神都の詳しい情報や不明なので、ここではweb版で出てきた六大神殿に加え、最高執行機関が会議を行ったり六大神の装備を保管していた大神殿は別にあり、合計七つの大神殿があるということになっています
また山河社稷図の効果や発動エリアの範囲等も、分からないところは独自設定としています
「どうですか?」
周囲の状況を確認後、異界に後から進入を果たしたデミウルゴスが、発動者のアウラに問いかける。
「やっぱり都市全部じゃなくて、神殿内で使ったら、そこが一つのエリアになるみたい」
広げた山河社稷図を元に戻しながら、アウラが言う。
事前の実験で、発動する一つのエリアがどう言ったものを指すのかは判明していた。
基本的に一つのエリアとは自分のいる場所を指す。
一つのエリア丸ごと効果を発揮するという意味では、超位魔法
つまり湖そのものが一つのエリアとして区別されたのだ。
面積で言えば広大だが、あれでも想定されていた最大範囲では無かった。
本来あの湖はトブの大森林の一部なのだから、森の中で使用した場合、トブの大森林全てが範囲に収まる可能性も想定されていたからだ。
しかし実際はそうはならず、あくまで森の中にある湖だけが凍結した。
つまり一つのエリアとは、発動した場所に依存していると考えられる。
今回で言えば、神都の入り口で使用すれば、神都が丸ごと範囲に入る可能性があるが──カンリンャで霧を発生させた時はそうだった──神殿の中に進入したところで発動させれば、その神殿が一つのエリアとして認識されるということだ。
「想定通りですね、結構。ならば六大神殿を一つずつ、制圧していくとしましょう」
奇襲によって手早く神人を含めた法国の上層部を制圧するのが、今回の作戦の目的だが、神都全てが範囲に入っては、間引きや探索に時間を取られて神都の住人にまで気付かれる可能性がある。
しかし、聖域と呼ばれ法国でも限られた一部の者しか入れない大神殿を、山河社稷図で一つずつ制圧して行けば、気付かれにくい。
そうでなければ神都全てを消し去らなくてはならなかったが、今後のことを考えるとそれは避けたかったため、ありがたい。
「了解ー」
「ちなみにアウラ。この神殿に後から入ったのは私たちだけ?」
もう一つの懸念材料をアルベドが問う。
「うん。ここには
そうした者も自分の意志で入るか選ぶことができるが、今回そうしてこの囚われた空間に後から侵入したのはここにいる守護者たちだけということだ。
つまりこの神殿内には自分たち以外
それもこちらにとっては僥倖だった。
「そう。それは何より。では外にいるシャルティアが痺れを切らす前に、手早く、そして完璧にここを制圧しましょう」
満足げな笑みを浮かべたアルベドが、全員に指示を出す。
そう。守護者の中で唯一、シャルティアは山河社稷図の創りだした異界に入ることを拒否し、外での警戒任務に就いている。
山河社稷図によって異界に囚われた空間と交換する形で、現実の世界では全く同じ絵画の世界が現れる。
絵画とはいえ、普通に中に入ることも物に触れることも出来るが、フィールドの外に出れば煙のように消えてしまう。
例えば外から誰かがこの神殿内に入り、何かを持ち出した場合、異変に気づかれる可能性がある。
それをさせないために、
これは同時に、種族的なペナルティである血の狂乱によって我を忘れてしまう──スポイトランスで血を吸い尽くせば発動確率は非常に低くなるが絶対ではない──シャルティアに対する保険の一つだ。
絶対にミスが出来ない作戦だと理解しているため、シャルティアも一つの交換条件と引き替えに、この作戦に同意した。
とは言えこれも絶対ではない。だからこそ、時間を掛けず手早く済ませなくてはならないのだ。
「デミウルゴス。作戦指揮官として何かある?」
