プレアデスのおもちゃ 作:Momochoco
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プレアデスの一人『ソリュシャン・イプシロン』が目を覚ました時に、一番初めに見たものは二人の至高の存在であった。
至高の存在……自分たちの創造主であり、命を懸けてでも使えるべき相手であることをソリュシャンは生まれた時から知っていた。それはキャラ設定による学習と、NPCとしての本能から自らの役割を刻まれているのである。
目の前の二人を観察する。
一人は自分と同じであるスライムと、もう一人は輪郭揺らめく亡霊種であった。
二人の至高はソリュシャンが目覚めたことをいたく喜んでいた。
ソリュシャンに目線を向けたまま雑談を開始する。
「色々ありましたけど何とか完成することが出来て良かったですね!ヘロヘロ先輩!」
「そうだね。これも後輩が一緒に素材集めを手伝ってくれたからだよ」
「いや、そんなことないですよ。みんなで作ったんです。それより先輩!名前は決まっているんですか?」
「うん。『ソリュシャン』苗字が『イプシロン』だから繋げて『ソリュシャン・イプシロン』どうだろうか?」
「……?うん!良いと思います」
「意味分かってる?」
至高の二人はソリュシャンの前で色々と雑談をしている。そんな二人を見ているとソリュシャンの胸は何故か温かい気持ちになった。自分の仕えるべき至高の御方が自分のことをこんなにも気にかけてくれているのだと……。
そう考えただけで嬉しくなってしまう。
ヘロヘロと後輩の完成した喜びがアバターを伝わって、ソリュシャンにも届く。
ソリュシャンの喜びを知らない二人は、次々に設定などについて話していく。
二人は一通り重要事項について話すと、別れの挨拶を済ませる。どうやら起動に満足して設定などは後日決めようということになったようだ。二人がともにログアウトする。
ソリュシャンは至高の御方がいなくなることにさびしさを感じた。
生まれたばかりのソリュシャンはなぜ至高の御方が消えるのかは分からなかった。
それでもソリュシャンは目覚めたこの時決意をした。
何があっても絶対に忠誠を尽くしていこうと。
それからは穏やかな毎日が過ぎていった。妹に当たる『シズ・デルタ』と『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』それと『オーレオール・オメガ』が誕生したりもした。
アインズ・ウール・ゴウン攻略に大部隊が進行してきた時もあったが、それも見事に跳ね除けた。アインズ・ウール・ゴウンの名誉が増えるたびにソリュシャンも胸を高鳴らせ喜んだものだった。
また至高の御方の会話からリアルという存在やその意味を知った。
そんな中でソリュシャンはただひたすらに出番を待つ暇な時間を過ごしていた。
暇な生活の中で一つソリュシャンが楽しみにしている時間がある。
それは初めて起動したときにヘロヘロの隣にいた『後輩』と呼ばれる亡霊が自分たちの様子を見に来てくれることだった。後輩はログインした時には必ずと言っていいほどにプレアデスの顔を見に行く。
基本的に玉座に留まるだけのプレアデスにとって至高の御方が直々に玉座に来ることは少ない。来たとしてもプレアデスにはあまり目もくれないで要件をすまして去ってしまう。それが寂しかったのだ。
決して長い時間ではないが自分たちの様子を見に来る後輩に、ソリュシャンは魅かれていった。
ただし後輩からしたら手塩に掛けて作ったNPCを観賞するために来ているだけなのだが……。
それでもプレアデス達からしたら嬉しかったのだ。
だがそんな満ち足りた生活にもいつかは終わりが来るものだ。
至高の御方がドンドンとナザリックを去っていく。
ソリュシャンは恐怖した。いつか自分を作ってくれたヘロヘロ様ともうひとり『後輩』が来なくなることを。
そして遂にその時は来た。
後輩は最後にプレアデスを一目見た後、ナザリックから消えて行った。
ソリュシャンは悲しんだ。そして知ったのだ、失うことの辛さを、もう会えなくなることの悲しみを。
絶望した状態でも時間は過ぎていく。
