プレアデスのおもちゃ   作:Momochoco
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水曜日 殴打のち首締め

 灰色の空の下、一人の青年が冷たい路地裏を走り抜ける。

 顔には汚染された空気を防ぐための仰々しいマスク付けて、左手には仕事用のカバンを引っ提げて走っている。

 路地裏を抜けると、人の気配がしない裏道に出る。今が夜中ということもあり、時間が止まったように静まり返っていた。聞こえるのは靴が地面をたたく足音だけだった。この道が男の住むマンションまでの一番の近道だった。

 

 歩いていくうちに目的地のマンションまで到着する。

 自分の名前が書かれた郵便受けをパパっと確認すると、郵便物を右手でしっかりと持ち、エレベーターに乗る。自分の家にやっと帰ってこられたことに安心したのか、無意識のうちに安堵のため息が漏れる。

 

「よし、これなら何とかログインに間に合うな」

 

 エレベーターが目的の階に到着したことを告げ、歩き出す。自分の部屋の前に着き鍵を開ける。明かりを点けると、今朝に部屋を出た時と変わらない姿だった。

 

「ただいま」

 

 一人暮らしだというのに、実家にいた時からの癖で言ってしまう。

 

 着替えもしないスーツ姿のままで、専用の椅子に座り、自分の首筋にケーブルを取り付け、ディスプレイを被る。これは現在主流とされているナノマシンを使ったネットワーク機器であった。

 起動すると周囲にメールや更新情報が映し出される。

 

「まずはメールから……って、重要そうなのはないな」

 

 青年は急いでメールソフトを閉じるとあるゲームを起動する。

 ゲームの名前は『ユグドラシル』。DMMO-RPGと呼ばれる仮想世界をまるで現実のように体感しプレイすることが出来る、今現在において最も流行しているオンラインゲームだ。

青年もそのゲームのプレイヤーの一人であり、今日はギルドの仲間との約束をしていた。……していたのだが急な仕事が入ってしまったため時間ギリギリになっていた。

 

 すぐにユグドラシルにログインする。

 

 目の前に映し出されるユグドラシルのロゴの後に、自分の所属するギルドの拠点であるナザリック大墳墓が見えてきた。スポーン地点は自室であり、約束していた場所は相手の部屋で同じ階層にある。魔法の指輪を使い瞬間的に移動する。

 部屋の前に着き入室の許可を相手に求めると気のいい返事が返ってきた。

 

「弐式先輩、入っても良いですか?」

 

「おお!来たか。入って良いぞ丁度、今完成したところだ!」

 

「本当ですか!失礼します!」

 

 弐式先輩――弐式炎雷は青年の所属するギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の先輩であり青年の友人であった。

 青年が弐式炎雷の部屋に入るとそこにはメイド服を着た黒髪、黒目の女性NPCが立っていた。そのNPCを見た瞬間に青年は思わず歓喜の声をあげる。

 今日、弐式炎雷と会う約束をしていたのは、彼が自作したNPCの完成と起動を一緒に見ようというのが目的であった。

 

「やりましたね先輩!デザインといい、装備といいかなり手間を掛けて仕上げてきたのがわかります!すごい!すごい!」

 

「そ、そうか?まあ、でもそこまで褒められると悪い気はしないな」

 

 子供のようにはしゃぐ青年に、弐式炎雷もどこか自慢げな表情を浮かべている様子だった。ゲームの仕様上、表情の変化はないのだがそれでも青年も弐式炎雷も喜びが動きや言葉から漏れ出ている。

 

「名前はどうするんですか?アルファ、ベータときていますから順番的に姓はガンマですよね。後は名前ですけど……」

 

「ああ。そこは昨日悩みぬいて考えてきたんだが、『ナーベラル』って名前にしようと思っているんだ。だから繋げて名前は『ナーベラル・ガンマ』どうだ?」

 

 どうだと聞かれた青年であったが、正直名前の意味はよく分からない。だがそれよりも早く動くところが見たかった。

 

「いいと思います。それより早く起動してみましょうよ!」

 

「お前、本当に意味わかってるのか?……まあいいか、そうだな、俺も早く動かしてみたいし起動しよう!」

 