「ああ、みんな。改めて言っておくが、基本的にここにいる人間は全員始末する予定だが、巫女姫と呼ばれる人間だけは生かして捕らえてくれ。アインズ様からのご命令だ」
作戦内容に関しては、何度も話し合っているが、再度デミウルゴスは念押しする。
主がエ・ランテルの墓地で一度見たというそのアイテムは、ナザリックのデータクリスタルを用いても再現は不可能な、この世界特有のアイテムであり、その時は依頼の達成を第一に考えて破壊したが、クアイエッセからそのアイテムが法国の最秘宝の一つだと聞いたことで──あくまでも守護者の安全が第一としながらも──主からは使用できる人間も合わせて確保を命じられている。
当然、主が望むのなら、なんとしても手にする必要がある。
「まあこの神殿に関しては、居場所が分かっているので私が取りに行きます。今頃、戦場を覗いている頃でしょう」
ここ水神殿では、
今まさに戦争が開始しようとしている現状、使わない手はないだろう。
となればそこに巫女姫も居ると言うことだ。
こうした情報を事前に入手したのも、全ては主がクアイエッセを捕らえたおかげだ。
とにかく情報を収集し、奇襲でもって勝負を付ける。それこそがギルド、アインズ・ウール・ゴウンの基本にして神髄でもある戦術。
今回の作戦は自分たちから、主に言い出したことではあるが、まるで初めからこうした事態を想定していたかのようだ。
いや、恐らくはそうなのだろう。至高の御方が残した戦術を授けてくれたこともそうだが、自分たちで考えて行動したつもりでも、結局は主に助けられてばかりだ。
だからこそ、それに報いるため、そして本当の意味で自分たちの有用性を主に認めて貰う意味でも、今回の作戦にいて一つのミスも許されない。
「さて。行こうかみんな。作戦開始だ」
静かに、けれど決意を込めてデミウルゴスは言い、未だ異界に囚われたことも気づいていない、神殿内部に足を踏み入れた。
・
「……クアイエッセ。改めて聞くが、今の話に偽りはないな?」
精神を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた後、こちらを見据えて隊長が言う。
他の隊員たちもまた同じようにクアイエッセを見る。
その視線を受けとめながら、クアイエッセは当然とばかりに頷いた。
「もちろんです。最高執行機関の皆様は、意図的に私が伝えた情報を隠しています。ヤルダバオト様の目的、そしてその為に必要な手段を」
欲に溺れた最高執行機関の面々が選択した愚かな、そして予定通りの選択。
それを漆黒聖典の皆に伝えることが自分に課せられた仕事だ。
「十五万の生け贄と引き替えに、六大神を復活させる……か」
偽りの神を復活させるための偽りの儀式。
ヤルダバオトの件や、他にもそれらしい証拠を集めて辻褄を合わせたとは言え、神官長らがああも簡単に信じるとは。驚きを通り越して哀れといわざるを得ない。
欲望の味を知らなかった神官長たちからすれば、神の復活はそれほど甘美な夢であり、同時に法国がそれだけ追い詰められている証拠でもあった。
「はい。それも必要なのは強者の魂。つまり、王国の農民に毛が生えた程度の兵では生け贄にはなり得ません」
一つの情報を詳しく話し合う前に、次々と情報を提示することで考える時間を与えない。
「ってことは。本命は聖王国と帝国か。しかしあの二国だけで十五万も集まるのか?」
こうした時、隊長以外で口を開くのはいつもセドランだ。
「いえ、王国の中にも少しはまともな者も居るでしょう。とはいえ割合で言えば三割程度でしょうが……」
生け贄に必要なのは一定以上の強さを持った強者の魂。
あえてそういう事にしたのは、ヤルダバオトが帝国と聖王国だけを狙い、弱い王国を狙わなかった理由をでっちあげる意味合いもあるが、同時に法国が戦争を容認するための布石でもある。
