筋骨隆々の男性が黙々と筋トレを実践して話題となったNHKの「みんなで筋肉体操」。自重を使った本格的なトレーニングと、俳優の武田真治らを起用したビジュアルがSNSなどで注目を集め、決めゼリフ「筋肉は裏切らない!」は昨年の新語・流行語大賞にノミネートされた。第1、2弾に続き、第3弾の放送も決まった同番組を監修したのは、近畿大の谷本道哉准教授(46)。「最終的には高齢者にも筋トレ人口を増やしたい」と、筋トレを通じた健康促進を目標に掲げるマッチョな研究者だ。(取材、構成・金川誉)
「あと5秒しかできません!」「きついけど、つらくない」「出し切らないと、後悔する!」。番組では熱い声掛けで武田らを鼓舞した逆三角形のインストラクター。その正体は普段、近畿大生物理工学部で学生を指導する准教授だった。NHKが筋トレ番組を企画・制作するなか、白羽の矢が立ったのが谷本氏だ。
「NHKの方が、世の中で筋トレの需要が高まっているので、お手本になるような番組を作りたいと。そこで僕にたどり着いたみたいです。制作チームとの相談で、思い切り上級の内容でいくことになりました。正直少し不安だったんです、誰もついてこられないんじゃないかと。しかし、突き抜けて厳しいものにしてみたら、うれしい誤算で喜ぶ人が多かった。運動中に掛けるセリフは、制作のチェックは入りますが、一字一句、僕が考えています」
近大和歌山キャンパスにある研究室はトレーニングジムそのもので、筋トレの器具が所狭しと並ぶ。専門の筋生理学、トレーニング科学に基づき、一番のテーマである筋トレについて、自らの体も駆使しながら研究にいそしんでいる。
「運動関係の市場は今まで、楽をしたいというニーズにこびすぎているところがありました。世間はとにかく、楽して変わりたいと思っているんだと。でも劇的なビフォーアフターをうたった通販グッズを買って成果が出なくても、怒る人ってあまりいないじゃないですか。やっぱり本格的にやらないと、変われないという思いはあったんじゃないかと思います。楽をして変わりたいというニーズはあるんだけど、(一方で)それはおかしいんじゃないかという潜在意識もあって、『筋肉体操』はそこを呼び覚ませたんじゃないでしょうか。たった5分でこんなにきついことができる、こんなに(筋肉を)追い込めるんだと、『楽』の対極が受けたんです」
自重で強い負荷をかける適切な筋トレを広めるのには理由がある。学生時代はラグビー、空手に打ち込み、競技力を上げるために筋トレのとりこになった谷本氏。大学卒業後はいったん一般企業に就職したが、本格的に筋トレの勉強がしたいと東大大学院で学び、研究者の道へ進んだ。自らのトレーニングも熱を帯び、ベンチプレスでは140キロでセットを組んでいた。しかし強い負荷をかけすぎた結果、体は悲鳴を上げた。
「筋トレは上げる重さが2倍になったからといって、筋肉にかかる力が2倍かかるとは限らない。だんだん筋トレがうまくなっていくんです。ベンチプレスなんて、筋力は変わらなくてもテクニックだけで1・5倍ぐらい伸びますから。使用重量が上がれば関節への負担が増えます。筋肉や骨と違って、関節は代謝が遅く消耗しやすい組織。僕はあちこち悪くて、特にひどい肩は“角”ができています。鎖骨の端の関節と接するところが変形して、骨棘(こっきょく)と言われる巨大なとげができているんです。整形外科に行くと、脱臼していると間違われるほど。周辺の靱帯(じんたい)も傷んだままで、強くボールを投げることはもうできません」
こうした経験も元に、現在では関節などへの負担が少なく、筋肉に強い刺激を与える方法を研究テーマの一つとしている。自身は1回20分間の集中したトレーニングを週5回のペースで継続。バーベルの重さはかつての半分以下だが、筋肉量は維持できているという。マッチョを目指すだけでなく、筋トレは一般の人の健康にも必要と訴える。
「一番は健康上の理由。死亡率や、いろんな疾病にかかる割合は、筋力が高いとリスクが下がる、というデータがいっぱい出てきています。寿命が長くなれば、その関係性はもっと強くなるはず。健康という意味で考えると、早死にするつもりの人以外、全員にとって筋トレはより必要なことになっていきます。最近は筋肉貯金という言葉で、中高齢以降は筋肉がないといけないという認識が強くなってきていますが、その意識はますます上がっていかないといけない。『人生100年時代』と『筋肉貯金』は対になるような言葉です」
しかし「トレーニング自体が楽しい」と笑う谷本氏とは違い、きついトレーニングを続けられない人がいるのも事実。ライト層は、どんなトレーニングを目指すべきだろうか。
「筋トレ自体を楽しめるのが理想です。それが難しければ、ゴルフの飛距離を伸ばしたいなどと他の好きなことにつなげれば、モチベーションも上がると思います。かっこいい体型になりたい!でもいいでしょう」
谷本氏の大きな目標の一つは、中高齢者層に筋トレを定着させることだ。「みんなで筋肉体操」は、5分間×4日間のミニ番組。しかし筋トレは継続が何よりの力となるだけに、毎日決まった時間に放送される帯番組が理想的と語る。
「みんなが筋トレをして、みんなが元気で、90、100歳まで過ごせるようにしたい。今はその第一歩。自重でも十分に強度の高い筋トレができますよ、ということを示したいんです。重さにこだわり過ぎて、あちこち悪くする人がいるので。また、ジムに行くのはすごくいい選択肢だけど、いつも行けるとは限らない。最終的には高齢者にも筋トレ人口を増やしたい。高齢者向けトレーニングのアイデアも、もういろいろとあるんです」
◆谷本 道哉(たにもと・みちや)1972年11月21日、静岡県生まれ、46歳。大阪大学工学部を卒業後、建設コンサルタント会社に就職。27歳で退社し、東京大学大学院へ進む。その後、国立健康栄養研究所の研究員などを経て、現在は近大生物理工学部人間環境デザイン工学科准教授。専門は筋生理学、トレーニング科学。1男2女の父だが「子どもたちに筋トレは強要していません」。