ユグドラシル最終日に後輩は帰ってきた。
そして彼女達プレアデス一人一人に贈り物を下さった。労いの言葉も頂いた。
だが心から喜べない。何故なら本当の別れが迫ってきているのが分かったからだ。
ソリュシャンは必死に願った
『行かないでください。至高の御方のためなら何だって致します。だからどうか、このナザリックに残ってください』
そして奇跡は起きた。
アインズと後輩の二人がリアルへ帰ることが出来なくなったのだ。
NPC達は全員喜んだ。アインズがこの大墳墓に残ってくれると約束したからだ。ただ、後輩だけは煮え切らない態度をとったせいでアインズとの間に確執ができてしまった。
人間の本質を残したまま転移し帰還を望む後輩と、異形種であることを受け入れ愛するナザリックに残れる喜びに満ちたアインズとでは決定的な溝が出来たのだ。
その溝はNPCとの間にも深まることになる
◆
「まあ、いいわ、とりあえずアインズ様に報告してからにしましょう」
ソリュシャンはそう告げると部屋を優雅に出ていく。
地を這いもがき苦しむ反逆者とはあまりにも対照的な姿だった。
ソリュシャンの報告の任務は簡単なものだ。アインズの書斎まで行き、自分が今朝行った懲罰と今日の意思確認を報告するだけである。そしてこれまでにアインズの望み通りの答えが報告されたことはまだ一度もない。それ故、この報告は半ば形式上の物だけになっていた。
それでも報告を怠らないのはアインズ直々の命令であるからだ。手を抜くことは出来ないし、プレアデス達は自らの望みのためにも反逆者の世話をする。
薄暗い廊下を抜けるように早歩きで歩を進める。
ソリュシャンの美しい顔つきからはさっきまでの加虐的な笑みはなくなり、まるで人形のように表情が消え去っていた。
考えることは一つ。先程言われた軽蔑の言葉。それが彼女の胸に残り、抉り、侵していくのである。
(気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……)
たった一言「気持ち悪い」と言われた。
ただそれだけのことでソリュシャンの頭はグチャグチャになってしまった。
代わりに反逆者の顔をグチャグチャにしたが気分は悪くなる一方だ。
苛立っているのか、それとも悲しんでいるのか、どちらにせよソリュシャンの心は大きく揺れ動いている。
今の彼は至高の41人でも何でもない。
ましてやナザリックの一員であるとも言えない。
そんな相手のたった一言の呟きにここまで動揺するなどとは思ってもいなかった。
(…………)
ソリュシャンはただ無心を心がける。
これから会うことになるアインズに対して無礼な態度をとらないようにするためということもあるが、何より自分自身が情けなく、それでいてどこか惨めな気持ちになるようであったからだ。それだけは受け入れることは出来ない。
気付けばいつの間にかアインズの書斎の前に着いていた。
「失礼します」
ソリュシャンはアインズからの許しを得ると入室する。書斎の中ではアインズは読書でもしていたのか読んでいた本にしおりを挟み机の上にそっと置く。アインズにとってはこの一日一回の報告が日課になっているのかいつもよりゆったりとした態度でプレアデスに接していた。
アインズは昨日や一昨日、それよりももっと前と同じ報告を聞く。
至高の存在に戻らないという答えだ。
アインズは「ふむ」と一言つぶやいた後、頭を下げ腕を組む。
プレアデス達は報告を聞いた後のこのアインズが考えを走らせてる間が恐かった。
もしかしたら望む答えを引き出せなかった自分達が罰せられるかもしれないと思うからだ。しかし返答を待つより他は無かった。
アインズは次に顔を上げるとソリュシャンの顔をじっと見る。
そして一言呟く。
「ソリュシャンよ、何か悩みでもあるのか?」
「……いえ、何も問題はありません」
あくまで平常心。あくまで冷静に。ただそれだけに徹する
これは自分の問題だ。至高の御方に余計な手間を取らせるわけにはいかない。
そんなソリュシャンを見透かすようにアインズは話を続ける。
「私はお前たちのことを我が子のように思っている。だからこそお前が何かで悩んでいるのであれば力になりたいのだ。それとも私では力不足かな?」