誰の魂でもいいとなれば、犯罪者や亜人奴隷を使うなど時間さえ掛ければ方法は幾らでもあるが、生け贄に必要なのが強者の魂としたことで、各国の軍人や兵隊、亜人の戦士などしか候補が存在せず、そのためならば戦争もやむなしと考える理由付けになる。
それとは別にもう一つ理由があるため、これからそこに話を持って行かなくてはならない。
「つってもよ。何で神官長様はクアイエッセに口止めしてまで、それを俺たちに隠すんだ?」
心外だというように、再びセドランが吐き捨てた。
他の隊員たちも、皆口は開かないが同じ事を思っているのは伝わった。考え無しに疑問を口にするセドランはこう言う時にも役に立つ。
ここだ。とクアイエッセは追撃の一手を打つ。
「……恐らく、神官長は神を一柱以上、復活させようと思っているのではないでしょうか」
二柱以上の復活となれば、生け贄は最小でも三十万、王国兵の脆弱さを考えれば四十万近くが必要となる。
それでは例え三国連合の兵を全て討ったとしても数が足りない。
そうなれば大局を見据えて、大のために小を犠牲にすることを是とする、法国がどう動くかは明白だ。
「つまり。法国の兵も生け贄の一部に考えている……いや逆か。件の
即座に正解を口にしてみせる年若い隊長を、クアイエッセは心の中で称える。
計画通り動かされているだけとは言え、瞬時にこの結論を導き出すのは中々できることではない。
そう。最高執行機関は他国の兵より先に、法国の兵を生け贄に捧げようと考えているのだ。
日夜損得を度外視にして亜人国家と戦い続けている法国の力は、一般兵でも徴兵制を敷いている聖王国にも勝り、帝国にも比肩する。
彼らをわざと無策で前線に出せば、従属神ヤルダバオトすら討った神が、それを見逃すはずがない。
強力な魔法を用いて一気に法国の兵を殺し尽くすことだろう。
そうなれば被害は大きいが、同時に大量の生け贄の魂を獲得できる。
彼らを生け贄に捧げれば早々に神を復活させることが可能であり、三国の兵と合わせれば二柱、運が良ければ三柱の復活も可能。
つまり自国の兵を真っ先に生け贄に捧げる。これこそが最高執行機関の狙いなのだ。
「……えげつねぇ作戦だが、法国の現状を考えるとそれしか手がねぇのも事実だろ。俺たちがそんなこともわからず、義憤に狩られて反旗を翻すとでも思ったのかよ」
今度は憤慨した様子で、セドランが苛立ちをぶつけるように床を踏み抜く。
神官長たちが漆黒聖典にその話を伝えなかったのは、他の六色聖典と異なり、漆黒聖典が偽神の残した装備を身に着けている部隊だからであり、装備ごと消滅させられる危険性や、そもそも一人一人が英雄級である漆黒聖典を失うことは、例え六大神復活のためだとしても、損失が多すぎると思ったからなのだろう。
ようは──打算ありきだとしても──漆黒聖典のためだと言える。
だが当の彼らはそうは思わない。今まさにクアイエッセが神官長が漆黒聖典に情報を隠していたと伝えたことに加えて、元々漆黒聖典は六色聖典の中でも、英雄級の戦力を結集した最強戦力であるが、その強さに足るだけ栄誉は存在しない。
配属が決まった瞬間、生まれた経歴ごと抹消され、アンダーカバーとして偽りの経歴を与えられて、目立たない生活を強いられることになる。
だがそれでも、国のため人類のためと敢えて汚れ役の日陰者を甘んじて受け入れる。かつての自分もそうした誇りを持って任務に当たっていたから気持ちは分かる。
当然そのことを分かってくれているはずの神官長たちが自分たちの信仰を疑った。セドランがそう考えても仕方がない。口には出さないがそれは隊長や他の隊員たちも同じだろう。
セドランのおかげで上手く話を誘導できた。
自分の役目はこれから起こることに備えて、漆黒聖典と神官長たちの間に不信感を抱かせておくこと。
そしてもう一つクアイエッセがこの場を抜け出す理由をつくることだ。
