聖王国の王城。この巨大な建物の一角に設置された部屋。大して広くもなく、王城の部屋にしては無機質で飾り気は全くない。むしろ、山の様に積まれた書類は景観を壊し情緒は皆無だ。ここは聖王国の会議室。日夜、官僚や各機関の長達が激しく議論を戦わせる場だ。
そんな、部屋に人影がちらほら。
彼らは非常に長い会議にも顔色一つ変えず、決して広くはない円卓を囲みながらああでもない、こうでもないと頭を悩ませる。
彼らは非常に無機質なこの部屋に溶け込んでいるため、この光景は永遠に終わることなく続くようにも感じられる。
しかし、出席者の一人の女性がその変化しない風景を変化させる。
「はい。それでは本日の会議は終了します。皆さん最近、冷え込んできているので十分温かくして体調は整えてくださいね」
書類をまとめながら、会議の終了を告げたのはこの国のトップ。聖王女カルカ・ベサーレスである。冬に入り乾燥が進む時期だが彼女の肌には潤いが満ちている。日ごろから国を挙げて行っているアンチエイジングの賜物だろうか?
そんな失礼なことを本人に言おうものなら会議に出席はしていない彼女の側近の姉の方になで斬りにされる未来は見えているので、そんな生き急ぐものはそうそういない。
「カルカ様、注意勧告が完全に身内のそれですよ。この会議には敵対派閥の貴族などはいないのでそこまで気を張らなくてもいいですけど…気を抜きすぎでは?」
カルカの緊張感のない注意に軽いツッコミをいれたのは、側近の妹の方。ケラルト・カストディオである。最高神官長にして頭の回転も早いためこうした国の運営会議の一員として出席することは少なくない。悪いことを考えてそうと言われて育ったためか、それとも最初からそういう性根だったのか、悪そうな顔で悪いことを考えるのが得意だったりする。
「さっきの注意は確かに軽いですが、カルカ様は凛としてらっしゃいますよ。我々もカルカ様が王として振舞われているのを見てこそ、仕事に集中できるというものです」
「ほら、ジャレドもそう言っているんだから大丈夫ですよ。ケラルト」
参加者の文官のフォローに全力でのっかかるカルカ。ケラルトもカルカに対して本気で不満があるわけではないので。自然と会話が終了し各自解散する。
公務が終了したカルカも自室に戻…らず、自室の3つ隣の部屋のノブを回す。
室内には大きな鏡。カルカはそこに躊躇なく入り込む。
鏡の中には、8畳ほどの和室のような空間が広がっていた。ただ、和室といっても茶室のような厳かなものではなく、生活感が前面に溢れた部屋だ。
鏡を抜けたカルカの目の前には薄型の黒い箱。映像が絶えず流れる魔法道具なのだが仕組みは分かっていない。持ち主も仕組みは知らないと言っていたのだから、尚更カルカが知る由もない。そしてこたつ。
ちゃんと、卓上にはみかんも置いてある由緒正しいあのこたつである。
「う~寒い寒い」
カルカは手をこすり合わせながらこたつに潜り込む。かたつむりのようなだらしない体制にだが、ここに臣下が来ることはないので問題ない。
床に敷かれた畳の感触を楽しみながら温まると睡魔が襲ってくる。うとうとしかけながらてれびを何も考えずに眺めておく。
少し時間がたって、鏡とは反対側にあるドアが開く。
「…っておぉ!来てたのか」
「ごきげんよう。先に温まっていますよ」
入ってきたのは、黒の全身鎧を装着した偉丈夫。
こたつに寝転ぶお姫様も違和感が凄いが、黒の全身鎧は合成画像のような、異様な不自然さをもよおしていた
「一応、この部屋は緊急避難用ということで設置したんだが?」
「知っていますよ。でもモモンがこんなに充実した設備を設置してるんだから、こちらでくつろぐのも悪くはないわねと思ってきたのよ」
「これは、全部カルカの要望で設置したんだが、まさか忘れたのか?」
モモンが呆れたとジェスチャーを挟む。
「まさか。私ははっきりちゃんと自分が要望を出したのは忘れていませんよ。でも設置したのはモモンでしょ」
「まったく、ああ言えばこう言うんだな。まいったよ降参だ。さて、俺も温まるか」
モモンが甲冑のままこたつに入る。普通なら「いや、お前その鬱陶しい鎧脱げよ」とツッコミが飛んでくるが、カルカは当たり前と言わんが如くこれをスル―。モモンもべつにボケたわけではないので、そのままてれびを眺める。
「…」
「…」
「そういえば、今日会議でまた南の貴族が私の悪評を流しているらしいって議題に上がったんですけど、どう思う?」
「またか。言いたい奴には言わせておけばいいんだ。カルカが善政を敷いていることをあっちも理解しているから、政治面ではなくプライベートを攻撃してくるんだよ。負け犬の遠吠えと軽く聞き流すのが良い」
「そうね。でもストレスはたまるわよ。あまりいい気持ちはしないし、実際事実だから否定もできないし。」
「そうか、王様も大変なんだな。私のイメージでは毎日好きな事して、美味しいもの食べてるイメージだけども」
「そんなわけないじゃない。それとも、モモンの国での王様はそうだったの?」
「…私の国というよりも、私のもう一つ故郷というべきとこではそうだったな。少数の上級国民が大半の民を食い物にしているといった感じだったが」
「同じ、国を統べるものとして軽蔑しますね。王は民を慈しむものでしょうに」
「まあ、あの国は資源が圧倒的に少なくなってそうならざるを得なかったというのもあるが…まあ、最低な国だったな…」
「私から始めたけれど、あんまりしんみりした話はやめましょう。疲れてしまうし。…そういえばモモン!あれはないのですか?私、非常に例のあれが飲みたいです」
「…いや、まああるけど。ほどほどにな?明日も早いんだろ?」
モモンは空間に手を突っ込みそこから瓶とグラスを出し、テーブルの上に並べる。
「しかし、高級なお酒なんていくらでも飲めるだろうに。こんな安い麦酒なんかが好きってどうなんだ?」
カルカはモモンの質問に答える前に慣れた手つきで、瓶を蓋をあけグラスに中身を音を立て、注ぐ。
そして、膨張する泡が淵にたどり着いたのを見計らい、間髪いれず飲み干す。
「ぷはぁ!!だって、麦酒ってこんなに冷やすだけで味が変わるなんて思いもしなかったもの。全然、こっちのほうが私はおいしいと思うわ」
「その年で、ビールが至高って、あなた疲れてるのよ…。まあ、ゆっくりお休みになりなさい。」
「あれ?どこかに出かけるの?」
「ああ、今日は週に一度のオルランドとの決闘の日だからな」
「あら、こんなに寒いのに大変ね」
「まあ、最初はいやいやだったが慣れてくると結構楽しいもんだぞ。実際、剣の腕はこの決闘で上がっていってるしな」
「そうなの。だったら、頑張ってきてくださいね」
カルカは欠伸をしなが面倒くさそうに見送る。
「そうだな、特訓と思ってやってこよう。…それよりも帰る時はこたつのスイッチは消してくれよ火事の原因になるからな」
モモンは最終確認とばかりにカルカに言い聞かし、部屋を出る
またしても、少し前と同じように部屋にカルカだけになる。寝ていた姿勢を仰向けにして天井をぼうっと見つめる。
「…私とモモンの時間を邪魔したカンパーノ班長は減給ですかね。…まあ、冗談ですけど」
誰もいないことは確定の部屋で、一人で愚痴る。
不満の声は誰に拾われることもなく、ただ天井に吸い込まれていった。