プレアデスのおもちゃ   作:Momochoco
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木曜日 捕食のち蹴り

 大手企業のオフィスの一室、その中でインカムを使って会話しながらPCを打ち込んでいる男がいた。オフィスの中はまばらに人がおり、それぞれがそれぞれの業務を淡々とこなしている。そのため沈黙とはいかないまでも室内は割と静かであった。

 男は声が響き渡らないように小声でインカムで通話する。

 

『あんたいつになったら家に帰るの?もう一年以上も帰ってないでしょ!』

 

「わかってるよ、そのうち帰るって」

 

『前にもそういって先延ばしにしていたじゃない!父さんもあの子も心配してるんだから、たまには顔ぐらい見せなさい!』

 

 通話の相手は会話の内容から母親であるようだった。

 男は頭を掻く。男は一人暮らしを始めて今年で数年目だ。

 就職に成功した企業では仕事をドンドンと増やされていった。しかし、本人はその状況を決して悲観していなかった。自分の能力を会社が認めてくれたのだと諸手を上げて臨んだ。また、男の務める企業の待遇の良さも仕事への意欲につながったと言える。

 

 そのおかげで今では職場において重要なポストに就くことが出来た。だが、仕事が忙しくなるにつれてプライベートな時間も減ってきている。趣味のゲームはもちろん、実家に帰ることさえままならない状態であった。

 

 そんな出突っ張りの息子を心配した母親は帰省を催促する電話を掛けたのである。

 

「今、仕事が忙しくてどうしても帰れないんだよ。今度の連休には必ず顔を出しに行くから。そろそろ勘弁してくれない?」

 

 苦笑い気味にそう話す男は正直、通話に疲れていた。

 今日は仕事を終わらせて早めに帰らなければならない用事がある。

 

『……はぁ、約束だよ。それじゃあ、しっかりご飯食べて、お風呂に入って清潔にするんだよ!』

 

「わかったよ、またね母さん」

 

 そう言って通話を切る。男は溜息一つに大きく背伸びをする。

 そこへ男の同僚が通話が終わったのを見計らって話しかけてきた。

 

「よう!お疲れさん。また随分絞られたみたいだな!」

 

「ああ、母さんにも困ったもんだよ。顔見せろってうるさくて」

 

「まあ、両親なんてそんなもんだろ。それより今日は午後から早上がりするって言ってたけど何か用事があるのか?」

 

「……実は少し前までやってたオンラインゲームがサービスを終了するらしくてさ。最後にゆっくりプレイしようと思ってるんだ」

 

「それなら俺も知ってるぜ。『ユグドラシル』って奴だろ?いや、だからってゲームのために半休取るかね……」

 

 その言葉に男は「そうかもな」と自虐的な笑みを浮かべる。

 だがそれだけの思いを男は「ユグドラシル」に持っていた。もう数年もプレイしているゲームだ、愛着というのも自然と湧いてくるというものであった。

 だがそれ以上に別の理由がある。

 

 約束をしていた。最後に会いたいと言ってくれたギルドメンバーとリーダーのためにも絶対にログインしたい、そう男は思っていた。

 

 話しながらもデータを打ち込み、全ての作業が終わったところでソフトを閉じる。

 資料と退社の準備を淡々とこなす。

 

「一緒にゲームをやっていた人たちと最後に会おうって約束してるんだ。俺も思い入れあるし。だから、最後ぐらいはってね……」

 

「ふーん、そんなもんかね。まあ、いいや。それじゃご苦労さん!」

 

「おう!お前もしっかり働けよ」

 

 そう言うと同僚は手のひらをヘラヘラと振って答えた。

 

 

 

 ガスマスクをかぶり会社を出る。

 そのあとはいつも通り電車に揺られ、自宅付近の駅で降りてマンションに向かう。

 男は通いなれた道を淡々と進んでいった。

 

 男は現在一人暮らしだ。現在付き合っている女性はいない。寂しくなる時もあったが、さっき見送ってくれた同僚を含め友人関係は円満であると言える。だから何だかんだで今の生活には満足していた。

 

 近道になる路地裏を抜け、マンションにつながる道を真っすぐと歩いて帰る。

 住んでいるマンションに到着すると、自分の郵便受けをパパっと確認しすぐにエレベーターに乗る。

 

(それにしてもユグドラシルをプレイするのも久しぶりだな)