その両方がこのまま叶いそうだ。
「……私が神官長たちに話を聞きに行く」
だが、クアイエッセが提案するより先に、隊長がそう宣言した。
優秀で決断力かあり過ぎるトップというのは、敵に回ると厄介なものだ。
(……仕方ない)
「お待ちください隊長。その役目、私に任せては頂けませんか?」
「お前に?」
「はい。何故私たち漆黒聖典が、神官長の皆様方からの信頼を失ったのか、それは恐らくあれが原因だと思うのです」
「疾風踏破のことか」
元漆黒聖典第九席次、疾風踏破。
法国の最秘宝の一つである叡者の額冠を奪い行方をくらませた裏切り者。そしてクアイエッセの妹でもある。
彼女の存在が、今回の話の信憑性を高めている。
つまり、自分たちが幾ら身を粉にして法国に仕え、無償の奉仕を誓ったとしても、実際に裏切り者が出たという事実は変わらない。
もちろん、クレマンティーヌは、その英雄級の強さとは裏腹に、精神が破綻した異常者であり──それが先天的にしろ後天的にしろ──今の隊員にそうした者は居ないだろうが、直接指揮を取るレイモン以外の最高執行機関の者たちにすら、六色聖典の行動は詳細には知らされていない。
そしてその原因となったクレマンティーヌはクアイエッセの妹だ。
そのせいで漆黒聖典が疑われ、今回の作戦から外された。そういう方向に話を持って行く。
「はい。あれの裏切りがあったからこそ、神官長たちは私たちを手元に置き、監視する事を選んだのではないかと。だからこそ、兄として不肖の妹の犯した過ちの責任を取らせていただきたいのです」
ジッと隊長がこちらを見据える。
ここが正念場だ。上手くこの場を抜け出せなければ、この場で自分が預かっている切り札を使わなくてはならない。そうなれば、今から自分が向かう場所にいる者にも気付かれてしまうだろう。
だからこそ、失敗は許されない。
自分に掛けられていた洗脳を、死の安らぎと復活の救いによって解いてくれた己の神、アインズ・ウール・ゴウン様に報いるためにも。
強い意志を込め、クアイエッセは自分より低い位置にある隊長の目を見つめ返した。
・
聞いていた通りの場所で待っていた彼女の下に、それが現れた瞬間、胸が踊った。
自分の視力でさえ完全に捉えることのできない速度で、室内に侵入したその小さな影を見て、ついに待ち望んでいた相手が現れたのだと、自然と口元が持ち上がっていく。
(裏切り者としてさっさと処分してやろうかとも思ったけど、信用してみるものね)
自分をここに呼び出した相手の顔を思い出す。
漆黒聖典第五席次、一人師団。
自分がここにいるのは奴に唆されたためだ。エイヴィーシャー大森林で一度殺され、従属神の魔法で復活して戻ってきたその男には、以前から興味があった。
正確には一人師団ではなく、それを殺した者にだ。
自分よりは遙かに弱いとは言え、自身も英雄級の実力を持ち、更にはそうした英雄級の者でなければ倒せない魔獣を十体以上従える存在を容易く殺した。
それもエイヴィーシャー大森林内でとなれば、思い当たる相手は一人しかいない。
そのことを確認したかったのだが、どうやら神官長たちは自分と一人師団を会わせたくないらしく、一人師団は常に監視され、自分もあれこれと理由を付けられて、宝物庫の前から動くことを禁止された。
そして今日。なにやら大事な用件があるらしく、神官長だけでなく、他の執行機関の者たちも合わせ、ほぼ全員が会議室に篭もったことで、自分もその護衛として、いつもの宝物庫の前ではなく、会議室に近いこの場所での待機を命じられた。
大事時間が経過したが、一向に出てくる気配はなく、こちらも一向に揃うことのないルビクキューにも飽き飽きして、いっそ仕事を放り投げて、一人師団のところに行ってやろうかとも考えたが、つい先、あちらの方から自分に会いに来た。
突然のことに些か驚いたが、そこで彼から聞かされた話は想像とは違った。