 そう言って弐式炎雷はNPC用のコンソールを出現させ、拠点NPCの一つとしてナーベラルを登録し、起動させる。するとまるで生まれたての雛のように弐式炎雷の後をくっついて動いている。

 たったそれだけの動作なのだが割とデザイン面や設定などに入れ込んでいた弐式炎雷は、声から嬉しさが滲み出ていた。

 

「おお!やっぱ動くと違うなあ!拠点に置いておくには惜しいくらいだ!」

 

「先輩ばっかずるい!俺にも貸して下さいよ!」

 

「あー、ちょっと待ってろ。よし、お前に指揮権移したぞ」

 

 その言葉通りに自分の後ろにナーベラルがついてきて来る。それが面白くて青年は他人の部屋だというのにグルグル回っている。そんな子犬と戯れるような姿を呆れつつも、ナーベラルに時間をかけて作って良かったと思う弐式炎雷。

 一しきり遊んだところで青年はあることを提案する。

 

「先輩、せっかくなら『ルプスレギナ』と『ユリ』加えて記念にスクショ撮りませんか?確か姉妹って設定にするんですよね」

 

 ナザリックで開かれた会議で拠点防御用のNPCの作成が立案された。そこでせっかくなら姉妹とした方が面白いんじゃないかという他のメンバーの意見が採用され、作られた順番に姉妹として設定されることになったのだ。

 弐式炎雷もグッジョッブのアイコンを出して答える。

 

「それいいな!よし早速行ってみよう、確か第十階層の玉座だったよな?」

 

「はい!昨日はそこで見かけました!」

 

「じゃあ行くか!」

 

 二人は指輪を使いナーベラル共々一緒に転移する。

 転移した場所は玉座の間の近くの通路。そこからナーベラルを連れて歩いて向かう。

 玉座の間に着くと既に一人のプレイヤーがコンソールをいじっていた。

 

「やまいこ先輩、こんばんは!」

「やまいこさん、こんばんは」

「弐式さん、後輩くん、こんばんは!」

 

 やまいこと呼ばれた巨大な姿の半魔巨人は、ナザリックの数少ない女性メンバーの一人である。やまいこはナーベラルの姉という設定にあたるユリ・アルファを創ったプレイヤーであり、今はユリの設定を書き加えている途中であった。

 やまいこもまた青年の先輩であり年上でもあるため青年を『後輩くん』と呼んでいた。そもそもこのギルドで一番の新参者である青年はみんなから名前で呼ばれず後輩という呼び名が定着してきている。 

 

「やまいこさん!遂に弐式先輩が作っていたNPCが完成したんです!」

 

「俺のセリフを取るな!……まあ、これがユリとルプスレギナの妹の設定のNPCナーベラル・ガンマなんだけど、どう?」

 

 少し緊張が読み取れる声色で自慢のNPCをやまいこに見せる。何だかんだでナザリックにおける女性の意見は重要なのだ。

 

「可愛らしくていいと思いますよ!純日本風の顔つきと戦闘用メイド服のデザインがマッチしていてボクは好きです」

 

「そ、そうですか。そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますよ……あっ!そうでした。良かったらで良いんですけどナーベラルの完成祝いにスクショで記念を残そうと思うんです。それで一緒にどうですか?」

 

「良いですね!ぜひ撮りましょう!」

 

 そう言ってユリのコンソールを閉じ、玉座がバックに見える位置に移動する。弐式炎雷もナーベラルと待機状態のルプスレギナを連れて移動する。

 それを遠目から見るだけで動かない青年にやまいこが声を掛ける。

 

「あれ?後輩くんは写らないの?」

 

「あ、いや、俺はNPCを作ったわけではないですから……。先輩方、二人で撮った方がいいかなあと思って……」

 

「そんなことないよ!後輩君、素材集めとか頑張ってたし、それに一番創られるの楽しみにしてたじゃん!一緒に写りたいですよね!弐式さん!」

 

「ああ。ナーベラルを創る時だいぶ手伝ってもらったからな。お前は絶対入るべきだ」

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

 二人の言葉に照れ臭そうに中に入る。

 前面にナーベラルと青年と後輩、その後ろにやまいことルプスレギナとユリが立つ。

 そして弐式炎雷があいずをだしてスクショを撮る

 

「よし撮るぞ!ハイ、チーズ!」

 