 

 そんなことをぼんやりと考えながらエレベータが目的の階に着くのを待つ。

 自分の部屋の前に着き鍵を開けると、それなりに整頓された部屋に入る。

 

「ただいま」

 

 ガスマスクを外し、部屋着に着替える。これから長時間ゲームをプレイするつもりなので昼食を軽く摂った後、専用の椅子に座り機器を接続していく。

 メールを確認し終え、いざゲームを起動する。

 

 

 

 目の前に映し出されるユグドラシルのロゴの後に、自分の所属するギルドの拠点であるナザリック大墳墓が見えてきた。スポーン地点は自室であった。

 自分の他にメンバーがログインしていないか確認するコンソール画面をだすが誰もログインしていなかった。といっても現在、ギルドに残っているのは自分を含めて数人だけなのだが。

 

「おかしいな、モモンガ先輩、プレイするって言ってたのに……。昼だから食事でもしてるのかな?まあ、そのうち来るだろ……」

 

 モモンガというのは男――「後輩」の先輩ギルドメンバーであり、『異形種ギルド』アインズ・ウール・ゴウンのギルド長の人物であった。今回、ユグドラシルの最後を一緒に過ごすことを決めたのもモモンガからの誘いがあったからだ。

 

 モモンガは良きギルドの先輩であった。

 アインズ・ウール・ゴウンに加入した自分に優しく接してくれ、リーダーとして今日までナザリックの維持をしてくれた。ギルドメンバーがほとんどやめてしまった今でもだ。

だから今日の約束だけは守ってあげたいと決めていた。

 

 まず初めに向かったのがギルド拠点『ナザリック大墳墓』の中心である玉座であった。ナザリックの内部は荒らされた形跡がなくモモンガの働きが見てとれた。

 それと同時に後輩は複雑な気分にもなる。

 

(これまでずっとログインしてなかったのに、最後だけ顔出すなんて虫がいいよな)

 

 そんな後ろめたさを胸に秘め、玉座の紀章を見て回る。どのデザインも良くできていて見ているだけでも楽しかった。

 

 その中でギルドメンバー達と一緒に作った思い出のNPC達がいた。

 六姉妹(正確にはあと一人いるけど)のメイド集団『プレアデス』がいたのだ。

 

 こんなに良く出来たNPCなのに。

「もう見れなくなるなんてもったいない……」

 

 そう自分の思いを口にしながらプレアデスを観察する。

 ユグドラシルの別売りツールを使って作られた彼女たちはどれも個性豊かな顔つきと設定をしていて、見ていて飽きることはない。

 

「モデリングデータだけでも抽出できないかな。いや、いつまでも昔のゲームを引きずるのも……。うーん」

 

 ユグドラシルが終わると聞いたときは後輩も最初は大いに悲しんだ物だったが、今となってはどこか割り切れている。

 過去の思い出は大切だがそればかりにとらわれていては前に進めない。もうゲームにのめり込めるほどの情熱はなかった。

 

 そう思うと途端に寂しくなる。そして、ゲームのキャラとは言え目の前のプレアデス達も可哀そうになってきた。 ギルドみんなで必死に作り上げてきたNPC達だ。消えてなくなるのはとても悲しい。

 

 そんな後輩は何かを思い出したのか、アイテムボックスを探る。

 取り出したのは六つの綺麗なリボンであった。色は白、赤、青、黄、緑、桃の六色の綺麗なリボン。

 

「♪」

 

 『贈呈用リボン』ナザリックにおいて感謝を示す時にプレゼントとして使われる課金アイテム(一個十円)である。これらは先輩のギルドメンバーが引退するときに余っていたものを譲り受けたものであった。そのことを思い出した後輩は、取り出したリボンをプレアデスたちに装備させていく。

 

 プレアデス一体、一体に思い入れがある。最後ぐらい贈り物をしてあげよう。

 

「よし、こんなもんか」

 

 

 

 全員に装備し終えた後に、一つのメッセージが現れる。

 

【モモンガ がログインしました】

 

 そして目の前に【転移】のエフェクトが発生する。赤い球を腹に入れたアンデットの最上位種オーバーロードが姿を現した。久しぶりに見る禍々しいデザインは最後にログインした時と変わりなかった。

 

「久しぶりですね後輩君!」

「……お久しぶりです。モモンガ先輩」

 