一人師団を殺したのはエルフの王ではなく、幼い
そして一人師団はその
この場所で待っていれば今から直接会いに行く。という類のものだ。
自分を殺したはずの
『あの方はあなたより強い』
自分とまともに戦ったこともなく、強さを正確に計れるはずがない一人師団の言葉は、単なる挑発に違いない。
それは分かっていたが、その言葉には抗いがたい魅力があった。
法国最強にして絶対不敗の存在と呼ばれて久しく、自分と対等な相手に出会った事はない。
同じく神の血を覚醒させ、若くして漆黒聖典の隊長となった少年も、自分の望みを叶えてくれる存在ではなかった。
だからこそ、誰一人として、はっきりと口にしたことの無かった言葉を、何の迷いもなく言い切られたことに興味を持った。
罠であればそれでも良い。そんなつまらない手段に出るのなら、それごと叩きつぶせば良いだけだ。
そう考えて、ここに出向いた。
そしてそれは正解だった。
本来は六色聖典の者たちが訓練を行うのに使う、広い訓練室。
今はその六色聖典は何かの任務で駆り出され、唯一残った漆黒聖典も別の部屋で待機している。
つまり邪魔が入ることなく、存分に戦えるということだ。
空間内を踊るように駆け回るその影を目で追いながら、彼女は
普段の彼女ならばもっと余裕を持っているものだが、相手は若くして神の血を覚醒させ、漆黒聖典の隊長に任命された隊長よりも遙かに強い。
僅かに動きを見ただけだが断言できる。
だからこそ、本気を出さなくては勿体ない。
そう思った。
何の前触れもなく目の前に高速で動く物が入り、同時に回避行動を取った。
いや、動いたら偶然避けられただけと言うべきかも知れない。
同時に大理石で造られた地面が弾けて、深い亀裂が走った。
「ありゃ。避けられたか」
若いというより幼い子供のような声だが、聞いていたとおりの
そしてその言葉を吐いた一瞬、動きを止めた
「ぶんぶん飛び回ってないで落ち着いたら? 挨拶くらいしなさいよ。ねぇ……弟君」
ほんの一瞬だけ見えたのは、左右で色の違うオッドアイと長い耳。
そしてこの身体能力。それが示す答えは一つ。
自分と同じくエルフ王を父親を持つ異母弟。そう考えるのが自然だ。確かにそれなら一人師団があっさりと殺されたことも、自分に興味を持って伝言を託したことも説明が付く。
「はぁ?」
しかし、その言葉を聞いた途端、その影はそれまでの軽い口調を一転させ、低い声を出しながら自分の正面に着地した。
ようやくはっきりと確認できたその姿は思った以上に幼い。
長寿であり、速度は遅くとも成長するエルフ族の外見年齢から換算すれば七十から八十代といったところか。
どちらにせよ自分より年下なのは間違いない。
この怒りは、自分の母親と同じように、
白銀と漆黒のオッドアイである自分と異なる緑と青の瞳。
浅黒い肌と長く尖った上向きの耳。
腰には巨大な巻物を巻き付け、背中には巨大な弓、そして手には長い鞭を持っている。あれが地面を割った攻撃の正体だろう。
どちらにせよ近接戦よりも、中、長距離での戦いを得意としてることが伺える。
(熱くなりやすいタイプなら、もう少し煽って近接戦に持ち込むか)
自然とそうした思考になっている自分に驚く。
今まで誰を相手にしても勝利し続けてきた絶対不敗の伝説を持つ彼女にとって、戦いを楽しむために、相手を煽って全力を出させるようなことはあっても、相手の冷静さを奪い、隙を突こうとしたことなどない。
だが、これで良い。
絶対に勝利できる戦いではなく、絡め手も含めて自分の全てを費やさなくては勝てない相手。
それこそが自分の望んでいた相手なのだから。
「おっと。危ない危ない。相手を怒らせて冷静さを奪う。単純だけど結構有効な手なんだよね」
睨むように細めていた瞳を開き、
「若い割に結構冷静ね。ますます気に入った」