 カシャリとSEが流れ画像が保存される。

 弐式炎雷はスクショをすぐに写真データ化してやまいこと青年に送る。

 

「お、良く撮れてるな!」

 

「うん、どことなくみんな笑っている感じがするね!」

 

「はい!今日は良い記念日になりました!」

 

 この写真は永遠に、思い出は青年の心に残ることになる。

 

 

 

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「……なさい!」

 

 顔に強い衝撃を受けたことで脳が急いで活性化しようとする。

 だがそれよりも早く二発目の衝撃が顔面に放たれる。

 

「起きなさい!いつまで寝ているつもりかしら?」

 

「グっ!……はぁ……ぁぁ……」

 

 顔面を思い切り殴られたことで鼻と切れた口の中から血が溢れ流れ出る。

 俺は鎖でつながれていない方の左手でこするように血を拭うと手には紅がベッタリとついていた。その色を見たせいなのか痛みが余計酷く感じられた。

 薄暗い石畳の部屋と、壁と鎖で繋がれ逃げることが出来ない俺。先ほど見ていた夢とはあまりにも違う光景に気分の悪さを憶える。

 

「……起きた、起きたから……もう、殴らない……ッツ!」

 

 俺の言葉を聞いたうえでもう一度、鼻っ柱に拳が飛んでくる。

 鼻の奥が熱くなり、血がまるで封を切ったかのように溢れ出て冷たい石畳に赤い点を残していく。脳が揺れ、目からは反射的に涙が零れた。

 

「今のは私に対して口答えした分よ、立場を弁えなさい反逆者」

 

「…………」

 

 俺に対して反逆者と罵る女性の名は「ナーベラル・ガンマ」

 かつてゲームのいちNPCでしかなかった彼女は異世界に転移したことで生を受けた。

 一方の俺は同じギルドメンバーとの意見の違いから内部抗争に発展し、そして敗れた。

 地位も力も全てを奪われこの薄暗い地下室に繋がれている。

 

「さて、今日のあなたの考えを聞かせてもらおうかしら。アインズ様はあなたが考えを改めるというのなら至高の席に戻しても良いと仰ってくれているわ」

 

 血に濡れた顔で絞り出すように答える。

 

「……俺は……今のモモンガ先輩に従う気はなっ――ガッ!」

 

 俺が全部言い終わる前に容赦なく拳が放たれる。まるで俺の返答が分かっていたようだった。

 次にナーベラルはその細く白い両手で俺の首を締め上げる。

 

「なぜ!……なぜ!従わない!至高の存在としてナザリックの頂点に就くことの何が気にいらないというの!」

 

「…………っ……」

 

 必死に腕を剥がそうとするがビクともしない。

 息が出来ず必死にもがき苦しむ俺の姿を見るナーベラルはどこか嬉しそうだった。

 苦しみに意識が飛ぶ瞬間、やっとのことで手を放してもらえる。

 

「ガハッ、ハァーハァー」

 

 必死に肺に空気を送るを俺を見下すようにナーベラルは持ってきたポーションを俺の頭にぶちまける。すると折れているであろう鼻の骨や、打撲による顔の腫れなどが一瞬にして治っていく。

 いつものことだった。苦しめては治し、また苦しめる。これが永遠と続く、永遠と……

 

「あなたはどこにも逃がさない。どこにも行かせない。私達、いえ、私にとってはあなたが至高の存在でも、愚かな反逆者でもどちらでも構わない。私の側にいてくれるならそれでいい」

 

 そう呟くナーベラルの顔はどこか笑みを浮かべているように俺は見えた。

 ああ、弐式先輩……どうやら育て方を間違ったみたいですよ。

 

「……また来るわ。今日は始まったばっかりですもの」

 

 そういってナーベラルは部屋から出ていく。

 残されたのはポーションと血にまみれた俺が一人。

 ナーベラルが来たということは今日は水曜日か……。

 明日はソリュシャンに、その次はシズ。考えただけでどうにかなりそうだ。とりあえずは今日のナーベラルからの仕打ちに耐えよう。

 

 待て、しかして希望せよ、か……。この先に希望はあるのだろうか?

 

 

 




自分もプレアデスとのイチャイチャ物書きたいなあと思い書きました


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