モモンガの嬉しそうな挨拶を聞いてやっぱり来てよかったと思う後輩

 

「また来てもらえて嬉しいです!もしかしてメールを読んできてくれたとか?」

 

「実はそうなんです。引退した身ですがナザリックには沢山の思い出がありましたから。もう一度見直そうかなって」

 

「なら話しながら色々見て回りましょう!あっ……でも、時間とか大丈夫ですか?」

 

「……はい、大丈夫です。今日は休みを取ってきたので」

 

 それからモモンガとナザリックを散歩しながら思い出話に華を咲かせていく。

 だがこの時の二人はまだ知らなかった。

 これから数時間後にこの空想のナザリックが実物になることを。

 

 

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

「…………!」

 

 目を覚ました時に真っ先に感じた感覚は「痛み」であった、痛い。痛い。痛い。

 痛みのする左腕に目を向けると肩から先がきれいさっぱりと無くなっていた。

 

「ああ…ああ……」

 

 次いで強烈な吐き気が襲ってくる。そうだ思い出した。俺は…………

 

「目を覚ましたのね。反逆者に堕ちたと言え、至高の御方であったあなたがこんなことで気絶してしまうなんて些か情けないんじゃないかしら?」

 

 金色ロールの髪に青い目をしたメイド。プレアデスの「ソリュシャン・イプシロン」が俺の目の前に立っていた。その顔はサディスティックな笑みを浮かべている。

 

 俺の世話係(という名の虐待)のナーベラルと交代したソリュシャンによって左腕を食われてしまったのだ。そのあまりの激痛と衝撃的な光景に意識が吹っ飛んだのである。

 思い返しただけでも気分が悪くなる。自分の腕がソリュシャンの胸の中で溶けていくのだ。腕の断面は酸に焼かれていることで出血が抑えられていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 必死に息を整えようとするがあまりの痛みに上手くいかない。

 俺はうつ伏せになりグッと歯を噛み締めてただ時間が過ぎ去るのを待つ。

 

 苦しむ俺とは反対にソリュシャンは恍惚の笑みを浮かべながら俺の左手を味わっていた。

 

「あぁ、最高に甘美……。至高の御方であったあなたの腕を食べることが出来るなんて……、ふふっ、あははは!」

 

 一人、悦に浸っているソリュシャンの姿を見上げて俺は精一杯の睨みを聞かせて、吐き捨てる。

 

「……気持ち悪い」

 

「!」

 

 俺の言葉に反応したソリュシャンはさっきまでの表情が嘘のように冷酷に満ちた顔になる。そしてそのまま俺の側に近寄ると、顔面に思いっきりつま先をめり込ませた。一瞬遅れて、自分の顔面を蹴られたことに気付いたがその時には激痛が襲っていた。

 

「グっ!、ハァ、ハァッ!」

 

 ちょうど鼻先に当たったことで鼻血が溢れ出ていく。

 痛いというより苦しいという表現の方が正しい。

 残った右腕で血を拭い去ろうとするが溢れ出てくるためきりがない。

 うつ伏せの体勢から仰向けになり大きく深呼吸をして呼吸だけでも整えようとするが上手くいかない。反射的に目からは涙が溢れてくる。

 

「その苦痛に歪む顔も素敵……」

 

 ソリュシャンはそっとしゃがんで顔を俺の顔に近づける。そしてその口から艶めかしく舌を突き出して、俺の顔に広がる血と涙を甘露水を舐めとるように口にする。

 そして問う。いつもの問いだ。

 

「確認するけど、至高の座に戻る気は?」

 

「ハァ……ハァ……腕一本食べてから聞くのかよ……戻る気はない。これからも」

 

「口ではそう言っててもいつまでも耐えられる訳ないじゃない…………どうせ私はあなたに嫌われているんでしょ。だったら、今のうちに楽しんでおかないと。ねえ、次は右手にしましょうか?それとも足?それとも――目?まあ、いいわ、とりあえずアインズ様に報告してからにしましょう」

 

 ソリュシャンはそう言って部屋を出ていく。

 俺は無くなった左腕と蹴られた顔の痛みが引くのを待つ。たぶん引くより早くソリュシャンが帰ってきてしまうけど。

 

 ああ、早く一日が終わんないかなあ。

 




本当は一週間に一話ペースにしたいです
後編に続く 


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