聖王女と半身の魔王   作:スイス政府
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騎士と王女の日常 ②例の決闘

首都ホバンス郊外に古びた道場がある。元々の主が引退し、取り壊そうとしていたものをある人物が買い取ったことにより、未だに立ち続けているものだ。

道場自身は所々に穴が開き、それが修理された様子もない。それを風流といって楽しめる人物は、そうそういないだろう。控えめに言って廃墟のような見目をしている。

そんな、生きた人間の気配がしない建物であるが中庭は違う。こちらは道場本体とは打って変わって、非常にきれいに整備されている。草を刈り取った跡はまだ新しいものだし、砂利なども丁寧に排除されている。

そして、その場所には無数の屈強な男達の目線が向かう。素行の悪そうな外見に似合わず、背筋を伸ばし、だれ一人無駄口を叩かない。彼らの目線が向かう先にはこれまた2人の偉丈夫。

一人は、両手にグレードソードを装備した全身鎧。彼一人で100人の兵士すら相手にできるそういった見た目、気配を感じる。そして、相対するもう一人も重戦士。しかし、こちらは全身鎧ではなく何枚も魔獣の革を重ねた重装革鎧と防御面では軽さを感じる。しかし、特筆すべきなのはその腰に幾本にもかかった剣だろう。この特殊な装備で全身鎧にも負けない圧迫感を受ける。

 

「あー、今日は久しぶりに“背中をつけたほうの勝ち”が対戦内容でいいか?」

 

「いやいや、旦那。それは2週前にやったばっかでしょう?全然、覚えてないじゃないですか」

 

「あれ…そうだっけな?この年になると物事がおぼえにくくてな…」

 

「いや、旦那何歳なんすか?数えが人間と違うからそれがボケなんか本気なんか正直、微妙なんすよね」

 

「まあ、ボケってことにしといてくれ。…それならお前的には対戦内容の希望があるのか?」

 

「そうですな…あれ!あれがいいです旦那!“異種武器対戦”!」

 

「あー、あったなそれ。よく覚えてるな」

 

「旦那と違ってまだまだ若いもんでね」

 

「いや、お前招集とか会議の時にたまに忘れてすっぽかすよな!?戦闘に関しての記憶力だけだろ!お前の場合!」

 

「いや~あいつら、弱いくせに俺に命令するんでイラつくんですよ。イライラは早く忘れた方が健康にいいでしょ?」

 

「たく、そのスタンス出会った頃から変わらんな…あの時の俺も遊軍隊長に任命された初日に同業者に決闘を挑まれるとは夢にも思わなかったよ」

 

「いや~旦那が上司で良かったですよ。おかげでイライラする軟弱な貴族どもの顔を見ないで済む」

 

道場の縁側からくじの入った正方形の箱を一人の男が走って持ってくる。

二人はそれを視線で確認すると、会話を止め、走ってくる男に体を向ける。

 

「ほいほい、ごくろうさん。どれどれ…俺の武器はなんじゃらほい!」

 

「行動一つ一つが賑やかなやつだな…パベルさんから静かさを分けて貰ったらどうだ?」

 

二人はくじを慣れた手つきで引き、なかに書かれた内容を確認する。その様子は学生の席替えの様に微笑ましい光景にも映る。

 

「んー…と俺は“アックス”!まあまあ、悪くないなモモンの旦那は?」

 

「俺は“両手短剣”だ。リーチ短めなのはあまり得意ではないが…まあ、練習と考えよう」

 

話している内容に微笑ましさは皆無だが。

 

「よーーし!今回の勝負はアックスvs両手短剣だ!!いつも通り致命傷以外なら何でもok!膝をつかせたら勝ち!!お前ら見届け人よろしく頼むぜ!!」

 

オルランドの宣言に会場が沸き立つ

5mほどの円形内でモモンとオルランドが向き合う。

 

「しかし、ギャラリーが年々増えていっている気がするんだが?」

 

「まあまあ、いいじゃないですか旦那。あいつらがいるおかげでふざけた貴族の密偵が入り込めないようになってんすから。大目に見ましょうよ」

 

「まあ、俺たちの訓練で隊員の士気、練度が上がることはいいことだ。」

 

和やかに会話をしている両者に構わず開始の印の旗が上がる。

先に動いたのはモモン。短剣の短いリーチを考えれば距離を詰めるのは最適解だが、一流相手に基本だけでは通用しない。

 