「気に入られても嬉しくないけど。まあいいや。一応確認しておくけど、アンタが神人って奴で良いんだよね」
「そうよ。私こそスレイン法国特殊部隊。漆黒聖典の番外席次、絶死絶命。そう言うあなたは?」
「ん? いや、わざわざ教える訳ないでしょ。自分から情報を流すなんて、バカじゃないんだから」
カラカラと屈託なく笑う
なるほど。やったことはあっても、やられたことはなかったが、これはそれなりに有効な手段だ。
危うく冷静さを失うところだった。
「……なら。始めましょうか」
改めて
いくら広いと言っても、障害物も何もないこの空間では、距離をとり続けるのは難しい。必ず追い込み、先ほどの無礼を詫びさせてやる。
そして万が一にでも自分に勝てたのなら──
「姉弟でってのは少し気になるけど、まあ仕方ないか……期待しているよ」
「まーだ言ってる。アンタ二つ勘違いしているよ。一つはあたしとアンタは血の繋がりなんか無い。エルフの王だっけ? そんなのと何の関係もない。あたしは至高なる御方によって創造された者。一緒にされたら不愉快だよ」
生まれたではなく、創造という言葉を不思議に思うが、今はどうでも良い。
「それは好都合だけど……あたし?」
少年のような格好をしているが、まさか女だというのだろうか。
確かに幼さが残っている外見は少年のようにも少女のようにも見えるが……
それがもう一つの勘違いということか。
どちらにせよこれ以上我慢する気はない。
「ん? ああ、来た来た。こっちこっち。早く来なさいよ」
飛び出し掛けたところで、突然
攻撃の絶好の機会だが、流石にこの状況でこちらから仕掛けるのは、気が引ける。
警戒は解かないまま、同じように視線を向けると、そこにはいつの間に室内に入ってきたのか、それとも魔法か何かで隠れていたのか、別の人影があった。
「そっちはどう?」
「う、うん。準備できたよお姉ちゃん」
トコトコと極普通に室内に入ってくるもう一つの人影に、再び目を見張る。
髪型や長い耳の向きなどの違いはあるが、顔立ちは二人とも瓜二つの
およそ戦闘に向いているとは思えないオドオドとした態度と足取りで、ちらりとこちらを見つめる。
(双子? あっちも同じくらい強ければ少しまずい……一度退くか)
絶対不敗を謳う彼女がまともに戦うこともなく、初手からそうした消極策を考えたのは、少女の瞳が理由だ。
もう一人と同じオッドアイと言う意味ではなく、その瞳に何の感情も浮かんでいなかったのだ。
恐怖や怯えだけではなく、やる気や意気込み、怒りさえもないその瞳に、気味悪さを覚えた。
何より、自身が望んでいるのは全力を出した自分と戦える存在。二対一ではその望みは叶えられない。一度この場を離れ、体制を立て直すべきだと考えた。
しかし、全ては遅すぎた。
「ペス……じゃなくて、え、えっと。お願いします」
ここにはいない誰かに語り掛けるように、杖を持った少女が言った瞬間。
空間に暗闇が浮かび上がった。
「ッ!」
魔法か、それとも武技、あるいはタレントか。
考えるより先に体が加速する。
何よりそれを止めなくてはならないと直感して、地面を蹴った。
「おっと。邪魔はさせないよ」
飛び出した彼女の、横から鞭による一撃が飛ぶ。
今度は避けずに
「なっ!」
高速の体当たりを喰らい、体が飛ばされる。
後に続くように、続々と暗闇から大量の魔獣が姿を現した。
ざっと数えてその数は百体。
本来自分なら大した数ではない。
伝説と呼ばれるような魔獣やアンデッドでも準備さえ整えれば、いくらでも相手にできる。
だが目の前にいる魔獣たちは、漆黒聖典として多くの魔獣やモンスターの知識を覚えてきた自分でも見たことがないものばかりだ。
その戦闘に先ほど自分を吹き飛ばした巨大な狼が立ち塞がる。
ジクリと体に鈍痛を感じる。ダメージなど負ったのはいつ以来だろうか。