「そんなことありません!……分かりました。実は――」
それからアインズに対して事のあらましを説明する。
アインズ様は何も言わずただ純粋にソリュシャンの話に耳を傾けて聞いた、ソリュシャンはアインズの慈悲深さに感謝しながら自分の思いを話していく。
「それで『気持ち悪い』と言われてから頭の中がグチャグチャになってしまったんです」
最後まで話を聞いたアインズはソリュシャンに寄り添いその骨の体で優しく抱きしめる。アインズの優しさがソリュシャンに流れていく。
「それは辛かったな……。安心しろお前は気持ち悪くなどない。ヘロヘロさんが作り出した最高のメイドだ。だから自信をもて」
「……はい…………はい」
決して涙など流さない。異形種だから?違う。彼女は誇り高きプレアデスの一人だ。至高の御方の前で情けない姿を晒すことなど出来ない。
アインズの優しい抱擁にソリュシャンも無言で抱き返す。ソリュシャンはアインズに言われた言葉に励まされた。それと同時に心の中に痛みを感じていた。モモンガ様は私を最高のメイドだと評してくれた。それなのにあの反逆者は……私がどれだけ思おうとも反逆者にはその思いが一切伝わらないのである。
確かに苦痛と辱めを与えているのは事実だ、だがそれは彼自身のことを思ってのことだ。現実なんかよりもここで至高の存在として君臨すれば良いというのに、それの何が不満なのか。分からない。理解できない。
「アインズ様……私の思いは伝わるのでしょうか?」
「安心しろ後輩はやさしい奴だ。最終的にはみんなといることが一番幸せであることに気付くはずだ。だがそれまではお前達プレアデスに辛い思いをさせてしまうことになる。そのことに関しては本当にすまない」
「構いません。例え嫌われることになったとしても私は……このナザリックに残ってくれるのなら何でもする覚悟です」
「ソリュシャン……お前の忠誠嬉しく思う。では、早速業務に戻るのだ」
ソリュシャンは深々とお辞儀をして部屋を出る。もう迷いはない。自分の愛を苦痛に変えて反逆者にぶつけるのだ。そしていつの日にか受け入れてもらう。その時には絶対の忠誠を誓おう。
ソリュシャンは心を決めて再び地下牢への道を歩んでいくのだった。
◆
顔面に蹴りを入れられたことで顔中血だらけだ。
さらに左腕はソリュシャンに捕食されてしまって今でも左腕の断面から激痛が走る
視界は痛みで白と黒が交互にチカチカとしていて周りの状況が見えない。
俺はいま苦痛の中にいる。
そしてその苦痛は死よりも辛く、過酷だ。
「クソ!クソッ!なんで俺がこんなめに……クッ……!」
誰もいない部屋の中で必死に喚き散らす。喚くことで自身に降りかぶっている膨大なストレスがなくなっていくように感じるからだ。それでも痛みは容赦なく後輩の体を襲ってくる。何もできない。逃げることも、助けを求めることも。
後輩は絶望に耐える。モモンガ先輩は俺の心を完全に折り、プレアデス達の傀儡にさせるつもりだ。そんなことは認めない。最後まで抗うと決めている。
痛みに耐えながら仰向けになりうめいていると扉の方から声が聞こえてきた。
「だいぶ苦しんでいるようね……反逆者さん?」
「ソリュシャン……てめえのせいだろうが」
必死に睨みをきかせて威嚇するがソリュシャンはそれを意にも返さない。嫌われる覚悟できている彼女は立ち止まらない。
「そういえばそうでしたわ。あなたの左腕は最高に美味しかった……。まだ腕は一本のこっているわね……。そろそろそちらも頂こうかしら?」
「ふざけるな!やめろ!」
ソリュシャンはいつも通りの笑みを浮かべながら後輩に近づく。そして来ていたメイド服の上着をボタンを一つずつゆっくりと外していく。最後の一つを外しを得たところでソリュシャンの持つ豊かな乳房が後輩の前に曝け出される。
俺の顔は真っ青に変化し部屋の隅に逃げようとするが、残っていた右腕をソリュシャンに掴まれる。嫌だ、あんな苦痛をもう一度受けるなんて絶対に嫌だ!必死に掴まれた腕を引き離そうとするがソリュシャンの方が力が上なため全く離れる様子はない。
「嫌だ……やめろ……」