「甘い!!」

 

オルランドは両手でもっていたアックスの持ち手を向かってくるモモンに合わせて突き出す。槍のような動きで押し出された木材部分とモモンのヘルムが衝突し、大音量の金属音が響く。常人ならこれだけの衝突を起こせば首の骨が折れるだろう。そうでなくても頭蓋骨が無事で済むとは考えにくい。

しかし、モモンも常人ではない。聖王国の遊軍隊長という地位に属し、数多くの遠征でアベリオン丘陵の亜人と剣を交えているのだ。これくらいは攻撃に数えられないという動きでオルランドとの距離を詰める。

手数こそ力と言わんばかりの速さで両手短剣をモモンが振るう。オルランドもモモンの猛打を斧で受け流すが、流石に分が悪い。何回かは皮膚より下に攻撃が入っている。

 

「ふん!!!」

斧を大振りにして、一旦強制的にモモンを遠ざける。

 

「相変わらず、化け物みたいな頑丈さですな…」

 

「そこだけがとりえなんでね。まあ、昔よりは技術も身についてはきたが!!」

 

モモンが踏み込み距離を詰める。突き出された短剣は空を切る。

 

(まずい!!)

 

モモンの右手は伸び切った状態で、今上から力を加えられると抗うのが難しい。敗北条件がひざをつかせるなのだからこの状態は非常にまずい。

この好機に勿論オルランドは斧を上段から振り下ろす。

しかし、モモンは腐ってもプレイヤー。現地人離れした身体能力の持ち主である。

この体制から上半身の姿勢を180度変換し、オルランドの斧を短剣で受け止める。

 

「なっ!!?」

 

オルランドの驚愕と観客の驚愕がシンクロし、妙な空気が発生する。

が、オルランドは戦闘になると非常に冷静(クレーバー)である。普段の適当さがなりを潜め、歴戦の武人としてすぐに状況に対応してくる。

打ち込んだ斧の上から拳をぶつけたのだ。

 

「あっ」

 

モモンが力ない声とともに体制を崩す。崩れた下半身は土に付き、汚れた膝当てが勝敗を表す。

 

「そこまで!!今回の試合はオルランド・カンパーノ班長閣下の勝利です!!」

 

万来の拍手が起こり、静かだった観客が沸き立つ。

 

「いや~今回は俺の勝ち!!最近勝ててなかったから嬉しいねぇ」

 

オルランドが倒れたモモンを引き起こすために右手を差し出して清々しく言う。

 

「あぁ~油断したなぁ。やはり、パワーが生かしづらい武器はまだまだ鍛錬が必要だな」

 

こちらも純粋に勝敗を分析していながら、オルランドの手をとり立ち上がる。そこから、勝った相手への苛立ちや羨望はなく負けたことへの悔しさのみを見ることが出来る。

 

「いやいや、最初のころに比べたらとんでもない進歩ですよ。種族の特性上、戦い方で剣技を習う必要がなかったんですかい?」

 

「だから…あれは魔王のせいだっていっただろう?だいぶ前だったが…確かこの試合を始めたころだったから、5年前くらいか?」

 

「へぇ、そんな理由でしたかい。いや、いけないね年を取ると物事が覚えにくくてね」

 

「お前、自分でまだまだ若いって言ってたよね?」

「すいませんね。戦闘以外のことは忘れてしまうもので」

 

「お前…流石に上司としてその性根は直しとかないと後々に厄介になりそうだ。気が変わった…明日の任務に支障が出ない程度に久々に長時間耐久の試合でもするか」

 

「あちゃーこいつはひどい罰だ。」

 

オルランドが言葉の内容とは似合わない猛獣の様な笑顔を浮かべる。

本心を隠す気がないのか。隠せないのか分かりにくい男である。

 

「戦闘狂だなぁ。流石にドン引きだわ…出会った当時からドン引きしてるけど、何年たっても未だに慣れない程度にはドン引きだわ」

 

「まあまあ、旦那あんたも好きでしょ?」

 

「なんか、俺もお前と同類みたいに話が続いてるけど俺は100%お前よりではないぞ。あと、言い方気持ち悪いな」

 

「気持ち悪いはひどいですよ旦那。まあ、無駄話は後にして早くやりましょうよ」

 

「罰のはずなんだけどなぁ…」

 

古ぼけた道場の中庭の騒ぎはまだまだ収まる気配はない。

 



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