の前の鎧のとんでもない能力に思わず唾を飲み込む。どんなに強い騎士でも空腹と疲労には勝てない。その欠点を克服できるアイテムというのは神話の領域のアイテムといっても過言ではない。

 

「ただ、デメリットも多いですがね。まず鎧自体が結構な重量しますし、なにより着用者が飲食を行うと鎧が砕けてしまいます。」

 

「それは、大変ですな」

 

重たい鎧を常時着用もつらいが、やはり飲食の楽しみを奪われるのは、さすがに厳しい。しかし、それをとってもメリットは絶大だ。いったいどこでこれほどのアイテムを手に入れたのか…

 

「その鎧はどちらで手に入れられたのですか?そちらのグレートソードも中々の一品でしょうし。…秘密であるというのであれば無理に教えてほしいわけではないのですが」

 

「ああ、それは当然の疑問ですよね。実はですね…」

 

この後の彼の話は、なかなか壮大なものだった。どうやら彼はこの辺りの人間ではないらしい。遠い地と思われるヘルヘイムという場所で仲間と共闘し、多くの敵と戦っていたらしい。この鎧やグレートソードもその過程で手に入れたということだった。

 

「そして、あれは最後の戦いの時…魔王と呼ばれる存在に挑んだときでした。」

 

魔王「ふはははは!よくぞここまでたどり着いたな勇者達よ!」

 

白銀の騎士「うるさい!魔王!お前を今日こそ撃ち取らせてもらうぞ!」

 

大悪魔「そう焦るな。白銀の騎士よ。お前の相手は大魔王様の右腕たる、この大悪魔が務めよう」

 

モモン「では、大魔王はこのモモンが討ち取る!他のものは援護をしながら、他の幹部を抑えていてくれ!」

 

他の仲間「うおーー!」

 

他の敵「全員ぶっ殺してやるぜぇ!!」

 

モモン「おりゃー」

 

魔王「ぐあぁ!!こんなところで敗れるとは…せめてモモンお前だけでも道連れにしてくれるわ!!喰らえ!!」

 

 

「死に際に放った魔王は転移の魔法でも放ったのでしょう。ただの転移ではなく、あの手ごわい魔王の本気の魔法!!気がつくとあの村に倒れていました…」

 

話のスケールの大きさに吟遊詩人の英雄譚を聞いているようだった。モモンの語りが上手いのもそう思わせる一因になっていたのだろう

 

「それでは、お仲間の方々は無事なのでしょうか…?」

 

「わかりません…ただ一番手ごわい魔王は倒せたので、彼らなら無事戦いを終えられるでしょう」

 

「帰りたいとは思わないのですか?」

 

カルカの質問にモモンは少し考え込む。その姿はすこし寂しそうにも見えた。

 

「帰りたい…というよりは彼らに会いたいですかね。色々、聞きたいこともありますし。でも、彼らは上手くやっていけるでしょうし心配はいりません。それよりもこれからの私の身の振り方を考えないといけませんから…」

 

「であれば、聖騎士団に入隊するのはどうだ?モモン殿の力なら大歓迎なのだが」

 

グスダヴスがモモンの言葉に食い入るように反応する。確かにこれほどの強者を逃すのは惜しいのではやる気持ちは分からないでもないが、がっつきすぎではないだろうか。

というか、グスダヴスはもう聖騎士団には所属してはいないのだが…

 

「せっかくのお話ですがお断りさせていただきます」

 

しかし、モモンもその勧誘をぴしゃりと断る。その口調には遠慮がちながらもしっかりとした意思を感じられる。

 

「理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

しょんぼりとしてしまったグスダヴスのかわりにカルカが質問を投げかける。

 

「私は元来から冒険者気質の人間でして…色々なものをみて回りたいのです。ですから早々に職業を決めてしまうのは、少し違うかなと思いまして」

 

なるほど。とカルカは納得の声を心の中で上げる。

多くの冒険を行ってきたモモンにとって、周りは全くの未知。知的好奇心を大きく刺激されているのだろう。彼を無理に勧誘するのは逆効果だろう。

 

「でしたら、冒険者組合という組織があるので一度訪れて見ますか?私たちは今から国に帰るので良かったら一緒にどうです?」

 

しかし、少しでも関わりを持っておいたほうがいいのは確かだ。これほどの強者とのコネクションは聖王国にプラスに働くことは間違いない。…ただ、モモンの考える冒険者と組合の掲げる冒険者には差異があるため、モモンはがっかりするだろう。

 

「それに、私達を助けていただいたお礼を述べたいのです。是非、私たちの城に歓迎されていただけませんか?」

 

だからこそ、これが本命だ。少しでもモモンに聖王国に対していい印象をもってもらえば、有事には味方になってくれるかもしれないのだから。

これが帝国の次期皇帝と目されるジルクニフであるなら、モモンを味方に引き入れるために、多くの見えない縛りや人間関係、はたまた謀略をはりめぐらすだろう。国の運営側に立つ人間は、相手のことより自分の国の利益を考えなければならないのだ。

カルカのモモンの心象を優先した態度は、好意的に見れば優しく、悪く言えばチャンスを掴みきれないものである。ちなみに、その態度を好意的に解釈するグスダヴスは隣で、カルカへの忠誠心を上げていた。

 

「なるほど、冒険者組合というのもあるんですね。そこにも興味がありますし、せっかく招待していただいたのですから、断るのも失礼でしょうし」

 

モモンの乗り気な態度にまわりに悟られないように、ほっと胸をなでおろすカルカ。しかし、続くモモンの言葉に動かしていた手を止める。

 

「でしたら、もう一度改めて自己紹介しなければなりませんね」

 

唐突にモモンがヘルムを脱ぐ。その情報が開かれることはないと考えていたカルカとグスダヴスはびくっと過剰に驚いてしまう。

 

――でてきた顔は人間ではなかった。

 

しかし、そんなに遠いわけではない種族。

 

「モモンさんはダークエルフだったんですね」

 

男性にしては少し長めの金髪と活発そうな顔。声でイメージしていた顔よりも随分と若そうに見える。

しかし、それも長命のエルフであればありえない話ではないのだろう。

 

「改めまして、私はモモン。ヘルヘイムのナザリック出身の…戦士ございます」

 

 

――後の世に聖王女の半身と言われたモモンと聖王女カルカのはこうして出会ったのだった

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。