「一回目も耐えれたんだから、二回目もきっと耐えれるわよ。さあ、楽しませてちょうだいぃ!」
ソリュシャンの露になった乳房に後輩の右腕がずぶずぶと沈んでいく。そしてすべてが浸かったところでゆっくりと濃度を上げ右腕をしわりじわりと溶かしていく。
「…………!あがああぁぁぁあああ!!!」
最初は皮膚が溶けていく。じわりじわりと溶けていく。次に肉に到達するここが一番苦しいのだ。これまで使っていた右腕がなくなるのだ、精神的なショックと肉体的なショックの二つが同時に襲い掛かってくる。肉が赤い水に変化していく様子が目の前で流れているのだ衝撃は大きい。
最後に残った骨はしゃぶるように溶かしていく。断末魔は既に声が掠れうめくことしか出来なくなっていた。そして腕の断面を焼いた後、ソリュシャンは両腕を失くした俺を突き飛ばす。両腕のない俺は尻餅をつくように地面に倒れる。
「あぁ、この味……やはりあなたの体はこれまでのどの人間よりも一番美味しいわ」
「うぅ……酷い…………こんなの、酷いよぉ…………」
思考が上手くまとまらない。喋る言葉はどこか幼稚さを感じられるものにすり替わっていた。それくらい辛かったのだ
「酷い?私達があなたに見捨てられた時はもっと辛かった!苦しかった!いつまでも至高の存在としていてくれると心から信じていたのに!あなたはその思いを裏切り、ナザリックすらも裏切った!だからもう二度と離れないようにたっぷりとその体に刻み込んであげる!苦痛をもってね…………あらやだ……ふふ……本音が出てしまったわぁ」
そして両足も次々に溶かしていった。俺は最早、痛みに叫ぶ力も残っていない。
両手両足を溶かされて最早、自力で動ける状態ではなくなった。
そんな俺の姿を見てソリュシャンはこれまでで一番の笑顔を俺に向ける。
「ふふ、可愛らしい姿ね。まるで、ぬいぐるみみたい。シズにあげたら喜ぶかしら?」
「はぁ……はぁ……」
「あら?もう言い返す気力もないのかしら?それにしてもあなた血だらけで少しみっともないわね。仕方ないからお風呂に入れてあげる」
そう言うとまるで赤子を抱えるようにソリュシャンが俺の体を抱える。まだ胸が丸出しなので隠して欲しいのだが。まあ、そんなことはさておきソリュシャンは俺を抱えたまま隣の浴室に向かう。浴槽には水が張られていた。
ああ、嫌な予感しかしない。
「大きく息を吸いなさい」
「なにを…………!!」
ドボンという大きな音を立てて四肢が溶かされた俺の体が水の中に落とされる。
急なことで息を止めることも出来ずそのまま沈んでいく。
手足がないため浴槽から出ることも出来ず溺れる。
そして段々と意識がなくなってきたギリギリを狙ってソリュシャンが俺を引き上げる。
口から水が噴水のように溢れ出てくる。力が抜けているからなのか涙や鼻水も流れていく。まさしく情けない顔をしていた。
「ふふ、とってもいい顔……顔まで食べちゃいたいけど、さすがにそれは死んじゃうわよねぇ……」
「ガハッ、ゲハッ……はぁ、はぁ……もう……やめ」
青白い顔をした俺の懇願を聞いたソリュシャンは無言でニッコリ笑い再び冷たい水の張った浴槽に落とす。
そしてまた落としては引き上げる
それを何度も、何度も、何度も繰り返す。
頭の中はもう完全に真っ白で何も考えることが出来なくなっていた。
最後に引き上げた後ソリュシャンは俺の濡れた顔と体を丁寧に拭きマジックアイテムを使って手足を元通りにする。
あれだけ血反吐を吐くような苦痛を受けて失った手と足が、マジックアイテムを使って一瞬で治ってしまう。こうしたナザリックの力を実感するたびに恐怖を抱いてしまう。
もうダメだ……意識が持たない…………
「これだけ辛い思いをしてまだ意地を張るつもり?」
「…………」
「……ああ、疲れて寝てしまったのね。本当に可愛い。ずっと一緒にいたい。ずっと側にいて仕えたい。たとえあなたに気持ち悪がられても、たとえ嫌われていると分かっていても、あなたのために全てを捧げるから、だから、どこにも行かないで……」
そう言ってソリュシャンは気絶した後輩に口づけをした。
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