全てがあれ同レベルだとしたら──
「もう一つの勘違いは、あたしと一対一で戦えるって思ったことだよ。じゃあねー」
あっけらかんとした声と共に、鞭を持った
自分の相手を魔獣にさせて、本人はここを逃げだそうとしているのだと気がつく。
「待て。フサゲるな!」
追いかけようにも、目の前には大量の魔獣の群がそれを阻まれ、思わず声に出して叫ぶ。しかし、相手は止まることなくさっさと部屋から出て行った。
それを確認したかのように、魔獣たちが唸り声をあげ、威嚇しながら臨戦態勢を整える。
「こんな、こんなものが、私の望んだ戦いであってたまるものか!」
罠だと気付きながら、自分の力を過信してノコノコ呼び出しに応じ、大量の魔獣に蹂躙される。
間抜けも良いところだ。そんな無様な敗北など認めない。
必ずや、この魔獣を全て殺して、ここを抜け出し、奴らを捕まえて叩きつぶす。
そうとも。
自分は法国最強にして絶対不敗の存在。
弱気になりそうな自分を鼓舞するように、彼女は武器を持つ手に力を込め、魔獣の群れに向かって飛びかかった。
・
「よーし。やっぱりあいつも
最後にして本命のこの大神殿だけは、山河社稷図を最初に使用するのではなく、クアイエッセの手引きで内部に進入し、神人や漆黒聖典の位置を確認して、十分な対策を取ってから発動することが決まっていた。
これは、
山河社稷図を使用した際に
そして発動者であるアウラに、進入を拒否している者が二人いることが伝わった。
一人はシャルティア。そしてもう一人が──
「そっちは任せたよ。シャルティア」
ここにはいない妹分に語りかける。
それを捕らえることこそ、シャルティアが他の大神殿での警戒任務を請け負うことと引き替えに、望んだ条件だ。
かつて
その大失態を、その
法国最強だというあのハーフエルフが手に負えない相手だったなら、シャルティアも呼ぶ手筈になっていたが、フェンやクアドラシルを初めとした魔獣たちと自分たちがいれば、問題なく対処できる。
この時点でシャルティアは、パンドラズ・アクターに教わりながら必死に訓練した成果を主に見せることなく、
それを理解していながら、シャルティアは
それほどにあの大失態が彼女に残した心の傷は深かったと言うことだ。
「お、お姉ちゃん?」
おずおずとマーレが口を開く。
「ん? 何?」
「み、みんなには伝えたよ。そろそろ行かないと──」
戦闘音はここにいても聞こえる。
アウラたちが一度後退して入り口を押さえたのは、もしあのハーフエルフが
そうでないと分かった以上、自分たちも魔獣たちの応援に出向かなくてはならない。
マーレはそう言いたいのだろう。
「うん。もちろん。フェンたちだけじゃ勝てても被害が出ちゃうもんね」
自分の配下である魔獣は大切な友達だ。
必要以上に傷つけたくはない。
何より──
「
一番の友達にして、世話の焼ける妹分であるシャルティアを傷つけた法国には、必ず報いを受けさせる。
先ほど何やら言っていた、あのハーフエルフの願いも、そして法国自体の願いも全てつみ取り、完全なる勝利を主に捧げるのだ。
その決意を胸に、アウラとマーレは勝利の約束された戦いに向かって歩き出した。
そもそも法国の戦力程度が相手で、情報収集を完璧に行い世界級アイテムまで持ってきた守護者が総出で動いて相手になるわけがないよね。という身も蓋もない話でした
少し詰め込みすぎた気もしますが、最終章は法国編というよりは今までの話を得て成長した者たちがその成果を見せるのが基本なので、今回も法国側より守護者やナザリックに付いたクアイエッセの話が中心になりました。これからも戦闘自体は詳しく書く気はないので、このまま行けば後三話か四話くらいで本編は終わりそうです
その後少しエピローグを書いて完結。ということになりそうですので、もう暫くお付き合い下さい